父殺しをやった切嗣はその後数年、ナタリアに付き、同じ道を歩みます。
ナタリアとの生活は血なまぐさいものですが、切嗣にとっては母親代わりでもあるナタリアとの関係は良好。
そんな折、厄介な仕事の依頼。
ターゲットはオッド・ボルザーク。
人間を屍食鬼(グール)とする毒針を持った死徒蜂を使い魔として使役し、大きな被害をもたらす危険な魔術師。
パリ発ニューヨーク行きの旅客機に登場するという情報を得て、ナタリアは1度取り逃がしている相手だから、後始末は自分でやるのが筋だと機内に乗り込みます。
切嗣はニューヨークにいると思われるボルザークの仲間の始末という分担戦術。
機内には死徒蜂は持ち込んでいないと敵を軽んじた事が第一の失敗となります。
ボルザークはあっさりと始末する事に成功しますが、体内に死徒蜂を仕込んでおり、死徒蜂が猛威を振い、機内のナタリアを除く乗客乗員300名を屍食鬼へと変貌。
第二の失敗は切嗣の存在。
何があろうと手段を選ばず生き残る、何が起きようと自分の命を最優先にするというナタリアの鉄則。
まぁ、他人のために自分が死ぬなんて馬鹿らしいと考えるのは最もですが、着陸を許せば大きな被害が出る可能性は高く、切嗣という人間の在り様を考えれば、とり得る行動は1つ。
ナタリア・カミンスキー

旅客機をナタリア諸共撃ち落とす事に。
衛宮 切嗣

普通の人間なら、身内1人と赤の他人数百人、数千人のどちらを犠牲にするかと聞かれても、どちらを取るにせよ迷うとは思うのですが、切嗣はそういう男ではなく。
父親を奪ったという負い目があるとはいえ、平然と父親を殺すような男を育てる心情が理解出来ませんが、結局、それがもたらしたのは自身の死。
これが時臣の言っていた、ターゲットを1人始末するために旅客機ごと爆破の真実。
確かに大勢の人間が救われたのでしょうし、今回の一件は賛否両論でしょうけど、個人的には共感しかねますね。
そして、過去のエピソードはまだ同じ天秤に乗った者を秤に乗せているからまだ分かるのですが、聖杯が救うはずの大勢の人間に比べれば、冬木市で数人を救う価値がないとか、酷過ぎますし…