先日、第8回の日本橋富沢町樂琵会をやってきました。今回は尺八の吉岡龍見さんをゲストにやったのですが、吉岡さんと能の津村禮次郎先生とが旧知の仲という事で、なんと急遽津村先生が特別出演して舞ってくれたのです。

sy13-19

3人で拙作「まろばし」を演奏したのですが、これが凄かった。「まろばし」は私が琵琶を始めた時からやっている私の音楽を代表する、一番大切な曲なのです。いつかは、この曲で津村先生に舞っていただきたいと思っていましたが、はからずも日本橋富沢町樂琵会に於いて実現したのです。

「まろばし」は尺八の一音成仏の世界を琵琶と尺八で表現しようと思い立ち、作った曲ですが、「まろばし」とは剣の極意の事です。一音成仏の世界観を表現するには、これ以外のタイトルは無いと思って名付けました。私の琵琶作曲作品に於いてもごく初期の作品ですが、今でも一番の私の代表曲です。邦楽がどんどんと洋楽化する中で、日本音楽の復権を目指した、私の所信表明ともいえる曲なのです。

st5音楽は常に時代と共に移り行くものだと思っていますが、琵琶弾きである以上、琵琶の音色が生きている音楽をやりたいという想いは、琵琶を手にした時から変わりません。この曲は私が考える琵琶の音色が一番に発揮されている曲だと思っています。

「まろばし」を作った1990年代は、現代邦楽と称して、筝と尺八でピアノとフルートのように演奏する洋楽モドキの作品が溢れ、邦楽ポップスバンドみたいなものが出てきて、日本音楽が全くもってその音色を忘れていた時期でした。時代遅れのエレキギターのような陳腐な三味線やら、音程の悪いソプラノサックスのような篳篥や尺八等々、もうどこまで洋楽コンプレックスがあるのだろう、と首をかしげるようなものばかりが溢れかえり、またそういうものを邦楽人がもてはやしていました。
何をやっても良いと思いますし、従来のレールの上を優等生面して走るくらいなら、まだ良いかとも思いますが、私のように洋楽から来た人間には、そんな洋楽モドキようなものには、ジャズやロックやフラメンコで味わっていた情熱は何も感じませんでしたし、正直な所、とても幼稚で低俗な音楽に聞こえました。私はそんなものをやるために音楽に、琵琶に携わっているのではない、と頑ななまでに思っていましたね。
まあ今から思うと私自身も若かったですが、当時も今も、琵琶で演奏する以上、誰にも出来ない、想像もつかない、琵琶でしか実現し得ないものを世界に向かって聴かせたい!!。こういう部分は今でも全く変わらないですね。

s20

私が憧れてきたものは、ジャズでもクラシックでも最先端の現代音楽でしたので、ショウビジネスの匂いのある、売る為の音楽は、今でも耳を素通りするばかり。だから大正から昭和にかけて大衆音楽として人気を博した薩摩琵琶唄も、最初から興味の対象外でした。ああいうコブシまわして歌い上げるものが伝統だとは全く持って思っていないですし、琵琶楽はあんな底の浅いものじゃないと心底考えています。
私はあくまで琵琶の音色で自分の思う音楽をやりたいのです。その為に古代の雅楽や、中世の文化、更にはそれ以前の大陸を渡ったシルクロードの音楽を知り、日本の美術・文学などに色々と接し、日本文化をこの身に体現しようとしているのです。たとえ吹けばと飛ぶ様な存在であっても、自分自身が源博雅や藤原貞敏から続く琵琶楽の流れの最先端に居るという意識だけは持ち続けたいですね。大正辺りから始まった流派や会派などという小さな視野では、とても千年以上に渡る歴史を持っている琵琶楽を捉えることは出来ません。

そんな私が琵琶を手にしたときに最初に作ったのが、この「まろばし」だったのです。

イルホムまろばし10
タシュケントのイルホム劇場にて 指揮 アルチョム・キム
         
「まろばし」は最大限に琵琶と尺八の音色が響き合い、ぶつかり合って、絶対に他の楽器では成立し得ない音楽として、今でも自負を持って演奏をしています。そしてこの曲は本当に多くの人と組んで演奏してきました。
初演はいつもの相棒 大浦典子さんの能管。ファーストアルバムでは尺八のグンナル・リンデルさん。その後は能管の阿部慶子さん、福原百七さん、尺八の若手~ベテラン演奏家達、更にはBBCオケのフルーティスト リチャード・スタッグさんや、タシュケントにあるイルホム劇場でのアルチョム・キム率いるオムニバスアンサンブルとの共演も忘れられない思い出です。その他もう数え切れないほどの人達とやってきましたが、今回は尺八の大ベテラン 吉岡龍見さんとのコンビですから、まさに「まろばし」の真髄が発揮されるだろうと思っていました。そに津村先生が入る事になり、現在考えられる史上最強のコンビネーションが実現したのです。会場は小さかったですが、そこにはもの凄い空間が出現しました。

t63-11

こういうものをやるために、私は琵琶を弾いているのです。こぶしまわして声張り上げるために琵琶を弾いているのではありません。琵琶を弾くのが私の仕事であって、歌うのはその一部でしかない。私は私の音楽を実現する為に琵琶を弾いている。ただそれだけのことです。
ギターを弾いても皆演奏家個人の音楽があり、色んなジャンルがあるように、琵琶を弾いても、色々なスタイルやジャンルが存在するのが当然でしょう。大正や昭和に流行したものをやりたい人はやればよいし、ポップスをやりたい人も、オリジナルの弾き語りをやりたい人も皆思うようにやればばよい。琵琶=弾き語りというスタイルを押し付ける事自体がおかしい。どんなスタイルでも、その音楽を現代に生きる人が良いと思って聴いてくれるかどうか。そこに感動できる音楽があるかどうか。底を無視して形式ばかり追いかけたら、もう音楽としてはお終いです。

2016川瀬写真1 (2)
北鎌倉其中窯サロンにて 撮影:川瀬美香

最近になって少しづつ、やっと自分の思い描いている世界に近づいてきているように思えます。もっともっと私の音楽を聴いてもらいたいのです。

素晴らしい一夜でした。


和楽器ランキング