りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。 「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。 視触診だけで簡単に下された診断。 そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。 “良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

乳がん患者 ~りかこの気持ち~

“痺れ”に効く薬はない

左手が痺れはじめたのはいつだったか...

もう2ヶ月近くなるだろうか

腋窩リンパ節郭清をしている側だけに、
ちょっと不安である

が、浮腫とは関係がないようで、
浮腫みの兆候は見られない



何年か前になる

「痺れに効く薬はない」と、聞いたことがある

化学療法をしている、
あるがん患者さんから聞いた言葉だった

そのため、
鎮痛剤が対処法

これほど医療が進んでいるにも関わらず、
身近である“痺れ”の薬が開発されていないことに
驚いた記憶が鮮烈に残っている



この、長引いている、
左手の痺れはなんなのだろう...


“痺れ”なので、
乳がんの再発でなさそうだ


では、過去に受けた、
乳がんの手術と関係があるのだろうか...



まぁ、不安である


“がん”という病気をしたのだ

きっと、不安は一生つきまとう


きっと、それが、“がん”という病――


  とりあえず、早く痺れが治まることを願おう




  夕刻――


2018/11/14 夕刻


  陽が沈んでゆくこの瞬間(とき)が、
  切ないが、好きである

  「一日が終わるんだなぁ...」

  そう実感する瞬間でもある


  月もぼんやり観えている

  あしたは上弦の月だ...


  さ、

  あしたも素晴らしい一日になりますように――



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まだまだ続く、ブラジャー探しの旅 ~そろそろ終着駅~

左右の大きさが違う乳房

腕を上げるとずり上がるカップ

肋骨に食い込むワイヤー...


と、

健康な時でさえ、
なかなか合うものに出会えなかったブラジャー

乳がんの手術で、
それがさらに顕著となる

最大の悩みは、
腋窩リンパ節によるわきの下の痛みと、

わきの下から乳房、
さらには鎖骨までの皮膚の麻痺と
ピリピリ感である

これまでいくつのブラジャーを
試したかわからない

  「手術をしてから、ずっとノーブラ」
  という人もいた


そして、手術から12年目にして、
ようやく見つけた、これ


2018/07/01 ブラジャー ①


      2018/07/01 ブラジャー ②


今年の夏に試したものであるが、
今のところ、
このタイプがいいような気がしている

理由は、

  ○足から着脱できる
  ○素材がやわらかいので、肌への負担が軽い
  ○縫い目がほとんどないので、食い込まない
  ○腕を上げてもずり上がらない


が、当然、欠点もある

これは“私の場合”であるが、
やはり、脇ぐりと、
鎖骨下の皮膚に痛みが出る

欲を言えば、
脇ぐりがもう少し開いているとありがたい

左肩を通さず着用したいところだが、
そうもいかず...

それでも、これまで着けたものの中では、
一番楽である


  ちなみに、
  トリ○プから出ている、“ス○ギー”タイプ

    試すにはトリ○プはお高かったので、
    私はお値段お手頃の、
    ほかのメーカーのものを使っている


    洗い替えに数枚購入となると、
    かなりの出費にもなってしまうこともあり...



  ☆術式も、痛みの出方も
    人それぞれではありますが、
    少しでも参考になれば幸いです



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余命の告知を望むか――

『医師から
 “余命1ヶ月”という告知がなかったため、
 家族で残りの人生を
 充実させることができなかった』――


先日、そんな報道を目にした

現在、訴訟問題になっている


亡くなったのは、50代女性

乳がんだった


  2005年頃、乳がんがわかり、
  2009年、再発

  肺などに転移し、
  抗がん剤治療を受けていたが、
  2018年1月下旬、亡くなった

  主治医は、1月中旬の検査で、

  “余命1ヶ月”

  と判断したが、
  患者本人と家族には告知はしなかった



3年前、母が緩和ケアに入院したとき、
主治医に、

「余命2ヶ月」

との告知を受けた

告知をされてたのは、私たち家族

母には最期まで
命の期限は告げなかった



「では、私は、
 余命を知りたいか」――


いつだったか、風邪をひいて
内科にかかったことがある

初めての病院だったため、
問診表に色々と記入をしなければならなかった


盲腸、子宮筋腫、乳がん...

アレルギー、副作用の出る薬...


こんなとき、

「病歴は、
 きちんと整理しておかなければ...」

と、いつも思う



問診表は、細部にまで渡っていた

これまで何度も書いてきた問診票

が、ここまで細かいのは初めてだった


最後の方になると、
かなり重めの問診になってゆく

その中でもはっきりと記憶に残っているのは、


  命にかかわるような病気だった場合、
  余命を告知されたいですか


というものだった


「いや、私、
 風邪で受診に来ただけだし...」


と思いながらも、
数年前に告知をされた、
乳がんのことを思い出していた

「この内科の病院でも、
 そんな告知をされることがあるんだな...」



“余命”か――

知りたいような、知りたくないような、

知っていた方がいいような、
知らない方がいいような...

乳がんになってから
数えきれないほど考えてはみたが、
こればっかりは答えが出るものでもない

その時その時の状況にもよるだろう

残された命の時間にもよるだろう

何より、

知りたいとき...
知りたくないとき...

と、心が揺れそうだ

知ったあとでも、

「知らなければよかった」

と、後悔もしそうな気もする



こんな人がいた

それは、ある難病にかかった男性

医師の見解では、「余命1年」

そして彼は、残された1年を、
“人生の片付け”に費やした

やっていた自営をやめ、
身の周りの整理


残り2ヶ月前には死への準備のため、
病院に入った

が、入院して2ヶ月が経っても、
体調が悪くなる気配がない

「自分は本当に死ぬのか...」

と、疑問を持ちはじめる


結局、病気は悪くなることなく、
退院したのだが、
その後の生活が大変だったようだ

何より困ったのが、仕事

自営を閉めてしまったため、
収入がない

財産も整理してしまった


そして余命告知から5年の今、

彼は生きている



難しい、余命の告知

稀な例ではあると思うが、
余命の告知が、
こんなふうに人生を狂わせることもあるのだ


考えさせられる問題である――



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保存用。タモキシフェン必携。

2ヶ月前――


9月6日に起きた大震災による、、
北海道全土に及ぶ大停電、ブラックアウト

滞った生産と物流のため、
2週間ほど、
まともに食料を買うことができなかった


これから寒い冬に向けて、
再びあのような大事故が起きないか、
道民は危機感を募らせ、
また、あの事故を教訓にもしている


そして先日、
知り合いにいただいたのは...



2018/11/11 災害用 ①


保存用のビスケット

この缶、意外と大きく、
高さ11㎝、直径10㎝ほどある


驚いたことに、裏には...


2018/11/11 災害用 ②


『災害用伝言ダイヤル』が告知されている


非常時の食べ物や飲料水を
常備しておくのは大切なことではあるが、
使うことがないことを願うばかりである



こんな災害があると、いつも、

「病院は大丈夫なのだろうか」

と、思う


入院をしている人たち、
手術を受ける予定だった人、
通院をしている患者さん、
検査を受けるはずだった人々...


私はいつも、タモキシフェンを2日分、
バッグに入れて持ち歩いていた

突然何かが起きて、
家に帰れないかもしれない

冬は吹雪に巻き込まれて、
道端で立ち往生するかもしれない

「とりあえず2日分の薬があれば
 あとはなんとかなるだろう」

という考えからだ

  もちろん、
  健康保険証と病院の診察券も一緒に

  あとは、

   ○左乳がんをしたこと
   ○腋窩リンパ節郭清をしているため、
    左腕には
    採血や血圧測定ができないこと
   ○アレルギー
   ○副作用が出る薬の名前

  などをメモしたものも一緒に入れて



さ、無駄にしないよう、
これらの食品も
定期的に消費しなければ――



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1000人増えた。そして、このブログの行方...。

私はこのブログ、
『りかこの乳がん体験記』を
2つのポータルサイトに登録している

  ☆“ポータル”とは、
    “玄関”、“入り口”という意味がある

そのうちのひとつが、
『にほんブログ村』というサイトだ

  全く知らないサイトで、
  このブログが勝手に使われているのを
  たまたま見つけ、
  驚いたことが何度かあるが...

“ポータル”ということで、
様々なジャンルのブログを探し、
閲覧することができる便利はサイトである


  ブログ後半に貼っている、これ ↓


     

    ↑ このバナーをクリックすると、
   『にほんブログ村 乳がん』のページに
   入ることができる


ちなみに私は、
『乳がん』というジャンルに登録をしているが、

私が登録をした当初、
『乳がんカテゴリ』には“365”の乳がんブログが
すでに登録されていた

そして、

「こんなにも、乳がんブログがあるのか...」

と、その、“365”という数字に驚いた

いや、おそらく、
ここには登録されていない乳がんブログが、
この何倍も存在しているのだろう



あれから6年9ヶ月

その登録数は、“1367”
 (2018年11月10日 22時現在)

なんと、6年と9ヶ月の間に、
1000もの乳がんブログが増えたのだ


“1000”――

途轍もなく大きな数字だ

それほど、

“乳がんでつらい思いをした人が増えた”

ということになる


そして、悲しいことに、
主を失ってしまったブログも増えてしまった

「病気のブログは、
 悲しい結末もあるんだな...」


私がブログをはじめたときは、
考えてもいなかった、
更新されなくなったブログの存在

時が止まったままの、
彼女たちのブログを訪れるたび、
切なくなるものだ

が、ブログが存在することで、

「いつまでも、あの時の彼女に会える」

という思いもある


「もし、私が死んだら...」

正直、そんなことも考えたことがある

もし私が死んだら、
このまま放置されてしまうブログ


「エンディングノートに、
 ブログの行く末も
 記載しておかなければならないかな...」
 


今はこうして、遺されるものが多くなった

それがいいのか、悪いのか――



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りかこプロフィール

★2009年5月より、院内開催『がんサロン』にて、体験記・エッセイ執筆
★2010年9月 市広報にて体験記掲載
★2011年8月31日 乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍出版
★2012年1月21日 講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』
★2012年4月5日 FMオホーツク『乳がんについて』対談
★2012年4月 キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載
★2013年6月より、サイト『ドクターズガイド』ブログ掲載
★2016年9月14日 フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送
★その他、ピンクリボン活動など啓発活動

★取得している国家資格:調理師免許(食と健康を考える乳がん患者)

『4分の3の乳房(ちぶさ)』購入希望の方は・・・

お名前・メールアドレス、本文に住所・電話番号・注文冊数をご記入の上送信してください。折り返し、メールで詳細をお送りします。  ※いただいた個人情報は、書籍発送以外に使用することはありません。

名前
メール
本文
乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
左乳房にしこりをみつける    

★2002年3月4日(月)
視触診の結果“良性”と診断  

★2006年11月8日(水)
左乳房のしこり再受診        

★2006年11月15日(水)
左乳房のしこり切除      

★2006年11月28日(火)
乳がん告知            

★2007年1月11日(木)
左乳がん手術          

★2008年7月8日(火)
局所再発の疑いで、
細胞診・組織診(結果は良性)  

★2009年2月17日(火)
対側(右)乳がんの疑い
(昨年からしこりあり)経過観察     

★2010年2月16日(火)
右乳房細胞診(結果は良性)   
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(左乳房しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)、
  非浸潤性乳管がん
 ・核グレード 2
 ・ER 90%
 ・PgR 10%
 ・HER2 (-)

★術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・扇状部分切除
  (4分の1強切除)

★治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤投与
  4週間に1度、2年間(23回)
 ・抗エストロゲン剤
  (クエン酸タモキシフェン)
  5年服用
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コメント欄について
★コメント欄は、2013年11月28日より認証制とさせていただきました。
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★また、2014年5月22日より、スマートフォンからのコメント投稿による誤送信を防ぐため、画像認証制を取り入れさせていただきました。認証英数字は“半角”での入力をお願いいたします。
 お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

★営利目的だと思われるリンク、また、不当なリンクやコメントは削除させていただいています。また、個人を特定するものや商品名なども、編集・削除させていただく場合があります。

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≪2015年9月2日より、コメント欄を閉鎖させていただいております≫

~~~~~~~~~~~~~~

≪2016年11月2日分より、コメント欄を開放しております≫

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★個人を特定するもの、商品の宣伝、不当なリンクなど、編集・削除させていただく場合があります。

★公開が原則となっています。良識のあるコメントをお願いいたします。

~~~~~~~~~~~~~~


≪2016年12月3日分より、コメント欄を閉鎖させていただいています≫


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≪ランダムで開放しています≫


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