学歴詐称して代議士に立候補したことが問題になった時に、私は、何故その様なつまらぬことをするのだろうかと、寧ろ不思議に思った。
票を獲得する手段として、学歴の嘘が有利に働くとは思えないので。

一般の社会人の間では、学歴が奇妙なプライドになったりするのは、良く見掛ける。
然し、本人が良い気持ちでそれをひけらかす時、聞かされる方は腹の中でうんざりしながら、調子を合わせている
のが、普通である。
そこで、選挙戦で票を獲得する手段としては、それは余り利口な方法とは、私には思われない。


前の記事、 お祖父さんの17歳の頃の話 に書いた話の、国会討論で、ある代議士が、「首相も私も同じK大学の卒業で・・」、と議題に関係のない発言をしたのも、同様。
この人物は自身を売り込んでいる心算でも、見ている方は、「バカ野郎」と思うだけである。


然し、世間一般では、「学歴詐称」は矢張り可也魅力の有る行為らしい。
それをやってみたいと思う人は割合多いようである。
私が見聞した幾つかの実例をご紹介する。

? 或る都内の団地に住む奥方、夫人は、周囲の人との会話で機会ある毎に、「私が東大に居た頃・ ・」、という表現を使って、話していた。
何時の間にか、団地内では、I夫人は東大卒だと皆が思い込んでいた。
何年かして、その団地に入居してきた家族のご主人A氏は、東大卒業者であった。 A氏の細君は、隣の奥様に聞いた夫人のことを、ご主人に話した。

ご主人は気軽に答えた。 「ああ、あの人ね。 東大に居たよ。食堂でパンを売っていた」、と。
くどいようだが、断っておく。 食堂でパンを売る仕事は、何も恥しいことでも、隠すべきことでもない。
しかし、経歴として東大卒業とは、全く別次元の話である。
夫人は、積極的に嘘は言わなかったかも知れない。 しかし、意図的に相手の誤解を誘う言い方、をしていたのは確かである。


? 全く同様な、「会話表現に依る誤解誘導」、は可也一般的に、多く行なわれている。 I夫人だけが特異なのではない。
S氏は或る夜間短大を卒業して後、或る国立学校に教員として勤務している。
可也昔の事だがS氏は一度、内地留学の制度で、東大に行き、一定期間を東大の研究室に出入りして過ごした。 
この人物もまた、「僕が東大にいた頃、・・」、を多用するので、余り詳細を知らない周辺の人人は皆、S氏は東大卒だと思い込んでいる。


? 地方の某医学専門学校の卒業生であるK医師は、卒業後の研修を、慶応大学医学部付属病院で行なった。
この人物も、僕が慶応大学に居た頃・・、を良く口にするが、本当の出身校である地方大学のことを、話題にすることは無い。
矢張り、医学界の名門、慶応大学医学部の出身者であるとの誤解、を招くための努力であろう。


? 上記の諸例とは逆のケースもある。
 Y夫人は、ホンモノの東大卒業者であるが、在学中から現在に至るまで、他の人にそれを云われるのが、好きでない。
旅先等で出合った人に出身校を訊かれると、「東京の大学です」と答え、東大とは言わない。
大抵はそれで済み、それ以上追求される事はないという。 これも、一種の「詐称」であろう。
 

これ等の「詐称」が周囲の人達にバレた時、周辺の人々はその浅墓さを格好の笑い話にして噂をするのだが、その噂話は本人の耳にだけは入ってこない
そこで、?の夫人は今でも団地内の人との会話には時々、「私が東大に居た頃・ ・」という話し方をする。
哀れ、と言うか、惨め、というか。



現在では大学とは、籍を置き、卒業免状を貰う場所になり、勉学する場所ではなくなった。
が、昔は逆に、学生でなく、従って卒業免状など全然当てにしない者が、授業料も払っていないのに、講義を聴きに行くことがあった。
学籍のない輩が教室に入り、授業を盗み聴きするのだから、法律的には犯罪行為である。 しかし、学問的には、講義内容が目的の彼等の方が、卒業証書が目的の現在の学生よりも純粋である。

これを「天麩羅」と称し、今東光などがよく知られた例である。
教授達もさばけたもので、それを良く承知しているのに、咎めたりしないどころか、本物の学生も「天麩羅」も含めて、一緒に呑みに行ったりしていた