琵琶一人旅

琵琶奏者 塩高和之の徒然日記 日々の想いを綴ります。

極めるということ

先週はずっと演奏会続きでしたので、ちょっとご無沙汰になってしまいました。年末はやはり何かと盛り上がりますね。日本橋富沢町樂琵会では今年も津村禮次郎先生をお呼びして、拙作「凍れる月」で舞っていただきましたが、さすがの存在感で、素晴らしい空間が出現しました。また今回はフルートの久保順さん、筑前琵琶の平野多美恵さんにも助演をお願いしましたので、華やかな会となりました。

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左より平野多美恵さん、音楽プロデューサーの小浦瞭子さん、久保順さん、私

今年は本当に多くの仕事をさせてもらいました。年を重ねるごとに色々と仕事が増えて行くのは喜ばしい事ですし、充実した仕事が出来るというのは、音楽家としても自信がつきます。是非来年も更なる飛躍を期待したい所ですが、やればやるほど気をつけているのはクオリティーです。
作品としてのクオリティーと、演奏としてのクオリティー、共に高くないと音楽として結実しないのです。クオリティーをどう上げて行くか。そこにその人の器が発揮されます。音楽としての芸術性を高めるのか、舞台全体の質を高めるのか、エンタテイメントにするのか、アートにするのか・・・。色々な方向性がある中でどこを向いて自分の世界として結実させて行くか、正に器やセンスなど、音楽家としての質が問われているのです。
薩摩琵琶はいわゆる古典では無いので、少なくとも大正昭和の軍国の時代に出来上がった流派の曲をお見事に弾くことだけは、私にとってありえない方向ですね。

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琵琶樂人倶楽部にて、古澤月心さんと掛け合い琵琶
11月半ばからは比較的時間がありましたので、これまでのレパートリーの見直しを徹底的にやっていました。中には大きく弾法や節を変えた曲もあるし、器楽曲も何度も何度も譜面を書き直し、タッチを考え、表現を変えたものもあります。足したり削ったり、こつこつと極めて行く姿勢を常に持っていないと、クオリティーは上がって行きませんね。

特に習ったものというのは「こうでなければならない」という気持ちが自然と出来てしまい、何故その節なのか、何故そう弾くのかという問いかけをしないままに、盲目的に「こうだ」と思い込んでしまいがちです。時代と共に感性は変わっているのに、思考を停止して習った通りにやるのが良いと思い込んでしまう。また自分で作ったものでも、とりあえず形になると、それなりに満足してしまって、そういった根本的な問いかけを自らしなくなり、出来上がった曲を上手に弾くことばかりに気を取られてしまいます。
こういう姿勢では音楽は深まって行かない。音楽は常に時代と共にあってこそ音楽として成立するものですし、たとえ何百年立った古典曲であれ、今この時代に演奏する意味を演奏者自身が持っていないとただのお稽古事になってしまいます。だから作品としても、演奏としても、常に何年もかけて色んな視点で自分の演奏や曲を見直し、手直ししてこそ深まるのです。



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日本橋富沢町樂琵会にて

先ずは現世に背を向けて、オタクのように閉じこもらない事。そして世に溢れる様々な芸術に触れ、考えて、感じて、勉強して自分で自分のスタイルを見つけ出して、それを創り壊し直し・・・。それを死ぬまで続けて行くのが音楽家。それをしない限り、技芸としての精度は高まっても、音楽としては深まって行きません。
私は自分のやるものをもっともっと深めて、自分の世界を明確に表現したいのです。音楽をやっている人は、同じ音楽家同士で、どっちが上手いとうような比較をどうしてもしたがるものです。その気持ちはよく判るのですが、リスナーはそんなところを聴いてはいない。そんな小さな世界から抜け出して、音楽家として舞台人としての意識を持った人だけが、音楽を生業として生きて行けるのです。

塩高トリオ
昨年末、日野先生と笛の大浦さんと、リブロホールにて
先週はフラメンコギターの日野道夫先生との小さなジョイントライブもやったのですが、良いお話を聞きました。日野先生曰く「プロとして活動している以上、確かに売れる売れないということは大事だけれども、それよりもギター(琵琶)を弾いて生きて行くんだという決心が持てるかどうかが大事だね」さすがアンダルシアでジプシーと生活を共にしてきた先生ならではの言葉だと思いました。琵琶ではなかなかこういう人は居ませんね。

先ずはこういう精神を持てない限り、クオリティーを高めるも何もありえません。人生どうなってゆくか判りませんが、どうなったとしても、自分はこの道で生きて行く。その気持ちがあれば、音楽も極まって行くことでしょう。

まだまだ私は自分の音楽を極めて生きたい。もっと洗練したものにして行きたいし、創造もして行きたい。キリが無いですが、こうした活動を止める時は、音楽家として生きるのを止めるという時だと思っています。
来年も楽しみです。














年末雑感

12月に入り年末らしくなるかと思ったら、妙な天気が続き、なにやら不穏な感じがしますね。このところの異常な気象はどうも気になりますね。来年が平穏無事であると良いのですが・・・。

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昨年12月の日本橋富沢町樂琵会にて、筑前琵琶の平野多美恵さんと

今週末からどどっと演奏会が詰まっていまして、色々と観て廻るのは今しかないという訳で、先週今週は仲間のライブやらベテランの舞台、そして映画といつになく観て歩きました。日本の古い映画はあらためて観るとよく出来ていますね。お金も手間もかかっていて、役者も粒ぞろいで素晴らしいクオリティーでした。これからは日本のものも積極的に観て行こうと思います。
また同世代の仲間や若手の演奏も少し聴きに行きましたが、いずれも好感が持てるまっすぐな演奏でした。こういう仲間達が順調に活動を続けていけると良いですね。多々苦労はあると思いますが、現実に負けずがんばって欲しいものです。かと思えば一番高い値段を取っているベテランの舞台にどうにも不満が残ったりして・・・、色々と勉強をさせてもらっていました。

2016川瀬美香写真2s鎌倉其中釜サロンにて 撮影:川瀬美香
やはり舞台はその大小に関わらず、その人そのままが見えてしまうんだな、とあらためて思いました。レベルが上がればあがるほどクオリティーを求められるし、器も問われるというもの。演目一つ、共演者一つ、衣装一つ、演出一つ、どれをとっても、そこに明確な意思があり、必然がないと妙な作意を感じてしまうし、どこか甘さがあると、レベルの高い人ほど目立ってしまいます。
普段は自分があの舞台の側にいることを思うと、観客の視線の厳しさをひしひしと感じますし、更に身を引き締めていこうとあらためて思いました。

私は琵琶奏者として活動を始めた最初から、ダンス系(日舞~能~クラシックバレエ~モダンダンス~舞踏eytc.)と毎年公演をしていて、自分でも身体表現に関心がどんどん高くなってきました。来年も既に二つ決まっていますが、このところ演劇系の方とのお付き合いがまた一段と増えてきて、今後が楽しみです。
演劇系の方と話をして居ると、皆さん舞台全体を見ている事がよく判ります。音楽家はともすると、1曲を上手に弾こうとする意識に凝り固まって、舞台全体を考えられない人が多いのですが、それではリスナーはもう納得しないでしょう。お上手さを聞かせようとするのは所詮お稽古事でしかありません。

上原まり
CD「まろろば」ジャケット
先日お亡くなりになった上原まりさんと、もう随分前に御一緒させてもらったことがありましたが、やはり上原さんは舞台全体に目が行き渡っていて、見事な舞台運びでした。私はその頃、まだ自分のレパートリーを格好良く弾くことばかりに気を取られていて、今思えば全くなっていませんでした。その時、上原さんの姿にプロというものの矜持を感じたのを、今でも覚えています。
どんな所でも舞台全体視野に入れてやって行きたいものです。


このところ色々とアイデアが出て来て、曲も出来上がってきています。これ迄作曲してあまりやってこなかった曲もあらためて手を入れて、いい感じになりましたので、来年からの舞台のプログラムもより充実してくる事と思います。


2018年チラシs2018-12-14プルワリlivebiwa-no-e2

さて、明日はお世話になっている神田音楽学校のクリスマスパーティー&発表会。明後日は古澤月心さんとの年末恒例「蕎麦道心」での年越しライブ、日本橋富沢町樂琵会、琵琶樂人倶楽部の他、フラメンコギターの日野道夫先生とのジョイントライブや、語りの古屋和子さんとのお寺での公演など、連日の演奏会で今年最後の大忙しとなります。いずれも大きな演奏会ではありませんが、日本橋富沢町樂琵会では能楽師の津村禮次郎先生をお迎えして、拙作「凍れる月」で津村先生に舞っていただきます。新しいアレンジでの久々の再演となりますので、気合を入れて充実した内容にしたいと思っています。

今年もいい感じでお仕事させてもらいましたが、最後の締めもばっちり決めたいですね。舞台全体を入れた大きな視野と器を持って来年も挑みたいと思います。是非是非御贔屓に。












移り行く季節

181202_155240今年は鎌倉などでは、あまり綺麗な紅葉が見られないと聞いていましたが、先日、九段下の近くに用事で行った時、北の丸公園を通り抜けたら、実に素晴らしい紅葉に出会いました。
深まり行く秋というものは何とも風情がありますね。春も勿論ですが、こうして季節が移り行く様は、本当に詩情を掻き立てられます。やはり日本の音楽はどこまでも自然と共に在り、日本人もまた自然の一部として生きているんだな~~と毎年感じる事が出来ますな。この感性が和歌を生み、平安文化を創り上げ、中世へと引き継がれていったんでしょうね。能や茶道、華道など現代の日本の文化の根幹となっているものは、皆この感性の上に成り立っていると思わずには入られません。古の歌人も紅葉を愛で、和歌を詠み、心を豊かにしたんでしょう。この感性が現代迄受け継がれ続いているということに、ロマンを感じますね。

私は一年を通して、大体毎週どこかで演奏しているのが常なのですが、時々ふと演奏会が一週間~十日無いという時が数ヶ月に一度位あります。こういう時が自分にはとても必要で、この余裕があるからこそ、紅葉や春の花や空や雲など、自然に接して感性が広がるのです。常に追われているばかりでは愛でるどころか、気がつきすらしませんからね・・・。
楽器も同じで、愛でてあげるくらいの時間がないと、こちらの感性には答えてくれません。私の楽器が常にベストコンディションでいられるのは、ゆっくりメンテしてあげる時間があるからです。楽器は演奏家にとって命ですから、たっぷり愛情も手をかけてあげないとね!!!。

IMGP0422これは石田琵琶店の3代目の作品。私の琵琶の製作やメンテナンスをやってくれている石田克佳さんのおじいちゃんの大正時代の作との事です
先週も珍しく演奏会が十日間程無く、時間がありましたので、早速楽器の調整を片っ端からやっていて、サワリはもちろんの事、柱をはずして音程や高さの調整をしたり、糸巻きの密着具合を確かめたりしてたっぷり「愛でて」あげました。今回は特に中型と標準サイズの調整をしましたが、写真左の標準サイズが、結構良い感じに仕上がりましたよ。ビュンビュン鳴るようになりました。

その他はレパートリーの譜面も総点検して、楽譜の書き直しにも時間をかけます。普段やっていていると、「ここのタッチを変えてみようかな」「ここのアレンジ変えてみようかな」という小さなアイデアが結構溜まって行くので、そういう小ネタを片っ端から実践してブラッシュアップしているという訳です。
新作としては、最近は笛と樂琵琶の小品1曲と、短い樂琵琶独奏曲を先月仕上げました。この独奏曲はもう少し発展させて、今までのオリエンタルムードではない、幻想的な現代作品に今後仕上げて行くつもりです。他にも幾つかアイデアがあるので、それらを具体化して、来年末にはまたアルバムを録音したいと思っています。今後はCDの制作をやめて、配信のみになって行くと思いますが、どんどん創って行きたいと思っています。特に薩摩琵琶の独奏や他の楽器とのデュオ曲などをもう少し創りたいのです。

鶴田錦史1来年の活動についても色々と考えています。戦略というほどの大げさなものではないのですが、思う形で活動を進めて行くには、計画を立てるのはとても重要。演奏会ごとに、求められる曲も違えば、共演者も様々。しかしどんな演奏会であっても、全てに於いて私の音楽が鳴り響かなくては、私がやっている意味がありません。
私は日本橋富沢町樂琵会と琵琶樂人倶楽部という二つの定例会を主催しているのですが、両方とも1年間のスケジュールを、前年の10月までには出演者も内容(テーマ)も決めます。琵琶樂人倶楽部12回、日本橋富沢町樂琵会5回の年17回の演奏会を1年以上前に決定しているのです。もちろんゲストの方も決め手、前年の11月頭には来年一年間のスケジュールが入ったチラシを配り始めます。

スケジュールでもコンテンツでも、先ず自分でやれることを把握して、何をどうやれば自分の音楽が伝わるのか、じっくり考える事が必要です。かの鶴田錦史師は、「才能なんて関係無い。自分の全てが武器になる位でないと」と言ったそうです。少しばかり上手だとか、才能があるとかそんなことではなく、その人の顔も姿も下手も上手いも、何でも丸ごとがその人の武器、つまり自分の全てを魅力として輝かせることが出来るかどうかということだそうです。さすが鶴田先生らしい名言だと思います。

本番2
ジョージアの首都トビリシにあるルスタベリ劇場にて

活動を続けていると、どうしても目の前の事に囚われて、ただ一生懸命になるだけで、全体が見えなくなることがあるものです。日本人は特に「上手」や「お見事」というのが大好きで、誰かのそっくりに歌えるとか、弾けるとか、そんなところを賞賛する傾向がジャンル問わず多いので、おだてられてうっかりそういう所を向いてしまうと、もう自分の音楽は響かない。先日もYoutubeで、往年のポップス歌手そっくりに歌う方が話題でしたが、大変上手だとは思うものの、物真似芸人にしか見えませんでした。それを楽しんでいる分には結構だと思いますが、物まね芸では世界は認めてくれないのです。世界とそのまま繋がっている現代では、視野の狭さは命取りです。プロではやって行けない。
私のような規模の小さい音楽でさえ、ネット配信を通じて海外から問い合わせが来るのが現代という時代です。自分の発した音楽はそのまま世界を駆け巡るのです。
貴方は誰かのそっくりさんや二代目になりたいですか?。それとも他の誰でない貴方の音楽を世界に響かせたいですか・・・?。


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北の丸公園

季節が移り変わるように、私の活動も刻一刻と世の中と共に移り変わって行きます。事にここ10年程のSNSの発展やネット配信によって、完全に世界に向かって発表して行くという意識に成らざるをえない状況になってきましたし、Youtube Musicなどの新しいサービスもどんどん始まり、その状況は日々更に発展し続けています。こういう世の中で活動しているという意識を持てるかどうか、そこがポイントですね。
私の琵琶楽に対する基本のスローガンでもある「器楽としての琵琶」という部分も、自分の中で大分徹底してきましたので、自分の作品をどんなプログラムで聴かせ、舞台全体を張って行くのか。そしてどんな形と方向で活動を展開するか、年を追うごとに、その器とセンスを問われているように感じます。

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皇居内の紅葉

今月も色々と演奏会が続いて、13日には前回書いたように、日本橋富沢町樂琵会で津村禮次郎先生との共演もありますので、あまりゆっくりは出来ませんが、年末には毎年演奏会がなくなるので、じっくりと腰を据えて、季節を楽しみながら、これからの自分について考えて行きたいものです。
豊かな音楽を創りたいですね。













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hakuga