琵琶一人旅

琵琶奏者 塩高和之の徒然日記 日々の想いを綴ります。

春の宴2018

今年はまだ積雪で困っている所があるというのに、もう関東では春の風情になってきました。と同時に春は花粉も飛び始めて、声を使う者にとっては厳しい季節でもあります。春は仕事が少なめではあるのですが、この春はありがたいことに色々とお仕事を頂いています。穏やかな春の風情をのんびりと楽しみたい・・・なんて隠居暮らしみたいな事は、私にとってはまだまだ先の話ですね。

先日は今年初めての日本橋富沢町樂琵会で、8thCD「沙羅双樹Ⅲ」の発売記念演奏会をやってきました。まあ小さな会ですので地味なものではあるのですが、今回はCDにも参加してくれたViの田澤明子さん、尺八の吉岡龍之介君にゲストで来てもらいましたので、内容はなかなか充実して、嬉しい演奏会となりました。

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今回はオープニングに「祇園精舎」を弾き語り、続いて「まろばし~尺八と琵琶の為の」「二つの月~ヴァイオリンと琵琶の為の」「壇の浦」というプログラムでしたが、やはり私は器楽を中心にしたプログラムが一番しっくり来ます。歌が中心のものではどうにも自分自身が発揮できません。ジェフ・ベックやウエス・モンゴメリを聴いて育った少年は、大人になっても根っこの所は変わらないですね。どこ迄いっても、自分は器楽の演奏家だとつくづく思います。とにかく自分の世界をしっかりと「琵琶の音」で表現したいですね。

IMG_3964「まろばし~尺八と琵琶の為の」を吹いてくれた吉岡君は、これまで何度か大きな舞台でも共演して来ましたが、彼は若手ながら弱音がなかなかに素晴らしく、今回も弱音を生かした演奏で「まろばし」を吹いてくれました。スーパーテクニックを誇示しようという尺八奏者が多い中、貴重な存在だと思います。
邦楽器はやはり邦楽器らしくあるのが一番。世界がマーケットとなった今、その独自の世界観こそが一番の魅力であり、他に類を見ない芸術的感性に溢れていると思うのは私だけでしょうか。今だに既存の舶来音楽を表面だけなぞって喜んでいるものが多い現状は、何とも情けない・・。

薩摩琵琶もあの音こそが唯一無二の魅力です。決して歌や声ではないと私は思っています。これからあの音にどれだけの世界が広がり、哲学が深まって行くか、この辺が琵琶が世界に出てく鍵だと思います。声を張り上げていても琵琶の魅力は伝わらないと思うのは私だけでしょうか・・・?。
薩摩琵琶は歴史がない分、思い切って色々とやれるというのが良いですね。「まろばし」はそうした尺八と薩摩琵琶の魅力を十二分に発揮できるように作曲しましたので、吉岡君とのコンビネーションは今後の展開が面白くなって行くと思います。

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そして今回はなんといってもヴァイオリンの田澤明子さんとの共演です。私は何かとヴァイオリンの方と縁があって、これまでにも分不相応にもハイレベルな方々と共演させて頂きました。しかし今回は特別です。あの田澤明子さんと拙作の「二つの月」を演奏するんですから、気合が入らない訳がない!!。昨年レコーディングは終わっているのですが、舞台では今回が初演ですので、久しぶりに身が引き締まる思いがしました。

IMG_4019終演後、お客様と歓談中
「まろばし」にしても「二つの月」がこうして舞台の上で鳴り響いたことに本当に嬉しく思います。まして自分の作品が一流の演奏家によって演奏されるというのは格別ですな!。
田澤さんと対峙するには、私はもっともっとレベルを上げないといけないのですが、先ずはこのコンビネーションでの第一歩が踏み出せて嬉しかったです。アンコールには「塔里木旋回舞曲」も二人で演奏しました。田澤さんのアドリブはなかなかいかしてましたよ。

昨年に録音したものがCDとなり、ネット配信が完了し、更に舞台でこうして実現して行くこの過程は実にスリリングであり、且つ大きな喜びです。
音楽はとにもかくにも舞台で実現するまでやらなくては命が宿りません。練習しただけ、作曲しただけ、録音しただけではリスナーに届かない。何度も何度も舞台にかけてこそ音楽としての生命が輝くのです。

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昨年12月の日本橋富沢町樂琵会にて津村先生と

以前私の作曲の師 石井紘美先生は「実現できる曲を書きなさい」とよく言っていました。オケと琵琶コンチェルトなど作ったところで実現の可能性はありません。先生は更に「貴方は自分で演奏できるのだから、自分で演奏出来る曲を書いた方が良い」とも言いました。私はその言葉が今になってよく判るのです。次々に作曲され世に出てゆく新曲も、そのほとんどは再演されることなく埋もれていってしまいます。私は自分の曲をそんな運命にしたくない。だから自分で実現出来る曲を書くのです。
ありがたいことに、私は普段の仕事からほぼ100㌫自分で作曲したものを弾いて生業とさせてもらっています。これからも自分の作曲したものに命を与え、何度も演奏することで輝くようになるまでやり遂げようと思っています。創るだけ、演奏するだけ、録音するだけでは仕事は終わらないのです。

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昨年12月の日本橋富沢町樂琵会にて

外はもう梅花が膨らみ始めたようです。また今年も色々なものが動き出す季節になってきました。この会の前日14日のヴァレンタインデーの日に「沙羅双樹Ⅲ」もネット配信となり、世界に飛び出てゆきました。今年はちょっと今までとは違う展開をしてゆくような気がしています。もう少し先の世界に足を踏み入れてみたいですね。


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日本橋富沢町樂琵会2018

今年も日本橋富沢町樂琵会が始まります。今年で3年目となるのですが、だんだんと良い感じのペースが出来上がってきました。
それと日本橋富沢町樂琵会のHPも、会場となっている小堺化学興行のHPに新たにコーナーを作っていただきました。 日本橋富沢町樂琵会HP:http://150.60.177.171/rakubikai.html
まだ作りかけなのですが、今後のスケジュールなど載せています。是非ご覧になってみてください。

2018年チラシs

毎月やっている琵琶樂人倶楽部は、レクチャーが半分、演奏が半分というスタンスで、出演も若手の方や、独自に色んな活動を展開している人に絞っているのですが、日本橋富沢町樂琵会の方はレクチャーをやめて、演奏だけに絞っています。またゲストもベテランの演奏家に声をかけていて、能の津村禮次郎先生、尺八の吉岡龍見さん、語りの古屋和子さん、俳優の伊藤哲哉さんなど、毎回先輩方々をお呼びして、演奏をたっぷりと聴いてもらってます。場所も琵琶樂人倶楽部が阿佐ヶ谷、日本橋富沢町樂琵会が日本橋と離れているので、お客様の雰囲気も違っていて、やるほうとしても面白いのです。

田澤明子吉岡龍之介

今週15日(木)の会では、私の新しいCDの発売記念も兼ねているので、CDでも共演しているベテランヴァイオリニストの田澤明子さん、尺八の吉岡龍之介君をゲストに迎え、CDに収録されている作品の演奏をします。現代の薩摩琵琶を是非是非聴きに来て下さい。19時開演です。


st5昨年4月の回 津村禮次郎先生と
日本橋富沢町樂琵会、琵琶樂人倶楽部共に本当に良い形で続けられるのも、聴きに来てくれる皆様のお陰です。ライブは集客がとにかく一番大変なのですが、いつもなんやかんやと色々な方が来てくれるのは、本当にありがたいですね。
こうした定例会は、無理があると続かないのです。経済的にも、気持ちの面でもとにかくもう日常のような感じになってくると、無理なく続けてゆくことが出来ます。琵琶樂人倶楽部はもう11年目で120会を越えていますが、11年やってきたという実感があまりありません。それは自分の音楽活動の中で日常のものとしてやっているからです。

こうした定例会をやるきっかけは、まだ若手といわれた30代の頃、自分自身が色々な琵琶楽に興味を持ちながらも、それらを実際に聞く機会が無かったからです。各流派も定例会をやっていますが、それはあくまでお浚い会であって、お稽古した曲しかやりません。近現代に出来上がった○○流だけ、弾き語りだけという限定されたものしかやってくれないのでは、私には全然物足りなかったのです。私は琵琶楽がお稽古事ではなく、生きた音楽として常に世に響いて欲しいと、ずっと思っていたのですが、私の想いを満たしてくれるような会は、当時どこにも見当たりませんでした。

kirameki-h2若かりし頃
そうしたら自分でやるしかないでしょう!!。多様な琵琶楽の魅力をこちらから紹介して行くのはもう私の使命か、と思い立ち上げた次第です。声張り上げているだけで、ほとんど琵琶を弾かない近現代のスタイルは、琵琶の音色を聴きたい現代人には全然ぴんとこない。そうしたものを「これが琵琶だ」とばかり押し付けてもファンは増えません。逆効果です。雅楽や能、長唄、筝曲などの日本音楽の中でも、薩摩筑前の琵琶は新参者なのです。琵琶楽には平安時代から器楽、合奏、創作など等様々なスタイルがあるのですから、それを聴かかせない手はありませんね。
またいつも書くように薩摩・筑前の琵琶は流派というものが出来てまだ100年程しかたっていません。琵琶楽千数百年の歴史がありながら、どうして近現代に成立した薩摩筑前が古典といえるのかが私には理解が出来ませんでした。大体、軍国ものや忠義の心などの曲を古典と言われても、到底受け入れることは出来る訳がありません。更には70年代80年代に成立した流派まで古典だと言い放つ始末。私はこのようないい加減なご都合主義の風潮に、一石を投じる為にももっとまともな琵琶楽の歴史を紹介したかったし、軍国ものなんかを琵琶だと思われては困るとも思いました。琵琶楽は多様で魅力溢れるものとして聴いてもらいたい、その為にもこうした定例会を立ち上げ発信することはとても有効だろうと思ったのです。


今後の予定は
1
4月21日はいつもの相棒 笛の大浦典子さんとシルクロードをテーマにした樂琵琶の演奏。

2014-1-15-1 (2)田原順子6月21日は私の琵琶を作ってくれた石田克佳さんを迎え、正派薩摩琵琶と錦琵琶の聞き比べ、そして琵琶にまつわる様々なお話を聞かせてもらいます。
10月18日はついに夢の実現!。憧れの田原順子先生を迎え、演奏とお話を伺います。


29
12月はまだ企画の段階ですが、能の津村禮次郎先生を迎えNewversionの戯曲「良寛」を上演する予定です。

現代では琵琶は本当にマイノリティーな存在になってしまいましたが、琵琶は平安の昔から、ずっと歴史の中で様々に形を変え、日本の風土に鳴り響いてきました。是非是非古典から薩摩筑前の新しい琵琶楽まで聴いてくださいませ。
日本橋富沢町樂琵会・琵琶樂人倶楽部にてお待ちしております。



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彷徨ふ月

先日の月蝕は、神秘的でしたね。
演奏会の帰り際にチラッと見田だけだったのですが、家に帰ってからあらためて眺めてみると、何とも不思議な幻想的な雰囲気を感じ、しばらくその移り変わりを眺めていました。
英語ではlunar Eclipseといいますが、このEclipseという名前は武満徹作曲の琵琶と尺八の二重奏の曲のタイトルでもあり、それまで弾き語りの伴奏でしかなかった薩摩琵琶に器楽という分野を打ち立て、その新たな魅力を初めて世界に知らしめた現代薩摩琵琶の代表曲でもあります。正にここから薩摩琵琶の歴史は変わったといえるでしょう。

jackets今回のCDにも入れましたが、拙作「まろばし~尺八と琵琶の為の」はこの武満徹作曲の「Eclipse」に対抗する曲として作曲しました。
もう20年程前でしょうか、「Eclipse」をやらないかというお話を頂きまして、当時通っていた先生の所に相談すると、気軽に譜面を見せてくれました。しかし既にこの曲は流派の曲になっていて、流派の通りに演奏するように求められました。私の天邪鬼な性質を差し引いても、これはやはり武満さんの意に反すると思いましたし、演奏家・作曲家の端くれというプライドもあって、たとえ大先生の演奏であっても他人の即興演奏をなぞるなどという事は、ジャズ出身の私にはどうにも納得いかなかったので、先生には丁重にお断りをし、お仕事の方も断りました。そして自分で納得の行く形で琵琶と尺八の二重奏曲を作るべく、「まろばし」という曲を作曲し、1stCD「Orientaleyes」の第一曲目に収録したのです。当時は「どうだ!!」という生意気な所が強かったかもしれませんが、この「まろばし」はこの時以来私の一番の代表曲となり、数多くの音楽家と演奏してきました。

この写真は2009年に国際交流基金の主催公演で中央アジアの国々をイルホムまろばし10ツアーした時のもの。ウズベキスタンの首都タシュケントにあるイルホム劇場で、「まろばし」をミニオケと琵琶&ネイに編曲して頂き演奏しました。編曲と指揮ウズベキを代表する作曲家アルチョム・キムさん。本当に忘れることの出来ない体験でした。
「まろばし」の初演はスウェーデン人のグンナル・リンデルさんでしたので、スウェーデンのストックホルム大学や、同民族博物館ホールなどでも演奏してきましたが、新たなアレンジになってウズベキスタンに鳴り響いた時は感激しましたね。是非いつかこの形で再演をしてみたいと思っています。

アルチョム
終演後アルチョム・キムさんと楽屋にて

「まろばし」作曲にあたっては、一音成仏という尺八などで言われる世界観をアイデアの源泉としました。そもそも「まろばし」とは剣の奥義のこと。新陰流系統でよくいわれるものですが、技だけでなく心の状態をも表します。つまり一音成仏の世界とは大変相通ずるものがあるのです。曲全体が剣の立会いのような気迫で展開するようになっており、途中は「Eclipse」と同じように即興になっています。
最初から武満さんの曲とはその土台となる哲学や精神的背景を異にして、私の独自の世界観で作曲しようと決めていましたので、私らしく武道を土台とした精神世界をこの曲に込めました。

kotou7故 香川一朝さんと
この「まろばし」は曲の趣旨を理解していれば、演奏家の個性が充分に発揮されるように書かれているので、練習という行為自体がほとんど必要がありません。また若手のフルパワー全開のスタイルから、香川一朝さんのように場に満ちてゆくような静かなスタイルまで、自由自在に曲が変化してゆきます。

私は「まろばし」を作ったことで、琵琶奏者として本格的な自分独自の活動を始め、「まろばし」によって多くの方と共演して縁を頂いてきました。「Eclipse」という作品があったからこそ、私の「まろばし」は誕生したといえます。そしてこの「まろばし」が、現在まで私の活動をずっと支える曲となったのです。


月1

先日の月蝕を観ていて、20年前のあの当時のことが甦ってきました。あっという間としか言いようのない20年でした。20年経ったという実感も無いくらいです。しかしながらこうして年を重ね、人間は生きてゆくのでしょうね。
留まることの無い月の永遠の運動と輝きは、人間の有機体としての限られた人生というものを、太古の昔からずっと包むように照らし、見守っているのですね。人間にはどうすることもないこうした自然の力強い姿を見ていると、人の世の出来事の小さな波騒が本当に小さく見えてきます。またそれに振り回されて生きている自分も、その小ささにあきれるばかり・・・。暫しの間でも俗世を離れていたくなります。


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私の作品には月をテーマにしたものがかなり沢山あります。それだけ私にとって月のイメージはとても大切で、且つ感性の源となっています。「Eclipse」にはじまる私の月は、私の音楽があり続ける最後まで心の中を彷徨い、掻き立て、これからも多くの作品を生み出す力となってくれることでしょう。

 
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