旧制高等学校への思いは、その廃止後半世紀を経ても
   消え難いものがあり、関連出版物も、メデイア論説も
   後を絶たない。
   話題性があるために、表題だけは立派な書名を
   付けているが、内容は特定グループの狭隘な話題の
   酷い図書もある。   それらの中で、
      「旧制高校物語」(秦郁彦著、文春新書、2003年)、
      「かつて日本に旧制高等学校があった」
         (手束仁著、オフィスワイワイ密書房、2008年)
   などは、論旨も比較的しっかりしていて、
   資料価値も認められるが、奈何せん これらの著者は
        旧制高校終焉後に成人した人達だから、
     自身の体験を通じての書き物とは矢張り違うなあ

       と感じざるを得ない。


しかし、それを逆に言うと、それでは旧制高校に在籍
していた人の話を聞けば正確な情報が得られるのか
というと、決してその様なものでない
   こと、も、また確かである。 例えば、
      ▲ 旧制高校の寮歌(2):[L-113][13/7/14]
      に書かれている様な事もあるのだから、旧制高校に在籍
         していた人として、U氏に往年のことを聞いても、
         如何なものかと思う。   (U氏については
           ▲ 「おひさま」の話題(3):[L-92][12/3/17]
         にも記述があることを補足しておく)。

こうした例は決して例外的な話ではなく、
人間集団の何処にでも多く在ることである。
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   こうしたことが、どの様な問題にも存在することであり、
      当事者に聞いてさえも事実を正確に評価すること
      が難しいとなると、矢張り調査する当事者の
      見識が大切である。
      例えば、▲学歴詐称:[L-8] [06/06/14] 
      に紹介されている学歴詐称程ではないけれど、人間社会には
         実質的には嘘を吐いて妙に恰好をつける人はいるものだ。
      今此処で抽象的にこのような言い方をすると、当然のこと
         を言っているだけのように思われるが、現実の事例で
         情報に接すると、つい思い違いを生じるものである。


一例をここに紹介しておきたい。

U氏が先月の旧制高校寮歌祭に参加して、若い信州大学生
   たちの前で演台上に立ち、春寂寥を歌っていることが
   上記記事に書かれているが、その時にU氏のほかに
   もう一人山田光雄氏が壇上で一緒に歌っている。
この人は、U氏と同級であり、その父君がキュリー夫人の
   研究所で一緒に研究をしていたことにプライドを持って
   同窓会報に書いているのを見て、私たちは驚いたことがある。
   { “放射能に殉じた山田延男” 、山田光男著、
        「私達の教育改革通信」第54号、2003/2、参照 }
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Y君や私が驚いたのは、キューリ研究所で働いていた日本人
   と言えば、誰でもが湯浅年子さんを思い出すし、
   その以前に(或いは、「その他に」、と言っても良いかも
   しれない)日本人が居たのを、聞いたことがなかったからだ。

Y君は湯浅さんとすれ違って会い損なった、例の一件
      があるので、特にこの話には敏感になり、
   山田光雄氏に問い合わせたが、
   その返信は、洵にそっけないものだった、という。

      私等は山田氏の父君がキューリー研究所に居たことがある
      のを、疑っているのではない。
      ただ父君が、光雄氏が教育改革通信に書いている程の業績を残した
      のならば、文献資料に残りそうなものだし、更に言うならば、
      Y君の問合せに対し克明な返信があったろう、と考えるのだ。

      世間一般に正当に周知されていない父君の業績を、
         従来見知らないY君が興味を持って問い合わせた
         のだから、山田氏としては絶好の機会ととらえて、
         詳細な情報提供があっても良い場面、であった。


私はこの経緯をY君から聞いているだけに、先般の寮歌祭で
   U氏と山田氏の二人だけが若い信州大学生たちの前で
   演台上に立ち、春寂寥を歌っていることに、
          ある種の蟠り、を感じたのだった。
このお二人に対しては、前回記事:
   ▲ 旧制高校の寮歌(3):[L-114]
   に書いた、戦後入学の旧制高校生やN大学の学生
   に近い体臭を感じざるを得なかったのだった。