2007年04月01日

またね

あと数時間で入社式です。長かった学生生活が終わり、これまでの人生の倍はあるんじゃないかという社会人生活が明日から始まります。思い返せば夢みたいな日々だったな。終わってしまうのはすごく悲しいけど、これまでの22年間にはかなり満足してます。


社会に出るうえで最も必要なものは、個人的には『覚悟』だと思ってます。学生のときのような甘えはゆるされないし、学生気分は捨てていかなきゃいけない。覚悟さえしていけば、ちょっとの残業で欝になったりしないし、上司の軽いイタズラにも笑顔で対応できるでしょう。腹をくくって、気分を一新させて、明日を迎えます。


結構前から考えてたんですが、今日をもってこのブログを終わりにしたいと思います。自分にとってこのブログは学生気分の象徴的なものでして、止めどころとしては今日が一番いいんじゃないかと思ったからです。それに、このブログはその時々で感じたことを素直に書くという目的で始めたものですが、これからはそういったことを書くことが簡単にはできないので、なかなか更新もしずらいかなと思うわけです。


というわけでこの『フリージアの少年』は今回が最終回です。そもそも、もう少年じゃないし。2年9ヶ月、約1000日と長きに渡ってくだらないこと、つまらないこと、何の役にも立たないことをお送りしてきました。「早く終われ」と思っていた方々、もう大丈夫ですよ。「止めないで!」と思ってくださった方々、隠れてないでこっち来いよ。日記なんて絶対続かないと思ってましたが、コメント書いてくれたり、「ブログ見てるよ」って言われたりするのが結構嬉しくて、ここまで続けることができました。今後はまた何か書くとか全く考えてなくて、ミクシィでたまに書くかもしれないし、別のブログで『フリージアの青年』とか始めるかもしれない。「エイプリルフールじゃボケー!!」とか言って、ある日ひょっこり再開してるかもしれない。まぁ先のこと考えるのは苦手なので、また書くことがあればよろしくお願いします。


それでは、短い間でしたがお世話になりました。このブログを見てくださった全ての方々に感謝してます。いつかまたどこかでお会いできると信じて、さよなら、ごきげんよう。ばいばい。

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2007年03月29日

配属先に行ってきた

支店訪問のため、一泊二日で配属先に行ってきました。行きは飛行機とバスで約2時間、帰りは電車で3時間半。意外と遠かった。

同期は三人いて、そのうち1人がジョジョ好きという嬉しいハプニングもあり、さらにこれから一人暮らしする部屋が今月できたばかりの新築だったということもあり、新生活が結構楽しみになったり。部屋は無駄に広いので、いつでも遊びに来てください。ええ、来れるもんならね。観光地的なものはあんましなさそうだ。

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2007年03月24日

いつまでも、このままで

卒業式、園遊会、その後のオールと、長い一日が終わりました。

卒業式は・・・眠かった。なんかみんな話が長い。式自体にはあまり中身がなかったが、いろんな人と写真を取れたので満足。

園遊会はラストスパートが素晴らしく、演部とスライドショーにはものすごく感動した。

ホテルでのオールは、最初はハラハラしたけど、話をしたりバカなことしてるうちにあっという間に過ぎてしまった。準備をしてくれた人たち、特にスライドショーをつくってくれたのぶやたくぞーには感謝です。あれはきました。

この4年間一番多くの時間を過ごした人たちと、最後に最高な思い出ができて本当によかった。地方に行ってしまいますが、たまにこっちに帰ってきたときにはみんなで集まって、また気分が学生の頃にフラっと戻れるような、そんな付き合いがいつまでも続くと信じてます。思い出話は山ほどあるだろうからさ。

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2007年03月21日

総括(2005〜2007)

筋は通さなければいけない。資格は諦めたが、勉強に費やした一年間を無駄にしてほしくないという親の思いに報いるため、5月の試験までは勉強を続けることにした。そのため、この時期のクラブの活動には全く参加しなかった。今思えば、承認式や三年会に行かなかったのはすごく悔やまれる。スキキャンは参加したくせに。

当時の自分は、四大をやるためだけに戻ろうと思っていた。正直言って、ホームやセクションの活動には全く参加しないつもりであった。それは資格試験を応援してくれた人たちへの罪悪感からくるものでもあり、そもそもそれらの活動があまり好きでなかったからっていうのもある。

以前このブログでも書いたように、結局資格の試験は受け忘れた。あのときはかなり落ち込んでいて、かなりの自己嫌悪に陥った。そんなとき、りょうへいがホームに来ないかと誘ってくれた。すごくありがたかった。気がまぎれるかもと思い、一回くらいは参加することにした。

三年目の初ホームはすごく新鮮だった。良い具合に気が抜けて、今までで一番楽しめた。そして、一年生のために一丸となって頑張っている一個下の後輩を見て刺激を受けた。俺はまた自分勝手になってしまうところだった。それからはできるだけ参加することにした。セクション活動は、スピチからインナー大会の誘いをいただいて、出させてもらうことにした。お世辞にもスピーチを頑張っていたとはいえない自分をまた誘ってくれたことが嬉しかった。やはり同期が責任ある立場にいたから、っていうのも大きな理由である。

そして四大が始まった。

一年目と比べて立場も考え方も違う。自分がサウンドセクションに対してできることを精一杯やろうと思った。辛いときももちろんあったが、辞めたいとは一度も思わなかった。むしろ毎日が楽しかった。やりたいことをやれているって実感がすごくあった。そういう意味では、一年目より充実していた。唯一の心残りはGPを残せなかったこと。終わった直後は就活が忙しかったから結果を受け止めていなかったけど、去年OBとして四大を見て、自分が一番伝えたかったことはGPだったんだと再認識してしまった。

実質もうOBになってからは、これまでの三年間とは全く違う日々を送ることになった。簡単に言ってしまえば、暇なのだ。就活は想像していた以上に辛くて大変だったが、それが終わってからは一年間だらだら過ごしてきた。なので四年目、クラブについて書くことは特にない。


前にも書いたことあるけど、俺は本当にこの4年間、自分勝手に、好きなことばかりやらせてもらいました。それはきっとノンコミだったからってのもあるでしょう。委員の人は役職ごとにやるべきことってのがあるけれど、ノンコミは自分の存在意義を自分で見つけなければいけません。ただそれを自分で、自由に決定できるのがノンコミです。難しく考えずに、このクラブで自分がやりたいことを、一つ一つマイペースに見つけていけるんです。そうして見つけた自分の目標を達成するだけでも、誰かのためになっているはずです。もちろんその影では委員の人の努力があります。感謝の気持ちだけは忘れちゃいけないと思います。その気持ちさえあれば、誰にでも、いくらでも協力できるのです。


入学当初に自分が思い描いていたような大学生活とは全く重ならない4年間でした。想像していたよりずっと多くの人に会ったし、想像以上に忙しい日々で、想像以上に贅沢に遊んだ。そして想像していた以上におもしろい人たちと出会えた。この4年間を一緒に過ごした人たちと、何十年後も同じように笑ってたら素敵だなと思うわけです。


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2007年03月20日

総括(2003〜2004)

昨日は追いコンでした。これでクラブに関わることももうないのかと思うと感慨深いものがあります。追い出し状を読んでくれたあずにはすごく感謝です。追い出し状後のコメントは本当に思いつきでしゃべってて、もっと考えていけばよかったなと反省してます。

自分の大学生活で一番大きい存在だったのは、このクラブであり、このクラブの人たちだったわけなのです。なのでこの4年間を振り返っておきたい。


一年目の自分は今思えばものすごく消極的だったと思います。特に英語に興味があるわけでもないので、基本的に先輩に言われなければ何事にも参加しなかったし、先輩に言われてもめんどくさいから行かなかったり。で、一生懸命頑張っている先輩の姿には気付かず、うざったいと思ってたりもしました(まぁそう思うの色々あるんだけども)。当時のうちらの上への反発具合は結構なもので、今となっては笑える花火場所取りでの不満爆発も、当時は相当殺伐としてた。とにかく若かった。一個上の方々には後日あらためて謝罪します。

唯一四大のサウンドだけは自分からやりたいって言ったものでした。だから本気で頑張った。そういう意味では、四大が無かったら、サウンドに入ってなかったら俺は昨日の追いコンにはいなかったでしょう。当時のチーフには感謝です。

四大もやはり一年目は結構辛い時期があったわけで、本気で辞めたいと思ったこともあった。でも同じ横浜ホームの一年がたくさん頑張ってたんです。少数セクションでも、大人数セクションでも、キャストでも。今でも覚えてるのは、1Techで四大に嫌気がさした俺は、明日チーフに四大辞めると言おうと決意したその直後に、同じ横浜ホーム員のみんなからメールが届いて、見てみたら「お誕生日おめでとう」って書いてあるんです。日付が変わって、そういえば誕生日になったんだなぁと思ったのと同時に、さっきまで同じように辛い思いをしてTechを頑張ってた人たちからの優しさがすごく嬉しかった。俺は結局自分のことしか考えてなかったんだなぁと恥ずかしくなり、一つ歳も取ったことだし大人になろうと思った。そしてこのみんなで劇を作れるんなら最後までやりきろうと決心しました。それからはホームのみんなと愚痴をこぼしあいながら、四大を心から楽しめた。

四大は自分の中でやっぱり相当大事なもので、終わってからはちょっと味気ない日々が続きました。そして四大は好きだったけど、当時のクラブの運営とかには全く興味を持てず、結局また受身で消極的な自分に戻った。叶えなきゃいけない夢もあったし、クラブに打ち込むのは一年間だけという約束もあったので、二年目の自分は責任ある立場にはならないようにした。

そんな中でも自分にできることがあるんだろうかと思ってたときに、田調SPチーフヘッドの誘いを受けた。諸々の事情で他ホームだけど俺しかいないという状況。前期だけという約束で、承諾した。このときの気持ちははっきり覚えている。嬉しかった。

それとは別に、「おもしろい人」になって、少しでもホーム員を笑顔にさせようという目標を持った。このクラブは辛くて大変だけど達成感を得られるものが多い。ただそこに「楽しい」って要素が加わればもっと良い思い出になるんじゃないかと。その活動自体の楽しさももちろんあるだろうが、それは人それぞれ感じ方が違うもので、もっとみんな楽しいって思えるようなものを俺が提供できたらいいなと思った。やっぱ最後に残る思い出は笑顔の方がいいじゃん。

新入生のための準備の段階ではそれでも委員の人たちと溝を感じた。彼らはどこか特別な感じがして、自分で考えて行動しているんだろうが、上の先輩の理想を押し付けられて動いてるだけのように思ってた。役職経験したわけでもないし、むしろ彼らの辛さをわかってやれず、しかも彼らに不満をぶつけてた当時の自分がやはり子供で恥ずかしい。ただ自分がよかったところはそこで腐らず、それなら俺は俺の思うやり方で新入生を楽しませるって考えたところだと思う。ベストな考え方とは言えないけど、50点くらいではあっただろう。全然赤点なんだが。

大学入って初めての後輩ができた。プレ新では人が来なさすぎてどうなるかと思われたけど、なんとかある程度の人数が入ってくれた。ジュニアで誰かがプライズ取るのが嬉しくてしょうがなかった。嬉々としてエンタテをやった。ソサイエティ取ったときは狂喜乱舞だった。楽しみにしていたジュニスピは、後悔が残る形で終わってしまった。横浜が勝っても、田調が勝っても、素直に喜べない(結局どっちもソサイエティ取れず二重にダメージ)。他ホームチーヘを受けた地点でハッピーエンドにはならないことに気付くべきだった。でもすごく良い経験だったし、最後の大仕事だったのでやれてよかった。

全キャン、スピキャンを終えて、クラブを辞めた。数人にしか言わずに辞めたので、色々な人に迷惑をかけてしまって申し訳なかった。辞めた後の生活は思い出したくないほどつまらないものだった。いつまで経っても結果が見えない、孤独な戦いだった。たまにクラブが懐かしくなることもあったが、断ち切らなければならなかった。ただどうしても気になることが一つあった。俺は四大のファイナルを客として見に行った。

あのとき感じたことは3年目の四大サークルでも言った。すごくいろんなことを思った。羨ましいとも思ったし、かわいそうだとも思った。見ているのが辛かったりもした。ただ去年一緒に頑張った人たちを外から見て一番感じたことは「またこの人たちと四大やりたい」ってことだった。

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2007年03月16日

勝つ田

512145d7.jpg久しぶりに『賭博堕天録カイジ』の一巻を読み返していたら、今の自分、いや、ここ一年くらいの自分に足りないものが見えてきたような気がします。

カイジと同様、今の自分に一番足りないものは「勝つ」ってことだと思います。自分にとっての「勝ち」が見えていなかった。そもそも勝負すらしていなかった。そのせいで特に中身のない、緊張感のない生活を送ってました。だから配属が決まったときもあまり実感がなく、他人事のように思えてた。過程とか関係なく、「勝つ」という結果をとりあえず求めていきたい。その姿勢さえあれば、社会に出ればいくらでも勝負の場はあると思うので。

まぁだからといって今の自分を大々的に変えるとか、そんな必要はないと思っています。ただ心のどこかに常にこの意識を持っておかないと、小学校の時にからかわれたような「負け田くん」になってしまいそうなのです。

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2007年03月15日

地元離れ

ミクシィでも書きましたが、4月から地方に行くことになりました。卒業旅行から帰って来てからは引越しの手配や諸々の準備で忙しくしてます。


初めて親元を離れて生活をするので多少不安もありますが、楽しみの方が上回っている感じです。一つの区切りとしてしっかり自立していきたいものです。一人暮らしに役立つ情報がありましたら是非教えていただきたい。


長いこと使ってきたこの部屋ともあと少しでお別れです。3年くらいで戻ってこれたらいいけど、先のことはわからないのでね。

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2007年03月11日

ヨーロッパ旅行番外編 『スリの銀次にカメラをすられたっす』

予告通り書きます。


旅の最終地、ローマ。コロッセオやヴァチカンなどの見所が多く、街のいたる所に古代人の生活の跡が残っている。現代と古代の融合するこの地で、僕は財布をすられた。


コロッセオからテルミニに向かう電車内は満員で、とても身動きとれる状況ではない。なんとか財布とパスポートは守ろうとガードしていたのだが、腰につけていたカメラへの注意は散漫になっていた。プロはその一瞬を見逃さず、鮮やかに、そして華麗にカメラを抜き取った。


電車を降りて間もなくカメラがないことに気付く。カバンを探しても、コロッセオの駅まで戻って探しても見つからない。やられた。敵ながらあっぱれだ。


その後地元警察に行き(ここに着くまでも色々あったが省略)もはや探す気ないだろうという調書を書かされた。この旅行の思い出が詰まったカメラはどこへいったのだろうか。




てかいらんだろ。俺の写真とか。普通に考えて俺意外必要ないですよ。まぁ写真じゃなくてカメラが目的なんでしょうが、そこはやっぱり空気を読んでくれよと。カメラとか盗んじゃだめでしょ。思い出はプライスレスですよ。この思い出泥棒。


というわけでみなさま、海外の電車に乗るときは気をつけてください。カメラは鞄にしまいましょう。



闇に葬り去られた写真たち


・プラハの風景

・ヴェネツィアの風景

・外人のキス写真

・ダビデ像を見て恥ずかしがる俺

・コロッセオを探すミスタ

・これは試練だ

・屏風の中の虎をトンチを使って出そうとするジャクソン

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2007年02月22日

赤城カフェ

45c2d242.jpg神楽坂にある赤城神社の中に、期間限定でカフェがオープンしているのをご存知でしょうか?夜はバーみたいな雰囲気になって、神社の持つ厳かな雰囲気と薄暗いバーの明かりがすごくマッチしてて良いです。よくミュージシャンがライブをやったりもしていて、すごい近い距離で生演奏を聴くことができます。自分が行ったときは『mondialito』ってグループが演ってて、店と歌の作り出す空気にすごく満足しました。あと一年くらいはやってるみたいなので、また機会があれば行きたいと思います。タイトルを付けて気付いてしまったのですが、前回の日記に使った画像はここに使うべきだったと反省してます。

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2007年02月21日

最後の授業

6a32f540.jpg教わる側としては一月前に大学の授業は終わりましたが、教える側としてはさきほど最後の授業をしてきました。二年前からこのバイトを始め、これまで計三人に勉強を教えてきました。家庭教師をやってわかったことは、これ以上に楽に稼げるバイトはないんだろうなってことと、俺は本当に怒れないってことです。なにはともあれこれでもう二度と「先生」なんて呼ばれることもないんだろう。

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2007年02月20日

囲む会

9e39c785.jpg友人がオーストラリアの大学院に行くことになり、その送別会的なことをしてきた。正直今までもそんなにしょっちゅう会っていたわけでもないので、あまりお別れって感じじゃなかったですけど。実際最後の方はグダグダで、『ワンピース』みたいな別れ方はできませんでした。

海外で就職したいみたいなんで、もしかしたらもう一生会うこともないのかもしれないです。変なやつだが、自分にないものをいっぱい持ってて尊敬できるところもあった。健康でさえばなんでもできそうな人なので、体に気をつけて頑張ってほしいものです。

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2007年02月16日

うっちゃり

f0fed762.bmp懐かしい人たちと会ってきました。横浜ホームで一年のとき一緒だったあの人たちです。中華街で飯を食い放題した後、ゲーセンで遊んできました。全キャン打ち上げでも盛り上がったあのクイズゲームをやりました。久々にプリクラも撮った。

思えば一緒にホームやったり、四大やってたりしてたんだよな。なんか昔のことみたいであんまし覚えてない。ちゃんと話すのは数年ぶりで、最初の方はちょっと探り合っていたり、野球のポジションに例えてみたりしてたけど、最後の方は「全○になれば光男を解放するんだな」といったセリフも飛び出すほどでした。また規模を広げて、本当にちょっとしかいなかった人とかも集めてやってみたらどうなるんだろうね。写真はゲーセンのクイズの台からずっと離れなかったバンダナくんです。リアルにバンダナしてる人を久々に見ました。

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2007年02月13日

四国周遊(一泊四日)

3d6eec68.jpgサウンド4年卒業旅行『ジャクソンと行く四国グルメ観光ツアー(ポロリもあるよ)』に行ってきました。何気にこのメンバーで旅行行くのは初めてだったんですね。以下、箇条書きで振り返ります。




・行きのバス乗り場で迷い、自分を信じることの大切さを学ぶ

・最終達成状態を知る

・岡山を華麗にスルー

・高松到着、早速うどんを食う

・すぐさま二件目のうどん屋『山越』で「かに玉山うどん」を食う

・見つけるのに手間取りながらも、三件目のうどん屋『なかむら』に行く

・ここまでまだうどんしか食ってないことに気付く(しかし3食で500円)

・日本一でかいという『クリリン公園』で岡野がはしゃぐ

・鳴門に行き渦潮を見る

・ジャクソンが「俺たちもこれから、社会という名の渦潮に飛び込んでいくんだよな」って言う

・おやつに魚料理を食べる

・すごく入りづらい雰囲気の温泉に入る

・高知まで長距離ドライブ(四国はやっぱり広かった)

・ジャクソンの新しいあだ名が「クロちゃん」「ブラッキー」などに決まる

・高知で入った店の美味さに感動する

・ミッションインポッシブルが行われる

・四万十川で叫ぶ

・鮎をはらわたまで食う

・かずら橋でジャクソンが吐きそうになる

・かずら橋でジャクソンが気を失いそうになる

・ジャクソンが「俺たちもこの吊橋のように不安定な社会を渡って行くんだな」って言う

・タイムリミットギリでレンタカーを返す

・岡崎が新しい防御法を考える

・バスの運転手のポーズがどう考えてもおかしい



飯は本当に美味しかった。ハズレ無し、というか当たりしかなかった。四国は魚料理が絶品ですね。今回行ったお店は、また四国に来ることがあれば絶対行きたいと思います。

ここには書けないようなおもしろいこともいっぱいあって、思い出深い旅になりました。今度は静岡に行きたいです。


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2007年02月07日

春咲小紅

ce8825e6.jpg家庭教師していた小学生の方が、見事志望校に受かりました。このバイトは楽ではあるんですけど、最後の最後で結果が出てしまうので少しひやひやしてましたが、これで一安心です。実際俺がどれだけ力になれたかは全くの謎ですがね。

ただこっちは受かると思ってたんです。問題は中学生の方です。今日都立の受験校を決めたらしいのですが、確実に受からないところに願書出すらしいです。全教科85点以上取らなきゃいけないらしいです。全教科あと15点上げなきゃいけないらしいです。



「俺って奇跡を起こすタイプだからさ」



もう「奇跡」とか言ってる地点で無理です。そんなに振られた相手が受ける高校に行きたいか。



なんだかんだで二年間も教えてきた子ですから、受かってほしいんですけどね。

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2007年02月04日

池ヶ谷を懐かしむ会

2月に入り、いっそう空気も冷たくなってきた。街の風景もどこか寂しげで、まるで僕の心を表してるいるかのようだ。池ヶ谷が故郷に帰って一年が経つのか、そんなことを考えながら歩いてると、自然と足が渋谷安々へと向かっていた。そう、僕らが最後に会った場所だ。


不思議なことに、自分以外にも一年前のお別れ会に参加したメンバーが何人も来ていた。いや、不思議なことじゃない。当然のことだ。みんな考えてることは同じなんだな。集まったメンバーの話題はやはり池ヶ谷。彼との思い出話に花が咲く。だが、みんな笑顔の裏には、一つの思いがあった。






会いたい…






すると店の巨大スクリーンに見覚えある顔が映し出された。


「ミンナ、久シブリダヨー!覚エテル?」


忘れるはずがない。その褐色の肌も、濃いめの眉も、顔のわりに小さな胸も、アーモンドアイもアルカイックスマイルも、忘れるはずがない。彼だ。池ヶ谷だ。


何が起こったのかわからないでいると、店のオーナーが近付いてきて、彼から届けられたビデオレターであることを教えてくれた。きっと一年経ったこの日、みんなこの場所に集まるだろうから流してくれと頼まれたらしい。彼は全てお見通しだった。


ビデオレターの中で池ヶ谷は、今インドでダム建設の責任者を務めていること、近いうちに日本に遊びに来ようと思っていること、いまだに寝巻きはジャージであることなどを昔と変わらぬ口調で語っていた。元気そうで、そしてちっとも変わっていない彼の姿を見られて、みんな嬉しさのあまり泣きそうになっていた。そんな僕らを見透かしていたのか、


「涙ヲ流シテイイノハ、辛イカレーヲ食ベタトキダケダヨ」


と言う彼には、いつまでたってもかなわないなと思うのであった。



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2007年02月01日

リズムに乗るぜ

39d60b38.jpgこの前の健康診断は見事に異常無しでしたが、今は少し風邪気味です。

二月になりました。試験はたぶん卒業できたかなぁって感じなので、やや不安ながらも春休み突入です。60連休です。遊び尽くそう。

遊ぶのも大事ですが、この2ヶ月を社会に出る準備期間にもしたいと思ってます。早寝早起き、そして健康で文化的な最低限度の生活を送ろうかと。


7:00  起床

7:10  ランニング・筋トレ

8:00  朝食


自由行動


24:00 消灯



とりあえずこの生活リズムは守りたいところです。今日は7時に置きましたが、風邪引いたっぽいので安静にしてました。さあ、何日続くか賭けてみておくれ。

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2007年01月31日

お肉

4552bc81.jpg恒例の試験後北京に行って来ました。もはや北京に行くのも残りわずか・・・になってしまうのか。地方に行ったら当然行く機会無いし、こっち勤務でもわざわざ平間に一緒に行く気力があるかどうか。同窓会を北京でやろう。

肉は相変わらずうまい。うまいもの食ってるときは幸せですな。
お腹いっぱい食って、お値段なんと千円。



千円!?



そうです、松谷さんがご馳走してくださったのです。




これが社会人パワーです。いや、松谷パワーと呼ばせていただきましょう。




ちなみにこの前は畑中さんが「カラオケ」を驕ってくださいました。

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2007年01月27日

トライアングル

68bd8c7f.bmp久保田の萬寿。
お値段なんと720mlで8200円なり。
給料が入ったので買ってしまった。
ジュニアシニアのセカンドアルバムを聴きながら、イカの塩辛を肴に飲んでます。


さすがに美味いです。やはり日本酒は純米大吟醸がいい。

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2007年01月23日

がっかり

ビートルズ生演奏で著作権軽視、バー経営者に有罪

「著作権を甘く見過ぎていた」――。ピアノの生演奏を売り物にしてきたバーの経営者に、東京地裁は22日、懲役10月、執行猶予3年(求刑・懲役10月)を言い渡した。

 ビートルズなどのナンバーを無断で演奏させたことが著作権法違反の罪に当たるとされた。著作権を軽んじた“ツケ”は、あまりにも大きかった。

 有罪判決を受けたのは、東京都練馬区で「ビストロ・ド・シティ」を経営する豊田昌生被告(73)。クラシック好きが高じ1981年、ピアノの生演奏を聴かせるバーを開店。地元の音大生をアルバイトに雇い、週に数回程度、ショパンなどの名曲を演奏させた。

 「ビートルズも弾いてよ」。客のリクエストに軽い気持ちで応じ、ビートルズやビリー・ジョエルなどの曲も披露するようになったが、当時は違法演奏と思っていなかった。



なんかすごく寂しいというか、悲しい気持ちになるニュースです。
法律の詳しいこととかわからんので、深い分析はするつもりもないんですが、これはあまりに悲しい。例えばの話、俺がすごい有名な歌手で、外国の酒場で自分の歌が生演奏されてたら、結構感激するんですが。そこで「勝手に演奏すんな。金よこせ」とは思いません。てかこれがアウトならコピーバンドなんて存在しちゃいけないんじゃない?

『生演奏ができるバー』ってのはちょっとした夢だったんですよ。店のど真ん中にピアノ置いて、ジャズだったりポップスだったりクラシックだったり、お客さんのリクエストを聞いてその場で演奏する。このニュースのバーみたいに、音大生雇ったり、たまには自分で弾いてみたり、老後はこんな過ごし方したいなあって思ってたんですが…。有罪ですか。あんまり著作権を振りかざしてると文化が育たんよ。寒い時代ですね。



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2007年01月21日

今度はハンバーガー

7544a498.jpgこのブログ、ここんとこ食日記化してますね。でもやはり三大欲の一つである「食欲」ですから、どうせならおいしいもの食べたいものです。

人形町にある「ブラザーズ」ってハンバーガー屋です。最近になってテレビとかにも紹介されだしているらしい人気店です。今まで別にハンバーガーってものを美味しいと思ったこともなく、そもそもあんまし食わないものでした。ハンバーガー=ファーストフードぐらいの感覚だったので、それほど期待もしないで入ったんですよ。

食べてみた。

やばい。うまい。価値観が変わりました。
ハンバーガーが贅沢だなんて思ったのは初めてです。気が付けば「B.L.T.!B.L.T!」
って叫んでました。

暇なうちに食を満喫していきたいとあらためて思ったわけです。うまい店情報あれば是非是非教えてください。


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