働く店を決めた私は、早速店に電話を掛けることにした。

仕事柄電話の応対には慣れていたはずだったけれど、さすがに緊張で手が震えた。


この電話をしてしまったら、もう後には引き返せない。

今の自分には二度と戻れない。

そう思うと、未知の世界に踏み出す事が無性に怖くなった。


けれど、もう既に引き返す事は出来ない状況で。

私は震える手にグッと力を込めた。

そして、大きく深呼吸して電話を掛けた。



呼び出し音が鳴ると直ぐに、電話越しに感じの良い男性の声が聞こえた。

その声に、私はほんの少しだけ安堵した。


「そちらのお店で働かせて頂きたいと思いまして電話したのですが、今も募集はしていますでしょうか?」

緊張で強張る声でそう告げた。


すると、

「はい、していますよ。お電話ありがとうございます。」

と、その男性は物腰の柔らかな声で答えた。


その言葉に私は更に安堵を深めた。


「私、こういった業界の仕事の経験が全く無いのですが、それでも大丈夫でしょうか?」

再び、ゆっくりとそう尋ねた。


そんな私の問い掛けに、

「未経験の方でもきちんと講習しますので、安心して頂いて大丈夫ですよ。未経験の方は大歓迎です。」

男性は丁寧に答えてくれた。

そして、

「一度面接に来て頂きたいのですが、都合の良い日はありますか?」

と、私に尋ねた。



「では、明日でお願いします。時間は何時でも大丈夫ですので、そちらの都合に合わせます。」

私は覚悟を決めてそう答えた。


すると、

「では、明日の17時に。駅に着いたら車で迎えに行きますので、またお電話下さいね。お待ちしております。」

と、男性は最後まで丁寧に応対してくれた。




「ふぅーーー。」

電話を切った私は、思わずその場にへたり込んだ。


電話応対してくれた男性がとても親切だった事に救われたけれど、やはり計り知れない程の緊張と恐怖を感じていた。

電話を切って暫くしても動悸は治まらなかった。


そして、何故だか無性に寂しさが込み上げた。




「もう…戻れないね。」

誰も居ない静かな部屋で私はポツリと呟いた。