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「上野目ふるさと大運動会」が、10月7日の午前中の開催でしたが、
午後からは、公民館の近くにある興国山天王寺にて
秋の例大祭が執り行われました。
「祭」ですから、お堂の前で、
あざみの会の皆さんが「呼び太鼓 」で景気づけ。

さて、前回ご紹介した隣県の寺院同様、敷地内には がございますね。
その奥のお社には 

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現在大崎市の文化財に指定されている、如意輪観音様が安置されております。
観音様の両脇には四天王像も。
このお祭り自体は毎年行われているのですが、
今年はちょっと特別。
そのワケが・・・

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横浜市にある神奈川県立金沢文庫にて、
天王寺所蔵の如意輪観音様と四天王像が展示されていたのです
しかも、写っている仏様は天王寺の四天王像 w(゚o゚)w オオー!
この特別展には残念ながら行けなかったのですが、
ポスターの扱いからすると、地元の仏様が主役扱いだったのではないかと。
その特別展を記念し、金沢文庫から貫井さんと仰る学芸員の方をお呼びして
「天王寺所蔵の四天王像と安達一族」というテーマで歴史講演会が
催されました。

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安達一族・・・
といっても馴染みが薄いかもしれませんね。
鎌倉時代に元寇があったときに活躍した御家人の名前で、
その後失脚、ほぼ滅亡した一族だと思ってください。
その安達氏は、奥州と深くかかわっていたとのこと。
当然、今の上野目地区とて例外ではありませんよね。

で、安達氏と天王寺とは、どうつながるのか
安達氏が建立したお寺(観世音寺)には、天王寺と同じ如意輪観音像と
四天王像が安置されていたとのこと。
ルーツは聖徳太子を祀る大阪難波の「四天王寺」です。

※ 詳細は割愛します

如意輪観音像と四天王像ですが、
如意輪観音像のお腹の中には小さな観音様が安置されている。
四天王像は、1体は鎌倉時代から南北朝時代、
残りの3体は桃山時代に作られたとのこと。
特に観音様はエックス線を当てて色々と調べたようで、
その結果は、残念ながらこの日は発表されませんでしたが、
場合によっては、これまでの定説が覆されるかもしれませんね

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本堂に集まった皆さんも、興味津々とばかりに聞き入っておりました。
後で聞いたのですが、他の地区からもかなりいらしていたようです。
歴史に興味のある方なら、知的好奇心がくすぐられますよね
個人的には、「鎌倉末期に聖徳太子信仰が流行した」というのが
初耳で、たいへん興味深かったですね
このあとは質疑応答へ。

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右手で頬杖をついて、右足を上げるこの姿勢は
仏像彫刻で国宝第一号である、京都の太秦にある広隆寺が所蔵する
弥勒菩薩半跏思惟像とほぼ同じなんですね。
質疑応答の時間に、このことについて尋ねると、
「四天王寺の本尊と広隆寺は関係性が高いので、四天王寺をルーツとする
天王寺の観音様とも関係があるでしょうね」とのことでした。

今回の金沢文庫での特別展は貫井さんが企画され、
しかも入場者もかなりの数にのぼったとのこと。
貫井さん、いろいろとありがとうございました m(__)m

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講演後は、天王寺檀信徒の皆さんにより、
お餅料理が振舞われました。やっぱり「祭」にはお餅が似合いますよね
たいへんおいしくいただきました

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お餅をいただいている間、
「上野目神楽伝承クラブ」の皆さんによる「鶏舞」が披露され、
大きな拍手が送られました。
今回からは、大人の会員も加わっての舞。
一本、芯が入ったように感じました (`・ω・´)b
心のこもった演舞、お疲れさまでした

というわけで、知れば知るほど、奥深い天王寺のお話を伺うことができ、
地元の文化財に対する理解と関心が深まったような気がしますし、
食事もあり、神楽もありと、
とても充実した時間を過ごすことができました (*^^)v

企画、運営、そして食事の準備にあたった皆さん、
本当にありがとうございました。

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この日は、地元のことって知らないもんだなぁ・・・
と気づかされた日でもありました。
その一つが上の写真。
如意輪観音像と四天王像が安置されているお堂に
像の彫刻が・・・ 反対側にもありました。
何回も行っているはずなのに、
取材日当日初めて気づきました。
いつ彫られたのか、ちょっと気になりますね。