琵琶一人旅

琵琶奏者 塩高和之の徒然日記 日々の想いを綴ります。

パリオペラ座

熱狂的声楽愛好のススメXIV~パリオペラ座Live viewing「ジョコンダ」

先日、パリオペラ座Live viewing「ジョコンダ」を観てきました。

ジョコンダ

なかなか上演されない演目ですので、一度は観ておきたいと思っていましたが、パリオペラ座で観ることが出来て満足!。ビクトル・ユーゴー原作のこの「ジョコンダ」はいわゆる愛憎劇なのですが、ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、バリトンと、主要な出演者それぞれに高い歌唱力と演技力を必要とする演目。誰か一人二人スター歌手が居れば何とかなるようなものではないのです。それに合唱も必要だし、セットもそれなりに必要となるとなかなか上演されないのも判ります。
マリア・カラスがこの作品でデビューを飾ったとの事ですが、主人公ジョコンダのダイナミック歌唱は、カラスにはぴったりだったのではないでしょうか。今回の舞台は個人的には、ちょっと描き方に物足りなさを感じる所もありましたが(あくまで素人の勝手な意見です)、レベルは勿論世界のトップにありました。また今回も魅力的な歌手に出逢いました。

マリア ホセ モンティエル先ずは、バルナバ役のバリトン セルゲイ・ムルザエフは深い声と、そのワルっぷりが板についていて格好良かった!なかなかの役者ですね。そしてジョコンダの盲目の母を演じたマリア・ホセ・モンティエルが大変イイ感じ。アルトという事もあるけれど、その声は伸びやかでしっとりと落ち着いて、細かな部分まで明確に表現してゆく。演技も光っていました。カーテンコールでも熱狂的なファンが居るのか、一番大きな拍手と声援をもらっていました(この美貌ですしね・・)。
この作品を作ったポンキエッリという作曲家は全く知らないのですが、曲は弦の使い方がなかなかセンス良く、オケの方も魅力的な作品だと思います。それに途中のバレエの場面が大変美しかった。有名な場面ではありますが、さすがパリオペラ座。素晴らしいエトワールが沢山居るのですね。最近バレエが何だかぐっと来るんです!!Metが演出したらどうなるんでしょう??初演は1876年ミラノスカラ座だそうですが、他のオペラ座のものも観てみたいですね。

オペラを観れば観るほど、舞台として表現するには、最高レベルの技術と経験、そして大きな器を持った監督、プロデューサーのセンスが必須だと思えてきます。

ルーテル

私はもう15年前から言っているのですが、邦楽界にはとにかくプロデューサーという人が少ない。まだまだ演奏家が自主企画で頑張っているという状況。これでは規模も舞台もそんなに大きく出来ないし、細部まで手が回らない。中には志を持ってやっているプロデューサーも居るのですが、ほとんどが皆、エンタテイメントのものばかりやっている。盛り上げて高揚感だけ演出して終わり、みたいなものがあまりにも多すぎる。収益優先に考えているのか、それとも芸術性が無いのか・・・?。加えて経済観念の無さにも呆れかえってしまいます。芸術舞台を推進する邦楽プロデューサーがぜひ出てきて欲しい。切実な願いです。

24私自身もこれまで、色々と自主企画の舞台をやってきましたが、今後はより自分らしい形にしてゆくつもりです。これは毎年書いていることですが、どんどんとこういう所は充実させてゆくべきだと思いますので、企画の形も自分に特化して変わって行くと思います。

先日の良寛さんの足跡をたどる旅をしてみて、いかに自分の歩むべき道を歩むことが大切か、そして難しいか実感しました。難しいけれど、自分の行くべきところを行かなければ、何時までも地に足は着いてゆかない。人気が出ようが、色々な所に呼ばれようが、賞をもらおうが・・・、そんなところで満足するわけにはいかないのです。人生賭けてやっているんだから、自分の音楽を響かせなくちゃ!!
オペラは素晴らしい。そして邦楽もまた同等に素晴らしいのです。能や歌舞伎だけでなく、琵琶だって世界で通用して当たり前なのです。世界の舞台が見えていないから、想像も発想も出来ないのです。

富士山

永田錦心は新たな世界を築き、鶴田錦史は世界に飛び出して行った。その後に続く我々が創造的な音楽、そして舞台を作り上げて行かなければ、琵琶はこのままみるみる間に衰退してゆくでしょう。私たちが、何をしてゆくのかが問われている。私は技や流派という形ではなく、先人の志こそ受け継ぐべきだと思っています。世界の人が感動して、色々な国の人がこうしてブログに書いてくれるような舞台を創りたい。

ジョコンダの舞台から想いが広がりました。



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美と罠Ⅲ

先日、パリオペラ座バレエ「ラ・シルフィード」のLive viewingを観てきました。
 
シルフィード1

創作もののバレエの舞台は随分観ているのに、実は本格的なクラシックをちゃんと観たことが無かったのです。ようやく本場のクラシックバレエを堪能することが出来ました。とにかく美しい。動きも姿もとにかくこの上なく美しい。フランスの美的感覚の原点を見たような想いです。

photo_06この方が主役のマチュー・ガニオさん。少女漫画からそのまま飛び出してきたかのようなマスク。手足は私の倍はあるのでないか、と思うような度を超えたパーフェクトな姿でした。妖精役の方はオーレリ・デュポンさん。言う事ないですね。これだけ美男美女が揃うと、もう夢の中の話のようです。
この「ラ・シルフィード」はストーリーも判りやすく、各エトワールの見せ場もたっぷりあって、私のような初心者でもしっかり楽しめる作品でした。これはロマンティックバレエの代表作で、パリオペラ座からこのスタイルが始まったそうです。大変充実した内容で、たっぷりと楽しんで来ました。


私はフランスの芸術作品が若い頃からとても好きでした。これまでこのブログでも色々書いてきましたが、10代の終わりにダダやシュールに興味を持ったことがきっかけで、近代フランスを中心にヨーロッパの芸術を、美術でも音楽でも文学でも、とにかくむさぼるように観て聴いて読んで、浸ってきました。

ryouanji-2「ラ・シルフィード」を観て、ヨーロッパ人が思う美しさというものを大いに感じましたが、同時に現代の日本社会についても改めて想いが行き渡りました。ヨーロッパの人もジャポニズムの時代を経て、最近では日本の「美」を好きな人も増えてきたようですが、それでもやはり自分たちの感覚でしか捉えることが出来ないでしょう。当たり前です。しかし私達現代の日本人は、食事でも文化でも欧米のものを、普通に何の違和感もなく受け入れています。その知識と素養が普段の暮らしの中にすでに在る。それは国民性というよりも、明治以降、日本政府のこれまでの舵取りの為せる技ともいえますね。

古来日本は外のものに憧れ、積極的に取り入れてきました。舶来主義は、奈良平安の時代から20沁み込んでいるともいえます。それは別段悪い事ではないものの、自国の音楽もろくに知らない日本人が多く居るという現在の状態は決して良い事ではありません。異文化の美しさに魅せられ、自分たちの「美」を忘れつつある。これは一つの罠それとも洗脳?
一度ヨーロッパの「美」に触れてしまった以上、それを忘れるわけにはいきません。それだけ素晴らしいものがありますし、私の中にもその欧米の「美」の感性は溢れています。しかしこのまま西洋の「美」の中で生きてゆくことが、日本にとって良い事なのでしょうか?。私はそうは思えません。グローバルな社会になったからこそ、日本の「美」が大切だと思うのです。そこを失ったら、アイデンティティーは崩壊し、日本の社会も崩壊して行くでしょう。

01-okumura明治以降、我々は派手で楽しい欧米文化の中で育てられました。最近ではレディー・ガガの曲を邦楽器でやって話題の人もいるし、琵琶でポップな曲をやる人も居る。それも良いけれど・・・・。私はパリオペラ座のダンサー達のように、誇りを持って世界に向けて、自分たちの文化を発信しようとする意識と志を持ちたい。
                              
今回のクラシックバレエから、前回書いたマーラーの音楽を使った新作のような最先端の創造的舞台まで、古典から前衛に至る現在進行形の文化の姿は本当に素晴らしいと思います。そしてその現在進行形の文化を我々も持っているはずです。私がパリオペラ座を観て感激したように、世界の人が魅力を感じる現在の日本の「美」を今、日本から発信したい。そう思いませんか?

日の出2

そしてまた、それぞれの国や地域という枠ではない、もっとその奥に通奏低音として流れる「美」の存在が必ず在る筈だとも思えてならないのです。日本の「美」と共に、そうした通奏低音としての「美」を私はどれだけ音楽に託してゆけるか判りません。しかしやらずにはいられないでしょう。これだけ素晴らしいものを観て、囲まれていたら・・・。

さあ、舞台を創ろう!!



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美と罠

パリオペラ座Live viewingバレエ「マーラー第3番」を観てきました。振付はジョン・ノイマイヤー。かなり見ごたえのある充実した作品でした。

mahler2

私は琵琶で活動を始めてから、毎年ダンスの舞台になぜか縁があり、お仕事させてもらっています。今月もバレエの雑賀淑子先生、日舞の花柳面先生と御一緒する公演を控えているのですが、海外の本格的なバレエ公演はあまり見たことが無かったので、今回は期待していきました。

見ていて、人間とはかくも美しいものか、という想いが湧きあがってきました。パリオペラ座のエトワール(プリマ・バレリーナ)が総出演ですから、勿論なのですが、出演者全員の体が、それはそれは見事な肉体で、その体が滑らかで、淀みなく線を描くように動くのです。男性女性ともその姿に美を感じずにはいられませんでしたね。今思い返しても本当に夢の中に居るようでした。
バレエは元々フランスが発祥だったそうで、それがロシアにクラシックスタイルのお株を取られて、今ではフランスはモダンに活路を見出しているという状況だそうですが、かえってそれが良い形になったのではないかと思いました。

mahler1ジョン・ノイマイヤーの振り付けは、従来のバレエを土台にしてはいるけれど、保守に陥らず、挑戦的。斬新さも随所にあり、群舞もとても新鮮で、そこに見える世界、感じる情景にこちらの頭の中が包まれて行きました。セットは何もなしで、演出はただ照明だけです。ハイレベルという所を突き抜けて、「感じさせる」「魅せる」「惹きつける」舞台でしたね。
マーラーの交響曲は色々なモチーフが次々に現れては消えてゆく、正に混沌がそのまま音になったような音楽で、人によっては夢の世界の具現化という人もいる位ですので、追っかけて聴いていると訳わからなくなってくるのですが、バレエと一緒だと違和感なく入ってくるのが不思議でした。作曲をやる者としては、音楽の複雑な構成や理論面に興味が行ってしまうものですが、もっと全体を風のように感じ、夢の中に身をゆだねるようにして聴けば、マーラーの音楽もこちらに響いてくるのかもしれません。バレエを見ながら、マーラーの音楽に対する認識も変わりました。

一流の舞台は本当に観ていて幸せになります。同時に、その美の世界に獲りつかれ、現実を超えようとしている自分に気づく瞬間でもあります。

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私がダンスと一緒にやる時、いつも気を付けるのは「共演をしているか」という事です。単なる伴奏では舞台の魅力は出てきません。主従の関係になってしまうと生演奏をする意味が無くなってしまいます。私は手妻でもダンスでも、全て私自身が作曲しますので、作品としては確かに自分のものですが、自分の発想の範囲でしかその音楽が鳴らないのは完全な失敗です。私が作った曲が、私の発想を大きく上回り、新しい命となって鳴り響かなければ、共演する意味は無いでしょう。音楽と踊りが常に寄り添いあいながら、このコンビネーションでなければ立ち現れることが出来ない、その瞬間の美と姿が舞台に無くてはならないのです。そこに美しさがあるか。個という存在の時には見えなかった、触発された美がそこにあるのか。私にはそこが重要なのです。

IMG_7182s日常や現実を「超えた」夢のような美の世界を実現させるためには、先ずは圧倒的な技量が必要です。技量の支えが無ければ具現化が出来ません。自分の発想を超えるような世界の具現化には、生半可な技量では太刀打ちできないのです。
テクニックは表現の為にある一つの要素ですので、表現する世界、それを支える感性、哲学があってはじめて音となります。それらが無ければテクニックや知識は感性を妨げ、逆にマイナスに働くことが多いです。だから芸術家は、自分の世界を明確に具体化するために、日々感性も技量も磨き、求め続け、共演する人とはお互いの世界をぶつけあって、それが粉々に砕け散っても尚、再構築して投げ込んでゆく程に切磋琢磨しているのです。決して小さな所に閉じこもっていない。そうやって舞台は作られてゆくのです。

本番1

そして舞台に美が生まれるのです。芸術家は美に獲りつかれている位でなければ、舞台で自分の描く世界の具現化は出来ません。ノイマイヤーの振り付けも、美に人生を捧げ、マーラーに相対したからこそ、あれだけのものが出来上がったと思います。もしマーラーの音楽に合わせて振付していたら、あの美は実現しなかったでしょう。美は、確かに夢の世界のようではありますが、その裏側には麻薬のようなあやうさ、妖しさもあるものです。良いか悪いか私には判りませんが、美に獲りつかれ、壁を越えて異界へと足を踏み入れて、現実社会から逸脱してしまった人々に、私は何か憧れのようなものを感じ、そして愛おしく思います。
ボーダーを超えた美の世界は、その妖しさと毒性ゆえに観ているものを魅了するのでしょう。これについてはまた書くことにしましょう。

「夢は狂気をはらむ。その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憧れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少なくない」宮崎駿

皆さんも美の放つ罠にはまってみませんか。



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熱狂的声楽愛好のススメXIII~パリオペラ座Live viewing「ファルスタッフ」

先日、パリオペラ座Live viewing「ファルスタッフ」を観てきました。喜劇の面白さを初めてしっかりと味わいました。

ファルスタッフ

「ファルスタッフ」はヴェルディ最晩年の作品で、ヴェルディではほとんど唯一(かなり若い頃に一つ作っているそうです)といっていい喜劇なのです。あのドロドロとした濃~~い愛憎劇ではなく、コミカルでアイロニカル。シェークスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」という作品をを元にしたものだそうで、あのヴェルディが最後の作品として喜劇にたどり着いたというのは興味深いですね。
舞台の最後に、酒飲みで女たらしの老騎士ファルスタッフが放つセリフがなかなか印象的です。

「世界のすべては冗談さ人はピエロとして生まれる頭の中じゃ揺らいでるのさ 。いつでもその理性というやつは 。みんな愚か者!あざけり合うのさ 、お互いを 人間というやつはだけど一番沢山笑うのは 最後に笑った者なのさ」


主演のアンブロジオ・マエストーリは体型からして、正にファルスタッフそのもの。この役では高い評価を受けている人ですが、本当に見るからにぴったり!!写真が見当たらず、お見せできないのが残念です。その他出演者も皆さんレベルが高く946807_545997235446739_1703293736_n素晴らしかった。左の写真のナンネッタ役のエレーナ・ツァラゴワも、この若さでベテランに引けを取らない充実した歌唱でした。喜劇では演劇的要素がかなり問われるのですが、アルトゥール・ルチンスキ(フォード)、スヴェトラ・ヴァシリエヴァ(アリーチェ)、マリー=ニコル・ルミュー(クイックリー夫人)、ガエル・アルケス(メグ)それぞれ皆さんアリアはもちろんの事、コミカルな演技も歌のアンサンブルも素晴らしかった。
歌とオーケストラとの息もしっかりと合っているし、全体に大雑把なところが無いのです。Metのような派手な演出は全くないのですが、調和が取れていて、コミカルなその演出はかえってストーリーをしっかりと浮かび上がらせて、とても判りやすい充実の舞台でした。
勿論今回もオーケストラのサウンドがいいのです。指揮はダニエル・オーレン。パリオペラ座ですから当たり前なんですが、一流の音は実に気持ち良い!!

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欧米は生活の面では個人主義の国ですが、音楽や舞台でのアンサンブルが実に緻密で構築的。日本は社会の中では調和を重んじる国ですが、舞台芸術の分野に於いて、大人数でのアンサンブルの力がはっきり見えるのは歌舞伎位のものでしょうか。面白いですね。個人主義とは個人の責任で生きるという事なので、基本的に自分で責任を取り、自立して生きるという事。こういう個として自立した国民性があってこそ、オペラのような舞台を生むのでしょうね。そして個から世界を見渡すような視野が大切なのだと思います。その美意識や感性にも、現代社会に於いては、「世界の中の個」、「世界と共に生きる」というような視点が必要ではないでしょうか。日本でもこの辺りの感覚はこれから大いに求められることだと思います。世界がつながっている現代に、己の道なんて言って閉じこもっている訳にはいかないのです。

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染色の志村ふくみさんも、我々は常に前衛なんだとおっしゃっていましたが、素晴らしいものを現代に、そして次世代に残すことは、常に最先端の感性を持ち続ける事でもあります。人間は頑張っている人ほど、その渦中にあってなかなか客観的に自分のやっているものが見えていないもの。音楽に於いても、ドビュッシーやラベルの例を挙げるまでもなく、社会は難なく新しいものや変化を受け入れても、本職の音楽家の方が色々なこだわりを身にまとってしまっていて、新しいものをなかなか受け入れることが出来ない。人間は自分の勉強したもの、築き上げてきたものにいつしか囚われてしまうものですが、それを乗り越えて次の時代に行けるかどうか、その人の器というものが問われますね。

生誕200年のヴェルディの作品が、現代にこうして最先端の感性と演出と技術で素晴らしい舞台となって表現される、これこそ芸術の力ですね。日本の音楽も、形を守るだけでなく、最先端の表現として、古典を世界に発信出来る器が欲しいですね。そんな若者もぼつぼつ出てきたように思います。

元気が湧いてきます!!



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熱狂的声楽愛好のススメⅫ~パリオペラ座Live viewing「カルメン」

パリオペラ座Live viewing「カルメン」を観てきました。

カルメン1

「カルメン」はMetでもついこの間エリーナ・ガランチャの主演で見てきたばかりですが、今回はまた一味違った演出でとても楽しめました。やっぱりエンタテイメントの国アメリカと、エスプリの国フランスではずいぶんと違います。先ず上の写真を見てください。真中が主役のカルメン。どう見てもマリリンモンローですよね。アメリカ人の発想では、こういうのは逆にあり得無いのではないかと思いました。


       
舞台セットもとてもシンプルでした。色々な演出で楽しませてくれるMetスタイルも素敵ですが、これはこれでいい感じです。根本的に魅せるという感覚が違うのでしょうね。
そして今回はオーケストラが素晴らしかった。出だしからちょっとテンポが遅めだったのですが、けっして重たくならないし、弦、管共に音がしっかりブレンドされていて、まとまりが良く、メロディーがしっかりと聞こえてくる。演者のセリフなんかにもきちっとと対応していて、フランス人によるフランスオペラのレベルの高さを見せつけられました。

指揮はフィリップ・ジョルダン、演出はイヴ・ボネーヌ
カルメン: アンア・カテリーナ・アントナッチ
ドン・ホセ: ニコライ・シューコフ
ミカエラ: ゲニア・キューマイヤー
エスカミーリョ: リュドヴィック・テジエ


後に残った印象では、キューマイヤーのミカエラがとてもいい感じでした。見終わった後にその存在感を残すというのは凄いことです。テジエのエスカミーリョも最初出てきた時は、その衣装にドン引きでしたが、実に深い声で存在感がありました。フランスではベテラン中のベテランだそうですが、ぴったりの役だったと思います。全体にアメリカ流の煌めくようなスターはいなかったですが、こういう演出は余計なものが無く、イメージがかえって自由になり、内容が良く見えてきますね。

カルメン2

今回はカルメンやホセの描き方がとてもよかったと思います。カルメンがただの奔放な女性というのでなく、葛藤する姿ひとつとっても、リアルな女性像が出ていました。最後のホセに殺されるシーンは、ナイフで刺されるのが一般的ですが、ホセが持参したウエディングドレスのようなもので首を絞められるようになっていて、ホセの暗く深い狂気のような部分も感じられたし、カルメンもそれに抵抗せず、殺されることに身を任せるように、死に場所を求めていたかのような雰囲気がリアルで自然でした。

また二人のやり取りの場面など、フランスオペラ特有のコミカルな感じ(オペラ・コミークというそうです)も楽しめて、そういう部分のオケとのタイミングも見事に合っていました。オペラは歌がもちろんその中心ですが、演技もポイントの一つですね。

miyagi2

カルメンのようにどこの劇場でもさんざんやりつくされているような演目でも、毎回何かしらのアイデアを盛り込み、創造性を漲らせて取り組んでいくから面白いのです。日本の邦楽はどうでしょうか。「今回の舞台はどんな趣向でやるんだろう」なんてわくわくしながら待つという事をほとんど経験したことがありません。CDでも「次はどんな形で期待を裏切ってくれるんだろう」なんて思わせてくれるアーティストは、邦楽ではなかなか居ないですね。

全体写真大いつも同じでは聞いている方はやはり飽きてしまいます。そういう人をアーティストとは呼べません。くめども尽きぬ魅力には、ただ練れた芸だけではだめなのです。同じ演目であっても常に豊かな創造力で、毎回新鮮な気持ちで取り組むような姿勢が必要です。お見事を目指しているようでは、聴衆はついてきません。そしてもちろんどんどん新作が出来ていかなければ、せっかくの古典作品も淀んでしまいます。
常に追求し、創造し、魅せることの出来る、そんな邦楽人がもっともっと出てきて欲しいものです。


さあ、次の舞台が待っています。



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