risingforce2009


第一章



「絶対おかしいよ。修学旅行が京都、大阪じゃないって!」
「沖縄や北海道とか贅沢は言わない。でも福島ってあんまりじゃね?」
「私立の友達はソウルとかグアムだって」
「マジか」皆が残念そうに言った。
「しかも行程に飛行機はともかく電車すら無いのはおかしいって。なんで俺達バスに乗ってるんだ!」
「小学生の遠足じゃないんだ。俺達は中学生だ!」
「明らかに手抜きの修学旅行じゃないか。いや実際に校長あたりが途中で抜いてるんじゃないだろうか?」
「しかもこのカーブの連続、最早いじめでしょう」
「確かに」
 僕達はバスに揺られ悪態をついていた。関東の公立の中学校の場合、修学旅行は京都、奈良が定番だ。だが僕達の学校はなぜか福島だった。確か残念な事に小学生の修学旅行も同じ日光だったと思う。そして同様にバスに乗っている、というより半分酔っていた。
 昼にどこかの山を登り疲れていたせいもあるだろうし路面が悪いのか運転が荒いのかは判らないがかなりの人数が我慢していたと思う。
「我々に出来る事は限られている。2年間同じクラスならではの団結を見せる時です」
「委員長お願いします」
「任せて下さい。夜に1大イベントを起こしましょう」大木がガッツポーズで応えた。
「おおっ」聞いていた皆がどよめく。
「2泊3日の行程なので先生方の気も緩む2泊目としましょう」
「何やるの?」
「それはその時のお楽しみ」笑いながら大木が言った。
 
 中学2年の時に学校が分離して僕達の中学校が出来た。そして中2中3と同じクラスで進級した。これは進学面で担任等の学校側の負担も減るのだろうが生徒にもメリットはあった。些細なトラブルは大体中2の時点で終わっており皆がお互いの長所短所を良く知っていた。むしろイジメや不登校等も無くある程度結束の固いクラスになっていた。
 普通の共学だったのでクラス内のカップルはいなかったと思う。
 共学の場合カップルだと友達に言った場合は全員に言うのと同じだ。それはどんな噂を立てられるか判らない。自分と相手によっぽど自信が無ければ公言出来ない事だと皆思っていたと思う。ただし男同士で誰が誰を好きなのか?という事は知っていた。女の子達も同じだろう。
 最後のイベント修学旅行。この後は受験が終わるまで苦難の日々だ。大きな期待をしながら僕達は宿に向かった。
 宿はホテルや旅館等の外見とは違い大きなペンションの様に見えた。非常に大きな和風の三角屋根が特徴的だ。中は鉄筋3階建てで別館のある普通のホテルといった感じで綺麗な所だった。晩御飯の山の幸というのがイマイチだったのが残念なところだ。先生達は喜んでいたが何がおいしいのかさっぱり理解できなかった。
 部屋割りは2人1部屋と普通だった。僕は今まであまり話した事がない西田と同室となった。彼は大人しいグループにいつもいる事が多かったので僕達と打ち解けて話す事は少なかった。ただ仲が悪いという訳では無くなんとなく話さなかっただけだ。

「慎、俺らの部屋来いよ」
 透が呼びに来た。彼は山口透、いい奴ではあるが顔は残念ながら三枚目で背も低い方だ。親が若干裕福なせいか最新の家電製品が家に多く僕らは彼の家で集まる事が多かった。
「分かった」部屋に行くといつもの仲間が集まっていた。
「明日のイベントの前に確認しよう」大が言った。伊藤大、成績は普通だがスポーツは出来るほう背も高めで顔もまあまあだと思う。
「それよりイベントって何をやるか聞いたか?」これが佐々木淳。スポーツ万能、顔も日本人離れしていてイケメンだが勉強は出来ない。
「委員長にさりげなく聞いたけどダメだった」僕は皆に伝えた。
「去年と同じく慎を委員長に推薦しておけば良かった」淳が残念そうに言った。
「いや慎には任せて置けないって感じで今の委員長になったんだろ」大が笑いながら言った。
「だってよ、問題児だから常に席は教壇の横ってクラス委員長が今までいたか?」透が大笑いしている。
「前代未聞の事件だな」淳も笑っている。
「お前ら笑いすぎ。俺が席替えのたびにどんな辛い思いをしてきたか」僕は言った。
「そうそう、好きな子の横とかぜんぜん関係無いもんな」
「だから好きな子とかいないって」僕は言った。
「そこを今から再度確認しよう」淳が提案してきた。
「え?何を」
「だから誰が誰を好きなのかって事だよ。この3日間で何かあるかもしれないだろ。変なとこでバッティングしてもしょうがないし」
「他のクラスの子からアクションあるかもしれないしさ」透が言った。
「その期待はあまりに可能性は低いけど、趣旨は分かった」僕は言った。
「俺からだけど、俺は中島沙希な」大が言った。
「それ前から聞いてるし」皆が言った。
「ま、大ならルックスも悪くないし頑張ればいいと思うよ」僕は言った。
 中島沙希はクラスの女子の中では背が高かった。顔は色白で目が大きく美人というより美少女だったと思う。背が高いせいか痩せていて女性らしいプロポーションでは無いのが惜しまれるところだ。いつも笑顔で女の子達の中でも明るいグループにいた。
「じゃ次俺ね。俺はこの旅行で彩と上手く行きたいと思ってる」淳が言った。
「淳、それ初めて聞いた。そっかー何かあったらフォローするよ」僕は言った。
「サンキュ」淳も応えた。
 
 彩と言うのは岡崎彩の事だ。沙希と同じグループにいて流行に敏感。そのせいか仕切ることが好きで面倒見が良く姉御肌ともいえる。顔はお世辞にも可愛いとは思わなかったが淳にはとても言えなかった。人にはそれぞれ異なった美的感覚や価値観があるものだ。
「じゃ俺は」透が口を開いた。
「愛ちゃんだろ」僕達が言った。
「そうです!愛ちゃんです!」透が胸を張って言った。
「だからそれは本人の目の前で言えって、お前本人が来ると全然ダメじゃん」大が言った。
 
 須藤愛はクラスの中で一番モテていたのではないだろうか。顔は愛嬌がある可愛い感じでスポーツ万能。明るくやはり沙希達のグループにいた。なにより大人びた胸が僕らに刺激的すぎた。背は低めだが彼女はスタイルが良かった。
「あー愛ちゃんの入浴覗きに行こうかなぁ」透が遠くを見ながら言った。
「行って来なよ。そして叩かれて来い。体育の大石先生が風呂場で竹刀持って見張りしてるから」僕は言った。
「マジかよ。抜かりねえなぁー」残念そうに皆が言った。
「透、何にしても頑張るだけ頑張れよ。助け舟は出すからさ」大が言った。
 僕は何も言わなかった。透はその見た目の悪さだけで小学6年の時にイジメにあっていた。僕は同じクラスだったがイジメには参加もせず止めもしなかった。奴とは野球のライバルのチームで幾度も戦っていたからそんなに悪い奴だとは思っていなかったからだ。
 中学2年でまた同じクラスになった当初、女子を中心にこのイジメが再発しそうになった事がある。それを影で止めに回ったのがクラス委員の僕と当時の副委員長の宮園遥だった。アクティブなグループの岡崎彩と須藤愛に話したのも僕達だった。宮園がそのグループにいた事でかなり早くに情報を掴みイジメにならずに事態は収束した。
 女性の場合は特に初対面が大事なのでは無いかと思う。だから透がいくら愛ちゃんを好きでも結果は期待できないと思っていた。これが応援できない理由だった。
 
「で、改めて聞くけど慎は誰なんだよ」淳が訊いて来た。裏表の無いストレートな言い方は淳の良い所だ。
「そうだよ。遥とか結構イイ感じだったんじゃね」大も言ってきた。
「だから俺はいないし作る気も無いって」僕は答えた。
「慎は惚れっぽい割には結構理想が高くてめんどくさいんだよな」透が言った。
「そういう事にしておいてよ。みんなのフォローに回るからさ」
 僕は背が低く勉強はまあまあだがルックスも普通だったと思うし強くも無かった。そして変にマセており不公平などの理不尽な事が大嫌いだった。
「まー慎がそういうならしょうがない。俺達が上手くいって盛り上がっちゃっても文句言うなよっ」
「言わねーよ。皆頑張れよ」
「オッケー分かった」淳も渋々納得してくれた。
「じゃ明日から頑張ろう!」大が言った。
 こうして初日の晩の作戦会議が終わった。僕は部屋に戻り西田と若干話した後に熟睡した。


 2日目は東照宮や五色沼に行ったと思うが良く覚えていない。僕は誰彼無く愛想良く話していた。多分クラス委員を中2の時にやっていた安心感があるのだろう、他のクラスの女子とも一緒に話したり移動したりもした。
「慎、お前何で他のクラスの子とも仲良くなってるんだよ」淳が不満そうに言った。
「たまたま一緒だっただけで大した事は話してないよ」僕は言った。
「慎は顔が売れてるからいいよな」透が僻みっぽく言った。
「だからお前は目標があるわけだろ。俺はそんなの無いし楽しく出来ればいいだけだよ」僕は言った。
「ま、夜になったら挽回するからな!」
「そうなるといいな」僕は笑いながら言った。
 
 そして待望の夜が来た。明日で旅行は終わりという事は皆が理解しているはずだ。何をするのだろう?
「ジャージに着替えて全員玄関に出て下さい」委員長の大木が言った。
 僕達が玄関に集まると副委員長の宮園遥が皆に懐中電灯を配った。
「今から男女ペアで肝試しを行います!」
「おおっ!」皆がどよめく。いい企画だ。
「このホテルの遊歩道沿いに外周を歩いて戻ってきてください。20分もあれば回れると思います」
「来た来たー」大や淳は興奮気味だ。
「ペアはくじ引きで決めます。結果がどうあれ公平に願います」
「そう言えば先生いないな」誰かが言った。
「それは僕らの努力の結果です。いない方が楽しいでしょ」大木が胸を張って言った。
「では男子は出席番号順にくじを引いてください。女子の名前が書いてあります。ペアになったら地図を貰ってスタートです」
 1人目の相田君のくじ引きはクラス全員の注目を集めた。誰が出てくるのか皆が楽しみに見ていた。箱の中から出てきた紙には佐伯さんの名前が書いてあった。
「佐伯さん来て下さい。相田君とのペアでお願いします」
「おー」皆が拍手をした。
「変な事するなよー」男子は相田を野次った。
「では2番目のペアです。秋葉君前でくじを引いてください」
 秋葉は祈るようにくじを引いた。誰か目当てがいるのかな。
「斉藤さん前に。秋葉君とのペアでお願いします」皆が拍手をした。
「ちなみにルートはそれぞれ若干違います。前のペアを追って迷子にならないようにして下さい」大木が言った。
 もう1番目の相田は見えなかった。2番目の秋葉達も歩き始めた。
「3組目です。浅野君くじを引いてください」
 僕の番だった。出席番号が前なのは良い事とか悪い事なのか?最初の方で目立つ分損かな?と思いながらくじを引いた。
「中島さん前に」
「おおー浅野、くじ運強いなー!」男子の数名ががっかりしたような声を出した。別にそうは思っていないけど。
「俺の中島に手を付けるなよ」大が速攻近づいて来た。
「いやお前のじゃ無いって」淳が笑っている。
「まー変な事はしないから安心しろよ」僕も大に言った。

「よろしくねっ!」中島は明るく言った。
「大体ルートは把握したからそろそろ行こっか」
「うん」
 僕と中島はそれぞれ懐中電灯を持ち歩き始めた。地図は僕が持っていた。彼女の方が若干背が高かったと思う。
 ホテルの遊歩道はゆったりとしたスペースを使っているのだろう、かなりの広さがあった。舗装された3メートル程度の道に街灯が所々に点いていた。景観を楽しむというより良い空気を吸って欲しいというようなホテル側の意図だったのかもしれない。鬱蒼とした森の中を歩くという感じでは無く植樹された林の大きな庭を歩くという感じだった。木々の高さもそれほどではない。そのせいで肝試しに僕は落胆していた。街灯も明るいしこれは全然怖くない。夜の散歩でしか無かった。中島は僕の1メートル後を歩いていた。
「中島、大丈夫か?」僕は彼女に訊いた。
「うん。大丈夫」彼女は答えた。
 人気があるとは思っていたが3、4人の男子が落胆していたな、可愛そうに。
「お前って結構モテるんだな」
「そんなこと無いよ、勘違いしてるだけだよ」中島は笑顔で言った。
「そっか」
 時折僕は後ろの彼女を振り返りつつ無言で歩いた。変に話しかけても周りの誤解を生むだけだと思った。
 5分位歩いた所で中島の距離が若干離れたのに気が付いた。
「どうした?具合でも悪くなった?」
「違う。怖くなっちゃった」良く見ると少し震えているようだ。
 この肝試しが怖いのか!と僕はびっくりしていた。彼女はとても演技しているようには見えないしそんな裏表のある子では無いと思う。この明るい遊歩道が本当に怖いんだ。逆に話しかけなかった自分を悔いた。
「大丈夫だよ。明るいし何も怖いもの無いから」
「うん。分かってる」彼女は再び歩き始めた。
 あまり無言のままだとまた怖がるかもしれない。大の事もあるので中島に訊いてみた。
「中島って誰か好きな奴いるの?」
「そんな人いないよ」
「そっか。言いだせないなら俺からそいつに訊いてみてもいいかな?って思ったんだ」
「え?」
「修学旅行が最後のイベントだろ?だからさ」
「ありがと。でも私男の子好きになった事無いよ」
「分かった」
 この質問は逆にお互いを無言にしてしまった。変に話題を作るのは大の件もあり嫌だったし僕はこのまま肝試しが終わればいいと思い始めていた。コースは急に狭くなる事も無く幽霊に扮装したクラスの奴がいきなり飛び出して来るような凝った事もしていなかった。

 更にしばらく歩いた時だった。
 後ろの中島の足は完全に止まっていた、というか彼女は固まっていた。そんなに怖いのかぁ。
「ちょっと待ってて」僕はポケットの中にお菓子があることを思い出した。
「これ良かったら食べなよ」ヨーグルトのキャンディーを僕は彼女に手渡した。
「ありがとう」彼女は包み紙を開き飴を口に入れた。
「どう?歩けそう?」一段落着いた所で訊いてみた。
「ちょっと落ち着いてきた」しかし彼女はまだ動けないままだった。
 僕は初めて女の子って可愛いと思った。こんな事が怖いなんてやっぱり男の子とは違うんだな、その事に素直に驚いていた。
「さあ中島、行こう」僕は彼女に手を出した。出来る事はもうこれぐらいだった。
「浅野の手って暖かいね」彼女は僕の手を握り言った。
 
 僕は空を見ながら中島に言った。
「あのさ中島、空見てみなよ。ものすごい星の数だよ」
「本当だ。星が落ちてきそうってこういうのを言うのかな」
「やっぱりいつも住んでる所とは違うね」僕達は千葉の都内寄りに住んでいたので星とは無縁だった。
「そうだね。綺麗。初めて見た」
「俺も初めてだなー」
「浅野は星詳しいの?」
「いや全然。普段あまり見えないんだから」笑いながら僕は言った。
「そうだよね。旅行ならではだよね」中島も笑って言った。
 2人はしばらくの間、手をつなぎながら星を見ていた。その瞬きに見惚れていた。
 
「もう大丈夫。ありがと」中島が言った。
「じゃ、そろそろ帰ろうか。怖かったら手はつないでてもいいから」
「うん。ありがとう」
 手はそのままに僕達は歩き始めた。星も綺麗だしなんとか帰れるだろう。
 しばらくすると中島が訊いて来た。
「浅野は誰か好きな子っているの?」
「そんな子はいないよ」
「そうなんだ」
「実際、中島とか須藤とか見た目は可愛いと思う。けど好きなのとは違う」
「なんかそれ分かるな」
「無理に好きになる必要も無いと思うし、きっと好きになるんじゃなくて惚れるんだろうな」
「そうなんだ」
「周りがカップルだらけって訳でもないし全く問題無いよ」
「そうだよね!ウチのクラスは公認のカップルいないしね」
「そうそう。気にする事無いって。そのうち現れるよ」
「そうだよね。憧れでいいよね」
 そう言いながら僕達は戻っていった。
 
 ホテルの玄関が見えた時だった。皆のどよめきが聞こえてきた。僕達は戻るまでかなりの時間が掛かっていたらしい。もう半分以上のメンバーは帰って来ていた。
「なかなか戻ってこないから心配してたのにそういうオチ」若干怒っている女子が数名。
「お前らデキてたのかぁ」驚いている男子が多かった。
「水臭いわねぇ。2年も同じクラスなのにねー」愛が笑いながら言った。
「手をつないでゴールってルールは無かったわよね」彩が沙希をからかった。
 中島は暗いながらも赤面しているのがはっきり判った。僕は慌てて手を離した。
「いや、デキてないから」僕は皆に言った。
「浅野、本当に有難う」中島は深く頭を下げ走ってホテルの中へ消えていった。

 僕は数名の男子からのツッコミは無視して部屋に戻り淳、大、透と集まり話をした。
「俺達は全く成果が無かった。で、慎!お前どうなってんだ!」淳が言った。
「あれは俺が望んでいた結果だ」大も残念そうに言った。
「お前仲間を裏切るようなコトするか?」透も言った。
「いや、ちゃんと話す」僕は冷静に事の内容を話した。
「判った。それならしょうが無い」大は納得したようだった。
「お前だけラッキーなのは許さねえ!」からかいながら透がわき腹をどついてきた。
「まーしゃーねーな」淳も判ってくれた。
「でもさ、中島に訊いたけど好きな奴いないってはっきりいってたよ」僕は大に言った。
「そうか。それが分かっただけでも収穫だったな」大が言った。
「だから頑張れよ」僕は言った。
「うるせー。今日のお前から言われたくないわ!」
「そっか。悪かったな」笑いながら僕は言った。
 
 この後の旅行で僕と中島は一切言葉を交わすことが無かった。変にしゃべろうものなら周りに何を言われるか分からなかったからだ。更に僕の場合は他の女子と話す事も出来ず逆に身動きが取れなくなってしまった。周りが変に気を使って話そうとしなかったからだ。ただ僕もあまり気にしなかったし旅行が終わるまでの辛抱かな?と思っていた。事実その通りになった。


 ピリピリした受験シーズンを終え僕達は卒業を目前にしていた。
 淳と透は私立、大と僕は別々の公立の高校に決まっていた。沙希、愛、彩はやはり別々の都内の私立校だった。
 クラスの皆がそれぞれに寄せ書きの小さなアルバムを書いていた。クラス1人1人の自分だけの卒業アルバムというわけだ。その作業は楽しいながらも膨大でもあった。それまでの付き合いもあるし書く量もある。漫画を描くのが得意な奴とかは特に大変だったと思う。皆に書いて上げなければならなかったからだ。
 またその書き順も個性の分かれるところだった。仲の良い人から頼む子、出席番号順に頼む奴と色々だった。

 ある日、大を含む男子の数名が僕の隣の席でアミダくじをやっていた。
「大、何やってんだ?」僕と淳は訊いてみた。
「大きな声出すなって!こいつらと中島の寄せ書きの順番を決めている所だ」
「だからそれは本人の希望があっての事だろ?」僕は言った。
「俺達は誰が一番先に書くか?って事が大事なんだ。黙っててくれ」
「そうだ。くじで勝った奴に優先権がある。お前らには関係無い」
 僕は苦笑した。確かに公平にくじ引きをするのは紳士的ではあると思う。だが彼らが中島の了承も取らずに勝手に始めていることだ。中島が寄せ書きの最初の男子を誰に頼むかは彼女の勝手である。僕と透はニヤニヤしながら事の成り行きを見ていた。

「浅野、ちょっといい?」中島が僕に声を掛けて来た。
「うん。どうした?」
「あのね、寄せ書きの最初のページに書いて欲しい」
「うん。いいけど」僕はチラッと横を見て言った。アミダくじ軍団の皆、やはり無駄な努力だったな。透は隣で爆笑していた。
「だからデキてるんなら構わないけどはっきり言えよ!」アミダの1人が僕に言った。
「俺達の努力って。。。」
「中島、俺達デキてないよな?」
「うん!」沙希も笑顔で言った。
「じゃここのページに書けばいいのかな?」
「うん。期限は明日でいい?」
「大丈夫。じゃアルバム預かった」
「お願いね」
 僕は真っ白な小さなアルバムを手にした。ここにどれだけの思いが最終的に書き綴られるのだろうか?
 僕は大好きだったロックの曲の歌詞を書いた。中島も姉の影響でその曲が好きだと聞いていたからだ。
 そして卒業式が来た。
 僕は中学になってから人前で初めて泣いた。中1の時は何故か不良の先輩達に目を掛けて貰っており明らかな問題児だった。学校が分離した事で僕は普通の中学生になっていた。しかし中2になってからは反抗期が訪れ正論を振りかざし先生達に食ってかかるような子だった。とにかく曲がった事は嫌いだった。勉強が出来た事と友達は大事にしてたのでクラス委員を引き受けたりもした。明らかに人の2倍3倍は先生には迷惑をかけたと思う。そんな先生が泣いていたのを見ていたら泣けてきた。

 卒業式の後、大と淳は後輩に第2ボタンを取られた。彼らはスポーツで目立っていたのでそんな事もあるだろうと思っていた。僕と透は何事も無く帰っていった。
僕には疑問が残った。何故、中島は最初に寄せ書きを僕の所へ持ってきたのだろうか?バレンタインデーも第2ボタンも彼女は全く行動を起こさなかった。僕にだけでなく誰に対してもだ。その答えは高校になるまで解からなかった。




第二章


 高校1年になり4月も終わろうとしていた。
 僕は弓道部に入りようやく普通に弦が離せるようになっていた。初心者の弓は不思議な物で弦を離す時に「弦が頬に当たる」と怖がっていては弦にビンタされる毎日が続く。構えをしっかり保ちぶれずに離すことで外側に弓が回転するものなのだ。1年の間に初段が取れればという目標に向かって皆で稽古をしていた。
通学は自転車だったが15分もあれば家に着く。どれが最短のルートなのか試行錯誤しながら通学していた時期でもあった。

 ある日の帰宅途中の事だった。
「あれ?浅野じゃない?久しぶりー」
「あ、中島。元気でやってる?都内は通学大変じゃない?」
「そうでもないよ。結構いろんな子がいて楽しいよ」
「今学校の帰り?」
「うん。部活があるから大体この時間かな」
「何の部活入ったの?」
「当ててみなよ」僕はいたずらっぽく言った。
「うん!」彼女も楽しそうに言った。
「ヒント。1.日本古来の物です。2.お茶と同じ様に作法が大事です。3.運動系ですがあまりスポーツではありません」
「えー何だろう。剣道部?柔道部?」
「ブブー。中島さん残念!正解は弓道部でした」
「分からなかった。公立でそんな部活があるなんて反則だよ」
「確かに。市内の高校でも3校ぐらいかな、弓道部あるとこ」
「珍しいよね。それより浅野はどんなきっかけで入ったの?そっちの方が気になる」
「高校の仲良くなった奴らと遊んでてこのまま何にもしないのは良くないって事になってさ」
「うん」
「部活みんなで探してて、やっぱり野球かな?って思ってたんだ。でも坊主頭がどうしても嫌で」
「浅野は中学では野球やらなかったよね」
「うん。小学生の時はずっとやってたけど坊主になるのが嫌でやらなかった」
「で?」中島は目をクリクリさせながら話を聞いていた。
「クラスの女子が話してたんだ。今年の弓道部に男子の入部が無いって。それで困って頼んできたんだ」
「それで断れずに入ったんだね」
「そう。でもよく分かったね」
「浅野、クラス委員になった時の事覚えてる?」
「どうだったっけ?」
「浅野が冗談で峰岸の事を推薦したら決まりそうになって、峰岸は真面目だから泣きそうになって『僕には出来ません』って言い出して」
学級委員は誰も立候補が無く推薦したのは僕だけだった。このため峰岸に悲劇が訪れたのであった。
「あーそんな事もあったね」
「それで悪かったって浅野が引き受けたんだよ。困ってる人がいると見過ごせないんだよね」
「もうあれから2年も経つんだな」
「で、弓道部はどう?」
「袴の女性って素敵だと思う。入って良かった」
「エッチなんだから」
「いや違う。俺って和服とか和風な物が好きなんだって思った。自分でも胴衣着ると気が引き締まるのが分かる」
「そうなんだ。見てみたいな浅野が弓引いてるとこ」
「いいけど惚れるなよっ」笑いながら僕は言った。
「大丈夫。男の子好きになった事ないもん!」
「そっか」
「浅野、来週またここで話さない?」
「いいけど、ここ道端だよ?」
「そうだね。じゃこの先の公園にしようよ」
「分かった。またこの時間でいいよね」
「うん。じゃまたねっ」

 この時僕達は思っていた。肝試しの時はあれだけ会話に詰まったのに何故今は話が弾むのか?
 きっとその答えが知りたかったんだ。


 待ち合わせた公園は家が1軒建つ程度の小さな公園だった。そのため子供達が来る事は少なく静かな場所だった。
「おまたせー」彼女はボーダーのシャツとジーンズという普段の格好で来た。
「いや大丈夫。部活帰りだし待ってないよ」僕はいつも通りの制服を着ていた。お互い着飾らない感じだった。
「中島、学校は慣れた?」
「朝早いけど楽しいよ。都内だから凄く可愛い子とかおしゃれな子が多くてビックリした」
「へー。でも中島もイイ線いってるんじゃないの?」
「ありがと。でも情報とか早くてそれが驚いた」
「そうかもね」
「もう彼氏とかいる子も多くて。女子高だから結構みんなアクティブだよ」
「男子校の奴もそうだって聞くね。出会いが少ない分頑張るみたいだね」
「こんど皆でクラブに行こうなんて話もあるよ」
「それは楽しそうだね!」
「浅野は学校で好きな子とか彼女とか出来た?」
「いや今度クラスの仲の良い男女で飲み会やろうって話は決まってる。酒を飲むかは分からないけどね」
「それも楽しそうだね」
「いや、一部のメンバーはお目当てがいるみたいだけど俺はフォロー役だよ。そんな子いないし」
「浅野らしいよ」
「そっか?」
「前にも言ったけど、単に顔が可愛いとか違うんだ」
「それでいいと思う」
「もうね、めっちゃ可愛く無いとダメ!」笑いながら僕は言った。
「もうー。話そらすんだから」
「俺の周りも結構いろんな話聞くけど自分のスタンスで行きたい」
「うん!そうだよね。そっちの方が大事だよね!」
「中島も今のままがイイしそれで十分可愛いよ」
「ありがと。思ったんだけどそういう所似てるね」
「そうだな」
「曲がった事は?」中島が訊いた。
「キライだよ」
「弱い者イジメは?」
「キライ!」2人で声を合わせて言ってから笑った。
「ロックは好きだよね」
「中島もだよな」
「じゃー、やらしい事は?」興味深々といった感じで中島は訊いてきた。
「苦手だよ。そんな事言わせるなよ!」僕は笑っていった。
「ゴメン。分かってたけど訊いてみた。浅野って中学の時もいやらしいって感じ無かったしそんな噂も無かった」
「そういう目で見るのって失礼だと思ってるんだよ」
「そっか。そうだよね」

「あのさ俺も聞きにくい事訊いていいかな?」
「うん」
「中学の時の寄せ書きなんだけどなんで最初に俺の所に持ってきた?」
「肝試し。覚えてるでしょ?」 
「うん」 
「私、今でも男の子を好きになったこと無い」
「そっか」 
「勉強ができるとかスポーツができるとか面白いとかカッコいいとか、分かるんだけど好きとは違う」
 この子も同じだった。
「あの時、浅野は飴くれて手をつないでくれた。私すごく怖かったの。だからそうしたんだよね」 
「うん」 
「男の子の事であんなにうれしかったこと今まで無かった」 
「だから周りの目を気にしないで手をつないだ。寄せ書きも、か」 
「人の話を先に言うの無しにしようよ」
「分かったよ」2人は笑った。

「今凄く興味があることがあってさ」
「え?何?」
「昔に作られたものでも今でも全然楽しめる物ってあるじゃん。音楽でも映画でも」
「うん。」
「学校で見た喜劇の映画、チャップリンだっけ?あれなんかそうだと思うんだ」
「白黒の映画だったけど楽しかったよね!モダンタイムスだっけ?笑ったよね」
「あれってさ『時を超える物』だと思うんだ」
「うん。分かる」
「ああいった物を見たり聞いたりすることが今は楽しい」
「じゃ今度会う時は何か見つけてこようよ。時を越えるモノ」
「うん。いいよ」
「じゃそれ宿題ね!」中島は言った。
「どんな宿題だよ!」2人は笑った。
 そして家へと帰っていった。


 翌週も同じ公園で会った。5月の木々の香りが僕達を包んだ。彼女の制服を見たのは初めてだった。家で勉強をしていたらしい。僕は宿題の答えを持ってきていた。沙希も持ってきていた。
「私TVで見ちゃった。白黒で古いけどあんなに泣いた映画は無かった」
「同じ答えみたいだね。カサブランカだろ?」
「うん。やっぱり浅野も見たの」
「どんなかなー?って見たら面白くて最後まで一気に見れた」
「やっぱり」沙希は笑顔で言った。
「俺がよく解らなかったのは再会した後に彼女が惚れ直してしまう所。だって一応人の奥さんでしょ」
「そうそう。でも揺れていたと思うの」
「俺も揺れているのは分るけど惚れ直すような事はどうかな?って思ったんだ。女性ってああいうもの?」
「あの状況ならどっちが好きでも分からないと思う。私がびっくりしたのはね」
「うん」
「最後のシーンなんだけど二人で一緒に飛び立つと思っていたの」
「うん。アメリカの映画だし、普通映画ってハッピーエンドで終わるものだと思ってた」
「だけど実際あんなことが起きたら。。できないよ。。」
「そうだね。俺なら約束してる訳だから二人で逃げるね」
「そうだよね。私も同じ。だから泣けたよ。ハッピーエンドじゃない映画なんて見たこと無かった」
「でも思ったんだ。あれが大人って奴じゃないのかな?」
「うん、そうだよね。私もそう思った」
「だからイイ映画なんだよ」
「そうだね。あんな素敵な恋愛をしてみたいな」沙希が言った。
「そのうち出来るって!」

 しばらくして沙希が言った。
「浅野、私ね彼氏っていうのかな。出来たんだよ」
「おおー」僕は素直に驚いていた。
「伊藤だよ」
「なんだ大か。高校の友達つながりかと思った。で、どうして?」
「中学を卒業した後に申し込まれて」
「うん。あいつ中学の時からお前の事好きだったしなぁ。でもあれ?男の子好きになった事ないって。。」
「学校の友達とか彼氏いたりするでしょ?」
「話を聞いているうちにちょっと寂しくなったわけだ」
「なんで分かるの~」
「まーいいと思うよ。長い事付き合ってるけど大はイイ奴だしさ」
「でも友達の延長だよ」
 僕達はしばらくお互いの目を見ていた。そしてプッと笑い始めた。話の最中に僕が女の子の目をこれだけの時間見たのは初めてだった。それは沙希も同じだった。
 また僕も沙希も異性とこんなに話したことは無かった。偶然ではあるが沙希と僕はかなり考え方が似ていた。
生い立ちや環境は違い性別も違うのに何故似ているのだろう?それは口に出さなかったが2人が物凄く面白いと感じている点だった。
 また物事を考えるスピードがほとんど同じだった。だから安心して話が出来た。


 そして翌週になった。公園には雨が降っていた。梅雨の時期が近づいていた。中島はいつもの服、僕も制服だった。僕達は傘を差し話した。
 テーマは決まっていた。「ルパン3世カリオストロの城」だった。
 最高の出来だと思った。二人でどこが良かったのかと話が弾んだ。

 若干雨が強くなってきていた。彼女のひざ下が濡れているのが分かった。僕は中島に言った。
「中島ちょっと濡れてるみたいだから俺の傘使いなよ」
「え?」
「なんか俺の傘一回り大きいだろ。だから交換しよう」僕の持っている傘は男物で通常の傘より何故か大きかった。
「本当だ大きいね。ありがとう」
 沙希は傘をたたみ僕の傘に入ってきた。
「女物の傘を浅野が持つって変でしょ?だから入れて」
「ああいいけど」
「こっちの方が雨音に遮られないし話しやすいよ」
 僕は沙希が濡れないように彼女の方に傘を傾けた。沙希は僕の手を上から握って傘を真っ直ぐにした。
「それじゃ浅野がびしょ濡れになるでしょ」
 僕達はしばらく見つめ合った。しかし僕達にいやらしい考えは全く無かった。僕は黙って彼女の方に傘を傾けた。
「雨に濡れるのは男だけでいいんだ、ってなんか本か映画で無かった?」照れ隠しにそう言った。
「ありがと。うれしい」笑いながら沙希は言った。
「そういえば中島ってクラリスに似てるな。可憐な所や透明な感じがさ」
「えーそうかなぁ」
「クラリスより細くて背が高いけど感じは似てる」
「浅野もルパンに似てるよ」
「どこが?」
「足首の細い所」沙希は笑った。
「それ褒めてるんだか分かんねーよ」僕も笑いながら言った。

 沙希は思っていた。本当はそうやってサッと傘を出すような所が似てるんだよ、恥ずかしくて言えないけど。そう考えながら傘を持つ彼の手を強く握った。
(中島、このまま手を握っていてもいいの?)浅野の目はそう言っている様に見えた。
「私達、手をつなぐのは初めてじゃないよ」私はそう言った。
「そうだった。でも、よく考えてる事分かったな」
「うん。よーく知ってるんだから」私は浅野の目を見ながら笑って言った。
「そっか。でもそれはお互い様だね」浅野は笑った。
「うん!」私も笑顔で応えた。
 彼にいやらしい考えは微塵も無くむしろ逆だった。だから私もこんなに楽しく過ごしている。何で相手の考えている事がこんなに分かるんだろう。本当に時間の経つのが早かった。今度会ったら家の話をしてみようと私は思っていた。


 本格的に梅雨に入った時の事だった。
 いつもの公園で沙希と話している時だった。中学の時同じクラスだった松本が通りかかった。松本は僕と同じ高校だった。
「あれ?お前達何話してるの?」
「いや、大した話じゃない」僕は松本に言った。沙希と1つの傘の下で話して無くて良かったとホッとした。
「浅野お前勉強もしないでこんな所いていいのか?お前この間のテストさんざんだったんだろ?」
「大きなお世話だよ」
 実際、僕は全く勉強をせずにテストに望んだ。それは中島のせいでも何でも無い。僕が決めた事だったからだ。僕は学年の上位で入学していた。初めての試験で努力した人とどれだけ差が出るのかな?と思っていた程度だった。
「中島もさ、こんな奴と話してもしょうがないぜ」
 沙希は微笑みながら無言を貫いた。僕も彼女同様途中から黙っていた。松本は次第に黙り帰っていった。
 僕と沙希は彼が去った後、2人で顔を見合わせ吹き出した。
「まー勉強してない俺も俺だけどね」僕は笑った。
「カッコつけたがりの松本があんな事言うなんて思わなかったぁ」沙希は言った。
「あいつ入試でギリギリだったから俺に勝てたのが嬉しいんでしょ」
「ああ言うのを『男を下げる』って言うんだよね」
「そうだね」

「傘入っていい?」
「うん。いいよ」僕達はいつもの様に手をつなぎ傘を差した。
「あのね、今私の家が結構大変な事になってるんだよ」沙希は珍しく不安気に話し始めた。
「ええっ!初めて聞いたよ」
「今ウチのお父さん給料貰ってないんだって」
「何で?働いてるんでしょ?」
「うん。お父さんこの4月から会社を任されてね」
「うん」
「まだ出来たばかりだから利益も出ていなくてお給料貰って無いんだって」
「それは大変だな。何か手伝える事ある?」
「大丈夫だと思う」
「ちょっと雨冷たいから暖かいもの飲もう」
 僕は公園の横の自販機でミルクティーを2本買い沙希に渡した。
「いや、奢ってとかそんなつもりじゃないよ」
「分かってる。ちょっと考えをまとめたかっただけだよ」
「ありがとう」彼女はミルクティーを飲まずに手を温めていた。
「それでお父さんの部下は給料貰ってるの?」
「それは何とかしてるみたい。働いてくれてるからって」
 僕はお茶を飲んだ後に沙希に言った。
 
「それは会社の分社化だな」
「え?」
「お父さんある程度大きな会社に勤めてるだろ?」
「そうみたい」
「で、あるセクションで新しい技術や商品で利益が出るとする」
「うん」
「それはどこまで伸びるか解らないから子会社として独立させる。今の財閥系を含む造船や鉄鋼も元は全て会社じゃなくて係や課だったんだ」
「そうなの」
「それが分社化して大きくなりグループ内の大会社になる」
「凄い。よく知ってるね」
「中島のお父さんはその分社の社長を任されたんだと思う」
「そうなのかな」
「で、ここからが肝心なんだけど」
「うん」
「お父さんは会社を任された責任感であえて自分に給料を払っていないんだと思う」
「え?お給料を貰えないんじゃないの?」
「違う。子会社でも社長だから給料を出す事は簡単だ。責任者だからね」
「そっか」
「でも利益を早く上げる為に自分の人件費を削り頑張っているんだと思う。会社で一番高い人件費は社長の給料だから」
「うん」
「分社化して大きくなるかどうかは分からない。逆の場合もある。でも分社が倒産しても元に戻るだけだから中島が路頭に迷う事は無いよ」
「そうなんだ。ちょっと安心した」
「それよりもそんな大きな勝負をしているお父さんを誇りに思うべきだ」
「勝負?」
「分社の社長なんて誰でもなれるものじゃないし絶対の勝算は無い」
「うん」
「男が社会に出ている以上、そんな勝負が出来るチャンスなんて少ない。勝てば貰っていない給料を倍で貰っていい位だと思う」
「預けとくみたいな?」
「うん。だけど子会社を潰す事もあり得る。その場合は出世の目が無くなる」
「そっかぁ」
「だからそういうふうに自分の器を超えるかどうかの勝負が出来るお父さんは立派なんだ」
「負けた場合は器を超えちゃってるんだね」
「残念だけどそうだね。でもその勝負をさせるのが大会社の宿命でもある」
「うん!判った」中島は理解したようだった。
「いいよね。そんなお父さんがいて。俺の親父は普通の公務員だから」
「でもハラハラすることも無いでしょ?」
「無い。でも俺は自分の技術や個性で活躍してみたいと思う。普通の公務員で平穏な毎日なんて嫌だ」
「解るな。浅野のそんな所」
「ま、学生の俺が言うのもどうかと思うけどねっ!」僕は笑った。
「そうだね!でも教えてくれてありがとう。お父さんを見る目が変わったよ」沙希も明るく応えた。
「そっか」
「私、夏休みバイトすることに決めたから」
「お父さんを助けるんだね」
「うん」
「偉いよ、そんな所。俺も将来さぁ、恋愛でも仕事でも自分の器を越えるような事があるといいな」
「でも超えちゃったら?」
「自分の手に余る、小さいなって笑うしかない」
「そんなこと無いよ。浅野がこんなに知ってるなんて思わなかった」
「だからテストだけじゃ無いって」
「そうだね」沙希は笑い始めた。


 僕達は3日に1回は会い、最低でも2日に1回は電話で話す様になっていた。彼女からの電話も多かった。僕は沙希の家の事は常に気にかけていた。おそらく彼女の母は家計を支えるべく外に働きに出ていたと思う。電話で話した事は1度も無かった。彼女の姉がたまに出てくる程度だった。会っている時もほとんどお金を使う事は無くたまにジュースやチョコを買って食べる程度だった。会うのはいつもの公園だったし彼女も服にはほとんど気を使っていなかった。おそらく服が多くないのは女の子だから気にしてたと思う、だが彼女の家の事があるから僕は一切気にしないようにした。実際に会えばお互いがほとんど顔しか見て無かったから気にもならなかった。
 今考えても凄い事だと思う。相手の考えている答えを言う事が当たり前だった。まるでしりとりの様に。

 珍しく晴れた日の事だった。
「ビートルズって解散してそれなりだけど名曲が多いんじゃない?」沙希が言った。
「俺も中1の頃は良く聞いたり映画館行ったりしたよ」
「私も姉が好きだったから良く一緒に聞いたよ」
「やっぱり時を越えるバンドかな?」
「でもね前期の曲はそんなに名曲じゃないと私は思う」
「うん」
「なんか聞いててストレートすぎるっていうか」
「青臭い感じだよね」
「うん!そうそう何か聴いてて恥ずかしくなる」
「そうだね」
「でも後期の曲はメンバーが代わっていないのに名曲が多いよね」
「あー今言おうと思ってたのに!」僕は言った。
「私達が好きなロックにもそんな名曲があるのかな?」
「うーんきっと時を越える名曲を今聞いてたりするんじゃない?」
「そっかー。ビートルズは今のバンドじゃないしロックっていう感じじゃないけど、たまに聴くといいよね」

「浅野は推理物とか好き?」
「中学の時には毎日1冊は本を読んでいたから一通りは読んだよ。ドイルとかアガサ・クリスティーとか」
「私もね、推理小説は結構好きだよ。でもね私には探偵は」
「無理」2人で言って笑った。
「じゃ何で無理なのか?ヒントね」
「うん」
「1.ホームズ、2.ベーカー街221番地、3.階段」沙希が言った。
「4.ボヘミアの醜聞、5.階段を数えたり覚えてるのは無理」僕が続けた。
「あー答えまで言っちゃって。ホント話の先するの好きなんだから」
「ゴメンよ。でもお互い様だろ」
「そうだね」僕達は2人で笑った。
「そういえば先週の日曜日、伊藤と会ったよ」沙希はいつもの感じで言った。
「おおっ」
「伊藤の家で一緒に勉強した」
「へぇー。そういうのもいいよね」僕も普通に言った。
「なんか久しぶりに連絡があって1ヶ月ぶりぐらいに会ったよ」
「あのさ、訊きにくいこと言っていい?」
「うん。いいよ」
「あのさ、お前が言うやらしい事とかするの?」
「名探偵さん、どうでしょう?」沙希は楽しげに質問をした。
 僕は非常にいけない質問をしている事に気が付いた。男女の仲を詮索するほど失礼な事は無い。何気無く訊いていた自分が惨めに思えた。すると彼女は明るく言った。
「やらしい事が嫌いなの浅野よーく知ってるでしょ?」沙希はいたずらっ子のような目で僕を見た。
「ゴメン。高校生ならありかな?って思ったんだ」僕は申し訳なさそうに言った。
「周りがどうあれ自分のスタンスが大事だって浅野が言ったんだよ」彼女は微笑みながら言った。
「そうだね」
「そんな事ずっと先でいいよ。私まだ子供だもん!」
「そっか」
「でも素敵な恋愛には憧れちゃうな」
「うん。もう少し大人になったら出来るよ」僕は言った。
「そうだね。楽しみだね」沙希も応えた。

 それからも僕達は音楽の話と推理物の話をした。いつもの公園でいつもの服装。時間は3時間を越えていた。
 だがそんな楽しい時間も終わりを告げようとしていた。




第三章


 沙希から電話が掛かって来た。もうお互いの生活パターン等は分かっており、迷惑にならないように家へは電話していた。お互い晩ご飯前に電話を掛ける事が多かったのだが、その日の電話は夕方の4時位だった。
「あのね、昨日お父さんに訊いてみたらこの間の話、大体合ってたみたいだよ」
「うん。それで今はどんな感じ?」
「何とか秋までにはメドが立ちそうだって。お給料も何とかなるみたい」
「おお!良かったね」
「でもね夏休みのバイトは決まっちゃってるし、やる事にする」
「そうか」
「まだどうなるか分からないしお小遣いも欲しいから」
「うん、偉いな」
 それで早い時間に電話してきたのか。と思っていた時だった。
「あとね、昨日珍しく伊藤から電話があったよ」
「へー」
「また来月になったら勉強しようって」
 僕は黙った。僻みからではない。
 僕と伊藤は小学生からの友達だ。友達の延長とはいえ伊藤と沙希は付き合っている。僕は?と急に罪悪感に襲われた。
「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」僕は真面目に沙希に言った。
「うん」彼女も僕の感情の変化に気が付いたようだった。
「伊藤からどれぐらいの割合で電話あるの?」
「2週間に1回あるかないか」僕は明らかにまずい!と思っていた。
「そっか。俺と中島は週に何回位会ってる?」
「3日に1度」
「電話は?」
「2日に1度」ここで僕の思っている事が彼女にも解った様だった。
 僕は間髪入れずに彼女に訊いた。
「すぐこれから会いたいんだけど大丈夫?」
「うん。いつもの公園に行くね」彼女も事態を把握したようだった。
 僕は霧雨の降る中、いつもの傘を持ち自転車に乗った。


 僕が猛スピードで公園に向かったせいなのか分からないが彼女は若干遅れてきた。心の準備があったのだと思う。
 彼女は霧雨の中、傘を差さずに歩いてきた。それが自分への戒めである事は明白だった。
「中島、何やってんだよ!俺の傘使えよ!」僕は初めて彼女に対して怒った口調で言った。
「ごめんね。悪女ってこういうのを言うのかな」彼女は目に涙を溜めながら横を向いて話した。
「だからって自分責めてもしょうがないだろ!いいから傘使え」僕は彼女が濡れているのを見て自分自身に怒っていた。
「浅野の傘には入れないよ」
 彼女が考えている事は良く分かっていた。それだけに身を切られるように辛かった。それを思うと僕は何も言えなかった。
「いいかげんな気持ちで伊藤と付き合うんじゃなかった」
「でもここに逃げずに中島も俺も来てる。お前がずるいのがキライなの良く知ってる。それだけで十分だよ」僕は傘を差し出した。
 沙希は顔を左右に振った。そして傘に入ろうとはしなかった。
「浅野はいつも大きな傘で私を濡れないようにしてくれた」 
「そんなのあたり前だろ」 
「自分が濡れても私の事をかばってくれた」 
 僕は傘を沙希の方に差し出したままだった。彼女だけを濡らす事など僕には出来無かった。
 霧雨の降る中2人はそのままでいた。僕は沙希をずっと見ていたが彼女は下を向いたままだった。
 しばらくして沙希が顔を上げた。
 自分の言う事に後悔はしない!という凛とした態度で僕の目を見て彼女は言った。

「私、浅野が好き」

 少しの間目を逸らす事無く沙希は僕を見ていた。だが自分の言った事の大きさに耐え切れなくなったのだろう、下を向いて声を出し泣き出した。
 告白ってこんなに真剣なものなのか。その決意に驚いたと同時にもの凄く胸が痛かった。
 僕は沙希が濡れない様に傘を差し出し、少しして彼女は受け取った。そして沙希が泣き止むまで付き合った。
「中島、こっち見て」僕はやさしく彼女の肩に掛かる髪を触った。
 彼女は顔を上げた。大丈夫、一人で辛い思いはさせないから。僕は優しく彼女に言った。

「俺も中島の事、大好きだ」

 沙希は僕の言葉で再び涙していた。だが2人はお互いの目を見ていた。彼女を見ていると胸が詰まって僕も涙が出そうだった。

「初めて女性を好きになって告白したよ」
「私もだよ」
 次の言葉はほとんど同時だった。
「こんなに辛いなんて知らなかった」

  いつもは傘を持つ僕の手を沙希が包むように握っていた。
「今日は俺に手を握らせて欲しい」 
「好きなだけ握っていいよ」 彼女は微笑みながら手を出した。
 僕は優しく彼女の手を取った。
「浅野の手、こんなに暖かだったんだ」
 沙希は天使のように微笑んだ。
 この手を離したら、別れの時だ。僕は覚悟を決めていた。


 僕は沙希とつないでいる手を見ながら目を閉じ祈った。
「時間よ、このまま止まってくれ!」 
 沙希も目を閉じ祈っていた。 
「お願い!時間を止めて!」

 僕は少年で彼女は少女だった。どんなに顔が近くてもキスという考えすら無かった。お互い名前で呼ぶ事すら恥じてできなかった。だがお互いを感じていた。どれくらいの時間が経ったのかも分からなかった。
 それからだった。

 目を閉じた彼女は真っ暗な空間にいた。だが彼の手のぬくもりをはっきり感じていた。いつかの肝試しのような不安は無かった。少し経つと遠くから白い輝く玉のようなものが見えてきた。それはゆっくり近づいて来て彼女はいつの間にか白い空間にいた。暖かな大きな空間に。

 目を閉じた僕は彼女の手のぬくもりを感じながら覚悟を決め願っていた。そして同じ事が起きていた。遠くの方から白い玉が近づいてきて暗闇を照らした。それは蛍の灯の様に光る何か白く大きな玉だった。 そのあと僕は暖かな真っ白い空間にいた。

 2人は遠く前の方から軽く引っ張られている感じがした。やわらかな玉の様な光にゆっくりと引っ張られている。その光が自分自身であると言う事をお互いに感じていた。 しばらくするともう1つの玉が見えた。それらはお互いを呼び合っているようにも見えた。2つのふわふわした物はゆっくりと近くなり次第に明るくなっていった。そしてそれは1つになり大きくなり更に暖かく光った。

 その時だった。
 手をつないだ2人の体に大きな衝撃が走った。
 鳥肌を立て感動した時に近い。が、ショックはその比では無かった。
 僕と彼女は目をすぐ開いた。 
 手は握ったまま同時に言った。 
「スゴイ!」 
「凄い凄い何これ!」彼女も興奮していた。
「びっくりした!」僕も同じだった。 
「白いのがゆっくり1つになったらドーンって!」 
「そうそう!!」 
「あの白い光って?」 
「解かった!」 
「私も!」 
「魂だよ!」2人で言った。 
 しばらく2人は興奮していたがやがて落ち着きを取り戻した。
「なんかはっきりした形じゃなかったよね」 
「うん。ふわふわした感じ」 
「でも、在る。みたいな感じだったね」 
「存在してる!って感じだった」 
「神聖な感じだったよ」 
「こんなに凄い事だったんだね。お互い好きになるって」


「私、ちょっとだけ泣いていい?」 沙希は言った。
 僕は少し驚いたが優しく言った。
「好きなだけ泣いていいよ」 
 彼女が泣いているのを見て理解した。
 嬉し泣きなんだ。分かるよ。初めて告白した相手に告白されたんだから。
「浅野を好きになって本当に良かった」泣きながら彼女は話した。
「私、今日の事、絶対忘れない」
「俺もだよ。絶対忘れない」 
「運命とか親とかに感謝したい」
「私も」 
 しばらくすると沙希も泣くのを止め2人ともほっとした気持ちになっていた。 
「私の両親もさっきみたいなの体験したのかな?」 
「当たり前だろ。じゃなきゃお前が生まれるわけ無いよ」 
「そうだねっ」彼女は笑った。 

 もう別れの時が来ていた。僕はそっと手を離した。 
「そろそろ帰るよ。サンキュ」 
「ありがとう」彼女もしっかりしていた。 
「友達2人を同時に失うなんて俺にはできない」 
「私も家でゆっくり考えてみるね」 
「うん」
「また連絡するね」 
 霧雨はいつの間にか止んでおり爽やかな初夏の夕暮れ時の風が吹いていた。
 そして2人はそれぞれ帰っていった。


 数日が経った。僕は部活も勉強も手に付かず中島と伊藤の事だけを考えていた。もちろん伊藤が別れ、僕が中島と付き合うという悪魔の様な考えも浮かんできた。だがそれはありえなかった。沙希の性格は十二分に理解していた。僕が考える事は彼女も考えているだろう。答えは予想しており、それに対する僕の行動はどうする?そればかりを考えていた。

 そして1週間が経ち彼女から手紙が届いた。

「いろいろ考えました。 
 伊藤とは別れます。 
 自分に嘘は付けません。 
 でもあなたとも付き合えません。  
 この間の言葉に嘘はありません。 
 あなたが今でも大好きです。」 

 予想通りだった。彼女は自分を犠牲にするつもりだ。彼女も俺もずるい事は大嫌いだ。どちらかを取れる訳がない。会う機会が減っているとはいえ中学を共に過ごした仲間なのだから。 
 僕もすぐに返事を出した。

「馬鹿な事は書かないように」

 そして翌日沙希から電話が掛かってきた。 
「私、真剣に書いたよ!バカな事なんて書いてない!」珍しく彼女は怒っていた。 
 悩んでいる沙希の事を考えると辛かった。
「分かってる。でも伊藤は何も知らない」 
「それじゃ。。」 
「そのまま付き合ったらいい」 
「。。。」
「あいつは悪い奴じゃない」 
「知ってる」
「今すぐに別れたら伊藤と俺に対して罪悪感しか残らないと思う」 
 沙希は黙っていた。
「たまにしか会わないんなら付き合っとけよ。そのうち好きになるかもしれない、別れるかもしれないけどね」 
「浅野は?」 沙希が訊いてきた。
 僕も真剣に考えていたんだ。ずっと。 

「お前は俺が初めて好きになった女性だ」 
「私もだよ」 
「それで十分だよ」 
「嘘!その程度しか私の事好きじゃないんだ」
「違う」 
「私、本気で好き。本気で悩んだ」 
「俺もだよ」 
「もしそうなら、そんな風に考えない。私あなたとすごく似てるもん」 
 刺さった。心臓を刃物でえぐられるように痛かった。 

「自分の幸せなんかどうでもいいんだ。大好きな女が幸せなら。だから、ずるい事しないで前向いて歩こう」 
 しばらく彼女は黙っていた。
「分かるよな。俺が言っている事」
 泣きながら彼女は言った。 
「浅野、最後まで傘を差してくれるんだね」
「同窓会でまた会おうな」僕は優しく言って受話器を置いた。



 そして高2の夏に同窓会があった。
 伊藤と沙希は付き合っていたと思うが、沙希は何故か僕の隣に座った。
「弓道部の試合の写真あげるよ」 
「わー、カッコいい。ほんと『和』って感じだね」
「試合だから型は若干悪いかも」 
「こんなイイ目で試合してるんだ。ありがとう」彼女は素直に喜んでいた。
 僕達が話し込んでいたところに他の奴が寄って来た。
「なんでお前だけお酌してもらってるんだよぉ」 
「夫婦みたいじゃんか!」 
「デキてるんなら言えって言ってるだろ!」 
「デキてないよな?俺達」僕は笑って言った。 
「うん!でも他の人にはお酌しないからねっ」沙希も笑っていた。 
 僕達は顔を見合わせ笑い続けた。