2010年03月24日

合格

嬉しい電話

ちょうどレッスンとレッスンの合間に携
帯電話がなった。

芸大発表の日。

長野の上原さんからの電話だ。
その瞬間、合格の予感。
声がはずみ嬉しさが伝わってくる。
すごいすごい

今年もリズムの生徒達は志望校へ100%合格

田中君:日大芸術学部トロンボーン専攻

山下さん:東京音大ピアノ科

杉渕さん:所沢総合芸術ピアノ科

上原さんは小学生までピアノとソルフェージュをリズムで勉強し、その後引っ越し。

遠くまでオーボエのレッスンに通いよく頑張りました。

受験と言うのはどんなに困難と思われる事でも本人の持っている潜在能力をフルに発揮して乗り越える事が出来る。

音楽能力はもちろんの事、心を支えモチベーションをいかに上げさせられるかが我々指導者の役割。

今年も音楽家のタマゴ達が元気に羽ばたいてくれた。

これからがスタート。

皆に感動が与えられる人に育って下さい。


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2010年02月01日

元気印

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携帯の待ち受け画面に初孫「優奈」の写真を載せ、毎日何回となく元気をもらっている。

1月5日に誕生し、まだ一ヶ月足らず。
とにかく元気がよいし、何もかも知りつくしているような目をすることがある。
ベビーの成長には驚くばかり。

娘には三人の母がいる。
実母の私・・りんママ。
パパは韓国人だから韓国のオモニ。
ドイツで世話になった紀子ムッティ。

よってたかって孫を可愛がる。

夫は空気清浄機を買いおむつを取り替える。

兄弟は頻繁に会いに行き、初姪っ子にプレゼントをする。

こりゃ大変だ

32年前の今日、我が家に娘が誕生した。

「愛」

三人の男兄弟に揉まれたくましく、何にも動じない強さを持つ。九年弱のドイツ生活も強さを倍増させた。
優奈にもママを上回る強さとエネルギーを感じる。

あなたは世界にたった一人。
強く生きるのよ。

32年前と同じ思いだ。


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2009年12月09日

クリスマスアンサンブルコンサート

2週間後に迫った今年最後のコンサート。

年一回はお友達やご家族とアンサンブルを経験するととにかく楽しいし、練習家庭で味わう様々な経験は家族にとってかけがえのないものとなる。

生徒たちは今年も四手連弾や六手連弾の練習に追われる毎日。

中学3年生のR太君。お父様とお母様と3人で六手連弾曲の練習に励んでいる。

本人は練習がはかどっていて完璧に弾けるが、お父様は練習不足。練習時間も取れず中々大変な状況。

レッスン時パパがつまずくことが圧倒的に多い。

「ごめんなぁ!」

「いいよいいよ」

このようなな会話・・・・・・・が素晴らしい!

父親が息子にゴメン!と言えるなんて多感な中学生のご家庭でこのような経験が出来る音楽は素晴らしい。



年長さん6歳のNちゃん。

妹が生まれて7カ月。精神的に落ち着かない日々が続いたおねえちゃまである。

「是非伴奏したいので教えてください」

ピアノを学んだことのないお母様が、我が子と一緒に「連弾したい」という強い気持ちで頑張っている。

本当に素晴らしいし嬉しいことだ。

頑張る親の姿は出来るだけ子供に見せる方が良い。

様々なドラマがありクリスマスアンサンブルコンサートが楽しみだ。

演奏会が近いのでやや厳しいレッスンが展開される今日この頃である。











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2009年11月23日

アメリカの妹

一番下の妹・・画家の「横山 繭」
アメリカに渡って15年、シアトルの近くの町イートンビルでアメリカ人の旦那様と二人で暮らしている。

先日友人を見舞うために突然帰ってきた。

彼らは30年以上前スペインで暮らしていたが、トレドで知り合った友人が病に侵された。

残念ながら彼女は末期の癌で京都に一週間泊まり最後のお別れをしてきたのだ。

妹に会いたいという事で大急ぎ帰国したのである。

繭は人並み外れてやさしい人である。

姉である私が言うのもおかしいが、どうしてこんなにもすべてのものにやさしくできるのか不思議・・・と思える人である。

アメリカでは絵を描きながらボランティアで老人介護を行っている。

繭にかかってはだれもがやさしい人間になってしまうのだ。

38年前我々がドイツのデットモルトに留学中に一緒に生活した事があるが、彼女は毎日デットモルト中を歩き回り絵を描いて過ごしていた。

そしてデットモルト音大の庭や公園でドイツ人とすぐ仲良しになるのだ。

それもほとんどがご老人。

とりわけお年寄りに気に入られる素質を持っているのだ。

近年物忘れが進んでいる私の母は久しぶりに繭と毎日一緒で、ハイテンションを続けている。

最近のアメリカの様子、現地に住んでいろ日本人の友人達について色々楽しい話を聞かせてもらっているのだ。

三姉妹が揃いしばらく楽しい日々が続くのが嬉しい。











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2009年11月18日

アメリカの妹

一番下の妹・・画家の「横山 繭」
アメリカに渡って15年、シアトルの近くの町でアメリカ人の旦那様と二人で暮らしている。

先日友人を見舞うために突然帰ってきた。

彼らは30年以上前スペインで暮らしていたが、トレドで知り合った友人が帰国後病に侵された。

妹に会いたいという事で大急ぎの帰国だった。

残念ながら彼女は末期の癌で京都に一週間泊まり最後のお別れをしてきたのだ。

繭は人並み外れてやさしい人である。

姉である私が言うのもおかしいが、どうしてこんなにもすべてのものにやさしくできるのか不思議・・・と思える人である。

アメリカでは絵を描きながらボランティアで老人介護を行っている。

繭にかかってはだれもがやさしい人間になってしまうのだ。

38年前我々がドイツのデットモルトに留学中に一緒に生活した事があるが、彼女は毎日デットモルト中、絵を描いて過ごしていた。

そしてデットモルト音大の庭や公園でドイツ人とすぐ仲良しになるのだ。

それもほとんどがご老人。

とりわけお年寄りに気に入られる素質を持っているのだ。

近年物忘れが進んでいる私の母は久しぶりに繭と毎日一緒で、ハイテンションを続けている。

最近のアメリカの様子、現地に住んでいろ日本人の友人達について色々楽しい話を聞かせてもらっているのだ。

三姉妹が揃いしばらく楽しい日々が続くのが嬉しい。











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2009年11月06日

リヒャルト・シュトラウス

ピアノのチェ・インス氏と弟のチェ・ムンス氏(新日フィルコンサートマスター」のヴァイオリンソナタをサントリー小ホールで聴いた。

特別出演としてリヒャルト・シュトラウス協会の総会でのコンサートであった。

この協会はサントリーがバックアップしている。

音楽家よりも学者や医者、こだわりの文化人の方々が多く入会していらして、かつてはサバリッシュなども特別会員だったそうだ。

チェ先生と久しぶりに寺西先生宅でお会いした。

ピアノの音が美しく響いていて満足した。日本ではピアノの音量を控えさせるので・・・という話をした。

ブラームスは音がダブってしまうのでそう思う存分弾けないが、シュトラウスはその点しっかり弾かないと面白くない・・・・と。

しかしわざわざ弾きにくく書かれていて本当に大変な曲だ。

いつ合わせたのだろうか。

兄弟だからと言ってしまえばそれまで・・・・とにかくお互いの音楽を認め合いすごい演奏。

ブタペスト在住のチェ先生、来春はハンガリーでゴールドベルクの演奏会の予定だそうだ。

東京でのコンサートもすごく楽しみにしている。
















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ダルベル子さんコメントをありがとう!

ダルベルトのエピソード

チーズは召しあがらない。

横によけて「変なフランス人でしょ!」と言いながらコンビニのサンドイッチを召しあがった。

そのあと、上品に梨を一片召しあがり・・・・・・・・

レッスンが一段落して・・・・再びテーブルの上の何かを探している。

さっきの梨が食べたかった・・・・・誰かが片づけてしまったので大急ぎキッチンに取りに行く・・・・

二人のレッスン生に質問攻めをして言葉での説明・表現を求めた。

娘にも同じように質問が来た。

家族に音楽家がいるか?とか、最近どんな曲を弾いたか?作曲家は誰が好きか?バラードを弾く前に指ならしをどうぞ!何を弾く?・・・・・等々

「ドビュッシー」・・・・子供の領分を弾き始めた娘は途中からアラベスクに変えた。

今の曲は何?「ドビュッシーのアラベスク」「ラフマニノフに似ている。こんなところが。」「タ〜ララ・・ララ・・タ〜ララ」と歌う。

アラベスクは知らないのだと思った。確かにやさしい曲だから・・・・

ラフマニノフに影響を与えたドビュッシーの話になり、子供の領分はムソルグスキーの影響を受けた・・・と娘。

しばし無言で考えていたダルベルトは「シューマンの子供の情景の影響も受けたと思う」・・・・と。

その後、バラード2番が始まり・・・・最初のピアニッシモのテンポが娘とダルベルトとは大きく違う。彼はもっとさっさとどんどん弾きたいらしい。

そして最後のテンポも・・・・誰が考えてもその前と同じテンポでは無理があり、テンポを戻してやや急がずに演奏するのがノーマルだがダルベルトはそうではないのか・・・・・

娘はテンポを指摘され・・・自分の意見を話すと随分ゆっくりお考えになり・・・・「あなたの意見には賛成だ」と言っていただく。

「ちょっと変わって・・・・」娘をどかせてピアノに向かうが・・・・その時すぐそばにある椅子に「座って!」と合図をなさり、明らかに妊婦である娘を気遣って下さっている。と思える。

そのようなやさしい一面に触れることができた。

ダルベル子さんがおっしゃるように今年の演奏はいつもとまた違っていたように思う。

物静かなダルベルト氏も今年は日本旅行を楽しんでいるかに見えた。

広尾のお気に入りのイタリアンレストランで上等なワインを飲み、とてもお楽しみだったそうだ。

来年の来日は5月。

皆で楽しみにしている。



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2009年10月30日

ダルベルト

ブログ休憩中の10月15日

ダルベルトのピアノ演奏を是非皆様に聴いていただきたいと学生や知人にたくさん紹介して楽しんできた。

今私はスクリアビンに凝っているが、その独特な演奏は衝撃的!スクリアビンもダルベルトも益々気に入った。

リストのソナタ・・・・娘と顔を見合わせて「えっ!これリスト?」
このような演奏はもちろん初めて・・・・

楽屋に飛んで行った。

まだダルベルトが幼少のころ・・・・40数年前だと思うが、パリに留学していたピアノのY先生と文学系の先生・・・いずれも70代のご婦人がお二人一番に楽屋入りして着替えを待っていた。

私は寺西先生とI先生とで駆けつけた。

力強い握手をして下さった。

その2日前

実は寺西先生のお宅で娘(松本 愛)のピアノを聴いていただいたりして、今年もダルベルトには出会っていた。

そして15日に演奏するスクリアビンなどの練習する姿を感動しながら聴いていたという時間があり、演奏会はとりわけ感慨無量だったというわけだ。

寺西先生のお宅で待機している午後1時半頃・・・・

「遅くなりましたので昼食を食べずに行きます。コンビニでいいですからサンドイッチでもご用意いただけますか」と通訳のM氏から電話があった。

娘のAさんがコンビニに走ったが、そのような気さくな一面を見てしまった。

コンビニでサンドイッチやサラダなどを揃え、梨を剥いて昼食を用意した。

ダルベルトからは寺西先生に紅茶のプレゼントをされた。

端正な顔立ちで時ににこっ!と笑うと本当に可愛らしい。

ピアノに向かう厳しさとはまた違う一面だ。






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2009年10月28日

誕生日

還暦を迎えた時、このままどんどん老人に近づくのはいやだな。と思いマイナス20で私は40歳になることにした。50歳の時30歳になる事にしたのだから、確実に10年とし取ったわけだ。10月27日43歳となった。家族からメールや電話が来た「誕生日おめでとう体に気をつけてね」「いつもおいしい食事をありがとう」「皆で食べに行こうね」等など。かねがねプレゼントはいらない。と言ってるので皆が揃った時に食事にでも行こうというわけ。
サァ又ブログを再開しよう
9月はあまりの忙しさのため、ストップしてしまったから。
ストップ中の話しも徐々に書いて行こうと思う。


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2009年08月21日

子育て

2才11ヶ月のK君と生後3ヶ月のY君兄弟を連れて蓼科に遊びに来た私の古い生徒。
T家とは1970年我々が結婚して最初に住んだ団地の隣組。

私の子供達が暇さえあればお邪魔し、家族ぐるみのお付き合いをした。
ママだけの時も途中でパバが帰って来るとパバとも仲良しでよく遊んで頂いた。

一人娘の彼女も早稲田政経を出て大手新聞社でバリバリ働いていたが雑誌社の社長をしていた父親が亡くなると母親と別荘に引っ込んだ。

そして結婚。子育て。と言う事になったのだ。

元々何にも動じない。のんびりゆったりした性格だった彼女は勉強もよく出来たがピアノもかなりよく弾いていた。
当時を思い出すと幼稚園の頃、母親が入院中であっても普段と変わらずバッハのメヌエットを一人で譜読みして来たのだから、かなりの読譜力が備わっていたと思う。

その彼女から長男が間もなく3才になる。どのように音楽導入したらよいか相談したい・・・・と電話があった。

ちょうど私達が蓼科にいる時に会う事にした。現在は独り暮らしをしている母親宅に寄り四人で蓼科にやって来た。

彼女は実に良い子育てをしていると思った。

最近自分で決断しない子供が多く、質問するとまず母親の顔を見る。母親の指示を待つわけだがそのような子供が多い中、K君には見事に自分の意思がある。

「こんにちは」トイザラスで買った二階建て駐車場セットをプレゼントすると「ありがとうございます。」「僕、こういうのが欲しかったんだ」とひとしきりミニカーを出し入れして遊ぶ。

「おうまさん、見に行かない?」
「あとで」
このやり取りを二三回繰り返すとあるとき
「さっ行こう」
と決断。
歩いて二分、斜め前の牧場に皆で出かけた。

「下から馬を見るのは恐いんですよ。抱いてあげるといい。」と場主に促されママはベビーをおばあちゃまに預けて抱っこしてたくさんの馬を見て廻った。

我が子はその昔、ここで馬の世話をし乗馬を習った。
夏休みは毎日ポニーに乗った。ちょうど屋内馬場が出来たところだったので雨の日も練習した。

K君はママに抱っこされてポニーの鼻を撫でた。

「ポニーに乗ろうか」
「いや

キャンプの子供達がポニーに乗っている様子を見ているうちに「僕も乗りたい。」
とっとこ一人で牧場のお姉さんのところまでやって来て「ポニーに乗せて下さい」と言った。
決心が早い。
毛並みが真っ黒の少し大きいポニー嬢。
鞍を乗せ、いざ出発。林の中を一回りして帰って来た。

「もっと乗りたい」
「またこんどね」

親子の会話も自然で中々良い。聞き分けもいい。ポニーに「ありがとう」一回りしてくれたお姉さんには「ありがとうございます」と挨拶した。

三四郎の彼女が大好きになってくっついている、三四郎に肩車され家に帰る。「さっ、お茶にしようか」と彼女に話す。

お茶に誘われちゃったね。と皆で大笑い。

家庭でたくさんわらべうたを歌って過ごし、あと一年くらいたったらレッスンを始める事を約束した。

さよならあんころもちまたきなこ

数時間があっというまに過ぎた。

「楽しかったね。また明日も行こうね」とK君。お礼のメールには子供達が楽しんだ様子が書かれていた。

子育てについて考えさせられる楽しい日だった。


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2009年08月07日

シュヌア夫人

シュヌア夫人がお亡くなりになった。
今年二月、シュヌア先生の80歳を祝うパーティーがデットモルトで開催され、シュヌア夫人にもお会いしたばかりだったのに。

この夏もフライブルクで再びシュヌア先生を囲んでパーティーを開催したシュヌア門下生。
日本から飛んで行った方もいらしたようだが。
奥様はこのところ体調がお悪く入院されていた。

シュヌア先生がフライブルクでゴールドベルクを演奏中、同時刻デットモルトで奥様が息を引き取ったとの事。
シュヌア先生の悲しみを思うと胸がつまる。

二月にお会いしてよかったそれがが最後になってしまった。
どうぞ安らかにおやすみ下さいますように。
そしてシュヌア先生もお体にお気を付けて長生きして下さる事を心から願うばかりだ。


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夏休み、たっぷり遊んでチョッピリ練習

八月に入り一週間がすぎる。音楽教室は夏休みだが私は八月の終わりを休みにしたので今レッスンを行っている。

発表会の曲は一生弾いていてねと念をおし、どうすれば忘れないかを話す。
レッスンでもたまには弾いてもらう。

発表会は子供達を大きく成長させるがどうしても曲に集中するので、発表会後は再度テクニックの安定のために指を鍛え直す。
第一関節がフナャフナャでしかも電子ピアノで練習している場合などは深刻だ。
指先に注意がいかなければ良い形で強い指にはなれずその結果、音に変化がつけられない。
もっとも音を聞く耳、これがなければ話しにならないが・・・さらに大切なのは本人のやる気、である。

親御さんは夏休みこそ練習して欲しいと思うようだが、やらされてやるのではなく自らの気持ちが大切。
是非とも心の自立を願う。

子供達に与える新しい曲はみな少し易しい曲に戻る。
そして初見の練習はツェルニー練習曲で行う。レッスンの場でのみ弾かせるわけだ。
本人が比較的簡単に弾ける程度のもの。
ものすごく集中する。
簡単で短いからテンポアップも可能だし、初見力もつく。
指の関節への注意も無理なく出来る。

家でダラダラ練習するより余程効果が上がる。
それに夏休みはそもそも思う存分遊んで欲しい。

学校が休みでゆったりした生活をしているから練習する時間はたっぷりある。
無理なく習慣付けもできるからそういうご家庭ではもちろん練習して欲しいとは思うが・・

夏休みはたくさん遊んで
チョッピリ練習がいい。


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2009年08月02日

夏休み

教室が夏休みに入り蓼科で命の洗濯をしている。

高速道路が値下げされた五月の連休は音楽教室を出て関越から圏央道に入り1300円で南諏訪インターに着いて驚いた。

今回も八王子の父のお墓参りを兼ね圏央道から中央高速に入った。
ウィークデーであったが2600円。割り引きがあるので安い

夫は一般道をのんびり走り買い物をしながら蓼科に入るのが好きだ。
30年近く前まだ中央高速が勝沼までしか開通していないときあちこち寄りながら蓼科まで時間がかかったものだが、今は家を出て真っ直ぐ来れば二時間前後。
都内に行く時に予定する時間で蓼科にきてしまうからうれしい。
八ヶ岳サービスエリアでソフトクリームを食べる。
おいしい
夫や息子はここで必ずラーメンを食べる。

犬のろくがいないので移動がいたってスムース。

母子三代気ままな夏休みのスタートだ


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2009年07月27日

夏休み

教室が夏休みに入り二ヶ月ぶり蓼科に来た。

高速道路が値下げされた五月の連休は音楽教室を出て関越から圏央道に入り1300円で南諏訪インターに着いて驚いた。

今回も八王子の父のお墓参りを兼ね圏央道から中央高速に入った。

ウィークデーであったが2600円。割り引きがあるので安い

夫は一般道をのんびり走り買い物をしながら蓼科に入るのが好きだ。

30年近く前まだ中央高速が勝沼までしか開通していないときあちこち寄りながら蓼科まで時間がかかったものだが、今は家を出て真っ直ぐ来れば二時間前後。

都内に行く時に予定する時間で蓼科にきてしまうからうれしい。

八ヶ岳サービスエリアでソフトクリームを食べる。
おいしい

夫や息子はここで必ずラーメンを食べる。

犬のろくがいないので移動がいたってスムース。

母子三代気ままな夏休みのスタートだ


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2009年07月21日

2009年夏のコンサート

音楽教室リズム21の一大イベント「夏のコンサート」が終了した。

生徒たちの一年間の成果を発表した。

自分らしい演奏をすることが出来た子供が多いが、なかなか本番に実力を発揮することは難しい。

年長さんのAちゃん。音あそびの前に写真撮影を行ったが、涙があふれて撮影不参加。

その後、音あそびには涙も乾きなんとか元気に(?)舞台で歌った。

しかし一部のピアノ演奏にはやはり参加が出来なかった。

このような事態も考えなかったわけではないが、今日のところは残念ながらうまくいかなかった。

そして約2時間が経過。二部に弾きたいと言ってきた。

ヴァイオリンの演奏の前、一番先に演奏することにきめて二部がスタートした。

元気に舞台に上がった。

「やった!」と舞台そでににいたスタッフたちが祈った。

・・・・・・・・・・・1分・・・・・・・2分

手が鍵盤に乗らない・・・・・ついに限界と思い舞台上に迎えに行く。

弾くことも戻ることも拒否!

4回舞台を往復したがついに演奏することができなかった。

その間15分。

会場のお客様は皆暖かく「がんばれ!」と応援してくれていることが舞台上からよく見える。

「もう少し待って下さい。今闘っていますから」「ここで引っ込むこともプライドが許せません」・・・・・など会場の皆様に話をすると、皆本当に静かに祈るような気持で待ってくれた。

今回は残念ながら演奏は果たせず、お父様からは「すみません!ご迷惑をおかけしました」と・・・・・そしてお母様も目に涙をためている。

私の舞台からの呼びかけにお客様は暖かく見守ってくれた。

手を出そう!弾こう!という思いと闘ったAちゃんお疲れさま。

あんなに練習して上手に弾いていたのに・・・・・・これも良い思い出になると思う。

来年は元気に演奏ができると思うよ!



















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2009年07月13日

夏のコンサート

今週末の7月18日は音楽教室の発表会。

このところレッスンに追われ休む暇がない。

ブログを書く気力もなく一日が終わる。

今朝は少しゆっくり眠ること出来たのでこの時間もまだ幾分元気にPCを開けることができた。

でも明日早いので今夜はこれまで・・・・・・

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2009年07月03日

iイタリアの名器ピアノFAZIOLI

仙川アヴェニュー・ホールのプレ・オープン祝賀コンサートに出かけた。

アヴェニューホールは桐朋学園の別館として長年レッスンなどに使用されていた。
このたび桐朋同窓会などのバックアップで160席の小ホールとして民間にも良心的な値段で提供するという。

興味あるホールが誕生したと寺西先生に声をかけていただき出かけた。

このホールのために作らせたというイタリアの名器ファツィオリ。

4本目のペダルが、その繊細な音色を表現するという。

メシアンのピアノ曲の演奏と岩崎 淑・岩崎 洸姉弟によるメンデルスゾーンのチェロソナタNo.2が演奏された。

終演後オープニング記念パーティでは先輩の岩崎洸氏と久しぶりに会い、ちょっぴりワインも飲んだ。

ファツィオーリの会社社長があのワイルさんと知り挨拶に行った。

スタインウェイ・ジャパン時代の彼には娘・愛がお世話になっていたので、少し合わないうちにずいぶん立派になり頑張ったのだなぁと思った。

「良い会社を作りましたね!」というと喜んで、「小さいけどね!」と言っていた。

寺西先生には失礼と思ったが・・・レッスンのために大急ぎでリズムに戻った。

昼間からほんの少しのワインで顔がぽ〜!と赤く、なんだか良い気分の土曜日の午後になった。

名器ファツィオリはまだ新しいためか十分に音が鳴らないな!と思った。

が優しい音が魅力的な楽器だからきっと今にもっと響いて良い音色をかもしだすのか・・・・次に来るのが楽しみだなぁと思った。



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2009年06月22日

ろくの死

我が家の犬のろくの病気は進行性悪性腫瘍・・・スキリス・・・アナウンサーの逸見さんがおかされたという癌だった。

5月頃から徐々に嘔吐が頻繁になってきた。

このところは水を飲むだけでもはくので脱水状態を心配しベビー用ポカリを10ミリづつ飲ませた。
ドッグフードは食べるとすぐに吐くのでヴィダインゼリーに変えたが2日目からはこれも全く受け付けなくなった。
体重が減り麻酔に耐えられるか・・・ということだったがついに金曜日に手術を行った。
内視鏡で見た胃の中はひどい状態だった。
胃壁はボロボロで胃液の出方が異常に多い。

京都大学教授のビルガーにその都度相談していた。
ドイツで飼っている彼の犬が最近癌になり安楽死させたところだった。
血液検査データ等によって、ドイツ人は苦しまないよう安楽死の選択をする。

ろくは最後まで頑張ったが手術の翌日力尽きた。

土曜日ということもあり、次郎が転勤先の大阪から飛んできた。

病院に着くと数時間前に死んだろくに会った。
見せられた内視鏡の写真にはどこにも文字が書かれていない。
さっと裏を点検してどこにも何も書かれていないことに疑問を持った。

このようないい加減なデータ処理でこれをろくの胃の中です。といわれても信じがたい。と言った。
その他・・・・・思っていることをぶつけた。

次郎は疑問をすべて先生にぶつけた。

大泣きしている。

9年前ろくを我が家に連れてきたのは次郎だ。
夫が更年期で体調が悪く、前の犬が死んで何年か経っていたので、父親のために癒し犬のつもりであった。

家じゅう皆ろくが大好きでとよく遊んだ。

ろくは車が嫌いだったが蓼科にいく時もいつも一緒だった。

ドイツに留学中の子供たちと電話をする時、必ずろくの耳に受話器をあてて声を聞かせた。

太郎がドイツから帰国し、三四郎も次郎も最近愛が帰国してからは全員がろくとのお喋りを楽しんだ。

頭の良い犬で皆の言葉をしっかり理解していた。

一晩ろくと過ごし、今朝府中の慈恵院で個別火葬をした。

ろくの骨は中型犬ということで結構な量になった。

お坊様がお経を読んでいる間、ろくがその辺にいることを感じたねぇ・・・・・と次郎が言った。

最近は皆が一同に揃うことはないので、久しぶりにおしゃべりが弾む。

家に帰ってからも時々「ろくがいるようだね・・・さびしいねぇ・・・・」と誰からともなく声が出る。

ろく・・・・安らかに・・・・・眠って・・・・・ください。。。。。



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2009年06月17日

ジゼル

バレエ シャンブルウエストのジゼルの公演に出かけた。

このところレッスンや他の仕事に追われ、久し振りの川口ゆり子先生のジゼルを観た。バレエが大好きな87歳の母を伴った。

人間と精霊との美しく悲劇的な愛の物語・・・

ゆり子先生は私よりは若いが十分良いお年だ。

村娘ジゼルの可愛らしさ・・・・はゆり子先生ならでは・・・・

第一幕の終わり・・・・ジゼルは村人の格好をした貴族のアルブレヒトを愛したが、彼には実は婚約者がいる事を知り・・・・・

力尽きるまで虚ろな表情で踊るジゼル・・・・・(川口ゆり子先生)

鳥肌がたつほど感動した・・・演技が素晴らしかった。

バレエダンサーはどうしたって年には勝てないが、こういった表情はベテランならではである。

そして第二幕の有名なペザント パドドゥをリズム21のバレエ講師、松村里沙先生が躍った。

相手は土方一生。リズムの発表会でよくお世話になるダンサーのおひとり。

ウムッ!なにか変! 呼吸が合わない・・・・松村さんはいつもののびやかさで気持ちよく踊っている・・・が土方さんは硬い。後姿などはもうコチカチ・・・・

土方さんも最近かなり上達しているし、ジゼルが始まる前に併演としてコンテンポラリーexit the dragonという作品が躍られた。がその踊りは素晴らしく良い踊りを見せてくれたから・・・???

私の頭の中はクレッションマークが三つといった感じになった。

二人は仲良しではないのか?と率直な疑問が頭をかすめる。

翌日リズムに来られた松村さんを直撃!

「ヒエッー倫子先生するど〜い!」

実はダンサー交代が行われていた。しかもリハーサルが終わって開演まじかに・・・

足が悪くてペザント パドドゥに耐えられないため交代の指示があったというのだ。

練習は開演前のたった10分・・・・・

前日の公演ではペザント パドドゥを松村さんと染谷野委さんが躍った。
その評判が良かったそうだが・・・・・それにしても直前の交代は大変だ・・・・

何と何と土方さんの硬さがやっと理解できた。

土方さんお疲れ様!

オーケストラ(指揮者)についても私は???だった。

これほどテンポが揺らぐ・・・というのか変わる・・・ジゼルは見たことがない。

さぞやダンサーは踊りにくかろう・・・・

これも松村さんに直撃してみたがテンポが遅くなると相当足に来るらしい。

言えない事も多かろうと想像するが、彼女は実に良い才能に恵まれているのでどんなテンポでも「ドーンと来い!」なのだと思った。

子供の発表会等でテンポ通り踊れない子供のために、テンポをゆっくりして対処することが多いが、ジゼル全幕・・・・は発表会ではないのだから・・・・・と思ってしまった。


母が久しぶりにバレエを観て喜んでいた。

7時過ぎに終了したが、お腹がすいたのでどこかで食べて帰りましょう!と車でうろうろしていると「いいわ!」とさっき買ったいなり寿司をだしてぺろりと食べてしまった。

日頃5時半ころ夕食をしているので相当お腹がすいたらしい。

お土産のお寿司のはずだったが・・・・・・












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MOTOKOさん

12年前に音楽教室リズム21を開室するために20年勤めた音楽短大の講師を辞めた。

当時学生だったMOTOKOさんからりん子先生の部屋へ嬉しいコメントが届いた。

3人のお子様を立派に育てている姿はたのもしい限りで是非お会いしたいものだと思う。

卒業生とはいまだに年賀状のやり取りはじめ、レッスンをしたり、農家の跡取りをしている方からは、ナスやトマトやたけのこ、その他色々な野菜がレシピつきで届く。

皆が各地で頑張っている姿は本当に本当に嬉しいし、私も役に立っているということが実感でき教師冥利につきる。


「ところでMOTOKOさん!
その後先生としてレッスンなどのお仕事は続いていますか。
私は今指導者のために役に立つ指導法研究に明け暮れています。
子育てに追われそれどころではないかも知れませんが、上京の折にはぜひリズムにお立ち寄り下さると嬉しいです」


人を指導をするということは全く大変なことで、自分自身も間違いを色々起こすが、医者ではないので死なせてしまうということはない。

しかしひょっとすると心を傷つけ、実力をつけずに終わってしまう事もあるかもしれないと思うと恐ろしくなる。

心の通い合うレッスンの確認はいつでも大切で、私もいつも反省ばかりしている。

人は環境によって大きく変わってしまうから、指導者のちょっとした言動や指導法は非常に大切で、指導テクニックは生徒の音楽能力と実力のつき方に大きく影響する。

ということは将来どのような人になるかということにまでその影響力が及ぶかもしれないと思うと全く恐ろしい事である。

気を抜けない仕事である・・・・・

といつもいつも思っているのだが時にポカをやってしまうのだ。

年を重ねるということは厄介なこと・・・・・

だからMOTOKOさんの便りなどは自分自身を振り返るときのエネルギーになる。

ありがとう!








rinkojp at 12:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)