本日は4月1日である。   この日の発言は、どのように
 受け取られても仕方ないのを、承知の上での御挨拶である。
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.     私はずっと以前に、まだブログを開設する前には、
.     あるペンネームを用いて諸方のブログにコメントを入れていたことを、
      このブログをご覧になる多くの方は御存じであろう。 
      6年前からは、ブログの世界では「晩秋」を名乗って、
      以前のペンネームの使用は止めてきたが、実生活でも
      他の諸活動でも、この名称「晩秋」は用いていない。

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今年の2月以来、私は 「浦島一夫」 の名前を使用、するようになった。
.         このブログの名称は「晩秋」のままにしておくが、、
.            書いているのは「浦島」であると、今後は御理解下さい。

 ブログだけでなく、趣味、道楽、そのほかの諸活動でも、
    私は 「浦島」 として行動することを、ご了解ください。
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既に2月には名刺も用意して、初対面の方には勿論、以前からの
   趣味面での御交際の方にも、その名刺を差し上げている。
  遠藤周作氏の「狐狸庵」の称号と、同様な意味に捉えて
  頂ければ幸いである。
.       何度も名前を変えることは、現代では流行らないが、
        昔の人は、生涯に何度も名前を変えたのは、
.        皆さま御存じの通りなので、御許容願いたい。
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その”改名の理由”、をご説明しておきたい。 
思いがけず私も長生きをして、今になって周辺を見渡してみると
    若い時の知人、友人は、殆ど居なくなっている。 
  国民の平均年齢を越しているのだから、 学校時代の
  仲間は、亡くなっている者が多いのは当然だが、
      生存している者も、 心身の故障のため、
  まともな会話が可能な友人は、殆どゼロ、である。
  歩行困難、耳が遠い、などは良い部類であって、
    アルツハイマーとか難病で、話にならないのである。
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共通の「昔の思い出話」を語り合える相手、の人数を数えると、
  小・中学校同級生が3人だけ、高校、大学はゼロ、である。
  事情があって、高校大学の同級生の平均年齢は、私よりも
  数歳年長なのだが、それにしても驚いた数字である。
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Y氏の知り合いの傑物女性の老化、の話をピアニスト氏が
     ▲ 「出逢い」に想う(3):[A-136][2011/6/26]
   に書いていたが、 同級生でない、同時代に思い出を残す知人
   の数も、 あの例のように、減っていくものである。
   まして、年長者ともなれば、
     ▲ 「おひさま」の話題(3):[L-92][12/3/17]
   に書いた高校の先輩、海野氏も、
      お元気なようではあっても、あの通り、 である。
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この様なことになったのは、私が長生きをした結果、である。
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  振返ってみると、お金持ちにはならなかったし、社会的地位には
  無縁であったから、 竜宮城に行った程ではなかったが、
  私も結構愉しい人生を過ごしてきた。
  それが、ふと気が付いてみると、昔話を語り合える相手が居ない、
  というのは、浦島太郎の物語、ではないか。

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今年の誕生日に、そのようなことを考えて、「浦島次郎」に
  名前を変えようとしたが、初対面の相手に名刺を渡す時に
  刺激が強すぎるのを慮って「浦島一夫」にした次第であった。
以上、改名のご挨拶まで