リラママとパーキンソン ~働く障害者のつぶやき

元気だけが取り柄だと思っていたリラ家族。子育ても一段落、さあ働くぞと社会復帰したリラママを襲った難病。 そしてなんと長女ミニラまでも… 病気を隠し続け働いた日々。 病気を受けとめ障害者雇用として働く現在。そして、娘たち ”ミニラと小さいトリ” との日々をかわいいリラックマの手を借り(?)綴っています。

ミニラ ≪全身性エリテマトーデスの話≫

さまようリラ親子     <ミニラ 15>


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小さいトリも帰ってしまったので、そろそろノイローゼ気味のミニラを救い出しましょう。 早くっ

学校の先生が来てくれても、なかなか勉強に身が入らないミニラ。
遅れを取り戻すべく家庭教師さんにも来てもらったりしたのですが、 退院の見通しがないままではやはり勉強どころではなかった。 
いやでもなく こんな感じにしとこ

リラママもかなり疲れていた。  
近くの病院へ転院できないかと受け入れてくれる病院を探した。
が、膠原病の専門医が少ないことと、やはりこの巨大病院からの転院というところがネックだったようで、病院同士の上下関係もあるのかみな受け入れを躊躇しているように思えた。

巨大病院から紹介状を持っていかなければいけない。
リラママは、自分の病状など伝え病院へ通うことが大変ということで、転院したいと伝えたが、担当医は病状が落ち着いてからのほうが良いと言った。
いつ落ち着くのか、ここにいる以上とりあえず精神面で落ち着かないのではないか

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受け入れてくれるところがない。リラママは病院がぐるになっているような、また何か実験代になっているのではないかなど、被害妄想に陥り、一刻も早くここを出なければと思うようになっていた。
病院が何か冷たい壁に覆われているような、どうしようもない不安に襲われた。
ノイローゼ気味だったのはリラママのほうだった。
あちこちいろんな病院を回った。どこもいい返事はなかった。
『うちは専門医がいない』
『今の病院の方が設備も医師も整っている』

八方ふさがりだった。 

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最後の希望     <ミニラ 16>

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 何とかしなければ、リラママはあせっていた。  
入院してから4か月新学期を迎えていた。
留年とかになってしまえばもう学校へ行くのも嫌になってしまうだろう。 いやっ

 全く退院の見通しのつかない入院生活は続いた。
そういう病気なんだと言われてしまえば、何も言えない。主治医にはそれ以上何も言わないままに転院先を探し続けるリラママ。 
ウロウロ

 その頃のリラママのパーキンソン病がどんな状態だったか不思議なくらい覚えていない。
”ばあちゃん”事件(がんばれ!ミニラの涙2)のときのカウンセラーの先生は『おかあさんも無理しないように』と言ってくれたが、その時のリラママに自分の体を気にしている余裕はなかった。
 パート先から病院へ直行。帰ると次の日の小さいトリたちの食事の支度をしながら、ネットで病院をさがした。

時にはパート先の給与台帳を記入しながら。

 同じ病院の神経内科の先生はやさしい先生だったがミニラの ことを相談する気にはなれなかった。
 ミニラの担当医がどんな優秀な医師であったかは知らないがそこまで患者と、家族を追い込んでることに気付いてないのだろうか…

ある日ふと思い立った。 
いつも特定疾患の申請に行く保健所。
保健婦さんだったかが最後に今の様子など話を聞いてくれる。
困ったことなどあれば、いつでも相談に来てといって。た
これが最後の希望だった
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リラ家族紹介
リラママ:リラ家ハハ (パーキンソン病) 働く障害者
ミニラ :長女 (膠原病:全身性エリテマトーデス)大学教授助手
小さいトリ:次女 地方の大学で下宿中

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