鳴は一応は拒否権もある中、当人の同意を得て、今のような状態になったようですね。
最も、誰かに押し付けざるを得ない役割となると、断り辛いのは確かですけど…
鳴はそれが出来る子ではなく、自分がいない者として扱われる方がいいと考えたよう。
早苗が弟に問い詰めても答えてもらえなかったのも、そういう決め事だからと。
入院していた転入前の恒一に対し、泉美が出自を確かめるような真似をしていたのは、転校生が来て机といすが足りなくなり、1ヶ月遅れて始まったからかもという疑いの元、死者か否かを判断するために尋ねていたようですね。
泉美の判断は、夜見山市に住んでなく、兄弟もおらず、手も冷たくなかった恒一は、多分死者じゃないというものでしたが…
事情を聞いた恒一が思うのは、そこまで大事な決め事なら、なぜもっと早く教えてくれなかったのかという事。
鳴が言うには、いきなり鳴に話しかけてしまい、切り出せなくなったという事ですが…
教室の机が鳴の物だけ古いのも、そういう決まりで、おまじないをするのに何か意味があるのかもと。
恒一もいない者として扱う事になったのは、今更恒一が鳴をいない者として扱っても弱いと考えられたから、おまじないを強くし、鳴の事も説明する手間が省けて合理的と。
鳴は次は自分の番かもと考えれば洒落にならず、人が死ぬのは悲しい事と理解を示しているようですが…
鳴の左目は4歳の頃腫瘍によって失い、母・霧果が普通の義眼は可愛くないからと、今の義眼を入れたようですが、リアルでオッドアイとかありえないですよ。
榊原 恒一、見崎 鳴

同類になったからと明日からよろしくと鳴に言われ、別れて自宅へ。
父・榊原 陽介から電話がかかってきますが、一年半ぶりの夜見山はどうだと…
恒一の記憶では中学に上がって以降、夜見山に来た事がないとの事ですが、この齟齬は…
その後の会話は、電波が乱れ、切れてしまいますし、やはり死者は恒一?
翌日以降、鳴の境遇は1人きりではなくなり、大分改善した感じ。
恒一が前の学校で料理研究部に所属していたとか、意外な話も。
鳴は昨年は美術部で、今は休部のようですが、下級生達は今の鳴の状況を知らないようで、普通に声をかけてきますが、望月が来て一変。
急用と美術部の全員を連れ出し…
自身の死への怯えは分かりますが、正直ウザいです。
恒一と鳴の2人っきりになった美術室で鳴の描いた絵を見ますが、切り傷が入れられており、鳴は捨てられなかっただけマシとか言いますが…
絵

美術部の人間はこの時点で鳴に隔意がなかったですし、部外者の仕業でなければ犯人はまず望月。
次の犠牲者が出るなら、こいつであってほしいと願わずにはいられないかも…
千曳は26年前の3年3組の担任だったという事が判明。
第二図書室の司書という立場は、クラスの関係者ではなく、安全な立場という事で恒一と鳴と普通に話す千曳。
千曳によると、その線引きはまずクラスの3年3組の構成員と2親等以内の血族、夜見山市内と。
夜見山市内というのは市外に出れば安全という事で、携帯でいう圏外のようなものとか。
千曳が今こうしているのは、半分は呵責の念、半分は恐怖から。
教師でも担任や副担任なら死ぬ場合があるようです。
いない者を作るおまじないの成功率は半々。
失敗した原因が分かる年もあれば、そうでない年も。
一昨年はいない者の役を担っていた者が途中で孤独とプレッシャーに耐えかねて役割を放棄し、途中から始まって死者は7人。
この年の死者は5年前、93年度の生徒だったはずの浅倉 麻美。
ところが、一昨年の4月から翌3月までの間、その記録も記憶も消えており、調べても無駄。
卒業式で死者が消えて全ての記録が本来の形に戻った所で、やっと死者が分かり、死者として現れていた物の記憶が消えていくと。
いない者を2人に増やして効果があるかは不明で、災厄が途中で止まった例はほとんどないと。
怜子が3年3組だった15年前、83年度はある年。
恒一を生むために夜見山市に帰って来ていた理津子は、それが理由で亡くなったとも考えられるようですが、そもそも事情を知るはずの理津子は夜見山市になぜ戻って来たのでしょうね。
そして、15年前は途中で止まった年でもあるとか。
夏休みに何かがあったという事ですが、怜子も思い出せないと…
翌日、何をトチ狂ったのか、様子がおかしい担任の久保寺が教壇で包丁を取り出し…