琵琶一人旅

琵琶奏者 塩高和之の徒然日記 日々の想いを綴ります。

演奏会のお知らせ

芸 2019

師走ですね。ぐっと寒くなってだんだん年末らしい感じになってきました。
何かと忘年会と称して呑み歩く機会が増えていますが、今年は演劇系の知り合いが多くなったこともあって、面白い話をよく聞きます。自分と違うジャンルの人と話していると楽しいですね。頭の中も広がって、発想も豊かになった気がします。

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六義園

いわゆる邦楽系の人は、「芸」という事をよく言いますが、そこには技を練るという意識がとても強く、作品を創り上げるという感覚が薄いですね。私は、邦楽人のそういう所がとても残念なのです。舞踊の方などは創作舞台をよくやっていますが、工夫はしていると思うものの、どういう哲学や主張を持って、何を表現し、何故今それをやっているのか、全然見えてこないものが多いですね。練れた芸やお見事な技は判るのですが、工夫のその先が見えないと、頑張ってるな~とは思うものの、魅力を感じないのです。

大きな声も弾法もちろん大事なのですが、それらは皆「技」のレベルの話であり、作品の話ではない。またそれが旧価値観での技だという事を判っていない人が多いと思います。マイクの無い時代、大きな声で、且つ高い声が出ることは何よりも大事なスキルであり「技」でした。しかし今はマイクをどううまく使うかというのも大事な「技」であり、周りとアンサンブルが出来ない人は本番では使いものにならない。マイクや音響機材の知識は結構重要なスキルなのです。
ピアノでもギターでも、お筝でも三味線でもどんどんと改良され、それに合った技が開発されてきました。お座敷やサロンからホールやライブハウスまで演奏場所も変化している。そういう状況の変化の中で、自分のセンスと違うものを受け入れようとする姿勢がなくなってしまったら、衰退するのは当たり前ですね。私は琵琶にもヘッドセットなんか付けて、クルーナー唱法で歌う方が出てくると良いと思っています。

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常に時代のセンスと向き合って行く安田登先生と 人形町Visionsにて
これからAIの時代になって、労働という概念も変わり、貨幣すら無くなって来るだろう時代を迎え、人間の生活も哲学も大きく変わって行くでしょう。勿論人間としてのセンスも技もあと10年ほどで驚くべき変化をするはずです。ジェンダーフリーの時代に「着てはもらえぬセーターを、涙こらえて編んでます」なんていう歌をそのまま歌えますか?。男はこうでなくては、女はこうであれみたいな概念を引きずったまま芸術に携わることは不可能です。どんな時代でも時代と共にあるのが芸術。時代を先取りして新たなセンスを世の人々に見せて行くのがアーティスト。私はスプツニ子!さんの動画など面白いと思うのですがね・・・。琵琶人は見るかな????。

「技」は作品になって初めて「技」なのであって、いくら包丁を切れ味鋭く研ぐことが出来ても、それだけで終わっていたら芸術作品にはなりません。しかもそこにヴィジョンが無ければ、その研ぐ技術は手っ取り早い活用法として武器を生んでしまう。核融合のようなヴィジョン無き技術は何を生みましたか?。人を幸せにしましたか?。後先を考えない近視眼的な努力は悲劇を生むのです。音楽もただやみくもに、今迄通りにまじめにやっていれば良いなんて言う底の浅い考えでいたら、先がある訳ないですね。邦楽は、永田錦心や鶴田錦史、宮城道夫、沢井忠夫のような、次の時代を先取りして、最先端を突っ走っていたアーティストが居たからこそ、ここまでもったのです。今我々邦楽人はその遺産を食いつぶしているだけなのだという事を判って欲しいですね。

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高円寺

芸術家は作品を創るのが仕事。観客は作品やそのアーティストの世界や、現代におけるセンスを観ているのです。お見事さを観ているのではありません。社会の変化と共に、皆の「良い」という感性もどんどん変わってきているのです。しかもそのスピードはものすごく早くなっている。時代と共に、社会と共にあってこその音楽であり、芸術です。社会と隔離された村の中で大声出していても、その声は世の中に届きません。
安田登先生と担当した、eテレの「100分de名著」もああいう形で平家物語を語って、見せてくれたからこそ、多くの方が観てくれたのです(番組視聴率が歴代トップだそうです)。時代を超えて残ってゆくという事は、決して昔のままの形を守ることではなく、本質を保ちながら時代と共に変わることなのです。それはどの分野にも言えることではないでしょうか。


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津村禮次郎先生 日本橋富沢町楽琵会にて


さて今日はこれから日本橋富沢町楽琵会。津村禮次郎先生が拙作「二つの月~ヴァイオリンと琵琶の為の」で舞ってくれます。この曲は9.11を題材としていまして、二つの異なるものの出会い~反発~葛藤、そして最後にはお互いの違いを認め合って共生の道を歩む、という構成になっています。芸や技を軽々と越えて、一つの世界を表現する津村禮次郎先生の舞が見ものです。ヴァイオリンはCDでも共演している田澤明子先生。田澤先生の生演奏で、津村先生の舞を目の前で見ることが出来る、他にはあり得ない企画です。予約は要りませんので、是非是非お越しください。

これだけ素晴らしいものを内包している邦楽を、このままにしておきたくはないですね。










Improvisation

早、12月ですね。このところ雨も多いですが、紅葉もいい感じになってきて、天気の良い日には紅葉を眺めに散歩してます。先日は北の丸公園に行ってきました。毎年12月は演奏会の数にも少し余裕が出てくるので、体も楽になり、気分も随分とほぐれてきます。仕事に緩急があるというのは良い事ですね。

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先日の北の丸公園 

今年は多くのお仕事を頂き大変充実した年でしたが、これから更に先があるように思っています。曲も色々と創って行きたいし、活動も広げて、もっと自分の音楽を充実させて行きたいですね。
今年も毎年年末の恒例で、日本橋富沢町楽琵会に能楽師の津村禮次郎先生を迎えて開催することになりました。今年は豪華に、vIの田澤明子さんにもお越しいただいて、拙作「二つの月」で津村先生に舞っていただくことになりました。田澤さんとは8thCDでの共演以来、色々と御一緒させてもらっていますが、来年も神奈川のお寺 貞昌院にて、ジョイントの演奏会をやります。コンビネーションもだんだんと深まってきていますので、今月の日本橋富沢町楽琵会は充実の演奏となると思います。是非是非お越しください。19日(木)の開催です。

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「二つの月」は9.11のテロの時に書いたもので、当初はチェロと琵琶のデュオとして1stCDに収めた曲ですが、年月を経てViと琵琶に編曲し直して、8thCDに再録音した曲です。異なるものが出会い、反発を繰り返しながら、最後にはお互いの違いを認め合って共生の道を歩んで行くというストーリー展開になっています。田澤さんのダイナミック且つ繊細な表現と、津村先生の自由闊達な感性が、どんなコラボレーションになって行くか、実に楽しみなのです。





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以前の日本橋富沢町楽琵会にて、津村先生と


さて今日のお題の「Improvisation」ですが、邦楽というと、皆さんお着物を着てきちっとしているイメージで、即興なんかしないように思う方も多いともいますが、実は邦楽は究極の即興音楽と言っても良いくらいに「Improvisation」の応酬なのです。言い方を変えると、現在の邦楽の衰退は、そこを忘れ、習ったことしかやらなくなってしまったからに他なりません。
よくご一緒させていただいている、下掛宝生流ワキ方の安田登先生もそうなのですが、毎回即興でやっているんです。私がその時と場所で、色々なことを色々な形で弾くのですが、それに乗ってや安田先生もその時々で変化して行きます。津村先生も簡単な打ち合わせをするだけで、毎回お互いに結構な即興をやっています。邦楽の中でも特に能はジャズに近いものを感じますね。
そして特に能楽師の方と御一緒するといつも感じるのは、共通言語(と言っても良いくらい)としての「間」ですね。呼吸という人もあるでしょうし、私は「円運動」という言い方で説明することも多いです。始まったとたんに、その円運動の中に入ることが出来れば、あとはもう自由自在にLive して行くのです。
勿論、自由に動くためには土台となる「型」は必要なのですが、これはフリーインプロなんて言っている音楽だろうがジャズだろうが、「身体」(自分がこれまで生きて来た経験の蓄積)という土台は逃れらません。だから逆に「身体」や「型」を認識している演者ならば、そこを土台に自由自在にやれるのです。日々違和感なく日本語を使って生活しているのと同じように、型が身体に染み込んでいる位のレベルは必要かと思いますが・・・。

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インプロ?共話? 安田登先生と、浪曲師の玉川奈々福さんと photo 新藤義久

日本語は世界でも珍しい「共話」という形式で成り立っているそうです。どういうことかというと、「対話」と違って、話しながら、話のストーリーを会話をしている者同士で創り上げていっているのだそうです。話を完結させず、未完成のまま相手に受け取らせ、相手がそれを完成させて行くことを繰り返している、という事です。先日のレクチャーでご一緒したドミニク・チェンさんが紹介していましたが、話を聞いていて、まさにいつもの即興演奏の様だと思いました。ご興味のある方はぜひこちらを読んでみてください。https://kangaeruhito.jp/article/5338

私は前々から「音楽は調和」という事を言っていますが、ドミニクさんの話を聞いていて、まさに音楽を演奏するとは、日本語の会話をしているのと同じだ、と思いました。つまり音楽で「共話」している訳で、これこそが日本の音楽の根幹なのだ思いました。即興というとなんだか適当にやているイメージもあるので、これからは「共話」という言い方を私も使いたいと思います。
この「共話」を持って世界の音楽家と音楽を創り上げて行きたいですね。この「共話」こそ、音楽が生きたものとして輝くキーワードの様に私は思います。この話はまた改めて掘り下げてみたいと思います。

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アゼルバイジャン バクー音楽院 ガラ・ガラエフホールでの日本音楽セミナーにて


Liveな琵琶樂を次世代に、世界に響かせたいですね。













ソウルフード

先日、静岡市清水区ののお寺 鉄舟寺にて演奏してきました。

鉄舟寺1「森の音楽会」という地元の方々が主催する音楽家にゲストで呼ばれたのですが、嬉しい一日となりました。

実はこの鉄舟寺は、名前の通り山岡鉄舟が再建したお寺でして、私の故郷に静岡市葵区にも近いのです。私が若かりし頃、山岡鉄舟著の「剣禅話」(高野澄訳)、大森曹玄著「剣と禅」を読んで山岡鉄舟に興味を持ち、このお寺の事も知っていました。またこのお寺には義経の笛「薄墨の笛」が伝えられていて、静岡では有名なお寺さんなのです。随分前ですが、笛の赤尾三千子さんと琵琶の大先輩でもある半田淳子さんが演奏したのを母が聴きに行ったそうです。そんなこともあって、秘かにいつかここで演奏してみたいと思っていました。

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山岡鉄舟像

そして何より大きいのは、この二冊の本で、剣術の極意「まろばし」というものを知ったことでしょう。私は中学から音楽に一直線でしたが、小学生の頃より剣道をやっていたので、武道は大人になっても常に興味の対象でした。いい年になってからまたあらためて古武術をゆっくり始めているのですが、20代後半に琵琶を手にした当初、この「まろばし」には大いに興味を掻き立てられ、何とか音楽でこの世界観を表現できないかと思い立ち、「まろばし~能管と琵琶の為の」を作曲し、それを私の第一号の琵琶の作品として1stアルバムの第一曲目に据えて発表しました。そして今でも私の代表曲として常に演奏しています。

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ウズベキスタンのイルホム劇場にて、オムニバスアンサンブルの面々と「まろばし」演奏中
つまり私にとって薩摩琵琶=「まろばし」であり、そのまま「まろばし」は私のスタイルなのです。そのイメージと想いは今でも全く変わりません。勿論私は極意を得たとは思っていませんが、この曲は、今でも私の一番の代表曲であり、国内外で何度となく演奏してきました。ウズベキスタンでは、バックにミニオケを配した編曲で演奏してきました(指揮 アルチョム・キム オケはオムニバスアンサンブル 左写真)。共演者も今迄に、国内外の数えきれない程のプレイヤーと演奏してきました。放浪の武芸者よろしく、あらゆる相手と他流試合をやってきた感じですね。

そんな想いの蓄積を持って、今回鉄舟寺に向かったのです。ご住職にもその想いを伝え、色々とと話をしてきたのですが、そこからまた話は展開して行きました。
ご住職は若い頃ロッククライミングをやっていたそうで、シルクロードにも遠征していたそうです。特にタリム盆地辺りには思い入れがあったようで、我々が最初に「塔里木旋回舞曲」を演奏しだした時には、ビビっと来てしまったとの事。私にとってシルクロードは子供の頃からの憧れの地で、ある種シルクロードオタク状態でしたので、ご住職とは話も大いに弾みました。なんだか色々と縁を感じる演奏会でした。


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演奏会は昼間でしたので、その足で我がソウルフード「しぞーかおでん」を食べに行きました。静岡では、おでんは子供の食べ物。駄菓子屋さんなどにあるのが正しい形です。今でも色んなおでん屋さんに、中高生が学校帰りに集まっています。静岡のおでんは全部串にささっていて、その串の本数で値段が決まるというシステムで、当時は一本5円でした。20円位を握りしめ、よく駄菓子屋に集まって食べてましたね。
今では飲み屋さんでもポピュラーになっていまして、ここ「青葉おでん街」が有名です。屋台村みたいな感じで、ここの風情も好きなんです。実はここで中学の同級生がお店をやっているので、今回は演奏会の後その店へ直行。想い出話と、おでんと焼酎の夜となりました。

鉄舟寺 まろばし タリム しぞーかおでん。私にとっては基本となるものが終結したような一日でした。

4たまにはこういう自分の魂を確認するような時間も良いものですね。東京に居ると、とかくぎすぎすとしてしまいがちです。穏やかに居ようと思いながらも、街は人で溢れ、ストレスも溢れかえっている。だからこそ鍛えられることも確かですし、そこからまたアートも生まれてくるのでしょう。しかしそればかりでは人間は疲れてしまいます。
カッカした頭を冷やして、また新たな作品に取り組んでいきたいと思います。私のスローガンでもある「器楽としての琵琶樂の確立」を実現するためにも、もっとソロ・デュオの作品を創って行きたいし、演奏のレベルも上げて行きたいのです。


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photo 新藤義久(白黒のみ)

a29s来月の日本橋富沢町楽琵会では、また今年も観世流シテ方の津村禮次郎先生をお迎えして、私とヴァイオリンの大ベテラン田澤明子先生で、拙作「二つの月」を演奏します。この曲もある意味自分の活動の原点となった作品です。9,11の時に作曲した作品で、ちょうど私が琵琶で演奏活動を始めてすぐの頃でしたので、非常に強い想いを持っていました。この曲も「まろばし~尺八と琵琶の為の」と同じく1stアルバムに収めてあります。その時はチェロと琵琶での演奏でしたが、昨年リリースした「沙羅双樹Ⅲ」ではヴァイオリンと琵琶に再アレンジして、田澤先生と録音しました。今回はこのァージョンで演奏します。ヴァイオリン・能・琵琶の競演を是非観てください。お待ちしております。また改めてお知らせいたします。


年齢を重ねて行くと、勢いだけでは体力が持ちません。時々原点に立ち返り、ソウルフードでリフレッシュ、リセットして、更なる精進したいと思います。













祝 琵琶樂人倶楽部13年目突入!!

秋になってまいりました。先日、櫛部妙有さんと「方丈記」をやってきたばかりなのですが、今は9月10月のとんでもない忙しさは過ぎて、せいぜい週に二回ほどの演奏しか入っていないので、気持ちも落ち着いています。何事も緩急があるのは良いことです。やはり余裕は必要ですね。

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琵琶樂人倶楽部の看板絵 作:鈴田郷 

お陰様で琵琶樂人倶楽部は13年目に入りました。2007年11月に立ち上げたこの会も、あっという間に12年が過ぎ、また来年一年の予定もすでに決まって、早140回を超えて毎月開催出来ているというのは嬉しい限りです。
発足当時は琵琶樂の正しい歴史を知ってもらいたいという想いで始めたのですが、やっと薩摩琵琶をやみくもに「古典」だなどいと言う人も少なくなってきたように思います。まあ私も大学や色々な演奏会やレクチャーでその歴史を紹介してきたので、少しは琵琶樂のお役に立てたのかもしれません。
また2016年からタイプの違う定例会、日本橋富沢町楽琵会も発足して、定期的な琵琶会が、こうして順調に開催されていることに喜びを感じます。

kouya 4琵琶樂人倶楽部発足当時 高野山常喜院演奏会にて 若い!!

しかしながら、琵琶樂全体は未だ世間から孤立していますね。Youtubeなどを見ても、まだまだ流派の曲を上手にやる事にとどまっているのが現状です。永田錦心が創り、目指したような創造的な芸術音楽にはとても至っていないと私は思います。私自身は作曲家でもありますので、もう50曲以上も琵琶の独奏曲やアンサンブル曲、歌曲、器楽曲を書いて演奏してきましたが、琵琶の世界全体を見渡すと、創造的活動をしている人は本当に少ないです。残念でなりません。むしろ流派の外側に居る方が、面白いことをやり始めてきた感じがしますね。

琵琶樂人倶楽部がそんな創造的人材を育むことに少しでも貢献出来ているのなら嬉しいです。ビジネスでもそうですが、旧来の組織や概念からは次世代のスタンダードは出てこない。それは明治期の永田錦心や、昭和期の鶴田錦史の例を見るまでもなく明らかです。彼らは本流の外側に居たからこそ新しいセンスを琵琶に持ち込むことが出来たのだと思います。
改めてこの二人の偉大さを感じます。そしてフラメンコのパコ・デ・ルシアや、タンゴのアストラ・ピアソラのように時代をリードするようなカリスマこそが、今、琵琶樂に必要だと思います。小さな世界で虚勢を張っているような小器では、もう後がありません。永田錦心が目指したように、世界を視野に入れて、新たな時代に新たな琵琶樂を高らかに鳴らし、響かせて頂きたいですね。

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開催100回記念演奏会にて

今薩摩琵琶に求められているのは何なのか。私は新しい曲とセンスだと思っています。薩摩琵琶は流派というものが出来てまた100年余り。古典と言えるほどの歴史は無いので、とにかくこれから時代に沿った曲を創りだして、リスナーに支持していただけるようになったら、古典音楽に成って行くことでしょう。とにかく楽曲創り、その一点に未来がかかっていると思います。時代の感性が反映されなければ、誰も聞いてはくれません。やっている人だけが楽しいというジャンルは、ジャズの例を見るまでもなく、衰退して行きます。リスナーに興味も関係もない曲を大声で「お見事」に歌っても共感は生まれません。未だ男尊女卑的、軍国的な内容の曲をコブシ回しながらやっていること自体、私には理解できないですね・・・。
永田錦心が明治という新たな時代に新たなセンスで曲を作り演奏したからこそ、今があるのです。出来合いのものに胡坐をかいて、自慢し合っているようでは、明日は見えてきません。この妙なる音色を、何としても次世代に届けたいと思っています。


来年一年の予定は以下の通り

1月8日  春を寿ぐ歌 

              ゲスト 内藤眞代(筝) 長谷川美鈴(笛) 

2月2日  現代の琵琶樂  

       ゲスト藤田晄聖(尺八) 濱田協子(Vi) 

3月11   次代を担う奏者たち 

              ゲスト 須田隆久(薩摩)岡崎史紘(筑前) 

48日   樂琵琶の秘曲を聴く

              塩高和之(樂琵琶・レクチャー)

513日   筑前琵琶の世界

             ゲスト 平野多美恵(レクチャー・筑前) 

610日   薩摩琵琶で平家で平家を聴く

        塩高和之(薩摩) 他ゲスト未定

7月8日   樂琵琶と平安文化 

              塩高和之(樂琵琶・レクチャー)


8月16日(日)SPレコードコンサート(8月のみ第3日曜日開催 18時00分開演)
99       語り物の系譜13 

       塩高和之(樂琵琶)ゲスト 櫛部妙有(朗読)  

1014日   BIWA from Silk Road   

               塩高和之(樂琵琶・レクチャー)ゲスト未定

1111日     薩摩琵琶その歴史と変遷 

               塩高和之(薩摩琵琶・レクチャー)

12月9日   お楽しみ企画              



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琵琶樂人倶楽部を開催している会場 名曲喫茶ヴィオロンにて photo新藤義久


来週の琵琶樂人倶楽部は原点に返り、薩摩琵琶の歴史と変遷のお話、演奏をやります。

第143回琵琶樂人倶楽部
11月13日(水) 午後7時30分開演 ゲスト長谷川美鈴(篠笛)
レクチャー「薩摩琵琶、その歴史と変遷」演奏曲:「祇園精舎」「経正」「花の行方」「風の宴」

是非是非お越しくださいませ。













四季を寿ぐ歌

来週の木曜日17日、日本橋富沢町楽琵会にて「四季を寿ぐ歌」を上演します。この作品は、昨年より東洋大学の原田香織先生と構想を練って創り上げた全6曲の組曲です。

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原田先生と昨年より琵琶の曲について話をしていて、「私は戦の歌や、人が死んでゆく歌じゃなくて、もっと愛を語り、次世代のリスナーと共感して行けるようなものをやりたいんです。琵琶樂、特に薩摩琵琶には恋愛の歌はおろか、寿ぐような曲も無いですからね」と、そんな話をしていたところ、原田先生が「では私が歌詞を書きましょう。ちょうど元号も変わることだし、新しい時代を寿ぐような作品を創りましょう」という事で始まったプロジェクトです。結局今回は雅楽ベースのアンサンブルとなりましたが、雅楽器を使っているものもの、雅楽ではなく、新しい日本歌曲集という感じに仕上がっています。



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京都 清流亭にて 龍笛の大浦さんと


私は薩摩琵琶と樂琵琶の両面で琵琶樂を捉えて、作品を発表してきたのですが、どちらにおいても、現代も古代でも人間が殺し合うもの、戦争を描いたもの、近代軍国のイデオロギーを感じるもの、男尊女卑的な旧価値観を押し付けるもの、そういった音楽は一切やらない、という姿勢はずっと一貫しています。雅楽にはそういうものはほぼありませんが、薩摩琵琶はいつも書いているように著しくこういった作品が存在します。
私はいくら流派の曲だからと言って、戦争の歌など歌うつもりは毛頭ありませんし(習ってもいませんが)、ましてや自分の舞台でそういうものは絶対にやらないと決めています。だから薩摩琵琶で演奏活動を始めた時から、薩摩琵琶の音色の魅力を伝えることに特化して、すべてオリジナルでやってきたのです。ギターでもピアノでも色々な音楽があるように、楽器に罪はありません。リスナーが軍国時代の曲を聴いて「薩摩琵琶はだめだ」と楽器とジャンルを同じに思われては困ります。琵琶が悪いのではなく、やっている人間に問題があるのです。しかしながら「壇ノ浦」や「敦盛」を聴きたいというリスナーの求めもあり、それならばという事で、そうした曲も全て歌詞を入れ替え、視点を変えて新たに曲を作り、やってきた訳です。合戦ものとしてやることはありません。


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日本橋富沢町楽琵会にて
最近では「壇ノ浦」もやることも少なくなり、平家物でしたら音楽への思いを語るような「経正」などに絞られてきました。多分もう弾き語りにおいては、戦ものはやらなくなるでしょう。
樂琵琶においては、本当に自由に作品を発表して演奏しているのですが、すべて器楽で、歌の入った作品はありませんでした。私は歌手ではないし、歌の曲を創るというのは、なかなか発想が浮かばなかったこともあります。今回はベテランメゾソプラノの保多由子さんが歌ってくれることもありますし、私にとって初めての歌曲という事もあり、昨年秋より1年かけて推敲に推敲を重ねてきました。


本来音楽芸術は、世の常識や因習を乗り超えてゆく存在であり、どの国においても、古からそういうものが作られ、芸術家は越境して活動してきました。アンティゴネーのように、その時々での「善」ではなく「美」に従って行動するのが芸術家の芸術家たる矜持です。勿論その精神は日本においても同様であり、ジェンダーすら超えてゆくのはもう歴史が証明しています。そういう音楽の歴史の中で、薩摩琵琶はまだ100年ほどの歴史しかないとはいえ、非常に特殊なジャンルを成しているのです。
常々言ってきたことですが、愛を語れない音楽はありえない。そして精神が自由に羽ばたくことが出来ない音楽もあり得ない。私は小さな存在であるかもしれませんが、何物にも囚われない自由な精神で琵琶に携わっていきたいのです。


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若き日

10月17日(木)第21回 日本橋富沢町楽琵会
日本橋富沢町11-7 小堺化学工業KCIビル 地下1階MPホール 03-3662-4701
開演19時00分 料金1500円
演目:「四季を寿ぐ歌」全6曲
    賀の歌
    春~めざめ
    夏~浄め
    秋~実り
    冬~ゆき つき はな
    付祝言
出演:作詞:原田香織 樂琵琶・作曲:塩高和之
   龍笛:大浦典子  笙:熊谷裕子  メゾソプラノ:保多由子  

ぜひお越しください












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