琵琶一人旅

琵琶奏者・作曲家 塩高和之の徒然日記 日々の想いを綴ります。

琵琶奏者という仕事Ⅱ

前回は琵琶を運ぶ時のことを書きましたが、色んな方に「どんなやり方で活動しているの」とよく問われるので、今回は私の活動のやり方について書いてみます。
私は基本的に一人で動き、演奏会も一人もしくは、笛の大浦典子さんのような常にコンビを組んでいる方と演奏します。曲によってはカルテットとの演奏もない訳ではありませんが、ほとんどデュオかトリオまでですね。
私は琵琶で活動を始めた25年前からずっと演奏する全ての曲を自分で作編曲しています。一番最初のライブから現在でも代表曲としてやっている「まろばし」を演奏しました。相手が洋楽器でも邦楽器でも全て私がスコアを書いて演奏してもらっています。それは都内のライブでも同じで、全曲自分で創った曲を演奏します。ですのでどんな小さなライブでも、必ず共演者にはこちらからギャラを払って演奏してもらいます。メンバーが多いと支払いも多くなるので、大人数でやる曲は書かないという事もありますね。

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2019年ヴァイオリニストの田澤明子先生、フルーティストの久保順さんと、人形町楽琵会にて

何故そうするかと言えば、薩摩琵琶がとにかく特殊な楽器で、ヴァイオリンやギターのように技術があって譜面が読めれば何でも弾ける楽器ではないので、いわゆるスタジオミュージシャンのように、どんな仕事でもこなせるというものではないからです。先日は能の津村禮次郎先生と和太鼓の坂本雅幸さんと私でフリーの即興演奏をしてきたのですが、お互い何が出来るのかという事を津村先生も私も何度も一緒に舞台をやって解っているから出来るのであって、初めての人と出はなかなか上手く行きません。薩摩琵琶は楽器の構造上、他の楽器と同じ目線で捉えいては、仕事はやっていけません。来年はアンサンブルの仕事がいくつか入っているのですが、正直な所心配ですね。

令和4年11月26日「祝賀奉納舞m」
先日の如水会パーティーにて 能楽師の津村禮次郎先生 太鼓奏者の坂本雅幸さんと

薩摩琵琶の特徴は「サワリ」なんですが、この「サワリ」がある為に薩摩琵琶は、チューニングを変える事が出来ません。細い絃は一音程度なら上げる事は出来ますが、太い絃は「サワリ」の音が変わってしまうので、チューニングを変えるとまともに音が鳴らなくなって、演奏出来なくなってしまいます。
また薩摩琵琶は基本的に歌の伴奏用として発達したので、歌う人の声の高さに調整をしますので、人によってチューニングはバラバラです。「サワリ」を調整をするには糸口から駒(フレット)まで全て絃の当たる所を削らないと良い「サワリ」の音は出ません。つまりチューニングを変えるには、またフレットや糸口を全部削り直さないといけないという事です。これがなかなか理解してもらえません。また転調もフレットが少ないので、ほとんど出来ません。私の琵琶は低音をDに固定していますのでDDAD、DDGD、DDAEこのいずれかのチューニングで作曲していますが、こういう琵琶の特性を解って作曲できる作曲家はほとんど居ませんね。



琵琶は珍しいので、習った曲が上手に弾けるようになると周りから声もかかるし、ちょっとしたお仕事もやるようになる人も居ると思いますが、なかなか世の中甘くないです。アピール力の強い若手はどんどん出て来ますし、そういう仕事はアーティストとして呼ばれている訳ではなく、ただ珍しい楽器だから呼ばれているだけで、流派の弾き語り曲を並べている内は、お稽古事としか見てもらえません。
独自の世界を創って聴かせる事が出来る人をアーティストというのであって、習った事しか弾けない人は同じ舞台には立てません。是非お教室の先生レベルから飛び出して、舞台で勝負するような若手が出てきて欲しいものです。

以下の曲は私の現代音楽ラインとは別の、シルクロードをテーマとした作品群の代表曲で、樂琵琶と篠笛の作品ですが、この曲は二胡とピパによる演奏ヴァージョンやヴァイオリンと樂琵琶バージョンもあります。


ヴァイオリンと樂琵琶バージョンはこちら

先日の静岡のお寺の公演では、高山樗牛氏のお墓のあるところでしたので、樗牛の代表作「滝口入道」を基に笛とデュオの曲を作り、地元の劇団SPACの女優さんに語りを入れてもらって新作の上演をしました。こういうことをやっているから、様々な場所で演奏の話が来るのです。こうやって自分の主張も入れながら要望にも応える事で、自分の音楽の幅も広がるし、プログラムのバリエーションも増えて行きます。以下の曲は元々琵琶と篠笛の曲でしたが、筝の方のアルバムに収録するために筝とフルート用に編曲したものです。


私の音楽は邦楽器を使った日本音楽の最先端がテーマであり、メインの曲は無調による前衛作品です。上記のようなシルクロードラインの曲も作っていますが、メインは前衛作品の方です。弾き語りに関しては、要望が無い限り祇園精舎くらいしかやりません。日頃一流の歌手の歌をよく聴いているので、歌う事は私の仕事ではないという思っています。少しばかり声が出ても、歌に人生をかけて歌っている歌い手の前ではとても声は出せません。歌う・語るというのは片手間で出来るものではないと思っていますし、私は琵琶を手にした最初から弾く事に特化してきて、器楽こそが私の音楽だと認識しています。仕事で平家の弾き語りなどをやって欲しいという事も時々あるのですが、そんな場合でも全て私が作曲したものを演奏します。流派の曲は一切やりません。それがアーティストとしての私の矜持です。演奏会によってプログラムも様々ですが、どんなお仕事でも自分の音楽的主張は通します。媚びるような仕事は一切しません。自分の世界を表現出来るプログラムを常に心がけています。


演奏活動の他、私はレクチャーの仕事も結構やっています。先月はこの所毎年恒例の東洋大学文学部での特別講座をやってきました。他市民講座や美術館などでも時々やります。また能楽師の安田登先生によく声を掛けられて、様々な講座や企業セミナーにも行かせてもらっています。古典文学や古典音楽の変遷や、洋楽と日本音楽との比較等色々喋らせてもらってます。こうした仕事はどういう訳か琵琶で活動を始めた頃から依頼があって、色んな大学で毎年のように特別講座をやっています。自分の知識も広がりますし、勉強にもなるので、作曲をする際の思考や哲学面でも大いに役立っています。

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photo  新藤義久

私は子供の頃ジャズギタリストになろうと思って上京してきたので、ショウビジネスやエンタテイメントの世界を若き日に見てきて、とても自分がやれる世界でないという事を実感していました。「音楽を売る」というのはある種壮絶なものがあると今でも思っています。だから琵琶に転向してからは、あくまで売るよりも、自分の世界を音楽で具現化する事を第一目的としています。ですからエンタメを目指している人はきっと全く違う考え方で、違う動きをすると思います。色んな人が色んな活動を展開できるような世の中になると良いですね。私は自分の思う道を行きます。




旅と琵琶

いよいよ冬ですね。若い頃はやっと革ジャンが着れるなんてワクワクしたものですが、寒いのは心にも体にも響きますね。
さて今日は「旅と琵琶」。私は琵琶で活動を開始してから約25年ほど経ちました。国内では九州から東北まで(北海道だけ行った事がありません)多くの場所に導かれ、稀有な体験をかなりさせてもらいました。多分私程旅をして来た琵琶奏者は他に居ないんじゃないでしょうか。

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40代はじめの頃、宮島の厳島神社社殿での演奏会にて 若い!

とにかく20年程前から旅に次ぐ旅という具合で、なかなか充実の音楽人生を送らせて頂きました。ただ移動に関しては未だに毎回気を遣いますね。私は基本的に国内でしたら九州でも新幹線で行きますし、島根など新幹線の通っていない所にも、在来線を乗り継いでのんびり移動します。前の日や当日もホテルを取らないと時間的に難しいので、現地の人には敬遠されがちですが、そういう条件が整はない限り地方公演には行きません。
30代の頃、某邦楽雑誌の編集長に「琵琶で呼ばれるのではなく、塩高で呼ばれるようになれ」と言われましたが、こんな面倒な条件でもこいつを呼びたいと思わせる位にならないと、とても琵琶奏者を生業には出来ません。


ケースケース内部

海外も中央アジア、ヨーロッパ、カリブ海周辺等にも行かせてもらいましたが、何せ私の琵琶は巨大ですし、各航空会社で琵琶を飛行機に持ち込んだ前例があまりないので大変なのです。スカンジナビア航空などでは、最初認められないとのお達しをもらってしまいました。ストックホルム大学の先生の推薦文で何とかなったのですが、とにかく琵琶を飛行機に持ち込むのは揉め事の種なのです。飛行機に乗せる時には全て席を二席取ってもらってます。プチプチの緩衝材に巻いて貨物室に入れてしまうという方も居るようですが、私には考えられません。
勿論国内でも飛行機の時には二席用意してもらってます。逆に二席分の予算が先方に無い場合は、お仕事自体をお断りする事も多いです。時にはスケジュールの関係で分解型琵琶を宅急便で送る事もありますが、分解型はキャリーケースではなく「箱」ですので、ゴロゴロ持ち運ぶことはほとんどできません。宅急便で送っても大丈夫なように、写真のようなProtexという精密機械を運ぶような特殊な大きく重く頑丈なケースを使うので、演奏会場に直接送り、そこで演奏したらまたばらして宅急便で送るという形で使っています。以前も島根県益田市のグラントワの公演で、ホールにこれを送り演奏したことがあります。これだと安心して送る事が出来ますが、現地で持ち運ぶには車がないと動けませんので、これはこれでまた厄介なのです。



分解全体


高々この程度のものを運ぶのに、何をそんなに手間をかけるのか、なかなか判らないでしょうね。実は少し後に飛行機で移動する仕事が2つほど来ているのですが、どうなることやら。宅急便で送って現地でレンタカーを借りればよいでしょうなんて言う人も居るのですが、地方在住の方に「私は車の運転をした事が無い」と言うとこれまた本当にびっくりされます。


大小私の琵琶と標準サイズの琵琶比較
標準サイズの琵琶で弾き語りをするだけだったら、こんな苦労も無いでしょう。私の生徒には常にギターと琵琶を両方担いで、どこにでも行く若者もいますし、標準サイズの分解型なら、キャリーケースの中に納まって、どこにでも持って行けます。何のストレスも無いです。しかし私の場合は、標準サイズの楽器では表現が出来ないので、ここまで移動に苦労する訳です。あくまで表現者として演奏する音楽には微塵も妥協はしないので、活動を始めた25年前から、ヨーロッパだろうがアジアだろうが国内だろうが、あの巨大な大型琵琶を持って行くのです。琵琶=弾き語りだと思っている人には関係ない話です。

昔ピンクフロイドというバンドが世界ツアーをやる時に、あまりの機材の多さに、移動が大変で公演をやるのが難しいという話を聞きましたが、自分が思う事をやりたいのなら、そのリスクも引き受けるようでないと活動はやれませんね。それは単に運搬云々という事だけでなく、活動全般に渡ります。自分でオリジナルな音楽を創りアーティスト活動をするには、経済的な面は勿論、習った曲を並べて「演奏会」なんてメンタルでは全くやっていけません。
いつも書いていますが、軍国時代に成立した薩摩琵琶の曲を、私が演奏する訳には行きません。アーティストとしての質を疑われれしまいます。私は自分の作品を演奏して、日々の糧を得ている訳で、他のものは演奏できません。また弾き語りはその中のスタイルのごくごく特殊な一部でしかないので、ヨーロッパでも中央アジアでも弾き語りはやりませんでした。先日の静岡の公演でもメインは現代曲。弾き語りもやりましたが、勿論それもオリジナル作品です。
上手を披露するのはお稽古事、アーティストは独自の世界観を表現するもの。この違いが判らずに勘違いしている邦楽人は多いですね。

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photo 新藤義久
お陰様で自分の作品を演奏して生かさせて頂いているので有難い事ですが、とにかくオリジナルな世界を具現化するには標準サイズの琵琶ではどうにもなりません。これからもあのでかい琵琶を担いで旅をする事になると思います。
私の演奏会では全曲の私の作品しか弾かないので、以前から私の演奏会では、「月に叢雲花に風」なんてのを琵琶だと思っているは、かなり面食らっているようでした。1stCDを出した時にも、全編現代音楽作品でしたので、芸術系の方には熱狂的に支持されましたが、弾き語りの流派の曲が琵琶だと思いんでいる人には、全く訳が分からなかったようです。
「媚びない、群れない、寄りかからない」というモットーは琵琶を手にした最初から変わりません。お陰様で、自分の作曲作品を演奏して、こうして生かされて頂いているので有難い事ですが、とにかく自分の表現をするには、標準サイズの琵琶ではどうにもなりませんので、これからもあのでかい琵琶を担いで旅をする事になると思います。


2020フルセット④ (2)

以前石田琵琶店に行った時に、とあるお客さんが訪ねてきて「琵琶が重いので、小さい琵琶を作って欲しい」と言っていましたが、その時親父さんは「あれが重いようじゃ、もう琵琶をやめろ」と言い放っていたのを覚えています。さすがに親父さん気骨がありますな。自分の楽器は自分お体と同じ。自分の音楽をやりたかったら、どこまでも責任を負うのは基本ですね。





彷徨ふ月2022

先日の皆既月食見たでしょうか。何とも不思議で、且つ惹きつけられる風情でした。前回観たのが2018年でしたから久しぶりでしたね。それにしてもなぜ人は月の姿に心が騒ぐのでしょう。もの想いに浸ったり、楽しくなったり、何とも惹かれてしまいます。私は作曲する時のイメージに月や風が必ず出て来てしまうのですが、それは人間の力の及ぶところでないものに対する畏敬や憧れが強いのでしょうね。それに月の姿やそよぐ風、自然全般に生命感を感じているからなのかもしれません。時々月蝕みたいなものに出逢うと、日々や人生を色々と振り返り考えるきっかけになりますね。


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photo 新藤義久


琵琶樂人倶楽部16周年の「琵琶と洋楽器の新たな世界」も、お陰様で賑々しく終わり、今はちょっとばかりのんびりしています。まだ腰の痛みも引いていませんでしたので、家でゴロゴロしている最中です。来週からは舞踊の会に朗読の会、そして能楽師の津村先生との大学関連のイベント、安田登先生との図書館でのレクチャー等々続いています。

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一つのメルヘン舞踊会(内幸町ホール)櫛部妙有朗読会(武蔵ホール)

2023ー1ー29生命の樹m来年年明けにはシアターXにて、日舞の花柳面先生、韓国舞踊のぺ・ジヨン先生との15分位の作品を発表するのですが、その際に拙作の琵琶独奏曲「彷徨ふ月」を使う事になり、細かな直しなどしてました。この曲はヴァイオリンといつもやっている「二つの月」のモチーフを取り出して独奏曲にしたもので、幻想的な感じがとても気に入っているのですが、静かで地味という事もあり、なかなか上演の機会が無かったので、この曲と日韓の舞踊が出逢い作品になることは願ったり叶ったりなんです。「彷徨ふ月」もやっと彷徨うことなく居場所が与えられそうです。


外はもう冬の感じになってきましたね。何だかあまりに時のうつろいが早く、驚くばかりなのですが、日本も世界も先行きが見えない時代に入り、自分もそれなりの年齢になってくると、心の中もさだまりませんね。自分の中の変化と世の変化にギャップがあるという事なのでしょうね。今迄も30歳前後の頃は、行く道が見えずあたふたしていました。また40代半ばの頃は、作品も出来上がって来て、海外公演に出始めたにも拘らず、いつもどこかに焦りがあり、結果声は出なくなるは、体調は崩すはで落ち着きませんでした。自分にまだ自信が持てず、のんびり構えるという事が出来なかったのでしょう。

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笛の大浦典子さんと Photo 新藤義久

お陰様で、やっとこの頃は自分の納得する作品も具現化して来て、演奏スタイルも含め、自分の表現したい世界を見据える事が出来てきたので、以前のような音楽的な迷いや気負いはありませんね。私は元々太陽族というよりも月族の人で、若い頃はそれでも太陽が照り輝く下で飛び回って行く感じでしたが、そんな時代から、今はゆったりと自分のペースで活動して行く、いわば月の時代へと確実に移行しているのは確かですね。やっと本来の姿に戻ってきたのかもしれません。これから更に充実した作品を創り出すためにも、本来の自分らしさを取り戻し、生活そのものを変化させるべき時だと感じています。今は、その岐路に立っているように思います。逆に言えば、これ迄よくまあこんな綱渡りみたいな暮らしを、この年まで続けて来たなと感心するばかりです。「彷徨ふ」とは我人生の事ですな。


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藤枝の山のコテージから月を見る

この秋はまた新たな曲を創ろうと持っています。やはり今回も月明かりの下に佇む人の姿が、イメージとして出てきています。ちょっとピエロリュネール的な感じでしょうか。この雰囲気は以前からなかなか具現化する事が出来なかったのですが、静寂の内側にたぎる生命の躍動みたいなものがで表現できると嬉しいです。業火の中に生きながら、一方で清浄で淀みの無い世界を求める、人間の中に溢れ出るものを描きたいですね。





プロフィール

hakuga

琵琶の作曲・演奏をしています。日本だけでなくオリエント全体に視野を向け、古典雅楽から前衛的な創作作品まで幅広いレパートリーで活動。
演奏活動の他、大学の特別講座や市民講座などレクチャーにも力を入れています。
琵琶を使った作曲作品は60曲以上にのぼり、40曲以上はCD化され、世界に向けてネット配信されています。CDは現在までに8枚のリーダーアルバムと、配信のみのベストアルバムが3枚、教則DVDを1枚発表。

活動のテーマは「創造と継承」。

演奏活動の他、琵琶樂人倶楽部を主催。琵琶楽を文化として捉え紹介すべく、毎月東京阿佐ヶ谷にてレクチャーコンサートを開催。現在15年目で、180回を重ねています。

2009年シルクロードの国々へコンサートツアーに行ってきました。ブログにツアー後記を載せています。ぜひお読み下さい。

このブログでは、琵琶については勿論の事、私が見聞きし、感じた芸術作品への想い等も書いています。

活動状況等はHPをご覧下さいませ。

オフィスオリエンタルアイズ  オフィシャルサイト biwa-shiotaka.com


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