また会える

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サラブレッドの気高さ、アングロアラブの賢さを教えてくれた馬達


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二頭の命を諦めなかった仲間たちと笑顔で送り出しました


 夫婦で乗馬を楽しんだ天塩ふれあい観光牧場が閉鎖となり馬達の命が危ういものとなってから約一年、紆余曲折を経て活躍の場は石狩市フロンテア乗馬クラブへ移る事となりました。

フロンテア乗馬クラブはエンジェルの出身クラブ、彼を育て調教されたオーナー夫人と次期オーナーが事情を理解して下さり愛溢れるご明断で異例の無償での引き取りとなったのです。
一般的に馬を預託するとなりますと一頭10万円前後が一ヶ月の預託料、それを受けずに若くはない二頭の馬を引き取って下さる・・・私はホースマンシップの誇りと美しさを知りました。

読まれた方もいらっしゃるでしょうか、
  『 われわれはいかに子供たちによって、いかに動物たちによって教育されることであろう 』
                                            マルティン・フーバー

育てる、教えるという関係は、けっして一方通行の関係ではない。育てる者が育てられる者に育てられるという反転が、そこには必ずおこる。 と、朝日新聞 折々のことばの中に。

行政が放り出した馬達のお世話を乗馬クラブの旧会員達でしてきましたけれど、世話をしているようで学び癒されたのは人間のほうだったように思います。 遠く離れた寂しさはありますけれど、今はただエンジェルとシルエットに感謝、そして二頭に生きて活躍の場を与えて下さったフロンテア乗馬クラブに敬意をいだかずにはいられません。  心からの感謝です。

それから・・
余談ですけれど・・・

カフェに営業マン風なお客様、食事も済み、お支払い後、名刺を差し出されたので厨房機器のセールス(ホシザキの方❔)かと思いきや、ミシュランガイドの調査員とのこと、ホシ違いです。2017年版にエントリーして下さったらしいのですけれどそもそも興味が無いので丁重に辞退しましたら、なんと掲載拒否権は無しとのこと。強引さに驚きました。
私の料理を評価して頂き嬉しい事ではありますけれど、幼いお客様が思わず言葉にして下さる❝オイシイ❞が、私にとっての励みであり煌めく星だったりします。
また改めて、と、その方は帰られましたけれどそのあと気持ちがザワザワと不愉快になりました。
ただ、主人が育てたキュウリをオイシイと絶賛されたその味覚に★みっつ!私からさしあげたいと思います。

アザミの花が朝靄を含んで瑞々しく佇んでいます。アザミは大好きな野の花、赤とも紫ともつかないアザミ色の花に神々しさを覚えます。野に咲く花を見つめる時間は、人間社会の喧騒を忘れさせてくれるひと時です。

シンプルな思い

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ジャスミンの花が咲きました。

葉の姿を楽しみたくて切り戻さずにおきましたので蕾の房を見つけた時には本当に驚きました。

甘くエキゾチックで強い主張、体が吸い込まれそうな魅惑の香りです。

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ニンニク(風雪百年)の芽を頂きました。
中頓別町小林農園ご夫妻の丹精です。

自然が作るフォルムの美しさ、感動して先ずは活けてキッチンへ。

国産ニンニクの芽は貴重な食材です。早速オリーブオイルでロースト。こんがりと焼いただけで香ばしさの中から甘さがじんわり、もうこれだけで立派な一品です。美味!そして感謝!!


 ゆるやかに流れる時間の中でも時折、アクシデントが重なり気持ちに霞がかかり立て直しに四苦八苦なこともあります。そんな時、心を軽やかにしてくれるのは小さな愛しい者たちです。

烏骨鶏も子ヤギも、その可愛さの想像はついていましたけれどそれは想像をはるかに超えるものでした。
呼ぶと可愛い鳴き声で返し、尻尾や尾羽を振り振り飛びつく様子に友人やカフェのお客様もその意外性に驚きの表情。 私の問いかけに返事をするのんちゃんを見て『ヤギってこんな風❔』と皆さんがおっしゃいます。

『心あるものとして接してこその意思の疎通』と認知心理学で言われていますけれど、正しくの体験となりました。 きっと、どんな生き物も豊かな感情を持ち併せた分かりあえる仲間なのでしょう。
のんちゃんは特に子供が好きな様子、何か波長が合うらしくカフェにお子さんがみえると喜こんでピョンピョン跳ね回ります。子供と子ヤギの様子を若いご両親が穏やかな笑みで見守るその光景に私の心も和みます。

森では一羽の小鳥が広い音域で美しく鳴いています。低音から高音へと一息に鳴きつなげるテクニックに感心しながら今ここは平和、と、極東の原野でつくづく思います。選挙が終わり日本の平和が本気で怪しくなりました。のんちゃんと遊んでくれた坊やが兵士になんてなりませんように、オバサンが世界に伝播・拡散してほしいのは平和です。


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うれしくて跳ね回り中です


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主人の脛で頭突きトレーニング

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いろいろ疲れたので小休止

暖かな日中は主人作のサークルで過ごします。パラソルの下がお気に入り♥♥♥ 

子ヤギとの時間

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4時間近くの道のりを私の膝でジッとしていました。 初めての車が怖くて具合が悪い❔
私にも不安の4時間でしたけれど、藁に足が着くと元気いっぱい、本当にホッとしました。

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抱き癖と抱かれ癖

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地面を割って出始めた若竹の様です、角。  朝夕で長さが違うと主人は言い張るのですけれど・・笑々。

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飲むというよりも❝バキューム❞、あっという間に300㏄を吸い取って、オカワリ!! 口もと・鼻のあなが敷き藁の土埃ですぐに汚れてしまいます。ふき取りのチャンスは授乳後のうとうと時間、膝の上で眠り始めたら洗顔タイムです。

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『ヤギは脱柵の名人』、と、本にあったので、踏まえたつもりが・・こんな格子は楽々スルッと抜け出して。 慌てて直ぐに改修、主人の手は休む暇なしの毎日です♡




 ほんの数日のような気がしますけれど、迎えた日からもう二週間が過ぎました。
のんちゃんの日々の成長が嬉しい毎日です。 三か月間の哺乳のために30年ぶりに揃えた哺乳瓶と粉ミルクを眺めながら、私は未熟な母親であった30年前の自分を懐かしさの中で振り返りました。

未熟と無謀がない交ぜな母のもと、無事に育ってくれた子供たちに感謝とお詫びの念が沸き上がり『いまさら❔』と、自分ながらに呆れて独り失笑したのでした。 

哺乳瓶、不思議なものでそこに在るだけで未来のようなものを私は感じてしまいます、赤ちゃんの成長と重なるからなのでしょうか。 
のんちゃんの未来・・子ヤギの成長はあっという間の8ヶ月で成ヤギ、あご髭も立派になって天使から仙人に変容です。途中から年齢も私たち夫婦に追いつき同世代で・・やがては老々飼護(❔)に。 その時は種族を超えて、とぼけた感じでお互いにのんびり豊かに過ごしたいものです。始まったばかりの時間の中で、やがてのそんな時間も楽しみです。

子ヤギの匂いは独特で、私にはあまり動物的ではありません。何かに似た匂いの何かが思い出せずにモヤモヤしていましたら目の前に在りました、同じく匂い香るものが。

蜜蝋の匂いでした。
個性的ですけれど優しく平和な匂い、子ヤギは蜜蝋のにおいです。

最北まで辿り着いた春のおかげで周辺の牧草も青々と匂い立ち大いなる自然が五感を刺激してくれる季節の到来です。  今朝、身支度の仕上げのパフュームを手にした時、刺さり込む様な鋭い匂いに感じてしまいました。嗅覚が平和に慣れたのでしょう、というのか少し疲れた五感をピュアなものたちが快方に導いてくれているのかもしれません。 
  


 

のんちゃんに会いに

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嬉し過ぎたのでしょう、私は一瞬めまいがしました。ほんとうです。

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5産を経験した母ヤギのメイちゃん、慣れた様子でのんちゃんに授乳です。お兄ちゃんは人見知り屋さん、事の終了をジッと待ちます。

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春の陽をうけて天使降臨、私にはそう思えました。

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父ヤギのムコドノ。愛しい妻は鉄柵の向こう、立ち上がって!首を伸ばして!舌も伸ばぁ~して!とにかくアモ~レ♡♡♡ 熱い男です。 ♂ヤギは一年中が熱烈期間だそうで・・ギリシャ神話では多産と性の象徴だとか、なるほどなるほど。メイちゃんが保つビミョウな距離感がその想いの温度差を感じさせます (笑々)


 待ちわびた日、とくべつな遠出に合わせてくれたかのような心地良い早春の陽射しを車窓から受けて、主人と二人、オホーツク海を左に見ながら紋別へと走りました。
紋別市上渚骨(かみしょこつ)、アイヌ民族の方達の言葉で『滝つぼ』を意味する地名はどことなく神秘的な響き。初めて訪ねる地です。

搾乳牛100頭を飼育されている『たむら牧場』は、凛とした立ち姿の小高い山々を背に建つ大きく立派な牧場でした。牧場主ご夫妻が案内して下さった牛舎は『舎』というよりも『施設』な設備、圧巻のスケールです。その周囲から内側まで保清と整頓が行き届いてご夫妻のスマートさがありありと。体重400㎏の牛100頭が放つエネルギーに私はのみ込まれそうになりながら、改めて酪農業の労苦を全身で感じたのでした。

・・・・・・・・・・・・・ペットボトルのお茶お水150円、1ℓの牛乳は200円もせず。
適正価格とは、生産者も納得のできるものであるべきと思えてなりません。

あたたかく、まるで知音の友と錯覚をしてしまうほどに温かく迎えて下さったご夫妻に感謝をしつつ居心地の良い牧場事務所をおいとまの時間、立ち上がりながら私はのんちゃんをもう一度だっこしたい気持ちを無かったことにして二週間後のお迎えの日を待つことに。

手のひらが生後10日あまりの子ヤギの儚さにも似た柔らかな手触りを覚えていて、そよ風にも吹き消されそうな微かな可愛い啼き声も耳に在って・・さてさて どうやってやり過ごしましょう 二週間を。




とくべつな春

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越冬のニンニクをオイル漬けと醤油漬けにします。お料理の殆どに欠かせない、私には重宝な滋養溢れる隠し味、今年は希少な『風雪百年』で。

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烏骨鶏のピーちゃん達が卵を産み始めました。市販のМサイズと比べるとかなりの華奢ぶり、けれど一椀の卵かけご飯には丁度良しの約30グラム。命の不思議を思いながら、やさしい甘みを感じながら、毎朝ありがたく頂きます。



 
 夜明けの澄んだ空気に冬の名残りを感じますけれど、時間とともにゆっくりと暖まる空気の気配はまぎれもなく春、去った季節をなつかしく思い返させます。
広大な雪原でした牧草地にも春の陽が降りそそぎ、ひと冬ぶんの積雪を融かし、雪融け水はなだらかに地を伝って川へと。
カフェのすぐ傍を流れる川は融けた冬をあつめて春の勢いをみせ、それは小さな川ですけれど、この時期は雄々しく海へと向かいます。

別れと出会いが交差する春は私にとっても別れの寂しさ辛さに耐えなければならない季節でもありますけれど、嬉しい知らせもありました。夕べのことです。
去年の秋から心待ちにしていた子ヤギが産まれました、年度末産まれです。

♂♀どちらでも名前は『ノンちゃん』と決めていましたので響きはそのまま『Nonntyann』、書きは『のんちゃん』に。男の子でしたので坊やっぽく❔ひらがな綴りで。いつまでも坊やではありませんけれど 笑々。

動物も先ずは佳い食事が大切、とはいえ胃袋が四つのペットは初めての経験です。幼い命を迎えるこの春は緊張の時間でもありますけれど、命の巡り・季節の巡りは、きっと全てが同一線上にあるのでしょうから、ケセラセラな私のままでは・・いられませんね。
思考を反芻しながら、先々を見据えられる人間にならなくては!と、今更ながらに気づかせてくれた可愛い命の誕生です。

はしっこから届いた本

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心待ちにしていた本が届きました。消印は与那国です。

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丁寧に包まれて

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縦長のブックケースから横長の本が

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「跳ぶ」「目をつぶる」与那国馬の葉書も同封され


  アジアからヨーロッパまで、地球のあちこちで暮らしたライター・インタビュアー・編集者の河田桟さんが『すべての意図を手放して(ご本人の言葉)』最西端の与那国島へ移住されたのは馬と暮らすためでした。一見、馬好きのための教本のようですけれども、実際に私はそう思い込み買い求めましたけれども、届いた二冊を手にした瞬間その優しい手触りに思い込みが的外れであったと直感したのでした。  注文の度に作者自らケースを折り、カバーをかけ郵便局から発送されているそうです。 どこか詩集にも似た趣きを漂わせながら、豊かに生きるためのヒントのようなエッセンスがあふれていました。 北のはしっこで手にした本のページを繰り返しめくり眺めてしまいます。

冬に想う春のこと

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モノクロームの雪原に浅水の羽色が美しく際立ちます。吹雪の午后、バードテーブルのお客様はミヤマカケスさん。

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乗馬が出来ない季節も馬達には運動が必要です。少しばかり吹雪模様でも調馬用のリードを付けて円状に20分弱、歩かせたり走らせたり、・・・しなければいけませんが、賢いアングロアラブ種のエンジェル君は厩舎にさっさと戻ろうとする事で私のコンタクトが適切ではない事を教えてくれます。止めたくても、一馬力に一おばさん力が敵うはずも無く、❝馬に調教される私、の図❞です。 馬は、逃げるという知恵で種を保存してきたそうです。何者も傷つけない穏やかな大動物は『考えなさい』と、その行動で私に示唆してくれます。

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畑にできた雪庇のフォルムがなんとも美しい。寒さを忘れてしばらくの間、眺めていました。

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厳冬のさなか、春を思わせる『うるい』
が売られていました。柚子酢のドレッシングで爽やかさをいただきました。

 シンシンと降り続く雪をかき分けて朱色のラッセル車輌が森に敷かれた鉄路を豪快に駆けて往きます。
雪がV字に高く跳ね上げられ、まるで雪の噴水の様。此処に暮らさなければ目にすることは無かったでしょう光景を二階の窓越しに眺めながら、まだまだ続く厳冬ですのに何故か温かな心もちになれるのは、迎える春のあれやこれやが嬉しく忙しい時間となるからなのでしょうか。
烏骨鶏たちにパドック付きの鶏舎を新築し、子ヤギのノンちゃんを迎え、そして雪解けの馬場で馬たちと対話。この愛おしい者たちに若草を摘んであげる時間は、きっと何とも温かなものでしょう。

           君がため 春の野に出でて若菜摘む

           我が衣手に雪は降りつつ
                                        光孝天皇「古今集」 春

待ち遠しい時間が持てる事に感謝、ただただ感謝の今日この頃です。 

静かに願うクリスマス

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玄関に積み上げた薪の中から糸トンボ。シルクに見まがう四枚の羽でカフェの中をキラキラと飛び回ります。外は雪景色、トンボがティンカーベルに見えた不思議な光景。

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午后の陽は今日もアーティスト、漆喰の柱に煌めく影を作ります。

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冬の窓辺は今年も俄か植物園、寒さに強いハーブがすっくと芽を出します。



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お勉強中です、ヤギの育て方を。ハイ!飼うんです((嬉)) 春になったなら!子ヤギを迎える予定です♡♡ご縁が繋がり私の夢のお手伝いをして下さる素敵な女性と巡り会えました。嬉しくってついつい周囲に吹聴、その反応の殆どが食料か(お肉)❔飲料か(お乳)❔と。どちらもハズレ、愛玩ヤギですペットです。紋別に暮らす『田村メイちゃん』が御懐妊でしたら私は春にオバサンハイジ((笑))。勿論、メイちゃん懐妊見送りの時のガックリ両肩脱臼も想定内に据えて。  12羽の烏骨鶏ピーちゃん達に続いて、新たに小さな命を迎える特別な春になりそうです。



 秋が長かったせいなのでしょうか薪が十分に乾燥した様でストーブからはバチバチパッチン、薪の爆ぜる音が小気味よく大きく響き二階に居ましてもその音が聴こえ心が和みます。軽やかな音に混じり時折、ボンッと大砲の様な重低音も。この低く破裂する音を聴くとノルウェーの旅を思い出します。訪ねたのが期せずして建国記念日、祝砲の響きに体ごと揺さぶられ文化の違いをつくづくと実感させられた瞬間でした。初めて耳にしたその音が荘厳と思えたのは、平和の中で聴く音だったからでしょうか。 
薪の火を見ながら聴きながら、この一年、もう少し前・・・いろいろな時間を断片的に思い出します。

名前も分からない野の花や夜空が見せる天の川、ユーモラスな動きのカラスをたまたま目にした時や、ぐりとぐらさながらの可愛い野ネズミに出くわした時、今年もこんな何気ない事々がしみじみ愛おしく感じられた一年でした。私たち夫婦のテーマ『後半生を心豊かに暮らす』を具現化してくれますのはスマホでもなく行列のスウィーツでもなく、こんな風にささやかで温かな時間、そして人との出逢いです。
今年も多くの方との佳い出逢いを頂きましたけれど、ことさら素敵な女性とのご縁に恵まれた一年でした。
どの方も、悩み事を内包されながらも溌剌と輝き、私と主人に瑞々しい刺激を与えて下さいました。どこぞの方が大同団結で女性の輝きを叫ばなくとも、世の女性達はとっくに輝いています、そんな確信をした一年でした。

迎える新たな年、子供や若い方達が幸せを感じられる日本であって欲しい、そう静かに願うクリスマスです。

明けの三日月に心洗われ

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手のり烏骨鶏♡♡ 感動の誕生から6週間、ヘアースタイルも特徴的に、順調な成長です。英名をSilky Fowl、ほんとうに絹糸の様に細く柔らかな羽毛はタンポポの綿毛のようです。
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主人 作 『巻かない白菜』 。
中心まで外葉の味わいで何ともお得な気分、生産者としては不本意な様子ですけれど(笑々)
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長沼町に在るファミリーツリーカフェを訪ねました。オーナー渡辺俊之さんがお子さん達と作られた申の干支人形を買い求めました。作為の無い手から生まれた作品は温度を感じるほどのあたたかさが漂います。
いただいたパスタもタルトも飾り立てることなくシンプル、味わいは滋味さえ感じる豊かさで・・・若いオーナーご夫妻に多くを学んだ時間でした。
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娘が市内の小学校で演奏会の機会を頂きアンサンブル仲間4名と共に帰省をしました。皆さん、稚内は初めてですのでお決まりの観光コースで先ずは最北端の地、宗谷岬へ。あまりの暴風に(そんな日も時折あります)髪の毛が抜けるかと思ったそうです。北緯45度の地は観応え、感じ応えのある場所です。  気を取り直して((笑))ノシャップ寒流水族館へ。
日本一、北の水族館の、日本一(きっと)小さなステージの、アザラシのショーを観ました。沿岸で保護された一歳のアザラシ君が一年がかりで覚えたという技を懸命に披露してくれます。漁業被害をもたらす海獣が人の手によって駆除されているなか、この子達の母親はどうなったのでしょう。思い出されるのは新聞広告クリエイティブコンテストのグランプリ『ぼくのお父さんは桃太郎というやつに殺されました』。 共存の方法はないものでしょうか。
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 私にも届きました、マイナンバー。
『 マイナンバー 』、自分が望んだかの様な可愛らしい響きですけれど。そこに得体の知れない怖さを改めて感じてしまいます。未来を生きる子供達が何やら重き荷を背負わされた様な気がしてなりません。 不快な一日を終えて翌日、
4:30a.m 夜明け前の東の空に、明けの三日月が美しく光り輝いていました。早起きのご褒美に、月が意志をもって私を訪ねてきてくれた様にさえ思える美しい情景に心が浄化されたのでした。

勇知の原野は時間ごと、日ごと季節ごとに感動と希望を教えてくれます。





 

ひなかえる

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ヒナが孵りました、烏骨鶏のヒナです。孵卵器に有精卵を24個置いて3週間、心待ちにしていた瞬間です。

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黄金色の子も孵りました、赤鶏とのハーフでしょうか❔

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卵の中で回転しながら殻を割ると聞きましたけれど、本当にスクリューキャップが外れた様な割れ方です。
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孵った順に段ボール製の新生児室へ。1時間もすると産毛が乾いてフワフワに。
無垢、かわいいの他に言葉がみつかりません。

 きっかけは立ち寄った名寄の道の駅で買い求めた烏骨鶏の卵でした。その卵で初めての烏骨鶏卵の卵かけご飯、旨味の中にある優しい甘みが何とも美味しくて初めてのそれは感動的、自家製卵への思いが一気に高まったのでした。

それから数日後、ゆうパックで届いた有精卵24個は、37.5度の室温、60%の湿度を保った孵卵器に置いた瞬間に食料品から生命体へと替わった瞬間でもあり、感慨深い時でもありました。 そうして待つこと3週間。孵化間近になると、手品の様に卵たちがゆらゆら揺れ始めピキッと、小さなヒビが出来始めると殻の中から微かな鳴き声が聞こえ始めます、か弱く『ヒィョ ヒィョ』と。
嘴打ち(はしうち)といわれる殻割りが始まってから数時間で出る子や2日掛りの子まで、それはそれは感動の連続でしたけれど、おやゆび姫のような極端に小さかった一羽のヒナは私の手の中で短かすぎる命を終え、ただただはらはらと涙が零れたのでした。

私の『いただきます』は食事を前にした習慣的挨拶であったのだと気づかされました。感謝と共に在るのは祈りであるように思えるこの頃です。 ゆっくり育つ烏骨鶏の産卵は半年先だそうで、冬を迎える前ですのに春が楽しみで仕方ありません。 いちいち可愛い仕草のヒナたちは私の心を笑顔にしてくれています。



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こちらはニンニクです。昨年、ご縁をいただいた中頓別町小林農園の希少なニンニク『風雪百年』を小林ご夫妻が今年も届けて下さいました。赤紫色の薄皮に包まれた乳白色のニンニクは開拓当時から受け継がれた在来種、切り口にアリシンが液体になって滲み出ます。北海道開拓当時、特に道北の過酷な環境の中で命を繋ぐ源としてどれほどに貴重なものだったでしょうか。 作物との対話を大切にされている小林ご夫妻のニンニクは、ローストで香ばしくも微かに花の様な芳香となり素材に邪魔をせず旨味となって参加してくれます。 本当に優れた物は、簡単に流通しないものなのですね。 地域に感謝・作り手に感謝。


ちゃんとした、おとなの言葉

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蕪です、低温続きのなか主人の丹精はピンポン玉ほどの小さな実りでした。 出汁で煮た茎と葉をペーストにして生クリームをチョッピリ加えたソースに、利尻昆布で包んで蒸しただけの蕪、小さな実りでしたけれども香りと甘みがはっきり際立つ美味しい一皿に、初夏の頃のことでした。

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銚子産の愉しい缶詰、サバカレー。ポップな色彩、男性の思慮深そうな横顔、サバでカレーで・・・買わない理由がありません。 サバラーの私ですけれど、カレーに着想する幅は無く。 柚子酢のご飯にして、不思議なおいしさでした!





 日々、反省の連続です。
失敗の度に『次に活かそう』、と、建設的な自己弁護。ですけれど反省が尽きないのですから、都度、活かされてはおらず反省がミルフィーユ状態に重なります。赤面ものの失敗が積もりますけれどある程度溜まったならパクリと飲み込んで自分にノーサイド、年齢を得て知った、処世術とでもいうのでしょうか。若いころ、年齢に比例して『きちんとした大人』になれるものと根拠もなく漠然と思っていましたけれど・・私の場合はブッブー はずれ、幾つになっても稚拙なまま。両肩が脱臼するほど自分にガックリすることもあり(笑々)

『大人』とは❔主人に参考意見を求めましたら、『大人とは人間、人間とは絶対ではないもの』。と、哲学的と言いますか、禅問答的と言いますか・・ぼんやりと納得。

少しばかり忙しかった夏が終わり、ゆったりとした時間の流れる秋の日の午後、移りゆく季節を森の様子に実感しながら他愛もなくこんな事をつらつらと考えられる豊かな時間に感謝をしつつ、ふと、思い出しました、『レオ・レオニ 作  6わのからす』 を。
麦をめぐっていさかい合う農夫と6羽のからす。そんなことをしている間に畑の麦はだめになりそう。知恵者のフクロウが話し合うことを薦めます、和解は困難と思っている農夫とからす達に『ことばには まほうがある』と。敵だと思い込んでいた相手ともちゃんと話し合えばわかり合える、そんなお話しです。
ちゃんとした大人とはちゃんと話し合える人の事の様な気がします。
国会中継を視ていると、晋三ちゃんに読み聞かせしたくなる絵本『6わのからす』です。

夕暮れどき、この時期の空には白鳥たちの渡りが見られます。
ヨーロッパを訪ねた時、道北に戻ったような気がするほどその風景は同じでした、。ノルマンディーに暮らしたサンサーンスが『白鳥』を着想したのもこんな秋の日の夕暮れだったのかも。穏やかな時間に平和な想像です。










あらためまして、 馬のことを。

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500㎏の体を支える脚は幼児の腕ほどに華奢で。背には100キロ近い人を乗せその脚で馬場を駆ける姿は神々しく。この体で完全草食動物、力の在りようも神秘的です。

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彼の名前は『エンジェル』 アングロアラブ種20歳。 老齢の彼は、馬との向き合い方を私に教えてくれます。

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メジロライアンを父にもつ彼女は『メジロシルエット』 サラブレット種15歳。中央競馬引退後、縁に繋がり天塩町へ。老いつつもゲノムの中の誇りは失せないようで、時折、初心者の私を寄せ付けない気高い畏怖を示します。

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最北の乗馬クラブ、主人と私が毎週通う天塩町ふれあい観光牧場には厩務員もインストラクターも在籍しません。北海道新聞でも紹介されましたけれどクラブ会員の女性お二人がボランティアで馬達のお世話と会員の指導を担っていらっしゃいます。これは、馬好きならば誰にでも出来るという事でもなく、馬への思いを共有できなければ到底続けられる事ではありません。馬に限らない生き物へ慈愛の心がお二人の行為の基となっているように思えます。


 私が初めて馬に乗ったのは8歳の夏休み、その馬は大叔父の隣家で飼われていた巨大な農耕馬でした。その高さ、不安定さは怖いようでもあり楽しくもあり、それは父の肩車に似た感覚でもあり。素足から伝わる馬の柔らかな体温と肩車感覚が、優しく信頼出来る動物なんだと幼かった私に認識させ、何度も乗せて頂くうちに会話が成立はしなくとも心で通いあえるというとても貴重な経験を得る事にもなりました。 翌年の夏も馬との再会を楽しみに再訪しましたけれど、願いは叶わず。 『もういないよ』と、いう言葉の中に役割を失った馬の運命を察しその理不尽さに言いようのない悲しさを経験した9歳の夏でした。

このエピソード記憶はその時のまま鮮明に私の中に在りますけれど、改めて考えてみますと、命を通して経験した理不尽な感覚を知った事はとても意味深く、バーチャル溢れる現代では経験し難い事なのかもしれません。 青少年事件が凄惨さを増して報じられる毎に胸が痛みます、不条理を知る大人達が本気でこの事を考えなくてはいけないと思うこの頃です。 


    

あやうい雲行き

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  乗馬を習い始めました。叶えたい事の一つでした。
馬は人を背に乗せた瞬間、その人の『乗馬の実力』を判断するのだそうです。初心者の私が、教わった通りのつもりで合図を出しても彼は動いてはくれません。 その様子は、馬との時間に心がはしゃぐ私を示唆してくれているように思えます、『基礎を丁寧にしっかりと覚えなさい』と。 乗馬の技術以前に人間性を判断された様にも思えてなりません。

 
 暖かな冬でしたので薪が随分と残った春でしたけれど、気温が上がらずに冷たい雨が続いた六月は毎朝欠くことなくストーブに火が入りました。蝦夷梅雨とはいえ、これほどまでに低温続きとは思いもせず、雨の間をみて種を蒔いたニゲラが漸く微かな芽を出し始め、初夏への期待を繋いでくれています。

先日、『天気も世の中も おかしげだ』と、畑の師匠がポツリと。シンプルな表現の中に戦争を経験した方の深遠なる思いを感じました。 ナチス商品が今も高値で売れているドイツの首相は『歴史に終止符はない』と繰り返しますけれど、被爆国の総理が、過去を繰り返さないと言いつつ手繰り寄せているのは・・。この、お二人の発想の違いは品性の違いなのでしょうか。

ミントを摘みに外へ出、何気に見上げた空に飛行機雲が。水色の空の上、微妙に蛇行する白い線は幼児がクレバスで落書きでもしたようで、その柔らかな曲線は一遍の詩の様でした。 いつの時も、平和な空であります様にと願わずにはいられません。

おわりよければ坊や良し

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ぽってり、多弁な唇の様です。生気を無くした見切り品のマダカスカルジャスミンを迎え入れたのは去年のこと。数枚の葉数でしたのに今では天井から折り返してジャスミンタワーになりました。茂る葉の中で個性の一枚、何を語るのか・・処分を免れたお礼❔と、思い乍ら胸のあたりがひんやりとしたのです。私はなんと傲慢な思いをもったのでしょう、茂る葉に嬉しさを伝えるべきは私ですのに。

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ランドセルが重たかった帰り道、外遊びの最中、子供の頃の私は道端のレンゲを摘み蜂の気分でチュッっと蜜を吸うのが好きでした。ほのかな甘み・微かな量、それは家でおやつを頬ばる以上に、何故なのか至福の瞬間でした。 レンゲの季節になると思います、今ならどう感じるかしら❔、と。 やわらかな思い出のままにしておきたいので試さずにいます。 北広島 荒井養蜂場、瓶もラベルもシンプル、蜜の佳さが伝わります。採蜜のミツバチと養蜂家に感謝。


 突然の真っ暗闇、そして大音響、幼児なら泣かずにはいられません。追い打ちで、デフォルメされた猫顔メイクの猫人間がすり寄ってくるのです。それはもう、ナマハゲ襲来クラスの怖さかもしれません。劇団四季 キャッツ札幌公演、私の隣席には3才くらいの可愛い坊やが。 お母様がどんな言葉で説得しても、恐怖は募るばかりの様子。仕方がありません、猫たち、ゆるキャラとは違いますから。 そんな2時間を彼は何とか乗り切り、フィナーレでは笑顔で手拍子を合わせていました。その笑顔にホッとしましたけれど…。10年前の私でしたなら、この環境での鑑賞を不快に感じたのでしょうけれど、密かに応援ビームを坊やに放つ自分の経年変化に気づかされた20年ぶりの劇団四季の時間でした。

無機質なビルが林立する空間から原野へ戻ると、朝露のヴェールに覆われた牧草地は瑞々しく緑濃く、近づく夏を感じます。そして、可愛く美しい小鳥たちのさえずり、空気に少し冷たさを感じますけれど窓を開け放ったままで朝食を頂きます、この素敵なBGMを聴きながら。





 
 

もどれない時間

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削られる様子が楽しくて綺麗で、ついつい削りすぎてしまいます 100円ショップでみつけたお気に入り。アートな空間を持つ鉛筆削り。

  陽射しに春を感じる朝に聴く小鳥の声は今年も格別に清らかで、心が洗われる思いです。野に響く澄んだソプラノがどこか神秘的なのは、その姿が見えないせいなのでしょうか。近いようで遥かな音に聴き入りながら季節の移ろいを実感します。
美しい環境の中に居られることに感謝をしつつ朝の仕事を終えて一呼吸、第十五回現代短歌新人賞 富田睦子さんの歌集『さやの響き』を手にしました。

            心臓を吸いだすごとく乳を飲むみどり子はつか朱にそまりて     


            引き出しに胡瓜の薄切りしまわれておさなごのいる家の不可思議


 この歌集は、30年近くも前になる私の妊娠・出産・子育てを思い返し反省をさせられる歌の数々でした。母となった私は余裕なく必死に躾けというものに励んでいたように思います。それは子供の為というりも、親として世間への体裁作りの自己満足だったのかもしれません、幼な子の瑞々しい感性を驚き、楽しみ、緩やかに過ごすべきだったのでしょうけれど。子供の幸せは親の持つ感性度に大きく影響されることを今更に気づかされました。もしも私の子供たちに親となる時間の巡り合せがやってきたなら、その時は、母には無かった豊かな感性でユニークな時間を過ごして欲しいものです、身勝手な願いですけれど。

            もう二度とわれの一部にならぬ子の爪はつめたく乳房を掻く


            丹田に力をこめて入室す育児サークルのその輪のなかに


            寒き日を子にマフラーを巻いており耳のふたつは花芽のごとし 

 

五首の歌は富田睦子さんの第一歌集『さやの響き』より 

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