D大学では、各学科に一人ずつ、留学生を割り振った。
この学生達は、中学一年生の数学の学力も無く、とても
     専門科目の習得など出来るレベルでない。
K君の学科に来た学生に、担当科目でK君は「不可」の
   成績評価をつけた。 他の履修科目の先生達は、
   この留学生に全て「可」の評価を与えた。
  ある同僚はこの現象を見て、「可」「可」「可」と
   丸で鴉が飛んでいるようだが,中に一つだけ「不可」
   というのがある、と評し、K君をからかった。

   「可」とは合格範囲の最低評価で、普通は恥ずべき
   成績である。 K君以外の教授達は、本来は不合格
   のところを、温情か、または面倒を避けるためか、
   「可」としたのだった。

ところで、K君の担当授業科目は特別重要科目であるため、
   その科目が不合格になると、それだけで留年が決定する。
   一方、国費留学の精神から、
   留年したら、留学生の資格は取消され、帰国となる。
 マレーシャ政府要人の身内にその様な扱いをするのは、
   外務省としては困ったことである。 其処で外務省から
   文部省に圧力が掛かった、  と私は見ている。

 弱小官庁の文部省は、自分の立場の筋を通すことよりも、
          外務省のご機嫌を伺うわけだ。
 筋としては、英、米、仏、の大学では当たり前の
   「不出来な者は卒業させない」ということなのだが、
       日本の大学では異常
、なのである。
    政府官僚も、政治家も、大学教授たちも、
      何のために海外出張・視察・留学をするのだろう。
    外国留学などしたことの無いK君一人が、
    あのマレーシャ留学生に英、米、仏、の大学並みに
    「不可」を付けたのだった。
とは言っても、3流官庁の文部省は、外務、通産、という
   上級官庁に言われれば、何とかしなければならないので、
   手立てを講じる。  大学に何とかしろ、と働きかけた。

ところが相手が難物のK君だから、直接の説得は出来ない。
   以前にもある一件でK君を刺激して、彼が匿名で連載
   している新聞コラムに、 文部省の出鱈目を書かれて、
   大騒動になったことを、文部省は覚えている。
そこで文部官僚は、D大学の幹部と、密かな対策を練り、
   この出来の悪い留学生が留年しないで済むように
   処置を付けた。 それは、学生部長のS教授が、K君に、
   「K君の担当していた科目を、替わって担当させて
         くれないか」、と申し出たことである。
 
K君もこの陰の動きを承知していたが、知らぬ振りをしていた。
   K君としては、自分が担当科目の成績評価を
    曲げなければ、それで良い。 学力の無い学生に
   他の教授が合格点を与えても、K君の良心の痛む問題
   ではないから、最低限の自分の良心は守ったのだ。
   が後味の悪いことだった。
こうして一件落着し、マレーシャの学生はめでたく日本の
   大学を卒業して、留学から帰国出来た。

この騒動が治まった後で、学生部長S教授がマレーシャへの
   海外出張に出掛けた。  当時は海外出張の機会
     も少ないし、 それも、全て欧米であり、
     東南アジアへの海外出張とは、極めて異例
   なので、学内では、あの一件のご褒美だな、
   と囁かれた。 S教授は、その後、叙勲を受けている。 
{続く}

 ★ ★ ★ 目次: ★ ★ ★ 
▲[L-53]: JICA業務縮減を喜ぶ(1)
▲[L-54]: JICA業務縮減を喜ぶ(2a)
▲L-56]: JICA業務縮減を喜ぶ(2c)