一般の日本人市民は、もし何かの間違いを犯すと謝罪した上で、被害者に弁償をすることが求められる。
ところが、ある種の職域の人には、それが求められない。
官僚、司法関係者、医者、がそれであり、言うならば、特権階級である。

経営の見通しを誤れば、個人商店主は倒産するし、企業の経営者は引責辞任する。 官僚には、それがない。

公共事業の見通しを誤って大変な額の投資を無駄にしても、申訳ないでもなければ、引責辞職もない。
文部官僚が、あれだけつまらない大學を沢山作って、(名前だけの)大学生を増やしておきながら、医学部だけは定員を減らしたために、医師不足の社会問題を生じても、申訳ないでもなければ、引責辞職もない。

たまに、謝る事があっても、それは組織の「看板」が謝るだけであって、実務の担当者が謝罪する事はない。
看板は謝っても、痛くも痒くもないから、また同様な間違いを繰返す。
実務を担当した本人個人の名前を明示して謝罪し、弁償をする仕組みになっていれば、官庁の業務はもっと良いものになると、毎度感じる。


行政官僚だけでない。
下級審の判決が上級審で覆っても、下級審の裁判官が責任を問われる事はないし、弁護士が被告に焚き付けて、嘘を言わせても問題になる事はない。
現場の医者が診断を誤った場合の責任は最近になって議論の種だが、精神科の医師とか、司法関係の医師の責任を問われた事は、私は知らない。

そのため、随分と非常識な結論が、医師の名の権威で出されるのを目にする。
朝青龍の場合がそうであったし、今回の力士死亡事件の場合もそうである。


マスコミ報道を見る限りでは、今回の死亡力士の遺体の状況は実に惨いものであったらしい。
普通の人間が見たならば、それは、暴力沙汰で惨殺されたものである事が直ちに分ったものの様である。
しかし、当初に検分した医師は[「病死」とした。
それが、その医師の力量であったならば、何故、その様な人間が医師の資格を持ち得たのかが問題である。

医師国家試験を根本的に見直す必要がある。

そうではなくて医師本人は、被害者がリンチで殺された事は分ったが、何かの事情で病死の宣告をしたのならば、その責任は厳しく追及されなければならない。
医師免許の剥奪は愚か、刑法に照らして然るべき処罰が下されるべきである。

いずれにしても、マスコミはその辺を調査するのが仕事だと思う。
しかし、現在までに、最初に力士の死体を見た医師の名前も、その責任追及もマスコミは一切ノータッチである。
この辺の、「社会的いい加減さ」が、現在の日本を薄汚れたものにしている根本原因だと私は思う。