琵琶一人旅

琵琶奏者 塩高和之の徒然日記 日々の想いを綴ります。

2017年04月

MAROBASHI

先日、第8回の日本橋富沢町樂琵会をやってきました。今回は尺八の吉岡龍見さんをゲストにやったのですが、吉岡さんと能の津村禮次郎先生とが旧知の仲という事で、なんと急遽津村先生が特別出演して舞ってくれたのです。

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3人で拙作「まろばし」を演奏したのですが、これが凄かった。「まろばし」は私が琵琶を始めた時からやっている私の音楽を代表する、一番大切な曲なのです。いつかは、この曲で津村先生に舞っていただきたいと思っていましたが、はからずも日本橋富沢町樂琵会に於いて実現したのです。

「まろばし」は尺八の一音成仏の世界を琵琶と尺八で表現しようと思い立ち、作った曲ですが、「まろばし」とは剣の極意の事です。一音成仏の世界観を表現するには、これ以外のタイトルは無いと思って名付けました。私の琵琶作曲作品に於いてもごく初期の作品ですが、今でも一番の私の代表曲です。邦楽がどんどんと洋楽化する中で、日本音楽の復権を目指した、私の所信表明ともいえる曲なのです。

st5音楽は常に時代と共に移り行くものだと思っていますが、琵琶弾きである以上、琵琶の音色が生きている音楽をやりたいという想いは、琵琶を手にした時から変わりません。この曲は私が考える琵琶の音色が一番に発揮されている曲だと思っています。

「まろばし」を作った1990年代は、現代邦楽と称して、筝と尺八でピアノとフルートのように演奏する洋楽モドキの作品が溢れ、邦楽ポップスバンドみたいなものが出てきて、日本音楽が全くもってその音色を忘れていた時期でした。時代遅れのエレキギターのような陳腐な三味線やら、音程の悪いソプラノサックスのような篳篥や尺八等々、もうどこまで洋楽コンプレックスがあるのだろう、と首をかしげるようなものばかりが溢れかえり、またそういうものを邦楽人がもてはやしていました。
何をやっても良いと思いますし、従来のレールの上を優等生面して走るくらいなら、まだ良いかとも思いますが、私のように洋楽から来た人間には、そんな洋楽モドキようなものには、ジャズやロックやフラメンコで味わっていた情熱は何も感じませんでしたし、正直な所、とても幼稚で低俗な音楽に聞こえました。私はそんなものをやるために音楽に、琵琶に携わっているのではない、と頑ななまでに思っていましたね。
まあ今から思うと私自身も若かったですが、当時も今も、琵琶で演奏する以上、誰にも出来ない、想像もつかない、琵琶でしか実現し得ないものを世界に向かって聴かせたい!!。こういう部分は今でも全く変わらないですね。

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私が憧れてきたものは、ジャズでもクラシックでも最先端の現代音楽でしたので、ショウビジネスの匂いのある、売る為の音楽は、今でも耳を素通りするばかり。自分の日常に流れていて欲しくない。だから大正から昭和にかけて大衆音楽として人気を博した薩摩琵琶唄も最初から興味の対象外でした。ああいうコブシまわして歌い上げるものが伝統だとは全く持って思っていないですし、琵琶楽はあんな底の浅いものじゃないと考えています。
私はあくまで琵琶の音色で自分の思う音楽をやりたいのです。その為に古代の雅楽や、中世の文化、更にはそれ以前の大陸を渡ったシルクロードの音楽を知り、日本の美術・文学などに色々と接し、日本文化をこの身に体現しようとしているのです。たとえ私自身は吹けばと飛ぶ様な存在であっても、自分自身が源博雅や藤原貞敏、藤原師長から続く琵琶楽の流れの最先端に居るという意識だけは持ち続けたいですね。大正辺りから始まった流派や会派などという小さな視野では、とても千年以上に渡る歴史を持っている琵琶楽を捉えることは出来ません。

そんな私が琵琶を手にしたときに最初に作ったのが、この「まろばし」だったのです。

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タシュケントのイルホム劇場にて 指揮 アルチョム・キム
         
「まろばし」は最大限に琵琶と尺八の音色が響き合い、ぶつかり合って、絶対に他の楽器では成立し得ない音楽として、今でも自負を持って演奏をしています。そしてこの曲は本当に多くの人と組んで演奏してきました。
初演はいつもの相棒 大浦典子さんの能管。ファーストアルバムでは尺八のグンナル・リンデルさん。その後は能管の阿部慶子さん、福原百七さん、尺八の若手~ベテラン演奏家達、更にはBBCオケのフルーティスト リチャード・スタッグさんや、タシュケントにあるイルホム劇場でのアルチョム・キム率いるオムニバスアンサンブルとの共演も忘れられない思い出です。その他もう数え切れないほどの人達とやってきましたが、今回は尺八の大ベテラン 吉岡龍見さんとのコンビですから、まさに「まろばし」の真髄が発揮されるだろうと思っていました。そに津村先生が入る事になり、現在考えられる史上最強のコンビネーションが実現したのです。会場は小さかったですが、そこにはもの凄い空間が出現しました。

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こういうものをやるために、私は琵琶を弾いているのです。こぶしまわして声張り上げるために琵琶を弾いているのではありません。琵琶を弾くのが私の仕事であって、歌うのはその一部でしかない。私は私の音楽を実現する為に琵琶を弾いている。ただそれだけのことです。
ギターを弾いても皆演奏家個人の音楽があり、色んなジャンルがあるように、琵琶を弾いても、色々なスタイルやジャンルが存在するのが当然でしょう。大正や昭和に流行したものをやりたい人はやればよいし、ポップスをやりたい人も、オリジナルの弾き語りをやりたい人も皆思うようにやればばよい。琵琶=弾き語りというスタイルを押し付ける事自体がおかしい。どんなスタイルでも、その音楽を現代に生きる人が良いと思って聴いてくれるかどうか。そこに感動できる音楽があるかどうか。そこを無視して形式ばかり追いかけたら、もう音楽としてはお終いです。

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北鎌倉其中窯サロンにて 撮影:川瀬美香

最近になって少しづつ、やっと自分の思い描いている世界に近づいてきているように思えます。もっともっと私の音楽を聴いてもらいたいのです。

素晴らしい一夜でした。


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旅する音色

先日、ドキュメンタリー映画「ヨーヨーマと旅するシルクロード」を観てきました。

ヨーヨーマと旅するシルクロード

周りの友人達からもかなり勧められていて、私自身もヨーヨーマの主催しているシルクロードアンサンブルの音楽は大好きなので、楽しみにしていたのですが、期待以上の内容で、久しぶりに映画を観て興奮する気分を味わいました。何だか勇気をもらったような気分になって、「自分がやってきたことは間違っていない」という確信が心にムクムクと沸きあがりました。

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樂琵琶に取り組み始めた頃の私 若い!!

私はこれまで薩摩琵琶と樂琵琶の両輪で活動をしてきました。薩摩琵琶では現代曲を創ったり、アンサンブルもやっていますが、これは先人が既にやっていることを私なりに発展させていると感じています。まあ琵琶の器楽面を私のように強調した人は少ないかもしれませんが、ある意味で、現代邦楽という分野の最先端という意識があります。

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一方、笛の大浦さんと私の樂琵琶でコンビを組んでこれまでやってきている活動は、私のような演奏・作曲の形態自体の前例が全く無いのです。このコンビで作ってきた曲はもうかなりの数になり、台湾の演奏家達(ピパ・二胡・笛)が演奏会で何度も取り上げてくれたり、尺八やフルート、ヴァイオリンなど色々な楽器の方々とも共演をしてきました。しかし樂琵琶に於いては、雅楽を土台にしながら、シルクロードを視野に入れて作品を発表するという事自体が、今迄に無いスタイルでしたので、自信を持ってやっているものの、迷いがなかったと言えば嘘になります。つまり今一つ確固たる自信が自分の中に出来ていなかったということです。しかしこの映画を観て、「これでいいんだ」というエールを頂き、強く背中を押された気分になりました!!。

そしてこれまでは見ている範囲が小さかったのだという事も認識しました。何かの枠にはまらないのは相変わらず私流ですが、大きな視野を持っているつもりで、まだまだ意識が出来ていなかった。シルクロードアンサンブルのメンバーの活動振りを見ていて、そこが一番感じたところです。

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もっともっと自分なりにやっていこう、自分の思う通りにやっていいんだ、という気分になりましたね。自由にやっているつもりでも、どこかに気負いがあったのでしょう。これからはより純粋に音楽に向かって行けそうです。まあ元々しがらみも肩書きも無いので、やりたいようにしかやって居ませんでしたが・・・・。
ほんと頭がすっきりしました。ここ数年で活動の方も大分いい感じでまとまってきましたし、ショウビジネスとは違うところで動いてゆく自分のやり方も筋道がはっきりしてきました。



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さて、今週は20日に第8回日本橋富沢町樂琵会。尺八の吉岡龍見さんをゲストに、そして能の津村禮次郎先生を特別ゲストに迎えてやります。
また月末27日にはナレッジ&カルチャーアカデミー主催の講座&食事会があります。麻布十番の善福寺で、雅楽を中心に樂琵琶と平安貴族の関わりをレクチャーさせていただきます。終わってからは、イタリアンレストラン ファンタジスタドゥエにて食事会というなかなか無い企画ですので、是非是非ご参加下さい。詳しくは私のHPをご覧になってくださいませ。

花粉症もやっと過ぎ去りましたし、これからどんどん我が絃を鳴らし世界を旅したいですね。琵琶の音を広い世界に響かせたいのです!!。


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来し方行く末

昨夜は、第112回琵琶樂人倶楽部をやってきました。嬉しい事に前回に続き、今回もフルハウス!!何だか盛り上がってきました。昨夜のゲストは、世界的に活躍されてきたフルーティスト久保順さん。久保さんには今回はあえて龍笛を吹いてもらいました。そして京都から琵琶サークル「音霊杓子」のお二人が駆けつけてくれたので、笙の演奏と今様の歌で加わって賑々しくやってまいりました。

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久保さんとは日本書紀の会でいつも御一緒させてもらっているのですが、今回は「越天楽」、「越天楽今様」、「静夜譜~海青楽による」の3曲を笙を加えて3人の演奏でやってもらいました。笙が入ると一段と雰囲気が出ますね。雅楽や平安時代のことなどをレクチャーしながらやったのですが、随分と会が華やかになり、とてもよい雰囲気で進行することができ嬉しかったです。途中「静夜譜」でちょっと絃が暴れましたが、後半にはピッチも安定し、まずまずの感じでした。お客様にも「啄木」や「虹の唄」の持つ独特の空気感が伝わったと思います。

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琵琶樂人倶楽部も色んな人が集い、発足当初から理念としていた「琵琶楽を多くの人に届け、様々な琵琶の生の姿を聴いてもらう」というものが自然と出来てきました。それにしても10年とは長い年月です。10年というと何だか凄い感じがしますが、毎月の琵琶樂人倶楽部は、あまりにも自分の中で当たり前過ぎるほどの日常になっているので、10年という実感が無い、というのが本音です。まあ10年前の自分の写真を見ると、確かに時の流れを随分と感じますが、あっという間というのはこのことですね。

今迄に色々な方々にゲストで来ていただきましたが、若手の演奏家も結構沢山出てくれました。これからはもっと若手の方に出ていただきたいですね。お上手を目指している優等生は流派の会にでも出れば良い。上手いも下手も無く、もっと個性を発揮して表現したいという想いに溢れた若者にこそ、琵琶樂人倶楽部は寄り添いたいと思っています。我こそは、と思う方、琵琶に限らず笛でも尺八でも結構ですよ。チャレンジして下さい。
これからも理念もヴィジョンも変わらずに淡々とやって行きます。どうぞお気軽にお越し下さいませ。


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もう一つ、昨年から始めた定例会「日本橋富沢町樂琵会」もだんだん良い形で定着してきました。こちらは毎回ベテランの演奏家を呼んで演奏をたっぷりと聴いていただくことを趣旨にしていますので、レクチャーなどはやりません。じっくり聴いていただく会です。最近はなかなか盛況になってきて、色んなつながりがここから始まってきました。
今月は20日の木曜日に、尺八の吉岡龍見さんをゲストに迎えてやるのですが、そこに、なんと何時も舞台「良寛」でご一緒させて頂いている、能の津村禮次郎先生が特別出演してくれる事になりました。昨年12月の会の興奮も冷めやらず、再びの登場です!!

292017年3.11安洞院「良寛」公演にて
更に、曲は拙作「まろばし~尺八と琵琶のための」で舞っていただきます。いつかこんなコラボが実現するのではないかと思っていましたが、私の一番の代表曲で津村先生と共演出来るとは・・・。曲もなかなかスリリングですが、そこに津村先生の舞が入るとかなり面白い展開になることは間違いないです。ご興味のある方、目の前で観ることが出来るこの機会を是非お見逃し無く!!!滅多に無い機会だと思います。
お問い合わせはオフィスオリエンタルアイズ(HPよりmail toで)までご連絡下さい。

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私は自分なりの活動しか出来ません。地味も地味、世間の流行とは間逆を行くような足取りではありますが、これからも思うところを思うようにやって行きたいです。
ほぼ100%自分の創った楽曲で演奏会もお仕事も全てさせてもらっているというのはありがたいことです。自分で創ったものを聴いていただくというのは音楽家として実に嬉しいですし、自分で「やっている」という実感がとても強く感じられます。こうして琵琶という楽器を生業とさせてもらって生きて来られた事に、感謝しかないですね。

これからの行く末がどうなるか判りませんが、自分なりの歩みで、行くべき道を進むのみです。




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残る桜・・散る桜・・・

桜が満開ですね。ここ数日、地元の仲間が集いお花見三昧です。

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善福寺緑地

絢爛たる満開の桜の姿を見ながら、私はいつも良寛の「散る桜 残る桜も 散る桜」という句を思い出します。一瞬の美をもって散り行く姿には、確かに詩情を書き立て、美しさゆえの儚さを大いに感じさせますが、私は儚さと同時に、自分の人生を自分で貫くという清さをも感じます。まあこの良寛の句は特攻隊の方の辞世の句としても知られているので、ある種の色が付いてしまっている感もありますが、散る桜には何にも寄りかからず、自分の散り行くべき時に自ら淡々と散ってゆく、そんな清い姿を見てしまいます。そしてそれが無上に美しく感じるのです。

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新宿御苑

私自身を振り返り、常に自分の人生を素直に清く生きているかといえば、なかなかそうはいきません。訳も判らず迷ってしまう時や、不安が募る時も多々あります。こんな時はいずれも他人を軸にしてしまっていることが多いですね。他人の姿を見て、それを価値基準の軸として、そこから己を判断してしまうと、ふと「これでいいのだろうか」「○○のようにした方がいいんじゃないか」という風に自分がブレて、自分自身を素直に見ることが出来なくなってしまいます。

2阿佐ヶ谷ジャズストリートにて
若い時分、ジャズをやっていた頃は、よくそんな風に有名なプレイヤーの姿を基準にして、自分を何かの枠や殻に閉じ込め、迷いに迷っていました。音楽や芸術というものは、世の中のルールやセンス・因習を飛び越え、時間さえも飛びえてゆけるのが真骨頂であり、一つの使命でもあるのに、そういう本質を全く見失っていました。何かの軸に囚われているようでは、いつまで経っても自分の音楽は出来ないのです。
琵琶に転向してからは、幸いな事に対象となる物も人も、琵琶の中に無いのでそんな事も感じなくなりましたが、そういう自分の心の弱さを自分で認識しながらも、常に自分の軸で生きたい、と年を追うごとに思います。素直に自分の人生を生きていれば、何かの軸や基準に囚われる事もないし、相手の素晴らしさも素直に認めてあげることが出来る。下手も上手もないのです。だから流派や業界のヒエラルキーの中に居るなんてことは私には考えられないですね。音楽家はどこまでも自由で居なければ・・ね。

魯山人

かつて魯山人は「芸術家は位階勲等とは無縁であるべきだ」といって、人間国宝の要請を三度断ったそうですが、自由な精神で生きている人間にとっては、何かにカテゴライズされるのはまっぴらごめんというところでしょうか。人間国宝も素晴らしいし、何とか賞も素晴らしいけれど、固定化されたセンスで芸術・音楽を判断するのはナンセンス以外の何ものでもないのです。


パットマルティーノジャズギタリストにパット・マルティーノという方がいます。私は高校生の頃から、それこそレコードが擦り切れるほどに聞きまくっているギタリストですが、彼は30代前半にしてオリジナルなスタイルを作り上げ、世界的に高い評価を得たものの、脳動脈瘤に倒れ、父親の名前以外の全ての記憶(ギターの弾き方さえも)を無くしたそうです。身体には麻痺や痺れが残り、誰もがもう彼の復活はないだろうと思っていましたが、電気ショックなどの大変な苦痛を伴うリハビリを長く続け、自分の過去の演奏を聴き直し、一から勉強を始めました。その間に伴侶は去り、両親の面倒もみなくてはならないという、心身ともに壮絶な時を過ごしたようですが、演奏の技術だけでなく、独自の音楽理論をも創り上げ、見事にカムバックしました。復活後も重い病気にかかり更なる辛苦が待っていたそうです。しかし初来日の時に出逢った日本人女性と結婚し、その女性の献身的な介護(食事療法と指圧だったそうです)により再度のカムバックを果たし、今またギターのリヴィングレジェンドと言われるほどに、ジャズギターの頂点として旺盛な活躍をしています。

そのパットさんはインタビューで


自分が自分である事を幸せに思う。。。それに勝る成功はない。つまり、自分の人生そのものをもっと楽しもうと私は言いたいね。


と言っています。他を軸にしていたら彼の復活はありえなかったでしょう。徹頭徹尾自らの人生を生き抜いたからこその言葉だと思います。肩書きをひけらかし、小さな世界の中でうろついている輩に聞かせたいですね。

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新宿御苑

細川ガラシャの辞世の句に「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」という句がありますが、音楽家なら存分に自分のオリジナルの音楽を奏で、唯一の自分の人生を生き貫いてこそ音楽家ではないでしょうか。他人の作った軸の中で、右往左往していてもはじまらない。たとえ評価されなくとも、誰の真似でもない自分の音楽を奏でたいと思いませんか。
かのパット・メセニーもウエス・モンゴメリーを大変尊敬しているそうですが、尊敬しているがゆえに絶対に真似はしない、と言っています。私も同感ですね。どんなに憧れても相手の人生を生きることは出来ないのです。出来ないのに表面の形だけをなぞり、そっくりに弾くというのは、尊敬の念もそんな程度でしかないという事です。尊敬する相手がどんな想いでこのスタイルを創り上げたのか、それを思えば、自分も自分らしいスタイルを創ってこそ、勉強させてもらった事への恩返しではないでしょうか。真に尊敬しているのであれば、到底物真似のような事は私は出来ないですね・・・。

散る桜の心を持って、清く素直に生きたいものですね。



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春の音色

春爛漫ですね。我が家の近くには都内でも有数のお花見スポットがあるので、よく出かけるのですが、やっぱりこの季節は華やかですね。私はワイワイとしたお花見宴会の風情の無さが嫌なので、早朝か夜遅く、後は平日の昼間にちょっと仲間と行く位なのですが、桜の花を見ていると、華やかさと共に外に向かう沸き上がるエネルギーを感じます。

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外は華やかな春ですが、何かと体調も変化する時期でもありますので、春は家に居ることが多いです。その分、一日中音楽を聴き、楽器をいじったり、譜面を書いたりしています。
このところ色々な音楽を片っ端から聴いているのですが、世界の民族の音楽(特にシルクロード関係)は興味が尽きないですね。郷愁を感じるようなメロディーが各国ごと有り、はやりどこかに日本音楽と通じるものを感じます。中東から中央アジア、東アジア、インド、東南アジアなど、書き出すと尽きませんが、本当に人間は豊かな文化を持っていると思えてなりません。
そしてどんな民族音楽でも、最先端にいるものに一番心惹かれます。それは正にLiveであり、生々しい今の音楽として訴えてくるからでしょう。私の好みは洗練されたものの方ですが、土着性の強いものも良いですね。生活の匂いを感じます。ただし土着性の仮面をかぶったものや、邦楽器ポップスのようにショウビジネスに寄りかかったようなものだけはご勘弁を・・。

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常々考えているのですが、音楽の世界は円のように繋がっている、と思えてならないのです。日本人は何かと区別したがりますが、地域ごとの独自性は勿論あるものの、それぞれが色々なものとぶつかり溶け合って出来あがっているので、どの民族音楽にも様々な要素が含まれて、何かしら共通したものが受け継がれていると私は思っています。
社会が常に時代と共にぶつかり合い、融合し、変化し続けているのですから、音楽も当然そうなります。今の日本の状況を見てももうクラシックやロック・ジャズを経ていない人など居ません。普通に生きる日本人がこの通りなのですから、邦楽も当然50年前とは違ってきます。三味線などは楽器の音色が50年前と今とでは全く違うと言う方もいます。これが歴史というもの。そういう時代の変遷の中で何を残し、何を継承してゆくか、そこが問われているのです。
生々しい今の日本音楽を創り、演奏して行きたいですね。

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2010年京都清流亭にて

世界に視野を向けたい。最近特にそういう想いが強くなりました。売れるかどうかということより、東京に固執して日本の中だけを見るのではなく、東京だろうが中東だろうが同じような感覚で世界中で演奏したい。そんな風に思うのです。今は世界中どこに住んでいても飛んで来れるのですから、もっといろんな国を旅してみたいのです。小さな枠の中で上手だの偉いだの言いあっているような世界とはずっと距離をとってきましたが、それでもまだまだ自分の視野は小さい。もっと色んな国の文化の中で私の演奏を聴いてもらいたいのです。そんな機会をどんどん作ってゆきたいですね。


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昨年は映像やダンス、語りの方、音楽家でも全然違うジャンルの方と随分一緒にやってきましたが、こういう活動を世界を舞台にやってみたいのです。日本がだめというのではなく、毎月の琵琶樂人倶楽部のような小さな目の前の活動も、大きな舞台での活動も、同じように自分の活動としてやっていきたいのです。その活動の範囲を広げたい。世界に広げたい。勿論いつものように曲は全てオリジナル。私の音楽でもって多くの舞台、感性、そして世界と触れ合って行きたい・・・。まあそう思っていれば自らからそうなってゆくでしょうね。

春の華やかさが、大きな希望を運んでくれるようです。




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