旅途愉快の「一乗一会」

本日もご乗車ありがとうございます。 旅行記やたまたま出てきた写真・動画などを載せています。 当ブログはその「乗り物」との出会いと思い出のアルバム作りです。 更新が滞ったり、コメントのお返事が遅れたりしますが、どうぞ宜しくお願いいたします。 ブログの内容は趣味の鉄道や飛行機など乗り物がメインになります。 とにかく、昭和の電車・気動車が大好き。 ブログページ表示完了まで少々お時間がかかる場合がありますのでご了承下さい。

2016年6月 陰陽・ばたでん・本四連絡ルート 7(因美線)

           
この日は共和国へ帰還の日です。
でも、コロプラをやっている以上、ただでは帰りません。



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早朝5時前にアジトをチェックアウトしました。
アジトは駅前でしたので、駅からもアジトが見えます。



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まだ人影もほとんどない早朝の鳥取駅。



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改札へ向かったら、改札は閉まっていました。
で、改札前にはこんな看板が・・・・。
はい、深夜早朝時間帯は改札は無人になるようです。
県庁所在地の駅でこのようになるのは珍しいと思います。
いくらなんでも、他の駅では少なくとも事務室寄りのゲートくらいは開けていますからね。

せめて、改札のゲートは係員が開けるのだろうと思っていたら、常連の客らしき人が改札のゲートを開けて通って行きました。まごまごしていたよそ者2~3人は常連のお客が通った後に続いて改札を抜けていきます。



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乗るのは因美線5:18発智頭行651Dです。
キハ121を先頭にしたキハ121+キハ126が2両の3両編成。

鳥取~智頭の普通列車で、朝5時台のこの鳥取発智頭行きの始発列車の651Dは、智頭駅で折り返し6時台の米子行きの始発列車になっており、この列車に限りキハ121・126形気動車で運転されています。
その他の普通列車は智頭急行のHOT3500形や若桜鉄道のWT3000形・WT3300形、JRのキハ47・キハ120で運転されます。



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因美線は鳥取県鳥取市の鳥取駅から岡山県津山市の東津山駅に至る70.8 kmの単線・非電化の路線です。
因美線内では特急列車を除き鳥取駅→ 津山の方向が下り、逆が上りですが、山陰本線・智頭急行線直通列車は因美線の列車番号に合わせるために普通列車のみ米子~鳥取・智頭~上郡で上下が逆転します。
特急列車は鳥取駅に向かう列車が下り、逆が上りになります。
鳥取~智頭は米子支社鳥取鉄道部が、土師~東津山は岡山支社が管轄しており、智頭駅の上り場内信号機から土師方の中村第一踏切(智頭急行智頭線との共用踏切)と、その先の中村第二踏切の間に支社境界が存在します。智頭線との並走区間を米子支社管内に含めた関係で、支社境界は閉塞区間の途中にあるが、運転系統や運転指令所の面では智頭駅を境界駅と位置づけています。
なお、管轄が分けられた1991年以前は、東津山駅構内を除く全線が国鉄時代は米子鉄道管理局、JR発足後は米子支社の管内でした。

因美線の歴史は1919年(大正8年)12月20日に因美軽便線 鳥取~用瀬が開業したのに始まり、1922年(大正11年)9月2日に軽便鉄道法廃止により軽便線の呼称が廃止され、因美線に改称されました。

1923年(大正12年)6月5日に用瀬~智頭駅が延伸開業。
一方、南からは1928年(昭和3年)3月15日因美南線の津山~美作加茂駅が開業。北側の因美線は因美北線に改称。

1931年(昭和6年)9月12日に因美南線 美作加茂~美作河井駅間 (7.3km) が延伸開業、翌年の1932年(昭和7年)7月1日に智頭~美作河井 (16.6km) が開業し因美線が全通。
因美北線が新規開業区間と因美南線を編入し因美線に改称して現在に至っています。

1936年(昭和11年)10月10日に東津山~津山駅間 (2.6km) が姫新線に編入されて、因美線の起点・終点は東津山に変更されています。
起点の鳥取駅で山陰本線に、終点の東津山駅で姫新線に接続していて、正式には東津山駅が終点ですが、智頭駅・美作加茂~東津山に運転されているすべての列車が津山駅まで乗り入れます。

かつては全線が津山線とともに岡山と鳥取を結ぶ陰陽連絡路線の役割を果たしていました。
しかし1994年(平成6年)12月3日に智頭急行の開業後、鳥取と岡山を結ぶ列車が智頭急行智頭線を経由するようになったことで、陰陽連絡の役割は智頭線経由の列車が走る智頭以北のみとなり、智頭駅以南とで役割を異にするようになりました。
それにより全線を通して運転される列車は現在はありません。

鳥取~智頭では、智頭急行線を経由する倉吉駅・鳥取~京都の特急「スーパーはくと」と鳥取~ 岡山の特急「スーパーいなば」が運転されており、この区間は普通列車はおおむね1~2時間に1本程度が運行されています。
鳥取~津ノ井駅間で110km/h、津ノ井~智頭駅間で95km/h運転を行っています。かつては85km/hで運転され、鳥取~智頭では最新の高性能車「スーパーはくと」も旧型車両の急行「砂丘」と同じ所要時間でありましたが、地元負担による線路改良が行われ、所要時間の短縮が実現しています。
普通列車は鳥取~ 津ノ井で95km/h(キハ121・126形気動車は100km/h、智頭急行HOT3500形気動車は110km/h)、津ノ井~智頭で95km/h運転を行っています。第三セクター鉄道の若桜鉄道・智頭急行各路線への直通列車の乗務員は、前者は郡家駅、後者は智頭駅で交代。ただし、2010年3月12日まで、若桜鉄道直通列車については乗務員交代を行わず全区間で車両所属会社の乗務員が担当していました。

普通列車については、おおむね鳥取~智頭と智頭~津山の2つの運転系統に分かれて、その一方の、智頭~津山はこの区間は智頭~津山の列車が1日7往復(1~3時間に1本)運転され、加えて美作加茂~津山の折り返し列車がありますが、5時間近く運行のない時間帯があります。朝に智頭発那岐行きと、その折り返しで那岐発鳥取行きの列車が設定されています。その列車はキハ47で運転されて、それ以外は全列車がキハ120形気動車で運転されています。
智頭駅以南では1997年に急行「砂丘」が廃止された後、落石防止のため25km/hの速度制限が数多くかけられています。雨天時は15km/hという制限になることもあり、JR西日本ローカル線名物「必殺徐行」が多数点在する区間になります。

因美線といえば、つい最近の1999年(平成11年)10月1日まで残っていた智頭~東津山のタブレット閉塞ですね。JR西日本最後のタブレット閉塞、そしてタブレット授受をする最後の急行「砂丘」が走っていたのを思い出します。
因みに鳥取~智頭は1994年(平成6)3月1日タブレット閉塞廃止、同区間のCTC化が既になっていました。

特に東津山(一部通過)・高野・美作河井・那岐での急行「砂丘」の通過時のタブレット授受の光景に多くの鉄道ファンが集まりました。(美作加茂は急行停車駅)
この光景も1997年(平成9)11月28日の急行「砂丘」の廃止で通過時の授受は過去のものとなってしまいました。



YouTubeからお借りした、因美線内でのタブレット授受。
タブレット授受に失敗したら・・・・。はい、非常停止して取りに行かねばなりません。
この授受の失敗もこの動画に記録されていて、とても貴重なシーンを見せていただきました。
しかし、落としたタブレットを拾って運転士に届けるテツの方は・・・、言葉からもわかるとおり、やはり関西の方ですね。気質から関東人ならそんなことは多分できないと思います。


さて、ウンチクは以上にして、智頭行651Dに戻ります。


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5:18、朝日を拝みながら鳥取を発車します。
左手に山陰本線が別れて行き、高架を降りていきます。
車内は早朝とあって、ガラガラです。



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津ノ井・東郡家と停まり、5:30郡家に到着。
郡家は若桜鉄道との分岐駅です。

若桜線鉄道は、郡家から、鳥取県八頭郡若桜町の若桜に至る19.2 kmの路線です。

国鉄再建法施行に伴い第1次特定地方交通線に選定され、廃止されたJR西日本の若桜線を引き継いで1987年10月14日に第三セクターとして転換した路線です。
1日10往復(2時間に1本程度)の運行で、1~3両編成で運転されており、1両編成の場合はワンマン運転で、半数以上の列車が郡家駅から因美線に直通し、鳥取駅まで運転されています。



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郡家を発車して暫くは若桜鉄道と並行しますが、やがて、左へ別れていきます。




(因幡社→智頭 前面展望)

最初は鳥取から前面展望で行こうとしたのですが、運転士さんの他に2人の添乗がいたので、前面展望は諦めていたのですが、郡家で1人が降りて、郡家からもうひとりの添乗の運転士さんはずーっと運転席の運転士さんの近くにいたので、前面展望ができるようになったので、因幡社から智頭までのラスト区間は前面展望で行くことにしました。

この辺まで来ると、鳥取平野とは既に別れを告げて、左に千代川を見ながら山間の中を進んで行きます。
山間の中とは言え高速化事業で線路は改良されていて最高速度は特急も普通も95Km/hですので、比較的快調です。

しかし途中2箇所ほど千代川に寄り添う所で落石か線路異常を知らせるフラッシュ灯のようなものが点滅していたので、そこは減速で本務の運転士さんと添乗の運転士さんで確認しながら進んで行きます。
幸いに何もありませんでした。

山間を抜けて、前が広がると終点の智頭に到着です。



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5:58、終着の智頭に到着。
折り返しは6:19発652D米子行になります。

左のキハ47とキハ40の編成は智頭駅で夜間滞泊されてた車両で智頭発那岐行(653D)、その折り返しの那岐発鳥取行(654D)となる朝のラッシュ対応の列車です。



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到着の1番線の先(津山寄り)には智頭急行線のホームがあります。
6:09発の上郡行724Dが停車中でした。
車両はHOT3500形。
形式称号のHOTとは、智頭急行の沿線である兵庫県、岡山県、鳥取県をローマ字表記した際のそれぞれの頭文字を取ったもの、形式の3500は、機関出力が約350PSであることに因んでいます。

智頭急行の開業は紆余曲折でした。
智頭線は、1892年(明治25年)に山陰・山陽連絡線の一つとして姫路~鳥取を結ぶ鉄道建設運動が起きたことから始まり、1966年(昭和41年)4月7日に「智頭線上郡・智頭間工事実施計画」の認可を運輸大臣に申請し、5月10日に認可を受け、6月21日に着工に至りました。
しかし、国鉄の経営悪化が進んだことから、1980年(昭和55年)に日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)が成立、智頭線の予想輸送密度は3,900 人/日とわずかに基準に届かなかったことから、用地の95 %、路盤の30 %、軌道の10 %の進捗に達していた段階で工事が中止となりました。
中止となっても、国鉄再建法では鉄道公団の工事凍結線について、地元地方自治体により引き受けて第三セクター方式で開業させることが可能であることを定めていたので、4月11日に「智頭鉄道株式会社」の設立発起人会、5月30日に創立総会を行って、5月31日に設立登記が行われた。11月27日に鉄道事業免許申請を行い、12月25日に交付を受けて、翌1987年(昭和62年)1月27日に工事が再開されました。
鳥取方面へは当時まだ高速道路は開通していませんでしたが、鳥取自動車道の建設が進むことは自明であり、高速バスの所要時間に打ち勝てるだけの高速化を図っておくことが、智頭線の経営上必要であると考えられた。1989年(平成元年)頃、新幹線建設の見込みがない鳥取方面への高速輸送のため、当初予定になかった高規格化工事の検討が始まり、単線非電化130 km/h対応での高速化工事が決定れました。
1991年(平成3年)9月18日に智頭鉄道から事業基本計画の変更認可申請書が提出され、11月19日に認可された。またJR西日本区間(鳥取~智頭)についても11月8日に鉄道施設変更認可申請が出され、12月19日に認可された。12月24日に鉄道公団に対して鉄道施設建設の申し出がなされ、1992年(平成4年)3月12日に高速化対応工事に着手しました。
こうして、鳥取と関西地区を結ぶ新たな陰陽連絡ルートの高速化鉄道が1994年(平成6年)12月3日に開業を迎えたのであります。



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こちらが、JRの智頭駅。
左手に智頭急行の智頭駅があります。

JR智頭駅は米子支社鳥取鉄道部が管理する直営の有人駅です。
因美線で直営の有人駅は鳥取駅・郡家駅・智頭駅の3駅だけで、後は簡易委託駅または無人駅です。
JR因美線は単式・島式2面3線、智頭急行智頭線は頭端式1面2線になっています。
なお、智頭急行線の智頭駅も有人駅です。

JR1番のりば(因美線下り本線)は鳥取方面からのみ進入可能で、智頭線を含めた3方向すべてへ出発可能。JR2番のりば(因美線上り本線)は津山方面・上郡方面からの進入に対応し、出発は津山方面と鳥取方面の2方向のみに対応。JR3番のりば(因美線上下副本線)は智頭線を含めた3方向の入線・出発にいずれも対応。智頭1・2番線は頭端式で、上郡方面からの折り返し列車のみに対応する。智頭線の本線は智頭1番線です。

因美線と智頭急行線を直通する列車はすべて、上郡方面はJR1番のりば、鳥取方面がJR2番のりばを使用する。また、因美線系統の津山方面・鳥取方面行きは2・3番のりば(鳥取方面行きで一部の当駅始発は1番のりば)を使用。

3番線の隣西側に待避線が1本敷設されています。



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6:03に津山からの快速672Dが到着しました。

岡山気動車区所属のキハ120の2両編成。
元々は津山鉄道部気動車分室に所属していましたが、津山鉄道部気動車分室が廃止されて、岡山電車区に移籍、その後岡山電車区のうち気動車センターが岡山気動車区として分離されてそちらに転籍しています。

この列車が折り返し津山行673Dになります。

673Dが因美線の智頭から津山までの下りの始発列車になります。
因美線(智頭~津山)の車両基地は津山にあります。ですので、快速672Dは津山からの送り込み列車となっているようです。
これも、因美線は2つの支社で運用されていて、鳥取~智頭が米子支社鳥取鉄道部、智頭~東津山(津山)が岡山支社直轄と管轄が分かれていることによるものです。また、智頭~津山がキハ120による運転になっていることもあると思います。(朝の653D→654Dを除く)



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キハ120の運転台と673Dの運転士さんの携帯時刻表。
ダイヤが智頭→美作加茂と美作加茂→津山に分かれているのは、智頭→美作加茂がワンマン運転、美作加茂→津山が車掌乗務のツーマン運転になるからだと思われます。



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鳥取~岡山の県境の人口が薄い中国山地を行く列車なので、先頭のこの車内は私一人か?と思いましたが、発車間際にこの車両に2人乗ってきました。後ろには2人乗っています。
なぜ、2両必要なのか?と思いますが、それは後にわかります。




(智頭→土師 前面展望)

6:20、津山行673Dは私を含めて5人のお客を乗せて智頭を発車しました。
私はというと、余裕で座れますが・・・・、はい、ヲタ位置で立っています(笑)

智頭~東津山(津山)は高速化事業からは外れていますので、最高時速は85Km/h、JR西日本名物「必殺徐行」が点在する山間の秘境区間になります。

暫くは智頭急行線を左に見ながら並行します。智頭急行線の線路は高速化事業により線路が良くできています。一方こちらの因美線の線路は見ればわかりますよね。ローカル輸送路線になってしまった今、貧弱のままです。
智頭駅の上り場内信号機から土師方の中村第一踏切(智頭急行智頭線との共用踏切)と、その先の中村第二踏切の間に支社境界が存在します。(動画で1:30~2:15の辺り)米子支社鳥取鉄道部から岡山支社(直轄)になります。
智頭線との並走区間を米子支社管内に含めた関係で、支社境界は閉塞区間の途中にありますが、運転系統や運転指令所の面では智頭駅を境界駅と位置づけています。
なお、管轄が分けられた1991年以前は、東津山駅構内を除く全線が国鉄時代は米子鉄道管理局、JR発足後は米子支社の管轄でしたが、1991年(平成3年)4月1日に因美線美作河井~東津山駅間が米子支社から岡山支社に移管されて津山鉄道部の管轄に、1999年(平成11年)10月2日に米子支社鳥取鉄道部から因美線智頭~美作河井駅を岡山支社津山鉄道部移管された経緯があります。
津山鉄道部は2008年(平成20年)6月1日に組織改正により廃止されています。(岡山支社直轄となる)

列車は快調に加速しますが、そのまま惰性で走り、やがて速度が落ちて、早速「必殺徐行25km/h」の洗礼を受けます。因美線の「必殺徐行」は1997年に急行「砂丘」が廃止された後に設けられました。
ここの「必殺徐行」は左を流れる土師川が線路に迫っていて路盤が弱いのと右に迫る山の斜面の落石防止のためでしょう。それに、木の枝も伸び放題だし・・・・。
この「必殺徐行」区間を抜けると再び加速し出しまが・・・・、またまた「必殺徐行25キロ」の洗礼が・・・・。
山の斜面の木の枝が線路に迫っています。

比較的平坦な区間で「必殺徐行」が続くとはね。
この先が思いやられます。

「必殺徐行」区間を抜けて、やる気のない加速で進むと土師に到着です。3.7Kmを7分かけて走ってきました。

土師は津山駅管理の無人駅です。



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土師を出るとエンジン音も高らかにだんだんと山間の中に入っていきます。



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土師の次は那岐。
相対式ホーム2面2線を有し、交換設備がある津山駅管理の無人駅。
交換設備はありますが、現在ここで交換する列車はありません。
ホームは斜面上にあるので、駅舎からホームへは階段を登る格好となります。

1997年11月28日急行砂丘廃止、1999年(平成11年)10月2日にCTC化、タブレット閉塞廃止。同時に米子支社鳥取鉄道部から岡山支社津山鉄道部(2008年に廃止され支社直轄化)へ移管され、2000年(平成12年)3月12日に直営有人駅から無人化されています。
朝の653Dの1本は当駅で折り返しますが、折り返しの654Dは智頭~津山の列車の中で唯一、智頭駅を跨いで、鳥取駅へ直通します。




(那岐→美作河井 前面展望)

那岐を発車するといよいよ中国山地の山深さの中に入っていきます。
次の美作河井まで10.0Km、18分かかります。
これより列車はしばらくの間西進します。エンジン音も高らかに25‰(25/1000)の勾配を登りながら、中国山地の峠越えに挑みます。

線路脇の斜面に伸び放題の枝が線路に迫ってきます。
枝が車体にばんばん当たる所もあります。そこでは当然、「必殺徐行」にはなっていますが、いくら列車本数が少ないとは言え、これくらいはしっかりと枝を切ってもらいたいな。

目の前に山が立ちはだかると、トンネルに入ります。
物見トンネル(3077m)です。キハ120系の車内に轟音が響きます。
那岐山(標高1255m)を貫く、因幡国と美作国の国境の標高630mのトンネルで、このトンネルで鳥取県智頭町から岡山県津山市に入っていきます。因美線内最大の難工事だったと資料には記されています。
トンネル内でサミットを越えて、今度は25‰の下り勾配になります。
トンネルから美作河井までは「必殺徐行」を繰り返しながら、周辺は杉やヒノキの植林が美しいところで、車窓からも源流に近い川の流れと共に、そんな美林を望むことが出来、線路脇の木々が緑のトンネルになっている所があります。

峠を越えて、6:50に美作河井に到着。
岡山県側に入ったので、通学生がここから乗り込んできます。

美作河井は岡山県の最北端に位置する駅。標高は335メートル。
単式ホーム1面1線を有する駅で、島式ホーム1面2線と留置線1本を有する合計1面3線の駅でしたが、1997年11月28日急行「砂丘」が廃止、同時に行き違い施設が撤去されました。またこれらの線路の一部は撤去されています。
因美線南側の東津山・美作加茂・美作河井・那岐の4駅の中で、1997年11月28日の急行「砂丘」廃止で、交換設備が不要になって、閉塞区間が延長になりいち早く無人化・タブレット閉塞が廃止になった駅です。
県境の地は雪深い所。駅の南西には、かつて鳥取方面からの除雪車を折り返すために使われた手動の転車台が存在します。使用されなくなって以降は土中に埋まっていましたが、2007年4月に掘り起こされました。この転車台は2009年2月に近代化産業遺産の認定を受けています。



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美作河井を出ると加茂川の鉄橋を渡ります。
これからは、加茂川に沿って走ります。



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美作河井の次は知和。
津山方面に向かって右側に単式ホーム1面1線を持つ無人駅で、午前中は智頭方面(上り)への停車列車が一本もありません。午前中の上り列車は全て快速列車で、当駅を通過していまいます。智頭方面への初発列車は現在で12時10分となっています。


知和からは西進から再び南進し始めます。


美作加茂に近づくと、山間の風景から山間の開けた風景に変わっていきます。



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7:02、美作加茂に到着しました。
ここで、12分停車します。



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相対式ホーム2面2線を持つ行違い可能な地上駅で、姫新線との分岐点である東津山駅を除くと、因美線の岡山県側では唯一交換設備を有しています。
津山方面からの折り返し列車もあります。かつては津山~智頭の因美線の南側で急行「砂丘」の停車駅でした。
津山駅管理の簡易委託駅であり、窓口は平日・土・祝日の朝夕のみ営業。POS端末により乗車券を発券しています。
急行「砂丘」が廃止になってからも、1999年(平成11年)10月2日にCTC化されるまではタブレット閉塞が残っていました。しかし、2000年(平成12年)4月1日津山鉄道部美作加茂分室廃止、無人駅(簡易委託駅)化されました。

因美線の有人駅は鳥取・郡家・智頭の3駅のみ。(津山は姫新線と津山線)
それ以外の各駅は簡易委託駅または無人駅であるになっています(簡易委託駅のうち、津ノ井駅と美作加茂駅にはPOS端末を設置)。昭和40年代、石破二朗鳥取県知事から国鉄に対し、無人化を計画していた駅舎を地元商店などに貸与し、併せて乗車券を発売してもらうとの提案があり、これによる簡易委託化は「因美線方式」と呼ばれた。これが、全国の国鉄(JR)、私鉄に広がって行きました
この方式の先駆者的存在の因美線内にはJR西日本関連会社への業務委託駅は存在していません。

この駅舎は2003年(平成15年)6月に出来たもの。



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美作加茂では津山発智頭行快速676Dと交換。
この快速は美作滝尾・三浦・知和の3駅通過します。
快速は線内で使われる車両の方向幕に「快速」を含むパターンが少ないこともあり、快速列車は方向幕に行先のみを掲出、前面窓に「快速」(白地に赤文字)と記載された行先標を挿入したうえで運転されています。

673Dが美作加茂で12分停車したのはこの快速676Dと交換するためです。
美作加茂を出ると因美線の起終点の東津山まで交換設備が無いためです。

美作加茂で高校生がたくさん乗車し、立ち席が出るほどになりました。智頭を2両で出発したのが頷けます。
快速676Dから車掌がこちらに移ってきます。
673Dはこの先、ワンマンから車掌が乗務するツーマン運転になります。

7:14に美作加茂を発車。



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列車は加茂川に沿って走ります。



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7:20、三浦に到着。
ホームの両側には桜の木が植えられています。桜の季節にはとても良い景色でしょう。



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「必殺徐行」も存在する山間を加茂川に沿って津山へ向けて更に進んで行きます。



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三浦の次は美作滝尾。
津山方面に向かって右側に単式ホーム1面1線を有する津山駅管理の無人駅。
駅名の由来はかつての所在地自治体名であった滝尾村(1954年津山市に編入)より。開業時、既に九州の大分県に滝尾駅が存在したため、規定に従い当地の旧国名を取って「美作滝尾駅」と命名。
戦前に建築された古い木造平屋作りの駅舎は「男はつらいよ」シリーズの最終作となった「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の冒頭のシーンに登場し、駅前には映画の撮影が行われたことを記念した碑も建てられている。2008年11月に登録有形文化財に登録されました。

ここでも、高校生が大挙に乗車。
車内は結構なすし詰め状態。



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美作滝尾を出ると並行する加茂川を渡ります。
この辺まで来ると周りが開けて、津山盆地に完全に入ってきたようです。



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因美線最後の駅は高野。
単式ホーム1面1線を持つ津山駅管理の無人駅。
かつては相対式ホーム2面2線でしたが、1997年(平成9)11月28日の急行「砂丘」廃止の際に、かつての智頭方面行きホーム側(駅舎から見て反対側)の線路は本線と離されています。現在は棒線駅のため、かつての津山方面行きホーム側に智頭方面行きと津山方面行きの双方が発着しています。なお、廃止されたホームへは構内踏切で連絡していて撤去されていませんが、鎖で仕切られてありかつてのホームには立ち入れなくなっています。




(高野→東津山 前面展望)

673Dは東津山に向けて津山盆地をかっ飛ばしてラストスパート。

国道53号(出雲街道)の高架を潜って、左から姫新線と合流。そして、構内の分岐のポイントを渡ると、東津山に到着します。

東津山は因美線の終着駅で姫新線に接続していますが、津山駅を始終着とし、当駅始発、終着の列車は設定されていません。
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームの駅。
駅舎は待合室のみで津山駅管理の無人駅で、1928年(昭和3年)3月15日に国有鉄道因美南線として美作加茂~東津山~津山が開業した際に設置された駅で、1936年(昭和11年)10月10日線路名称改定で姫津線が姫新線に改称時にに因美線の東津山~津山が姫新線に編入されて東津山は姫新線所属に変更され、因美線の終点は当駅となりました。
鳥取起点70.8 kmの因美線の旅の終点です。
1997年(平成9年)11月29日急行「砂丘が」廃止、一部の急行停車駅から一転して快速通過駅となります。
1999年(平成11年)10月2日に因美線CTC化、タブレット閉塞が廃止になっています。

近くに学校があるのでしょう。たくさんの通学生が降ります。
しかし、津山へ向かう学生も乗ってきます。




(東津山→津山 前面展望)

因美線の列車は全て津山が始終着になっています。
東津山から姫新線に入り、次の津山を目指します。

東津山を発車しますが、駅舎への構内踏切の警報は鳴っていますが、通学生の列は悠然と渡っています。
しかし、列車が発車する時には通学生の列は止まり、列車は踏切を通過して行きます。
列車も警笛を鳴らしたりすることもないので、通学生も列車も暗黙の了解なのでしょう。

東津山を発車すると川を渡ります。
吉井川です。
因美線と県境から一緒だった加茂川はこの吉井川と吉井川橋梁の少し下で合流します。
加茂川もこの東津山が終点だったのですね。

茂みの中を走ると津山駅の構内に入ります。
場内信号機の進路は「3」番線を示しています。到着は「2番のりば」です。
津山駅では運転指令上では1番のりばが「2番線」、2番のりばが「3番線」、3番のりばが「5番線」、4番のりばが「6番線」となっています。
これは、1番線は、1番のりば(2番線)と駅舎の間に、ホームの無い待機線として存在し、4番線はかつて2番のりばと3番のりばの間に待機線として存在していたが撤去され、欠番となっているからです。

ふつうならは一緒にされていることが多いですが、JR西ではこのように、「番線」と「のりば」を独立させていることがよく有り、このようなズレがあることがローカル線ではたまにあります。



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終着の津山に7:43に「2番のりば」(発着線では3番線)に到着。
1番のりばには姫新線の中国勝山からの1852Dも同時到着で、ホームは通学生で溢れかえります。

看板や屋根、柱が国鉄らしいですね。



300
乗ってきた因美線の673Dのキハ1202両は、姫新線2826D快速佐用行となるようです。
9:58発なので、しばらく休憩のようです。


因美線で津山まで出てきました。
この先は陰陽連絡ルートの津山線で山陽側の岡山に出ます。
それについては、次回の講釈といたします。




2016年6月 陰陽・ばたでん・本四連絡ルート 6(一畑電車プレミアム体験運転 2・山陰本線)

             
この日はプレミアム体験運転2日目です。



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6:30、朝食開始と共に会場に向かい、相変わらず偏食の多い朝食を頂きます。



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朝食を済ませて、アジトで少しゆっくりしてから、電鉄出雲市駅へ向かいます。
雨は上がっていますが、昨晩雨が降ったようです。

8:03発の松江しんじ湖温泉行305列車に乗ります。
1000系1003Fの「しまねっこ号Ⅱ」



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雲州平田には8:23に到着。



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駅前にはコミ二ティーバスが停まっていました。
最近はこのように自治体運営の小さなバスが生活の足になっています。



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2日目は9:00に集合です。
改札口で点呼を取って、列車区内の検車線へ。
本日は3000系とデハニ53の運転です。



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こちら側の運転組は制服持参の結構なマニアの方がいますな。



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で、私の組はほのぼのとした組です。



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3000系の運転の概要。


午前中の3000系の体験運転開始~。



~1回目~




~2回目~




皆さんが運転している間に、厠に行きたくなり、厠を借りるために一旦降ろしてもらいました。
その時にたまたまお借りしていた「自己満足カメラ」を持っていたので、構内走行の様子を撮影。




エンド交換しまして、
~3回目~




~4回目~

3000系の体験運転終了です。
体験運転の説明はもう要りませんよね。

乗って、撮って、運転して、さんざん記録して、記憶しました。



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11:30~12:30は昼食休憩です。

3000系の車内で弁当を頂きます。
2日目の弁当は「バタ弁」。
ちっちゃい箱の中に、ぎゅ~っと出雲のぬくもりが詰められたお弁当。

てんぷらも、牛肉の甘露煮も、宍道湖名産しじみの佃煮も、

どれもこれも丁寧に作られていて、愛情いっぱいで美味しかったです。



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昼食後は3000系を中心に撮影。
私の好きな「アレ」は元京王の2100系のものです。

ここでも、撮って、さんざん記録して、記憶しましたよ。


12:30~はデハニ53の運転です。
ここでは、毎週金・土・日の通常開催のデハニ50形体験運転マスターコースの回数にはカウントされず、ステータスアップにはなりません。

2時間の時間ないで制限なく運転できますので、「とにかく運転回数をこなして多く運転する」これに尽きます。
「運転が荒くても多く運転して楽しむ」これが、プレミアム体験運転のデハニ53運転の醍醐味です。




デハニ53体験運転。

お天気も徐々に回復してきました。
5往復運転できました。




この日はデハニ53の床にある車輪の点検蓋を開けてくれました。
車輪の様子やブレーキ制動時のブレーキシリンダーの動作の様子がよくわかりました。
何よりも吊り掛け音が間近に聞こえるのがよても良かったです。
そうそう、真下を流れる線路も印象的でした。




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デハニ53の車内から。
最後の3000系3006Fも私にとってはこの日で見納めです。
2017年(平成29年) 1月20日営業運転終了。1月21日・22日この2日間3000系さよならイベントを行いすべての運行を終了。2月に廃車解体されました。

私の大好きな車両たちも、みんな過去のシーンになっていきます。

でも、足を運んで、乗って、撮って、さんざん記録して、記憶しました。
おまけに、3000系の体験運転も2回参加しました。
悔いはありません。

 


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2日間の体験運転が終了して、3000系の車内で14:40から閉校式です。



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体験運転集合写真が各人に配られて、体験運転が終了です。



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改札口に移動して、解散です。



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雲州平田では車内補充券と車内乗車券を購入。
硬券乗車券は一畑電車では現在発売されていません。
以前来た時は車内補充券は布崎まで購入しましたので、今回は反対側の旅伏まで購入。
ついでに、車内乗車券も購入。
このタイプの補充券は列車ではワンマン運転なので発売していません。
尚、アテンダントが乗車している列車は違うタイプの補充券を発売していましたが、今年の3月31日をもって列車のアテンダント乗務が終了してしまったので、今では車内では補充券は発売していません。

硬券と補充券はついつい購入してしまいます。



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プレミアム体験運転終了後、この日は移動します。
15:30発の松江しんじ湖温泉行111列車に乗車します。
元京王5000系の2100系の2103F「楯縫」。



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このような盛大なお見送りを受けて雲州平田を後にします。

このばたでんの体験運転会はとてもアットホームなとても良いものです。
また、参加したいです。

でも、プレミアム体験運転会は最近、先着順から抽選制になってしまったので、ちょいと参加するのは難になってしまったかなと思います。
毎週金・土・日に開催される「デハニ50形体験運転」は抽選制ではなく、先着申し込み順なので、そちらで参加しょうと思っています。
何しろ、一度この「デハニ50形体験運転」に参加しただけで、ステータスUPしていませんので・・・・。



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終着の松江しんじ湖温泉には16:07に到着しました。



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ばたでんの松江しんじ湖温泉駅とJR松江駅は2キロちょい離れています。
歩いたことはありますが、バスが走っている時間帯ですので、バスで移動します。

松江市営バスです。



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15分位でJR松江駅に到着しました。


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さて、これから帰路につきますが、またまた寄り道をしながら行きます。
乗車券は四国は徳島の南小松島までです。

なぜ、徳島かって?
はい、コロプラの徳島県のスタンプ帳をGETしていなかったので、南小松島まで行けば、徳島県制覇はならずとも、制覇手前のGETの称号がもらえるので、南小松島まで行くことにしました。
しかも、鳥取から因美線経由で岡山へ出れば、津山を通りますので、津山地域をGETすることができて、岡山県を制覇することが可能です。



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列車までちょいと時間がありましたので、駅構内の喫茶店で時間を潰しまして、改札へ向かいます。
ラッチが並ぶ改札ですが、この旅の後の2016年(平成28年)11月5日より自動改札機が導入されているので、ラッチの並ぶ姿は見納めになりました。



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松江からは18:15発、2012D特急スーパーまつかぜ12号鳥取行に乗ります。
キハ187系の2両編成。

「スーパーまつかぜ」は鳥取~益田を結ぶ特急列車です。



1101
(181系時代の特急「まつかぜ」:1985年新大阪にて)

元々は「まつかぜ」として1961年(昭和36年)10月1日:サンロクトオのダイヤ改正に伴い、京都~大阪~松江(東海道本線・福知山線・山陰本線経由)で運行開始した列車です。

1964年(昭和39年) 3月20日には京都~博多を結ぶ特急列車になりました。1972年10月からは大阪駅または新大阪駅発着に統一されています。
車両はキハ82で利用客の増加により6両から9両に増結され、その後1968年にも12両に増結され、食堂車も連結されていました。
列車名の由来は「自然現象に由来するもの」から、松林に吹く風をイメージしたものです。
後の1982年(昭和57年) 7月1日より「まつかぜ」の鳥取駅発着列車が米子駅発着に延長、同時に使用車両がキハ181系に変更(博多駅発着列車はキハ82を継続)されます。
1985年3月のダイヤ改正で1号・4号による博多駅乗り入れが取り止めとなり2往復とも米子駅発着(併せて1号・4号の食堂車の連結も中止。米子~博多は「いそかぜ」に系統分割)となったあと、1986年11月の福知山線全線電化によって「北近畿」(現:「こうのとり」)に置き換えられ廃止されました。

その後、1988年3月13日から米子~益田を運行する特急「くにびき」として運行を開始。その後、1996年3月16日の特急「あさしお」の廃止時に鳥取駅まで乗り入れることになり、鳥取県と島根県の各都市間を結ぶ列車としての役割を担うようになり、2001年7月7日には山陰本線島根県区間の高速化完成と新型車両の投入を機に「スーパーくにびき」に列車名が変更されましたが、2003年10月1日に「スーパーまつかぜ」に変更されました。

1986年11月1日の列車名廃止以来約17年ぶりの“愛称復活”となった曰く付きの列車です。



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列車に乗ってもあまり駅弁は食べませんが、お腹が空いたので駅弁を頂きます。
松江駅一文字家の「かに寿司」1,100円。
酢飯の上にかにのほぐし身と脚肉を数本のせたもの。
口にかにの味がぶわーっと広がります。



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松江~米子は宍道湖ではなく、中海を左手に見ながら進みます。



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松江の次は鳥取県に入って米子。
18:39に到着。
米子は2分停車の後18:41に発車。



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米子の時点で指定席はこんなもん。
自由席でも空席がありました。



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米子を発車すると左に境線が分岐していきます。



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伯耆大山を通過して、電化の伯備線が別れていくと、再び非電化区間に突入。
米子~鳥取は高速化事業の他に昔から線形が比較的良いのでかっ飛ばします。

頂上付近が雲に隠れた大山が見えました。



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左手には日本海を見ながら東進します。



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米子からは倉吉・鳥取大学前に停車して、19:42に終着の鳥取に到着。
米子から約1時間半。
特急は速いですね。



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鳥取でこの日の旅程は終了。
今宵のアジトは駅前の東〇インです。

鳥取県の大山山麓の大山乳業農業協同組合で作っている「白バラコーヒー」。
コーヒーと牛乳、糖分以外の成分を使わないシンプルなコーヒー牛乳で、関東の人はなかなか馴染みがないかもしれませんが、近畿地区や中国地区など西日本では普通に売っていて、いつも飲んでいます。


この日の旅程は以上です。
翌日は陰陽連絡ルートと本四連絡ルートで徳島へ向かいます。
それについては、次回の講釈といたします。



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