琵琶一人旅

琵琶奏者 塩高和之の徒然日記 日々の想いを綴ります。

田澤明子

芸 2019

師走ですね。ぐっと寒くなってだんだん年末らしい感じになってきました。
何かと忘年会と称して呑み歩く機会が増えていますが、今年は演劇系の知り合いが多くなったこともあって、面白い話をよく聞きます。自分と違うジャンルの人と話していると楽しいですね。頭の中も広がって、発想も豊かになった気がします。

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六義園

いわゆる邦楽系の人は、「芸」という事をよく言いますが、そこには技を練るという意識がとても強く、作品を創り上げるという感覚が薄いですね。私は、邦楽人のそういう所がとても残念なのです。舞踊の方などは創作舞台をよくやっていますが、工夫はしていると思うものの、どういう哲学や主張を持って、何を表現し、何故今それをやっているのか、全然見えてこないものが多いですね。練れた芸やお見事な技は判るのですが、工夫のその先が見えないと、頑張ってるな~とは思うものの、魅力を感じないのです。

大きな声も弾法もちろん大事なのですが、それらは皆「技」のレベルの話であり、作品の話ではない。またそれが旧価値観での技だという事を判っていない人が多いと思います。マイクの無い時代、大きな声で、且つ高い声が出ることは何よりも大事なスキルであり「技」でした。しかし今はマイクをどううまく使うかというのも大事な「技」であり、周りとアンサンブルが出来ない人は本番では使いものにならない。マイクや音響機材の知識は結構重要なスキルなのです。
ピアノでもギターでも、お筝でも三味線でもどんどんと改良され、それに合った技が開発されてきました。お座敷やサロンからホールやライブハウスまで演奏場所も変化している。そういう状況の変化の中で、自分のセンスと違うものを受け入れようとする姿勢がなくなってしまったら、衰退するのは当たり前ですね。私は琵琶にもヘッドセットなんか付けて、クルーナー唱法で歌う方が出てくると良いと思っています。

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常に時代のセンスと向き合って行く安田登先生と 人形町Visionsにて
これからAIの時代になって、労働という概念も変わり、貨幣すら無くなって来るだろう時代を迎え、人間の生活も哲学も大きく変わって行くでしょう。勿論人間としてのセンスも技もあと10年ほどで驚くべき変化をするはずです。ジェンダーフリーの時代に「着てはもらえぬセーターを、涙こらえて編んでます」なんていう歌をそのまま歌えますか?。男はこうでなくては、女はこうであれみたいな概念を引きずったまま芸術に携わることは不可能です。どんな時代でも時代と共にあるのが芸術。時代を先取りして新たなセンスを世の人々に見せて行くのがアーティスト。私はスプツニ子!さんの動画など面白いと思うのですがね・・・。琵琶人は見るかな????。

「技」は作品になって初めて「技」なのであって、いくら包丁を切れ味鋭く研ぐことが出来ても、それだけで終わっていたら芸術作品にはなりません。しかもそこにヴィジョンが無ければ、その研ぐ技術は手っ取り早い活用法として武器を生んでしまう。核融合のようなヴィジョン無き技術は何を生みましたか?。人を幸せにしましたか?。後先を考えない近視眼的な努力は悲劇を生むのです。音楽もただやみくもに、今迄通りにまじめにやっていれば良いなんて言う底の浅い考えでいたら、先がある訳ないですね。邦楽は、永田錦心や鶴田錦史、宮城道夫、沢井忠夫のような、次の時代を先取りして、最先端を突っ走っていたアーティストが居たからこそ、ここまでもったのです。今我々邦楽人はその遺産を食いつぶしているだけなのだという事を判って欲しいですね。

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高円寺

芸術家は作品を創るのが仕事。観客は作品やそのアーティストの世界や、現代におけるセンスを観ているのです。お見事さを観ているのではありません。社会の変化と共に、皆の「良い」という感性もどんどん変わってきているのです。しかもそのスピードはものすごく早くなっている。時代と共に、社会と共にあってこその音楽であり、芸術です。社会と隔離された村の中で大声出していても、その声は世の中に届きません。
安田登先生と担当した、eテレの「100分de名著」もああいう形で平家物語を語って、見せてくれたからこそ、多くの方が観てくれたのです(番組視聴率が歴代トップだそうです)。時代を超えて残ってゆくという事は、決して昔のままの形を守ることではなく、本質を保ちながら時代と共に変わることなのです。それはどの分野にも言えることではないでしょうか。


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津村禮次郎先生 日本橋富沢町楽琵会にて


さて今日はこれから日本橋富沢町楽琵会。津村禮次郎先生が拙作「二つの月~ヴァイオリンと琵琶の為の」で舞ってくれます。この曲は9.11を題材としていまして、二つの異なるものの出会い~反発~葛藤、そして最後にはお互いの違いを認め合って共生の道を歩む、という構成になっています。芸や技を軽々と越えて、一つの世界を表現する津村禮次郎先生の舞が見ものです。ヴァイオリンはCDでも共演している田澤明子先生。田澤先生の生演奏で、津村先生の舞を目の前で見ることが出来る、他にはあり得ない企画です。予約は要りませんので、是非是非お越しください。

これだけ素晴らしいものを内包している邦楽を、このままにしておきたくはないですね。










ソウルフード

先日、静岡市清水区ののお寺 鉄舟寺にて演奏してきました。

鉄舟寺1「森の音楽会」という地元の方々が主催する音楽家にゲストで呼ばれたのですが、嬉しい一日となりました。

実はこの鉄舟寺は、名前の通り山岡鉄舟が再建したお寺でして、私の故郷に静岡市葵区にも近いのです。私が若かりし頃、山岡鉄舟著の「剣禅話」(高野澄訳)、大森曹玄著「剣と禅」を読んで山岡鉄舟に興味を持ち、このお寺の事も知っていました。またこのお寺には義経の笛「薄墨の笛」が伝えられていて、静岡では有名なお寺さんなのです。随分前ですが、笛の赤尾三千子さんと琵琶の大先輩でもある半田淳子さんが演奏したのを母が聴きに行ったそうです。そんなこともあって、秘かにいつかここで演奏してみたいと思っていました。

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山岡鉄舟像

そして何より大きいのは、この二冊の本で、剣術の極意「まろばし」というものを知ったことでしょう。私は中学から音楽に一直線でしたが、小学生の頃より剣道をやっていたので、武道は大人になっても常に興味の対象でした。いい年になってからまたあらためて古武術をゆっくり始めているのですが、20代後半に琵琶を手にした当初、この「まろばし」には大いに興味を掻き立てられ、何とか音楽でこの世界観を表現できないかと思い立ち、「まろばし~能管と琵琶の為の」を作曲し、それを私の第一号の琵琶の作品として1stアルバムの第一曲目に据えて発表しました。そして今でも私の代表曲として常に演奏しています。

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ウズベキスタンのイルホム劇場にて、オムニバスアンサンブルの面々と「まろばし」演奏中
つまり私にとって薩摩琵琶=「まろばし」であり、そのまま「まろばし」は私のスタイルなのです。そのイメージと想いは今でも全く変わりません。勿論私は極意を得たとは思っていませんが、この曲は、今でも私の一番の代表曲であり、国内外で何度となく演奏してきました。ウズベキスタンでは、バックにミニオケを配した編曲で演奏してきました(指揮 アルチョム・キム オケはオムニバスアンサンブル 左写真)。共演者も今迄に、国内外の数えきれない程のプレイヤーと演奏してきました。放浪の武芸者よろしく、あらゆる相手と他流試合をやってきた感じですね。

そんな想いの蓄積を持って、今回鉄舟寺に向かったのです。ご住職にもその想いを伝え、色々とと話をしてきたのですが、そこからまた話は展開して行きました。
ご住職は若い頃ロッククライミングをやっていたそうで、シルクロードにも遠征していたそうです。特にタリム盆地辺りには思い入れがあったようで、我々が最初に「塔里木旋回舞曲」を演奏しだした時には、ビビっと来てしまったとの事。私にとってシルクロードは子供の頃からの憧れの地で、ある種シルクロードオタク状態でしたので、ご住職とは話も大いに弾みました。なんだか色々と縁を感じる演奏会でした。


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演奏会は昼間でしたので、その足で我がソウルフード「しぞーかおでん」を食べに行きました。静岡では、おでんは子供の食べ物。駄菓子屋さんなどにあるのが正しい形です。今でも色んなおでん屋さんに、中高生が学校帰りに集まっています。静岡のおでんは全部串にささっていて、その串の本数で値段が決まるというシステムで、当時は一本5円でした。20円位を握りしめ、よく駄菓子屋に集まって食べてましたね。
今では飲み屋さんでもポピュラーになっていまして、ここ「青葉おでん街」が有名です。屋台村みたいな感じで、ここの風情も好きなんです。実はここで中学の同級生がお店をやっているので、今回は演奏会の後その店へ直行。想い出話と、おでんと焼酎の夜となりました。

鉄舟寺 まろばし タリム しぞーかおでん。私にとっては基本となるものが終結したような一日でした。

4たまにはこういう自分の魂を確認するような時間も良いものですね。東京に居ると、とかくぎすぎすとしてしまいがちです。穏やかに居ようと思いながらも、街は人で溢れ、ストレスも溢れかえっている。だからこそ鍛えられることも確かですし、そこからまたアートも生まれてくるのでしょう。しかしそればかりでは人間は疲れてしまいます。
カッカした頭を冷やして、また新たな作品に取り組んでいきたいと思います。私のスローガンでもある「器楽としての琵琶樂の確立」を実現するためにも、もっとソロ・デュオの作品を創って行きたいし、演奏のレベルも上げて行きたいのです。


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photo 新藤義久(白黒のみ)

a29s来月の日本橋富沢町楽琵会では、また今年も観世流シテ方の津村禮次郎先生をお迎えして、私とヴァイオリンの大ベテラン田澤明子先生で、拙作「二つの月」を演奏します。この曲もある意味自分の活動の原点となった作品です。9,11の時に作曲した作品で、ちょうど私が琵琶で演奏活動を始めてすぐの頃でしたので、非常に強い想いを持っていました。この曲も「まろばし~尺八と琵琶の為の」と同じく1stアルバムに収めてあります。その時はチェロと琵琶での演奏でしたが、昨年リリースした「沙羅双樹Ⅲ」ではヴァイオリンと琵琶に再アレンジして、田澤先生と録音しました。今回はこのァージョンで演奏します。ヴァイオリン・能・琵琶の競演を是非観てください。お待ちしております。また改めてお知らせいたします。


年齢を重ねて行くと、勢いだけでは体力が持ちません。時々原点に立ち返り、ソウルフードでリフレッシュ、リセットして、更なる精進したいと思います。













夏は終わらない

暑さが引きませんね。そろそろ秋の風も感じたい頃です。ちょうど夏と秋の橋渡しのこの時期に、Viの田澤明子さんとPiの西原直子さんのサロンコンサートに行ってきました。

田澤1sphoto 新藤義久
田澤さんは昨年リリースした8thCD「沙羅双樹Ⅲ」で素晴らしい演奏をしてくれて、それ以来時々もったいなくも御一緒させてもらってます。田澤さんはホールでのリサイタルも地道にずっと続けていますが、数か月に一度は、気軽なサロンコンサートを定期的に開いていて、私はそういう時に出来るだけ通って聴かせてもらっています。何といってもあの演奏が目の前で聴けるとういうのは貴重ですからね。

田澤さんは、毎回独奏ではバッハに取り組んでいるのですが、今回はバッハの無伴奏ソナタ第1番でした。以前シャコンヌを聴いた時にも感じましたが、何とも口では形容しがたい、惹きつけられるような、鬼気迫るようなパッションを、今回も十二分に感じました。とにかく音が生きている。命が宿った音が躍動するのです。そして私は田澤さんの演奏には、毎回人生を感じるのです。
これだけの音色と演奏を実現するために、彼女はどんな人生を送ってきたのだろう・・。猛練習をしただけでは済まない、もっともっと大きなものを通り越してきたんではないか。毎回そんなことを考えさせられます。と同時に自分の音楽家としての立ち位置も、考えずにはいられなくなるのです。

田澤10s
photo 新藤義久

今回はバッハの他、グリークのViとpの為のソナタ第2番もやったのですが、これも本当に凄かった。音色が輝くように、本当に命が宿っているように躍動し、鳴り響いているのです。ぐいぐいと惹きつけられました。こういう演奏を聴くと私は演奏家ではないな、とつくづく思います。私は音楽家ではあるかもしれませんが、演奏家ではないですね。今回も良い経験と勉強をさせてもらいました。またこれだけの充実を聴かせてくれる人は、私の周りでぱっと思いつくのは、能の津村禮次郎先生や、日舞の花柳面先生、尺八の矢野司空和尚、吉岡龍見先生位でしょうか・・・。そうそう居ないですね。


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日本橋富沢町楽琵会にて photo 新藤義久

さて、私はこの夏に区切りをつけるべく、このところ書いている「四季を寿ぐ歌」の「夏の曲」に頭をひねっているのです。とにかく私はのんびりゆっくり創りますので、人の何倍も時間がかかります。「夏」が出来上がると全6曲が完成すのですが、この「夏」の曲が出来上がらないと、私の夏は終わらないのです。

East meets West-s

そして、今月末には初共演となるフルーティストの神谷和泉さんとのジョイントコンサートがあります。クラシックと邦楽をシルクロードでつなごうという企画公演なのですが、最初はあまり片意地張らずに、先ずは20年来お世話になっている地元の音楽サロン「衎芸館」にてやることになりました。
神谷さんとは神田音楽学校の講師仲間であるのですが、とても楽しいキャラの方なので、いつか一緒にやってみようと話していまして、拙作の塔里木旋回舞曲やSiroccoなど、昨年辺りから樂琵琶とのデュオ曲を少しづつやってもらっていました。それが最近、薩摩琵琶とフルートで「花の行方」をやってもらった所、彼女のフルートの素直な表情が、何かとっても和の雰囲気に合うんです。けれんが無いというのか、演奏者の個性のままに音が出てくる感じで、この純邦楽的な作品にぴったりなのです。多分に神谷さんの個性・感性と実力の賜物だとは思うのですが、こんなにこの曲がしっくりとアンサンブル出来る演奏者も珍しい。ちょっとした発見なのです。是非是非聞きに来てください。
9月29日日曜日の14時開演です。


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福島安洞院にて。魂を揺さぶる詩人の和合亮一さんと

人間はその時代時代によって感性は全然違うし、環境によっても感じ方は随分と変わるものです。しかし根本のところでは、古代人も現代人も同じだと思います。私はその時々での心情を歌う音楽よりも、もっと奥のところに届くような音楽を創りたいですね。喜怒哀楽を歌い上げるものも好きなんですが、どんな時代のどんな国の人でも共感できるようなものを創って行きたいのです。少なくとも琵琶に関しては「The 日本」というのではなく、多分に「汎アジア」という感性で弾いていますので、アラブから中央アジア、インド、東南アジア~東アジア迄、琵琶の辿った軌跡のある国々では少なくとも、何かしらの共感を持ってもらえるような作品が出来たら嬉しいです。その上で日本という色彩感もあれば尚良いですね。


さて、今年はどんな秋が待っているかな。













テクニック

私は琵琶で活動を開始した時から、本当に人に恵まれました。本格的な邦楽の初舞台は、まだ若手と言われた30代。長唄福原流の寶山左衛門先生の会でした。その後大分能楽堂では寶先生本人と共演をさせてもらいまして、本当貴重な経験をさせて頂きました。その後もバレエの雑賀淑子先生、日舞の花柳面先生、そして能の津村禮次郎先生など、今思えば、音楽活動の始めに錚々たる大先輩と共演できた事は、大きな財産だと思っています。

1寶先生 大分能楽堂公演
左より、津村先生と打ち上げにて、寶先生を囲んで大分能楽堂公演の打ち上げにて、

まああの頃は恐れを知らないといいますか、もうやりたい放題という感じでしたね。各先輩達は皆さん古典邦楽の突出した名人でもありましたが、創作を旺盛にするタイプの方々で、そういう点が私の性質にぴったり合いました。私はその創作舞台で数多くの共演をさせて頂いたのです。まだ勢いだけだった頃にこういう機会を頂いたというのは、感謝という言葉以外出て来ないですね。

そんなお仕事をさせていただく中で私が感じたのは、皆さんの桁外れのテクニックと、引き出しの豊かさですね。創作舞台ですので色々と新たな試みをする訳ですが、私は作曲・演奏込みで仕事をさせてもらいますので、古典の形ではないものを創って行くのです。そういうものでリハを重ねて行くと、先生方の並外れたテクニックや経験が色んな形で炸裂してくるのです。新たなものを生み出して行く様は、今想い返してみても、実に実に面白かったですね。

表現活動をするにはテクニックはとても大事なのです。想いさえあれば何とかなる、と思っているのはアマチュアの発想。それでは何事も成就しません。ましてや舞台とういう場で表現を具現化するには、それはそれは深いテクニックが必要なのです。テクニックというと普通は正確に弾くとか音程やリズム感が良い、という風に思うことが多いでしょう。しかしそうした「上手」はテクニックのほんの表面の一部に過ぎません。そういうお上手さは、習った事を間違いなくやっているだけで、テクニックと言うより手馴れていると言う方に近いと思います。テクニックと言うからには、新たな世界を生み出し、それをハイレベルで具現化する位までやってこそ。その為のテクニックであり、そこまでやって初めてその人独自のテクニックが物を言うのです。


IMGP0015ルーテル市ヶ谷ホールにて花柳面先生と
深いテクニックというものは、一見外側からは見えないものです。
以前花柳面先生との舞台リハで、一見なんてことない扇を捌く所作に釘付けになったことがありますが、手を動かすその一つの動作の中にありとあらゆる術があるのでしょう。またその背景には経験や知識、歴史や哲学等々、見えないものが山のようになければああいう捌きは出来ませんね。単に身体の使い方が上手などというレベルではないのです。逆に単なる技(早弾きや、コブシ回しなど)が目立ってしまう人は、まだまだ舞台全体、つまり独自の世界が出来てないから、部分が目立つのです。
シンプルなものほど、こうした豊穣な背景を持っていないと、シンプルなものとして成り立ちません。邦楽には一音成仏という言葉がありますが、一音を出すには、その背景に溢れんばかりの豊かな世界があってこそなのです。そこを是非若い方には判って欲しいのです。習った事を上手になぞっているようでは、いつまで経ってもお稽古事から抜け出せません。

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座高円寺にて 津村先生と 

また、心の問題も大きいですね。精神の部分を別にしてテクニックは在り得ません。
現代社会の中で成り立ってこそ芸術というもの。この現代の中で、音楽家として舞台で生きるという事とは何か、自分は何者で、どういう生き方をして何処を歩いているのか。その中で自分は何をやり、何を表現したいのか、何故それをやるのか・・・・。それらの事を自覚していなければ、多少の技術を使って仕事をこなしているだけで終わってしまいます。
若さの勢いだけでやっている内はまだ良いとして、年を重ねて少しばかり手馴れて来ると、底の浅さがそのまま音に、姿に、目つきに出て、少しばかり手馴れているが故に、小手先の技が空回りして「けれん」に落ちてしまいます。身体を使う術も、豊富な知識に裏付けられた知性も、豊かな経験も、精神を兼ね備えてこそテクニックとして成立するのです。その豊かなテクニックを使い、芸術家として、その人独自の世界と作品を表現して欲しいものですね。

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日本橋富沢町樂琵会にて ヴァイオリニストの田澤明子さんと

先日、昨年リリースしたCD「沙羅双樹Ⅲ」で共演したヴァイオリニストの田澤明子さんの演奏を聴いてきました。ヴァイオリンをやっている人なら、彼女のその実力はもう周知のことではありますが、先日の演奏も惹きつけられる様な素晴らしい演奏でした。あらためて彼女の音楽家としての深さを感じましたね。曲はフォーレのヴァイオリンとピアノの為のソナタOP.13。その演奏には、現実を超えた世界へと連れて行かれてしまうような風を感じました。現実を越えた何処かへと、自分の身が吸い込まれるようなエネルギーに満ち、またそれはちょっとある種の狂気(といったら言い過ぎでしょうか)すら感じられるようなものでした。その風が私の身体を吹き抜けて行ったのです。彼女の中にある大きな世界を感じました。

2日本橋富沢町樂琵会にて ヴァイオリニストの田澤明子さんと
数年前にも、彼女の演奏会で同じような風を感じて、8thCDの目玉曲である「二つの月~ヴァイオリンと琵琶の為の」の録音は彼女しかいないと確信し、以来ご一緒させてもらっている訳です。あらためて先日彼女の演奏を聴いて、本当のテクニックというものを感じましたね。きっと邦楽の大先輩たちと同じように、心と体が備わり、整い、確固たるものとして出来上がっているのでしょうね。ここまで至るにはきっと色んなご苦労があったことと思います。しなやかで且つブレの無い演奏は実に魅力的で、本当に素晴らしかったです。


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京都 清流亭にて

今思うのは、経験や知性・知識、技、そして精神が調うことの大事さですね。そしてもっと体全体の使い方が重要ということです。古武術を少しばかり教わってきて、身体の可能性にもまだまだ奥があると感じています。体幹や重心をどう使うかということは、物理的に声にも大きく関わりますし、精神面でも大きな変化をもたらし、音楽全体を捉える視野の広さにも繋がると感じています。よく言われる知・情・意は結局身体に集約されて行く、と思うようにもなりました。あらためてテクニックというものの深さと大切さを感じています。
薩摩琵琶には、永田錦心、鶴田錦史など個人の魅力ある演奏家は居ましたが、大正昭和の音楽なので、能や長唄のような洗練熟成された古典作品というものがありません。しかしながら世阿弥も「古典を典拠にしろ」と言っているように、琵琶奏者として、寄って立つ所が何処かというのは大きな問題です。だから私は琵琶楽のルーツを辿って、樂琵琶に行き着いたのです。樂琵琶に出逢ってから、またその奥にあるアジア大陸の音楽が見え、そこからまた琵琶楽の長い歴史と流れが見え、現代琵琶楽の薩摩琵琶があらためて見えてきて、自分の想いも世界観もだんだんと出来上がって行きました。これら全てが私のテクニックです。

素敵な音楽を創ってゆきたいですね。












音楽の喜びⅦ


先日、第18回日本橋富沢町樂琵会をやってきました。毎年年明けの回は現代琵琶楽ということでやっているのですが、今年はヴァイオリンの田澤明子さん、フルート・龍笛の久保順さん、笙のジョウシュウ・ジポーリン君をゲストに、ちょっとてんこ盛りの演目でやってきました。いつもよりお客様は少なめでしたが、充実の演奏をすることが出来ました。

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雅楽の古典曲からシルクロードもの、現代雅楽、現代邦楽迄たっぷりと演奏してきました。そして何時も尺八などとやっている私の代表作「まろばし」をヴァイオリンと演奏したのですが、これがなかなか良かったです。ヴァイオリンはアラブ・インド・アイリッシュ・ブルーグラスとあらゆる民族音楽でも使われていますが、その表現力には無限に可能性を感じますね。もちろん田澤さんのずば抜けた技術と柔軟な感性があってこそなのですが、多分これからヴァイオリンは私の音楽では重要な楽器になって行くと思います。「まろばし」もこれからどんどん進化して行くでしょう。

また昨年の8thCDで収録したヴァイオリンと琵琶による「二つの月」はもう定番という感じになりました。後、やはり8thCDで収録した「西風」も最近ヴァイオリンとリハーサルを重ねているので、この三曲はヴァイオリンと薩摩琵琶のコンビでこれからがんがん演奏して行きたいと思っています。

12s加えて樂琵琶のシルクロード系各作品も、ヴァイオリンやフルートでもうばっちりとアンサンブル出来るようになりましたので、今回も最後に「塔里木旋回舞曲」をVi ・FL・ 琵琶でやってきました。お二人とも私と一緒に始めた当初はアドリブに手間取っていましたが、元々ハイレベルなクラシックの教育を受けてきて、20代で国際コンクールに於いてその実力を示してきたお二人なので、テクニックやリズム感はもちろんのこと、音楽や芸術に対する素養が基本的に高く、これ迄接してこなかった邦楽や雅楽に対しても、どんどんと吸収対応してくれます。お二人とももう驚くようなアドリブを弾くんですよ。凄いもんです。邦楽人では考えられないですね・・・。

また今回は笙のジョシュ君が参加してくれたお陰で、また新たな展開が生まれました。ヴァイオリン・樂琵琶・笙の編成で拙作「凍れる月」を演奏したのですが、これが今後の可能性を感じさせる良い演奏でした。彼は日本とアメリカを行ったり来たりなのですが、これからは私の演奏会に登場する機会が多くなりそうです。

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今月の琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久

私はこの日本橋富沢町樂琵会と琵琶樂人倶楽部を合わせて、年間17回自分で企画しています。その他小さな演奏会も時々主催しています。いずれも規模は小さいですが、10年以上に渡りこうして、自分で企画してやって来て思うのは、現代のエンタテイメント優先の音楽業界と芸術音楽のギャップですね。ジャズほどではないですが、邦楽は、業界内で招待券を回しあっているだけで、集客力は今ほとんど無い、と言って過言ではないでしょう。残念ですがこれが現実です。

現代では音楽はエンタテイメントにカテゴライズされ、ショウビジネスとして成り立たないものはやっても意味は無いという雰囲気も漂います。逆にライブハウスの村社会化も都会では著しいです。アートとエンタテイメント、ショウビジネスが常に密接に関わっている現代は、アーティストにとってはなかなか厳しい世の中ともいえます。
何千人のホールを一杯にするのもプロの実力の一つだと思いますが、売ることを優先し、売る事を目的として、音楽が食って行くための技芸に陥ったら、そこに素晴らしい音楽が流れ出すでしょうか・・・・。演者がどこを見ているか、何を想ってやっているかで、随分とその表現は変わってきますね。

IMGP0107津村禮次郎先生と 日本橋富沢町樂琵会にて 
私は、何時まで経っても小さな会しか企画主催出来ないですし、大した集客も出来ないので、ショウビジネスという観点で見れば、負け組みもいい所です。しかしまあこうして思う事をずっとやってきているのですから、ありがたいとしか言いようがありませんね。幸い私の回りには、素晴らしい芸術家が沢山居て、そういう芸術家たちに囲まれていますので、こうして様々なことにチャレンジしながらこれ迄やって来れたのだと思っています。また私が作曲にも活動にもチャレンジしていなかったら、こんな素敵な仲間達は集ってくれなかったでしょう。

私はショウビジネスにはとても乗れませんが、なるべく多くのリスナーに聴いてもらいたいという想いはしっかりありますので、集客も宣伝もしますし、衣装も考えます。プログラムには特に気を使って、テーマ設定から曲順まで常に考え、自分なりの努力はしています。しかしながら、どう逆立ちしても私自身はエンターティナーには成れません。まあ音楽も超のつくほど個性的ですし、この顔で、それもしかめっ面して弾いているんですから、・・・・・。こればかりは致し方ないですね・・・。
なるべく良い形で聴いていただけるように心がけるのが、私に出来る精一杯のエンターテインです。舞台に立つとは何か、自分なりの答えを持ってやって行きたい。

こうして音楽に関わって生きて行けるこの喜びを感じずにはいられませんね。










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