二人のピアニスト氏が、日本では見識ある提言が活かされなくて
   社会に歴史的進歩が無い、と怒って書いている記事:
      ▲小学唱歌の古典的意味:[A-167][2013/5/19]
は、1985年の指摘が教育に活かされずに2013年の今日に至っている、
   という話である。 
それを見たK.Y.君がブログで、旧い論説を紹介しながら、
   こちらの方がもっと古いし、問題も深刻だ、とこぼしている。
毎度のとおり、(皆に知って貰いたいのに、Y.君のブログが
   一般公開されていないので)、その概略を私が紹介する。

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                  Y君の取上げている論説とは、
昭和50(1975)年5月10日の電子通信学会総会で、松下通信工業蠅
  唐津一が行った特別講演
のことで、その要旨が電子通信学会誌
  1975年10月号1062−67頁に掲載されている。
  標題は「低成長時代への展開」で、1975年という時代に相応しい
  テーマである。 しかし、内容は2013年5月22日の現在に書かれた
  と言っても、誰も疑わない論旨、である。
現在(2013)の日本の抱えるいろいろな問題の夫々について、
  数日前、数週間前、或いは数ヶ月前に、国内で
  激しい論議があって、漸く結論に到達した問題への対応が、
  この35年前の唐津氏の論説には、提言として書かれている。

一例をあげれば、●ムシの良い既得権益擁護の農協の反対に対して
  TPP参加を決断する判断、●そのための意欲的な農業の育成、
  ●環境を人口的に管理した装置化農業で、農家の生産性を
  10倍に挙げる見通しとか、●海洋牧場プロジェクトなどの話題は、
  2013/05に書かれた提言と思うほどである。
●日本中の人々が一回り小さな自動車に乗ることでの、エネルギー
  節約のメリットと、それに依るデメリットの問題、なども同様である。
  とても1975年に書かれた文章とは思えない

システムの問題は、昔から日本人の苦手とする処である。
  診察を受けるために2時間以上待たせる病院が多い中で、
  当時、電話予約など情報技術と設備の活用で、患者、医療側
  ともに喜ばれる病院が生まれてきたがシステム改良により、 
  更に期待できると唐津氏は言っていたが、残念ながら、
  その後35年経ってもこれは未だ実現していない。
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               唐津氏は面白い計算を示している。 
日本では自動車免許証は3年ごとに書き換えるが、その手続きには
  大体半日(3時間)掛かる。 免許証所有者2,300万人だから、
  マンパワは日本中で一年間に「2,300万人・時」の計算になる。
会社勤務者の1年間の労働時間は、2000時間くらいだから、
  この数字は、従業員約1万人の会社の従業員が、毎日仕事を
  しないで免許更新に行っていることになる。 その売り上げは
  少なくとも年間1千億円以上になる。
こうしてみると、免許更新の期間を長くすることで増える事故を
  分析して最適期間を決めるべきだ。
こういう発想は、2013現在の日本の政治家、官僚には全く望む
  べくもないが、現代文明を築いてきた先進文明国のリーダー
  には基本的な嗜みであろう。
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唐津氏はこの講演の冒頭に「暗いトンネル」という話をしている。
世界各国の各種経済データを披露し、それがそれらの国々を
  旅行して現地で感じるところと合致していることを述べたうえで、
 世の中の豊かさというものは資源とか、立地条件とかいった
  物理的な量や質だけでは律しきれない、他の「何か」
  によってきまる
、ということを、指摘している。 

それに続いて、日本全体の生産性(国全体の平均値)というものは、
   欧米先進国の半分以下である、と言っている。 
   (●面積当たりのGNPは模範国スイスと略同じであるとか、
    ●工業先進国の中で貿易黒字を維持しているのは日独だけ)、
   であるのに拘わらず、である。 
このことは不思議な気がするが、これは日本の流通機構が
   信じがたいほど非能率でコストが掛かっていることに依る。
唐津氏はこの暗いトンネルを発見して喜んでいる。 というのは、
   このような未だ開拓可能な暗黒大陸が存在するということで、
  いわば、含み資産があるということだ、と唐津氏は見るからだ。
しかし、唐津氏のこの論説から35年経っても、
          その利用は未だ手がつけられていない。

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日本では見識ある提言が活かされなくて社会に歴史的進歩が無い、
  と怒っている記事: ▲ 小学唱歌の古典的意味:[A-167]、 
   を見たK.Y.君が唐津氏の古い論説を想起したように、
   私はヤンデンマンの論説を想起していた。

週刊新潮1987年5月14日号に掲載された“東京情報1358号”、に、
   日本弁護士連合会が“教育問題解決法トラの巻”を刊行
   したのを「何を血迷ったか」と、ヤンデンマンは批判している。

弁護士流ものの考え方と、教育とは、全く別のモノで、
   ほとんど相容れない。
 本来矯正されねばならない問題児の
   行動を如何に不問に付すか、という手引書は
   「1人の犯罪者の人権を守るために99人の人権を
     ないがしろにしてもよい」、 という、いつもの
   法曹界特有の屁理屈の延長線上にある。
これはもう教育干渉なんてものでなく、教育破壊だ』、
   とヤンデンマンは怒っている。
東京情報1358号の主題は体罰問題で、この問題は戦後半世紀
  の間に何度も蒸し返し問題になり、最近も大きな話題になっている。
そのこととは別に、問題にアプローチする法務関係者の姿勢に、
   最近も、 ▲法務省の仕事ぶり:[L-107]、 を書いている私は、
見識ある提言が活かされなくて、社会に歴史的進歩が無い
   という点で、この記事にヤンデンマンの意見を記載しておくのだ。