〜一期一会〜 人と人との出逢いは、偶然なのか必然なのか・・・

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今日をたのしみに この1週間頑張ってきた

と言っても過言でも(は)ない

テレビにかぶりつき笑笑 ようやくっ後編が始まった

 東日本大震災から丸10年

あの日に起きたこと 人々を襲った悲しみと苦しみ

失ったものを「忘れてはいけない」という思いで 

追い続けている ドキュメンタリーシリーズ「わすれない」

家族や仲間 故郷を失った少年と少女が 

歩んできた10年でもある 先週前編が放送されての 今日が後編となる


「もう取材はこれで…」そう口を開いたのは

石巻・大川小の「てっちゃん」 21歳になった只野哲也さん

只野さんは 大川小で奇跡的に生還した 児童4人のうちの1人である

全校児童の約7割 74人の幼い命が津波で犠牲になった大川小学校で

多くの仲間と最愛の母・妹・祖父を失いながら 奇跡的に助かった彼の10年…

向けられる たくさんのカメラとマイク

人々に注目され続け 一挙手一投足までを 

メディアに取り上げられる日々 

そんな哲也さんは今 まさに苦しみの中にいるらしいのです

明かされたのは 警察官になるという目標を失い

4月から進学する大学で 

災害救助ロボットの研究などに 取り組む予定であったが 

自分の進む道を見失い 中退したという…

そんな彼が歩み 背負ってきた 10年を巡る“旅”に出るという

そして「このままだと生きているようで生きていないような…」という苦悩だった


「これからは 誰かのためじゃなく自分のために時間を使いたい だからもう取材はこれで…」

打ち明けてくれた彼の本心 

本当に複雑で繊細な哲也さんの思いが こちら側にも ヒシヒシと伝わってきた…

津波は同小3年で妹の未捺(みな)さん(当時9)  
母のしろえさん(同41)
祖父の弘さん(同67)の 3人の命を奪っていった

津波が押し寄せる直前 しろえさんは車で学校に来てくれた

いったん自宅に戻るというので 持っていたヘルメットを渡そうとすると

「いいからかぶっていなさい」と言い 

妹のランドセルだけ受け取り 帰宅して津波に遭った

只野さんはそのヘルメットを 避難時に頭に着けていた

「ヘルメットをかぶっていなかったら、自分も危なかったかもしれない
母は消防団の道具を取りに 自宅に向かったのだと思う」と責任感が強く
優しい母を思い出す

また未捺さんは避難する際 自分と同じ列のどこかにいたはずだ

「自分も校庭にいたときは津波がここまで来るとは思えなかった」と

妹を救えなかったことを悔いる

最愛の家族を 失ったつらい思いを胸に

只野さんは語り部として 経験を後世に伝えることを決心した

3月11日はしろえさんの誕生日でもある

これまで震災のことを 話すのは大人とばかりだったという

只野さんは「次代に伝えていく」と言い切っていた


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誰のせいでも 無いんだと思うが しかし 被災地のこの子達や大人達も

報われるときが かならずくることを 切に願う

涙がまた 止まらない…   がんばれ てっちゃん❗️




 主題歌 サンサーラ 中孝介

https://youtu.be/mzZP33OIcAo



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