名優、大森南朋(なお)さんが退場です。
 いつもながら、大森さんが画面に出ると芝居が締ります。
 そして、奥様・富さんとのシーンは(手紙ですが)泣けます・・。

第28回「武市の夢」
 2010/07/11放送
 龍馬(福山雅治)は、武市半平太(大森南朋)を助けるために、吉田東洋を殺したのは自分だと後藤象二郎(青木崇高)にうそをつく。
 後藤は逃げ去った龍馬を全力で捕らえようとする。
 一方、龍馬が土佐に現れ、自分が東洋殺しの下手人だと認めたことを聞いた山内容堂(近藤正臣)は、武市の牢(ろう)を訪れる。容堂は、尊王運動と土佐藩との板挟みになりながらも土佐藩に忠義を尽くそうとした武市と、徳川家のやり方に納得せずとも徳川家に忠義を尽くさなくてはならない容堂自身が似ていると武市に話す。容堂の予期せぬ優しい言葉に、武市は感激するのだった。
 その夜、龍馬と岩崎弥太郎(香川照之)は武市の牢に忍び込む。龍馬は自分が罪をかぶり、武市を助けようとしたことを話す。しかし、武市は自ら罪を認め切腹する決意を語り、龍馬には日本を変え、異国から日本を守ってほしいと話す。以蔵(佐藤健)はざん首、武市は切腹と刑が決まる。
 大坂に戻った龍馬は近藤長次郎(大泉洋)や沢村惣之丞(要潤)たちに、自分たちが海軍操練所で身につけた航海術を使って、日本を変えていくという決意を語る。

 次回から、第轡掘璽坤鵑始まります。いよいよ、佳境ですね。


 要潤さんが演じている、沢村惣之丞(さわむら そうのじょう)さんにについて
 土佐国土佐郡潮江村(現高知県高知市潮江)の浪人の子として生まれる。間崎哲馬に師事し、学問を学ぶ。その後土佐勤王党に加入。
 文久2年(1862年)に吉村寅太郎と共に土佐藩を脱藩。武市半平太への現状報告のため一時帰国するが、その後坂本龍馬らと再び脱藩している。勝海舟の門下生となり、海援隊に属す。

 慶応3年(1867年)には坂本龍馬殺害事件の容疑者であった三浦休太郎の暗殺計画に参加するが、失敗に終わった。

 翌年には維新の混乱から無人状態となった長崎奉行所に、沢村ら海援隊の人間が中心となって入居し、長崎の町を警備した。
 しかし1月14日の警備中、薩摩藩士・川端平助を誤殺してしまう。沢村は薩摩藩との軋轢を恐れ、海援隊本部で、薩摩藩側でさえ止めたが割腹した。享年26。(ウイッキさんより)

 筋を通した人生でしたね。

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