りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。視触診だけで簡単に下された診断。そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。“良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

病気・治療

放射線治療のにおい

乳がん手術から2週間後、
放射線治療を開始する予定だった

が、乳房が赤く痛みを伴っていたため、
数日遅れての開始となった



放射線治療自体は、ものの数分

上半身裸で台に横になり、
万歳の格好をして放射線を当てるだけ

痛みも痒みも何もない

そういう意味では楽な治療だ

つらいことと言えば、
腋窩リンパ節郭清をしたために、
痛みと引き攣れで腕が上がらず万歳ができないこと

治療の順番待ちをしている間、
ストレッチをするのがルーティンとなっていた



放射線治療は、
“1日に1度の照射で、約3か月”というのが
一般的なスケジュールだろうか

が、私が通っていた病院では、
照射は朝と午後の1日2回

そのため、期間も半分で終わる

が、1日に2度の通院はかなりきつい

私が治療をしていた2月は極寒

吹雪くこともある

入院治療もできるのだが、
たかが数分の治療のために3か月の入院は、
さすがにできない

もちろん、1日1度の治療も可能ではあるが、
悩んだ挙句、
私は1日に2度の通院を選んだ

  ※6時間以上あければ、
   次の照射ができるらしい



治療は、放射線を正しく当てるため、
胸に特殊なインクで線を描かれる

が、入浴や衣服の擦れなどで、
どうしても薄くなってくる

  下着や洋服が汚れるのが難点だ

薄くなれば
その都度描き足してはくれるのだが、
3か月という長い期間、
けっこう気を遣ってしまうものだ


その後、マーキングが落ちにくいように
“テープ式”になったようだが、
すぐにインクに戻ったらしい

治療は長期間に及ぶ

おそらくテープだと、
かぶれてしまうのだろう

今でもやはり、
インクで線を描いているのだろうか




そういえば治療中、襟ぐりから
これまで嗅いだことのないにおいが
上がってきていた

特に不快な感じでもなければ、
強いにおいでもない

治療途中から気づいたにおいは、
治療が終わったあともしばらく続いていた


放射線で、乳房の中や皮膚が
焼け焦げていたにおいなのだろうか

それとも、手術の影響だったのだろうか――



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“がん”は、理論では片づけられないもの――。

未だ解明されていない部分が多い“がん”

すべてが解明されれば、
“夢の完治”も期待できるのかもしれないが...


そんな“がん”は、
『理論では片づけられないもの』だと、
実感させられることが多い

それは、私のがん

そして、母のがんだ


まず、“第一の不思議”は、

私ががんを5年近く放置したにもかかわらず、
手術から13年が経とうとしている今でも、
こうして生きていること


2つ目は、母の甲状腺がん

母がおこなった、
甲状腺全摘後の術後療法

通常は、
複数回繰り返さなければならないRI治療(全身内照射)
であるが、
その治療が1回で済んだこと

これは奇跡に近い

治療後のCT検査でも
身体の中にがんは見当たらず、
医師にも太鼓判を押された


が、5年後、肺に遠隔転移

さらに3年後、小脳にもがんが巣食い、
結果、命を落とすことになった


肺転移がわかったとき、母は、

「RI治療、1回で済んだけど、
 2回やっていたら、
 もしかしたら再発しなかったかもしれない」

そんなことを口走っていたのを
今でもはっきりと覚えている

なぜなら、私も同じことを考えていたからだ

母のがん細胞は、“転移性”

その性質を鑑みると、

「たった1度の術後療法は、
 本当に正しかったのか...」

と、思えてならないのだ

もちろん、後の祭りではあるのだが...



そして、乳がんの種類の一つ、
“非浸潤性乳管がん”もそうだ

いわゆる、
“非浸潤がん”といわれているものだが、

乳がんになった当初、

『“非浸潤がん”は、
 年月の経過とともに広がっていき、
 やがて“浸潤”する』

そう思っていた


が、主治医に、

「非浸潤がんが
 浸潤がんになるわけじゃないよ」

と言われたときは、
にわかには信じられなかった


その後、

『“非浸潤がん”は、
 未だ解明されていない』

と、知ることになる

確かに、

『非浸潤がんを放置すると浸潤がんとなるのか、
 それとも、非浸潤がんのままなのか...』

なんて実験はできるはずもない


そしてこの、“非浸潤性乳管がん”

理論的には、
『転移はしない』と言われている

“浸潤せず、
 そこに留まっているがん”なのだから、
転移はしないはずだ

そう、“理論的”には...

が、手術から数年後、
遠隔転移をした例がいくつもあるのだ



私のがん

母のがん

そして、“非浸潤性乳管がん”――


“がん”とは、
理論では片づけられないもの

理屈では語れないもの――


“がん”は、やはり、
“簡単な病ではない”と感じるのだ



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放射線治療の影響は、いつまであるのか―― ~乳房の痒み~

放射線治療の副作用は、
治療中や治療終了直後に現れる急性、

そして、治療終了後半年から
数年経過してから現れる晩発性がある


“数年”とは、一体いつまでか――



術後、約2週間経ってから、
左乳房の切除部分と
腋窩リンパ節郭清をした箇所に
23回にわたり照射した放射線

回を重ねるごとに赤みが強くなり、
皮膚はまさに“やけど”状態

折り返しを過ぎたあたりから、
日に日に、ひりひりとした痛みと痒み、
赤みが増していった


治療終了後は1か月ほど
強い痒みに襲われたが、
その後は特に皮膚に変化はなかった

ただ、焼けただれたあとのように、
皮膚は茶色く変色していた

が、それも1年以上をかけて
ゆっくりと元の肌の色に戻っていった



その後は特に異常もなく、12年が過ぎ...

が、再び放射線を当てた部分に
痒みが出てきたのはいつだっただろう

おそらく8~9か月ほど前...


そう、

この8~9か月ほど、
左乳房の切除部分――放射線を当てたところが
痒くて仕方ないのだ


たとえば、“痛み”というつらさがある

たとえば、“眠れない”というつらさがある

“食べられない”というつらさもある

“痒み”もけっこうつらいものだ



初めは、単なる“皮膚の乾燥”だと思っていた

が、1週間経っても2週間経っても、
痒みは治まらない

もちろん12年間、保湿は怠ってはいない

それどころか、
湿度の高い夏になっても痒みは変わらず続いた


そして、今に至り――



いくら、

“晩発性の副作用がある”

といっても、
さすがに12年も経てば、
もうそれは考えづらいだろう



さて、この痒みはなんなのか


そして、
いつになったら治まってくれるのか――



  腋窩リンパ節郭清で感覚の鈍い皮膚

  なのに、しっかり痒みは感じるのだから、
  人間の身体は不思議なものである



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“頭皮冷却法” ~抗がん剤治療の副作用、“脱毛”軽減~

化学療法...いわゆる、
“抗がん剤”といわれている治療の副作用は様々あるが、
“吐き気”や“脱毛”が
よく知られているところだろうか

中でも“脱毛”は、
女性にとっては衝撃が大きい副作用だ

が、なんでもその“脱毛”を抑制する装置が
承認されたらしい


その名も、『頭皮冷却法』


 〇その原理は――

  脱毛は、
  頭皮の“毛包”という器官にある“毛母細胞”が
  抗がん剤に攻撃されるために起こる

  頭皮を冷やと
  毛細血管が収縮して血流が減り、
  毛包に届く抗がん剤が減少する

  冷却することで
  毛母細胞自体の活性も低下するため、
  抗がん剤の影響を受けづらくなる


 〇冷却方法は――

  頭に装着したキャップ(英国製)内に
  零下4度の冷却液を循環させ、
  頭皮を19度に保ちながら冷却する

   ☆以前は、氷を入れた袋や
    保冷剤入りのキャップで試されていた

  抗がん剤の点滴開始30分前から
  点滴終了後2時間半まで冷やし続け、
  投与のたびにこの冷却を繰り返す


全身を襲う寒さや
頭痛に耐えなければならないという、
過酷なもののようだ



この“頭皮冷却法”

1973年にすでに海外で効果が報告され、
研究が進められていたらしい

日本では、2015年から治験を実施

“頭皮冷却法”を受けた乳がん患者30人中、
8人(26.7%)
が、

  ・脱毛なし
  ・50%未満の脱毛で、ウイッグの必要なし

との判定だった


国はこの結果を受けて
乳がんを含む固形がん患者への装置の使用を承認

今後は導入施設の増加が予想される


...とのことだが、

保険適用にはならない

費用は施設によって違ってくるが、
“1回、数万円”――


残念ながら、再発・転移がんには
この“頭皮冷却法”は使えないらしい


そして、この、
“30人中8人(26.7%)”という数字を
“多い”と見るか、“少ない”と見るか...

そして、高額な費用は、
それに見合うのか...


“一か八か”にしては、
簡単に試すことができない金額である――


  検査法、傷の小さな手術、新薬...

  と、医療の進歩には
  たくさんの課題と期待がある

  “副作用のない薬・治療法”も、
  その中の一つだ



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“がんの生存率”に思う――。

今年もまた、がんの生存率が公表された


がんになると、“死”を連想するものだ

いくら、
「早期なら、治る病気になった」と言われても、

どこか、“いつか死ぬかもしれない”

そう感じさせる



がんの生存率は、
ステージによって変わってくる

なにかと気になる存在だ

おそらく、がんになった誰もが
一度は気にしたことがあるのではないだろうか

がんサロンでも、
話題にのぼることの多いワードである

そんな私も自分と照らし合わせ、
その数字に一喜一憂し、
また、翻弄され続けてきた



もちろん、がんは、
腫瘍の大きさや浸潤具合、
リンパ節への転移があるかないか

また、他臓器へ転移していないか...で、
余命は違ってくる


が、生存率は、“目安”でしかない

そしてその生存率は、
“過去のデータ”であるということ

日進月歩であるがん医療において、
3年、5年前のデータよりも、
今後に光を見い出したいものだ



ちなみに、
4年前に亡くなった母の甲状腺がん

甲状腺がんは、非常に予後がよく、
“25年生存率は95%”と言われている

が、亡くなったのは、
がんがわかってから8年後

その時点での10年生存率は、
おそらく98%を超えていたのではないだろうか

治療後の全身検査では、
「身体の中に、
 がん細胞は見当たりませんね」

そう医師にも言われていた

なのに、まさか、
残りの2%にも満たない数字の方に、
母が入るとは思ってもみなかった



そして私の場合も、

“5年生存率、92%”という高い生存率も
喜ぶことはできなかった

それは、
“化学療法も放射線も効果のない、
 稀ながん細胞”だからだ

もちろん、“ステージ”は、大きな指標になる

が、私の場合、使える薬があるのか...

また、その薬は、
本当に効いてくれるのか...

それが一番の問題だった


治療がなければ...

効果がなければ...


その生存率は、
限りなく残りの8%に近いわけだ



...が、私は今、こうして生きている


生存率が高いはずの母が亡くなり、
珍しいがん細胞の私が生きている


“がん”とは、本当にわからない病だと、
実感するのだ――


  がんでも長生きすることは、
  きっと、ほかのがん患者の方たちに、
  大きな希望を与えるのだと思う

  それは、
  私自身がそう思っていたから...



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りかこプロフィール

★2009年5月より、医療機関開催『がんサロン』にて、体験記・エッセイ執筆
★2010年9月 市広報にて体験記掲載
★2011年8月31日 乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍自費出版
★2012年1月21日 講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』
★2012年4月5日 FMオホーツク『乳がんについて』FPとの対談
★2012年4月 キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載
★2013年6月より、サイト『ドクターズガイド』ブログ掲載
★2016年9月14日 フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送
★その他、講演、ピンクリボン運動など啓発活動

★取得している国家資格:調理師免許(食と健康を考える乳がん患者)

メッセージはこちらへ
乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
 左乳房にしこりをみつける  

★2002年3月4日(月)
 視触診の結果“良性”と診断

★2006年11月8日(水)
 左乳房のしこり再受診  

★2006年11月15日(水)
 左乳房のしこり一部切除
  (外科的生検)

★2006年11月28日(火)
 乳がん告知      

★2007年1月11日(木)
 左乳がん手術

★2008年7月8日(火)
 局所再発の疑いで、
 細胞診・組織診(結果は良性)

★2009年2月17日(火)
 対側(右)乳がんの疑い
 (前年からしこりあり)経過観察

★2010年2月16日(火)
 右乳房細胞診(結果は良性)
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)
  (化学療法・放射線が効かない稀ながん細胞)
 ・非浸潤性乳管がん

 ・核グレード 2
 ・ER 90%
 ・PgR 10%
 ・HER2 (-)

★術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・乳房扇状部分切除(4分の1強切除)

★治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤、
  4週間毎、2年間(23回)投与
 ・抗エストロゲン剤(クエン酸タモキシフェン)、
  5年服用
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