ケモノの季節 (キャラ文庫 (ひ2-6))ケモノの季節 (キャラ文庫 (ひ2-6))
菱沢 九月 汞 りょう

徳間書店 2007-08-23
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・ストーリー
覚えたてのセックスに、のめり込むように二人で溺れた夏休み──。優等生を演じるのに退屈していた櫟井真悟(いちいしんご)が、友人に選んだのは就職組の唯浜徹(ゆいはまとおる)。着崩した制服に金髪で、周囲から浮いている唯浜は、内面は驚くほど無垢で無邪気。素直に懐いてくる唯浜に嗜虐心を煽られ、櫟井は抱かれる快楽を教え込んでしまう。けれど、昼間から怠惰な情事に耽るほど、櫟井は唯浜の気持ちが見えなくて…!?(裏表紙から)

・感想
裏表紙のあとがきから、何となく主人公たちは「高３」だと思いながら読み始めました。大学受験が余裕の櫟井が、就職決定している唯浜にちょっかいを出したのかなと。そうしたら「高１」だったので、ちょっとびっくりしました。
頭も良く顔も良く、親は金持ち。一見何もかもに恵まれている櫟井と、失ったものが多いのに、それでも生き抜く強さを持つ唯浜のお話です。
資産家の両親は別居し、母親に引き取られているものの、仕事で多忙な母はほとんど家におらず、ほぼ独り暮らしの櫟井。幼稚園から通っていた私立の学校は金持ちばかりで、親の肩書きに守られ、その資産を使い込んで馬鹿騒ぎする子供たちに櫟井はうんざりしていました。中学のときに人を嵌めて陥れるゲームを覚えたせいで、取り巻きは増えヤクザの知人もできましたが、それら全てにうんざりしてしまっていたのです。
欲しいと強く思う前に全て手に入ってしまった自分は、なりふり構わず欲しいと思うものも、楽しいと思えるものもないと、15歳で櫟井は気づいてしまいました。人間関係や精神をリセットするため、櫟井は知り合いのいない、庶民の通う高校に進学します。

大学受験の問題集も中学で解いてしまう櫟井は、恐らくスポーツもやろうと思えばなんでもできてしまうんでしょうね…(遠い目)
つまりは、必死で努力・練習・勉強して、何かをやり遂げたという達成感を得たこともなく。どうしても手に入らないものが欲しくなって、なりふり構わず執着したこともなく。
自身の高い知能指数と、年相応の子供らしさが相容れない状態のように思えます。
ある意味櫟井は不幸な状態だと思うので、櫟井が嫌味な奴だとは思いませんでした。別に庶民を見下しているわけではありませんし。

たまたま見かけた金髪の唯浜に興味を持った櫟井は、唯浜と昼食を一緒に取ることで次第に距離を縮めていきます。唯浜は喧嘩こそそこそこ強いものの、酒も煙草もシンナーもできず、甘いものが好きな、見た目ほど不良ではない子でした。金髪のままでいるのは、高校入学前に事故死してしまった親友が染めてくれたため、染め戻すきっかけがなかっただけだったりします。（早い段階で染めますが。それでも黒には戻らず茶髪ですが）
親友の死、つるんでいた先輩や仲間との疎遠、仲間のいない高校に独り入学したこと、これらが混然となって寂しさを覚えていた唯浜は、声をかけてくれた櫟井と仲良くなっていきます。
やがて櫟井は、唯浜への気持ちを恋だと自覚して…。

ひたすら金を無駄に使うような使い方しかできない櫟井と、それを諌める唯浜は、かなりいい組み合わせだと思います。
「イチ」「ユイ」と呼び合うようになった２人は身体を重ね、唯浜は初めて知った快楽に溺れていきます。身体を手に入れても、心を手に入れたとは思えない櫟井は辛そうではありますが、これぐらい苦労してもらわないと。

櫟井と唯浜の関係は、唯浜が中学時代仲良くしていた先輩の登場により、亀裂が走ってしまいましたが、櫟井が努力し、唯浜も現実を受け入れ、修復されました。前半あんなに「欲しいものがない」と思っていた櫟井が、唯浜のためにここまでやってくれるとは…。その成長振りが嬉しいです。
唯浜もその無垢さと無邪気さから、今後も割を食うとは思いますが、その持ち味は失わずにいってほしいと思います。

あらすじから、もっと快楽に溺れる描写中心の話だと思っていたのですが、しっかりしたお話だったので嬉しい誤解でした。好きなお話です。