NHKの朝ドラ「カーネーション」が間もなく終わる。 
その前の朝ドラ「おひさま」については、その放映中に私は
   ▲ 高校寮歌「春寂寥」(続):[L-75][11/4/24]、
               を書いたし、ピアニスト氏も
   ▲ 「おひさま」に想う:[A-137]:[2011/6/28]
を書いた。 その頃 (ドラマのスタートの頃) には私は、
  ドラマ作者も、出演俳優も、それなりに現地事情や旧制高校
  について調査・勉強をしているもの、と思い込んでいたし、
  ピアニスト氏も同様な受け取り方だと見ていた。
  が、次第に内心で,やや不服な処を感じることもあった。
ピアニスト氏がその後に書いたブログ記事:
   ▲ 「おひさま」の話題:[A-139]:[2011/9/3]
   ▲ 「おひさま」の話題(2):[A-140]:[2011/9/25]
を今になって見ると、その頃に、彼も頭の片隅に同様な
  いらつきを感じていたように推察する。
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更にドラマが放送終了後に出演者や他関係者が、テレビ
  などで、 あのドラマについての発言をするのを見て、
  気持ちが冷えて行く、のを感じた。
それは関係者たちが長野に地縁のない人達ばかりであり、
  偶々舞台設定があの土地であったために、
  地元の要望で、旧制松本高校の話題を取り入れた
  だけだ、 という話を知ったからである。
こうして、私がドラマを見ている途中から
  モヤモヤした感じを受けた理由が、納得できたのだった。
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あのドラマで旧制松高生を演じた俳優が、ドラマ完了後にも
  なお、松本の土地についても、旧制高校についても
  極めて不勉強でモノ知らず、 であることを知って、
  これではどうしようもない、 と納得できたのだった。
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     「おひさま」はドラマであって、ドキュメントではないのだから、
         そのことはそれで良いのだろう。 
     寧ろ、最近ではすっかり忘れ去られている旧制高校の
       理念とか意義とかを、このドラマを通じて世間一般にも
     見て頂くことを期待する方が、独善というか我儘であろう。

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しかし、同じドラマでも、あれに比べると、現在大詰めを
  迎えつつある「カーネーション」の出演者の、
  ドラマに取り組む姿勢、 は立派、である。 
特に、長女優子役の新山千春が現地事情や方言を理解
  する為に、長期間に亘って、住居まで変えて、
  どれだけの努力を払ったか、を偶々知って感動した。
ドラマ製作に限らず、製造業でも流通業でも、官庁でも、
  社会に於いて、仕事に向かうときに全ての人間は、
     そのくらいの覚悟と姿勢で当ってくれたら、
  どんなに良いか
、と嬉しく思った。
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その様なことが有るので、
  地縁としては関係の深かった、「おひさま」よりも、
  土地柄は私は好きでなかった「カーネーション」の方に、
  ドラマとして優れたものを感じる。
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ピアニスト氏も私と似た心情の変化を抱えているのだと
  思うが、その点についての発言が無いので、私が
  『「おひさま」の話題(3)』を書いて置くことにする。
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旧制松本高等学校(松高、と略記)に関しては、私は
          以前に2編のブログ記事:
   ▲高校寮歌「春寂寥」:[L-64]
   ▲高校寮歌「春寂寥」(続)、:[L-75]
を公開している。
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その松高の関係者の作る、 「松高だより」という
  不定期刊行物がある。 
     松高の同窓会は母校が消滅して後も長い間、同窓会誌を
     発行し続けていた。 さすがに会員の高齢化に依り終刊
     となったが、その終了時に会員の中で、継続するか
     終了するかの意見が分かれて、 同窓会誌の後継として
     有志者により発行されているのが、「松高だより」である。 
    流石に寄稿者は80歳前の(若い?)人達が主だが、
     (全ての旧制高校の中で、松本だけに往年の校舎が
      残存しているために、旧制高校記念館が存在し、
      旧制高校寮歌祭が開催されたりの事情も有り)、
      松本以外の旧制高校OBの寄稿や、亡くなった卒業生
      の夫人や子息の寄稿もよくある。
 
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その「松高だより」16号(2012年3月)には珍しく戦中派の
  寄稿が数件ある。 その中で、「おひさま」が酷評されている
  昭和18年卒業の小尾洋介氏の投稿で、
『朝ドラ「おひさま」が好評と。 同時代の俺はガッカリ。 
  期待の松高、旧市内、安曇野、はチョッピリ御付き合い
  程度。 物語も交通、距離、時間等が曖昧、風俗、言葉、
  世相、等の考証もいい加減で、それに何に変哲もない
  筋書きが、 殆ど一そば屋内で展開された。
  これでは、 舞台は何処でも良かった』、と。
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流石に先輩は目が高く、私のように一時でも化かされたり
  しないのは御立派である。
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     しかし、▲高校寮歌「春寂寥」(続):[L-75]、に書いた海野氏も
     今回の松高だよりに書いていて、御自身の入学年次を
            昭和20年としているのを見ると、
     元東大教授も流石に御歳だなあ、と思わずに居られない。