りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。 「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。 視触診だけで簡単に下された診断。 そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。 “良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

≪私の記録≫

≪私の記録 1≫ しこり発見

昨日、何年か振りに、古い日記帳を開いた

乳がんがわかってから
このブログをはじめるまでを綴った、
大学ノート4冊分の『乳がん記録』だ

その中には、出版した本にも書いていないこと、
ブログにも書けなかったことが詰まっている

                日記帳


改めて、過去の治療や日々の想いを
その日記帳からここに記していこうと思う

≪私の記録≫として――


    2002年3月3日(日)



お風呂上がり


テレビを観ながらベッドに横になっていると、
左の乳房に触れた指先に、
小さな硬いものをみつける

左乳房の上の方に、1cmにも満たない、
コリコリとしたしこり

その2cmくらい下の方にも、
ごくごく小さなしこりがあるような感じがする

“しこり=乳がん”という知識しかなかった私は
血の気が引いた

もうテレビの内容も頭に入ってこない

「どうしよう...」



    2002年3月4日(月)

夢と現を繰り返し、
ほとんど眠れないまま朝を迎えた

「しこりが無くなっていますように」

そう願いながら、
一晩中、何度も何度も乳房に触れては、
その現実に愕然とした

「消えているはずはないか...。
 でも、しこりがあるのは事実。
 なんとかしなければならないのも現実」


朝、一人で朝食を摂っていた

幸い、両親はすでに出かけていた

が、食事はまともに喉を通らない

「私の人生、やっぱり、こんなもんだ...」

そう思ったら、涙が出てきた

「私はやっぱり幸せにはなれないんだ。
 これで終わりだ...」

そう思ったら、涙が止まらなくなった

“号泣”というのは、
こういうことを言うのだろう


家庭の医学書を見てみると、
乳房にできるしこりは乳がんだけではないらしい

自分の状態から素人判断すると、
“乳腺線維腺腫”のようだった

病院に行くことは、ためらわれたが、

「あの時病院に行っていれば...」とか、
「もっと早くに病院に行っておけば...」

という後悔だけは、絶対にしたくなかった


が、“乳房のしこり”なんて、
どこの病院に行けばいいかわからない

彼に、「婦人科でしょ?」と言われるが、
婦人科はなんとなく違うような気がした


とりあえず、
開院して1~2年の産婦人科へ行ってみた

『違えばほかを紹介してくれるだろう...』


問診票に記入していると、
やはり乳房に関しての記述はない

場違いな空気...

帰りたい衝動...


それでも院長は、ちゃんと診てくれた

乳房のことで婦人科を訪れる人は、
きっと私だけではないのだろう


「しこりもよく動くし、大丈夫だと思うよ。
 (しこり)3つくらいあるみたいだね」

と、図を書いて説明してくれた

「“外科”が専門になるから、
 この辺りだと、A医院とB医院だね。
 どっちがいい?」

そう聞かれてもよくわからず...

とりあえずB医院は有名だし、
A医院は乳房というよりも、
ほかの部位のイメージが強かったため、

「B医院」と言おうとするや否や、

「時間的にも(この時点で午前11時半)
 B医院は午前の診療、まだやってるし、
 専門だからB医院でいいね」

と医師から提案され、同意した

紹介状を書いてもらい、その足でB病院へ


B医院での検査は視触診だけだった

「(しこりも)よく動くし、
 若い人に多い乳腺線維腺腫だね。
 そのままにしてていいよ。
 大きくなったら切らなきゃいけないけど」


こうして一晩中思い悩んだ乳がんの恐怖は、
あっさりと拭い去られた


前日、闘病記を記そうと書き始めた日記は、
一日で終わった



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≪私の記録 2≫ 不正出血

    2006年4月17日(月)

前日、不正出血があった

『“乳がん疑惑”の次は子宮がんか...』

病院に行くのはためらわれたが、
彼に強く病院行きを勧められた

そして夜中にもかかわらず、
不正出血の可能性について
ネットで調べてくれたこともあり、
ようやく受診する決心がつく

病院は、
4年前に乳房のしこりを診てもらった産婦人科にした


院長に不正出血のことを告げると、

「いつから?」と聞かれ、
「昨日」と答えた

すかさず、
「子宮がんの検査させて」

『やっぱりそう来るか...。
 というか、
 あっさり、さっぱり、はっきり言うんだなぁ...』

院長は続けた

「あと、ポリープの検査も」

この際なので、
生理5日目に襲われる、
下腹部の激痛のことも言ってみた

「子宮内膜症も診てみよう」


検査の結果、ポリープが見つかった

ポリープはその場ですぐに切り取られた

すぐに取れることに驚いた

ポリープの大きさは5mmほど
通常よりは大きめのようだ

悪性の可能性は低いが、
一応、病理検査をするらしい

子宮頸部の細胞も採取し、組織検査をする

そして、経膣超音波検査の結果、
内膜症は大丈夫だったが、子宮筋腫がみつかった

『やっぱり下腹部の腫瘤は、筋腫だったのか...』


2004年11月

ベッドに横になり、お腹を触っていると、
手に何か塊のようなものを感じた

大きさは卵くらい

が、“筋腫が手に触れる”なんて聞いたことがない

『だとしたら、腸か...』

筋腫は、“経血量が増える”といわれている

が、私の場合、
年齢的なものか、量が減ってきている

そしてさらに1年後には、
その腫瘤が倍ほどの大きさになっていた

気になりながらも、仕事を理由に
病院には行かなかった


『今回、原因がわかったことで、少し安心...。
 が、“筋腫がある”ということは、手術か...』


筋腫は2つあり、
大きさも8.6cm×7.4cm、6.7cm×6.2cmと、
予想通りの大きさではあったが、
2つもあるとは思っていなかった

筋腫は子宮を挟むように前後にあり、
 (前にあるものが大きい筋腫)
このままでは妊娠が難しいらしい

たとえ妊娠したとしても、胎児が育たない

「妊娠を望むなら、手術した方がいいね。
 これだけ大きいし...」――


子宮頸部の組織検査の結果が出るのは1週間後だが、
ポリープの病理検査には2週間かかる

「その時まで手術をどうするか決めてきて」

院長にそう言われたが、
手術を受けることに、気持ちはほぼ固まっていた



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≪私の記録 3≫ 子宮核出術

    2006年5月1日(月)

病理検査の結果は、
ポリープ、子宮頸部ともに良性だった

子宮頸がんに関しては
ずっと不安を抱えていたので安心した

筋腫も、手術することに決めてきた

手術をするなら、
仕事をしていない今がいい機会だ

出産のタイムリミットも迫っている

左乳房のしこりが大きくなって、
圧痛があるのがかなり気になるが、
“良性”だし...

まぁ、“良性”であっても、
大きくなってから切除するより
少しでも小さい方が楽だろうけど、
とりあえず、筋腫の方が先決だ


筋腫の手術は、
“子宮全摘”だと覚悟していたが、
院長の口から出た言葉は意外にも、

「年齢的にも子宮は残した方がいいね」

だった

なので、術式は“子宮核出術”となる

これで出産の余地は残された訳だ


昔、母もやったことのある筋腫の摘出手術

母は経膣による子宮全摘だったので、
私もてっきり経膣手術だと思っていた

が、私の場合、筋腫があるのは子宮の外側

“開腹手術”だと告げられる

一瞬、躊躇するも、
『仕方がない...』と、腹を決める



    2006年5月9日(火)

術前検査

血液検査(肝炎、HIV込み)や心電図、
胸のレントゲン...

『医院でも、ここまでの検査はするんだ...。
 お腹を切る訳だから、何かあっては困る。
 これくらい、当たり前か...』

昔、盲腸の手術をした時は、
術前検査なんて記憶にない

そういう意味では、
今はきちんとしているのだろう



    2006年5月16日(火)

1週間前の術前検査の結果と、
入院のための詳しい話を聞きに行く

この日の婦人科の担当医師は院長ではなく、
副院長だった

副院長がこの医院に来たのは、
おそらく1~2年ほど前

4年前に乳房のしこりで受診した時は、
医師はまだ院長1人しかいなかった

なので副院長と顔を合わせるのは、
今日がはじめてだ

なんとなく話しやすそうな先生だったので、
執刀医が誰なのか聞いてみた

「うーん...、
 いつも私が切って、院長が糸を結んだりするので、
 たぶんそうなると思います」

『院長が前立か...』



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≪私の記録 4≫ 入院・手術

    2006年5月23日(火)

入院

「6人部屋の空きがない」ということで、
個室に入ることになった

6人部屋はほとんどが出産した人ばかり
個室でよかったかもしれない

特に手術後、一晩は、
何かと看護師さんのお世話になる

夜中に何度もバタバタと忙しないのも、
同室の人たちに申し訳ない



    2006年5月24日(水)

5日間、点滴のお世話になるため、
利き手ではない左の腕に
太い針を刺しっぱなしにする

が、刺した針は上手く血管を捉えていないらしく、
激痛

「針を刺したことがない人は、
 いつも痛みを訴えるんですよね。
 そのうちに痛みは引いていきますよ」

そう看護師さんに言われたものの、
あまりの痛さに身動きも取れず

結局、右腕に刺し直してもらう

やはり左腕は内出血状態
漏れていた


手術は午後から

どんどん時間が近づいてゆく

手術着に着替えさせられ、
緊張感が増す


麻酔は、下半身のみの麻酔

中学2年の時に受けた盲腸の手術

その時の
下半身麻酔が効かなかったことを思い出す

「手術中の音とか会話が嫌な方もいるので、
 眠らせることもできますよ」

と事前に言われたので、速攻で

「眠らせてください!!」

と、お願いをしておいた


午後1時
いよいよ手術の時間だ

看護師さんが病室に呼びに来た

点滴をガラガラと押しながら手術室へ


手術台には、
パンツを脱いで自分で上がらなければならない

が、最悪なことに、この日、生理3日目

さすがにパンツを脱ぐ訳にもいかない
下着のまま手術台に上がる


手術台に横たわり、
看護師さんにパンツを脱がされ、
尿道に管を通される

医師が2名現れ、
院長が明るい声で話しかける

「あー、お腹盛り上がってるね」

横になった時、外観からもわかるほど
筋腫が大きくなっていた


腰から麻酔をかけられるが、
やはり完全には効かないようだ

メスがお腹を切り裂くのがはっきりとわかった

次の瞬間、鋭い痛み

その痛みに呻き声を上げ、顔を歪める

私の頭にいた看護師の卵の方が、
「今、太い針を刺しましたからね」

と、声をかける

「じゃあ、眠るお薬使いますね」

看護師さんの1人が、医師の指示を復唱しながら、
点滴から鎮静剤を入れてゆく

「ちょっと腕が痛くなりますよー」

血管痛を感じながら、私は意識を失った


しばらくして、話し声で目が覚める

医師同士の、手術中とは思えないような、
明るい会話が聴こえてくる

そして突如、院長の声が大きく響いた

「出血が止まらない!!」

『マ・・・マジか・・・。
 そういえば、
 “輸血もあり得ます”と説明を受けていたっけ・・・』

「これで止まってくれ!!」

院長は、何か処置を施したらしい

少しして、
「止まったな」という院長の声と同時に
私の瞼が自然と開いた

「患者さん、ウェイクです」

頭にいる看護師の卵の方が医師に告げ、
私は再び鎮静剤を投与された


再び意識を取りも戻した時、
まだ手術の真っ最中だった

「乳首みたい」

という若い女性の声が聴こえてきた

『乳首...? 何のことだろう...』

「あ、患者さん目を覚ましました」

看護師の卵の方の声が聴こえた

「ちょうどよかった。取った筋腫見ますか?」

声をかけられるが、
鎮静剤で頭が朦朧としている

「...見ます」

ようやく声を出し、重い瞼を上げる

顔の上に差し出された金属製の膿盆には
大きな筋腫が2つと、
1.5~2cmほどの筋腫が4つ乗っていた

どうやら大きな2つの筋腫の陰に
小さな筋腫が隠れていたようだ

彼女が「乳首みたい」と言っていたのは、
この小さな筋腫のことらしい

『確かに、乳首みたいだ』

「もう少しで終わるからね」

院長の声がした


終わってみれば、
手術に要した時間は約2時間半

筋腫の摘出手術にしては長くかかった


   2006年6月1日(木)

退院

が、まだ歩くことさえままならない


入院中の楽しみは、毎日の食事だった

“病院食”というと、
冷たくて味気ない質素なイメージ

が、産婦人科は出産したお母さんの
授乳のための食事になる

なので、ボリュームはかなりもの
メニューも豊富だ

ついでに3時のおやつまで当たる

さすがに完食はカロリーオーバーだ


入院中、何度か採血があった

「どこか悪いところがありそうな気がする。
 血液検査に出てくれないかなぁ...」

それなりの血液検査をしなければ、
“悪いところ”なんて発見されない

が、なんとなくだが、
漠然とそんな思いが過ぎってならない



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≪私の記録 5≫ しこり再受診

    2006年11月8日

左乳房のしこりが大きくなった
倍以上にはなっていると思う

みつけた時は1cmにも満たなかったが、
すでに3cmほど

2cmほど下にあったしこりとくっついたようになり、
形も楕円になっている

圧痛も気になる

『筋腫の手術で落ちた体力も戻ってきたことだし、
 そろそろ切除してもらわなければ...』


診てもらう病院は、
4年8ヶ月前に受診した医院にした

まだカルテも残っているだろうし、
話が早いと思った


医師に、
「4年8ヶ月前、“乳腺線維腺腫”だと言われた」こと、

「そのままにしておいていいよ」と言われたこと、

そして、
「“大きくなったら切らなきゃいけない”と言われ、
 大きくなったので切りたい」ことを伝えた

すると、医師からは意外な質問が飛んでくる

「前はどこの病院?」

『え? “どこの病院?”って...』

「こちらの病院です」

「マンモグラフィは撮った?」

「いいえ、触診だけで...」

「あ、そう」

『なんだか他人事?
 カルテ残ってないのかな...』

しこりはこの1年くらいで、
急激に大きくなっている

そのことを医師に話すと、
医師の表情が少し変わったような気がした

医師は左乳房を入念に触診する

「これ、痛い?」

「痛いです」

「うーん...」

そして大きくなったしこりに定規を当てる

「3cmはあるね。
 マンモグラフィ撮ってみようか」


レントゲン室に一緒に入ったのは、
50代くらいの看護師さん

てっきり医師が撮影するものと思っていたので、
乳房を触られることを思えば、
女性で安心した

が、実際に撮影する段になっても
医師が現れた感はない

どうやらレントゲンのスイッチも、
看護師さんが押していたようだった

『これって、まずいんじゃ...』


検査は、右・左、それぞれ縦と横方向の撮影

なので4回、
乳房を透明な板で圧迫されることになる

「これでもか!!」というくらい、
手動で大きなねじのようなものを締め上げ、
アクリル板を圧迫してゆく

看護師さんが隣室に入りスイッチを押す

そして再び私のところに来て、
手動のそのねじのようなものを緩めるまで、
私は強烈な痛みに耐え続けなければならない

繰り返されること、4度...

あまりの痛さに出る、変な汗

終わると、どっと疲れが...


これまで私の周囲で
“マンモグラフィを受けた”という話を
聞いたことがなかった

なので、これほどまでに痛みを伴うものだとは
想像だにしていなかった

「家に帰ったら、(乳房)アザになるかもね」

と、看護師さんに言われる


しばらく待ったあと、再び診察室へ呼ばれる

手に持ったレントゲン写真を掲げ、眺めながら、
医師は言う

「きれいに写ってないなぁ...」

それは、素人の私が見ても真っ白な乳房
しこりとの区別がつかないのがわかった

同席した、撮影してくれた看護師さんが、

「かなり、(ねじを)絞めたんだけどねぇ」と、
医師に話す

『もしかして、撮り直し??』

と、少しビビっていたが、

「まぁ、これだけ大きくなっているし、
 どっちにしても切った方がいいね」

と、医師

撮り直す訳でもなく、
超音波検査をする訳でもなく...

「切除したものを一応検査してみて、
 なんともなければそのままでいいし、
 何かあれば、またその時――」


切除は、外来でできるということだった

私は,
“数日間、入院しなければならない”と
思っていたので、
筋腫手術後の体力回復を待っていたのだ

いや、
“また身体にメスを入れるのが嫌で、
 延び延びになっていた”

...というのが本音だ


マンモグラフィを受けた乳房は赤くなり、
その日一日、ズキズキと痛んだ

あまりの痛みに、
胸を押さえているしかなかった



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りかこプロフィール

★2009年5月より、院内開催『がんサロン』にて、体験記・エッセイ執筆
★2010年9月 市広報にて体験記掲載
★2011年8月31日 乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍出版
★2012年1月21日 講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』
★2012年4月5日 FMオホーツク『乳がんについて』対談
★2012年4月 キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載
★2013年6月より、サイト『ドクターズガイド』ブログ掲載
★2016年9月14日 フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送
★その他、ピンクリボン活動など啓発活動

★取得している国家資格:調理師免許(食と健康を考える乳がん患者)

『4分の3の乳房(ちぶさ)』購入希望の方は・・・

お名前・メールアドレス、本文に住所・電話番号・注文冊数をご記入の上送信してください。折り返し、メールで詳細をお送りします。  ※いただいた個人情報は、書籍発送以外に使用することはありません。

名前
メール
本文
乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
左乳房にしこりをみつける    

★2002年3月4日(月)
視触診の結果“良性”と診断  

★2006年11月8日(水)
左乳房のしこり再受診        

★2006年11月15日(水)
左乳房のしこり切除      

★2006年11月28日(火)
乳がん告知            

★2007年1月11日(木)
左乳がん手術          

★2008年7月8日(火)
局所再発の疑いで、
細胞診・組織診(結果は良性)  

★2009年2月17日(火)
対側(右)乳がんの疑い
(昨年からしこりあり)経過観察     

★2010年2月16日(火)
右乳房細胞診(結果は良性)   
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(左乳房しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)、
  非浸潤性乳管がん
 ・核グレード 2
 ・ER 90%
 ・PgR 10%
 ・HER2 (-)

★術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・扇状部分切除
  (4分の1強切除)

★治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤投与
  4週間に1度、2年間(23回)
 ・抗エストロゲン剤
  (クエン酸タモキシフェン)
  5年服用
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