August 31, 2007

負け犬の自覚

alex n mehim







かなりパーソナルな内面の手記を綴ります。



なんか俺は負けた。何に負けたって自分自身に負けた。

俺はオーストラリアに勝負しに行った。欧米人の芸術世界にやられっぱなしの人生が嫌で、このままじゃダメだと中学生の時からずっと思ってた。欧米人と肩を並べるために、もしくはあいつらに日本人の大和魂を見せつけるために、俺にもし一ミクロンでも映像表現に関して才能とかセンスみたいなものがあるとするなら、それを突破口にして、自分が目標とする世界で自分がどこまで通用するのか、どこまで生意気になれんのか試してみたかった。だって悔しいじゃんやられっぱなしは。日本を出た。

サザンクロス大学じゃ自分の存在意義を誇示したくて何もかも必死にやった。作品をアピールしまくった。英語も必死こいて学んだ。現地の奴等とは積極的に関わるようにした。その過程で自分のセンスは欧米にも通用するのかなと少しだけ自分を信じられるようになってった。世界中の人間に自分の作品を見てもらうのは楽しすぎたから。世界を視野に仕事をしたいと本格的に願い始めた。

そんなこんなでジェリーに目を付けられた。彼女は俺が初めて出会った欧米人プロデューサーで、遂にチャンスをつかんだと思った。彼女は俺のセンスを心から認めてくれてるようだった。嬉しかった。実力で憧れの目標の入り口にリーチできた気分だった。日本の映画学校じゃつまんねえ世界に失望ばかりしてたから。

そんでジェリーを通じてマレックという監督との出会いを果たした。憧れのメルボルンで、ついに自分が望んでいた世界で、仕事が出来るチャンスを得たのだった。ずっとそれが夢だった。嬉しすぎて、楽しすぎて、生まれて初めてマジに人生に感謝した。死ぬほど頑張った。関係ないけどあれは僕の人生で一番素晴らしい時期です。断言できます。そんくらい僕はメルボルンという街が好きなのです。そんくらいマレックと俺は仲が良かったのです。

これを通じて、欧米人の撮影のセンスの良さ(彼等は実に写実的に絵を切り取るのです。日本人の画が物凄く一面的でのっぺりしてるのに対して、彼等はどこを切っても一枚の写真として成り立つような上品な画を撮るのです。しかも俺の編集スタイルに不思議とフィットした)やコミュニケーションの面白さ(欧米人の人との関わり方や生き方は本当に洗練されていてクール。無駄がなくてお互いをリスペクトし合っていて、粋なの)を学んで、憧れの世界はやっぱり憧れたとおりだと思った。のめりこんだ。

シドニーでジェリー本人と仕事をする機会ももらえた。これは2番目に素晴らしい時期です。半端なく頑張った。でもここで俺にも多くのものが欠けてる事を認めざるを得なくなるほど、精神的に追い込まれるような経験も沢山した。英語力も相当上がってたけどネイティブには遠く及ばない。ライフスタイルも圧倒的なまでに違う。外国で外人と仕事するなら、郷に入ったら郷に従えじゃないけど、ありのままの日本人でいたら、まずやっていけない。好きなことをプロとしてやんのも楽じゃねえ、やっぱ甘くねえなと感じた。根性でやりきったけど、ハッキリ言って叩きのめされた。

これらの経験を通じて、自分は確実にスキルアップしたし、生意気だけれど他の奴等じゃ簡単には見れない世界を見てきたって自負もある。マレックやジェリーや他の奴らに一人の日本人の存在を死ぬほど証明してきたと思うし、こんな日本人がいるんだなって感情を植えつけられただけでも嬉しい。俺がしてきたこと、そっとやちょっとじゃ他には真似はできないと思う。それは自分にとっての誇り。他者への自慢じゃなくて、自分に自分を誇れる感覚。

でも同時に暗黒面というか、自分の情けない所も完全に露呈した。本格的に自覚させられたこと、それは自分の夢に忠実でいるっていうスタンス自体が、半端なく孤独な内面の闘争そのものなんだってことです。その舞台が海外ならなおさら。

文化の違い、言語の違い、マイノリティとしての疎外感、日本にいる彼女や友人とは疎遠になってく、家族や犬には会えない、将来への不安、圧倒的に不安定な環境。悩みを語り合えるような同じ道を志す同僚なんて存在しない。先輩も後輩もいない。ただ自分一人で道を切り開いていく孤独。


旅行気分で留学するのでなく真剣に働くなら、そういうものが物凄くリアルに実生活に迫ってきて、果てしない孤独感にさいなまれるようになる。それで結局俺は、そういうものに打ち勝つことができなかった。のしかかる重圧を振り払って自分の足で走り続けることが出来なかった。別に他の奴が就職しようが家族を築いていようが俺には関係ない。関係ないはずだけど目をそらせない痛ましさにもしがみつかれたまま、それを振り切れなかったんだね、だっせえ。

そういう要素に打ち勝つ奴は海外で成功してると思う。スケール全然違うけれどイチローとか中田とか、その戦いの熾烈さと孤独さは極みにあったんじゃないかと思う。だから尊敬する。強靭な精神と才能。男そのものだと思う。そんで俺は、プッシーだ。

楽しくて充実してる分、その代償も払わなきゃいけないってことなんかな。今振り返れば「マジ甘えんなバカアホ俺」とか思うんだけれど、実際にその生活を海外でしてて孤独になる気持ちってのは説明し難く憂鬱なものだから、なんともいえない。「頑張ってたな」とは思う。

それで今の俺に残されたもの、、、完全なる負け犬根性。

欧米の芸術に魅せられ、欧米の価値観に憧れて生きてきて、それが自分の中のスタンダードになってしまっていたために目指す場所は自然と欧米になってくる。でも結局は俺は日本人で、何をどうもがこうが所詮はクソワナビーつうか、、、欧米に憧れれば憧れるほど、自分が日本人でいることが悔しくて悔しくて仕方がなくなってくる。こんなに好きなのに、こんなに憧れているのに、そこに突っ込んでいくためには、超えなきゃいけない壁が多すぎる。だからこんなしょうもない愚痴ばかり出てきてしまう。

俺は編集のセンスだけが自分の存在証明だと思っているからそれに賭けてる。でも、俺と同等の気合やスキルを持ってる欧米人の若手のヤツに、俺は勝てない。いや、勝てないって決めてる時点でクソ情けないね、けど俺にはそいつを超える自信がない。そいつは英語を完璧に操り、欧米の文化に生きている。優秀なエディターがどっちかって言ったら、一目瞭然だ。そいつが俺を退けて上に昇っていくに決まってる。畜生め。。。

そんな過程で「もし俺だって欧米に生まれていたら、、、」とかってどうしても考えてしまう。そして、そんな負け犬根性丸出しの瞬間のテメーが一番許せねぇ。ボケナスが。


欧米に対する憧れのコンプレックスを頭上にずっと掲げて、それを首がおかしくなるほど四六時中見上げながら、または見下されながら、その下で自分にとってはあまり興味のない日本という国で生きているこの劣等感。この劣等感を抱えて、負け犬として生きてく。ちゃんと把握してるというのに、それを払拭できない。それを受け止めてその上で生きていくしかない。だからよく「なんでそんなに悩んでばかりいるんだ」と言われますが、悩まないほうがおかしい。俺は夢を置き去りにしている。かなり申し訳ない。自分に対して。限界はここだと決めてしまってる自分自身に対して、申し訳が立たない気持ちでいっぱいだ。

俺があそこで築いた人脈関係やらがこれで終わりってわけじゃないし、俺はまだ24歳だし、留学を経て凄い色んなものを得た。それに俺の親しい人は「いちいち勝ち負けで物事を裁量するのは良くない」と言う。俺も本当にそう思う。けれど欧米に関する俺のコンプレックスは生半可じゃなくて、どうしても考え方が極端になってしまう。早く成功したい!早く認められたい!って。日本でトップなんかとってねーし、日本にだって凄い世界は沢山あるのにさ。視野が狭いね。

意気込んで海外に行って、ブチのめされて帰ってきて、敗北感だけが残った。どん底にいる。負けたんだ当たり前だ。


最近、本当に久しぶりにノブと話した。彼はずっとダンサーとして生きてきてた同郷の仲間で、道は違えど夢を追うもの同士、長いこと支えあってきた間柄だった。そんなノブと偶然「負けるという事はどんなことなのか」という話をした。

ノブはNYから帰国したばかりだけど、最近急にダンスとは関係のないフィールドで就職した。正直に悲しい気持ちになった。仲間が減ったような気分になった。彼曰く、彼もまた「負けた」のだという。俺はダンスで生きていくことを諦めた、もう踊らないし(躍らせたら超一流)夢に負けたことを自覚している、という。少し勿体無い。

でも一番大事なのは多分「負けかただ」だとも彼は言った。負けても、それを次にどう生かすかが大事なんだと。至言だと思った。

彼は次の新しい目標のタメに今の場所で頑張っているし、嫌なことを今やっているわけではないので応援したい。とにかくまあ、俺もこの負け方を糧にして次に進まないといけないな、という気分にはさせられた。きれいごと抜きで。



帰国後

ここで一つ、留学を考えてる人(屍さんとか)、それに憧れてる人、あと将来の自分に向けて、ここに書き残しておきたいことがあるのです。

あなたが海外で一生懸命何かをやったり、長くステイしてたりすればするほど、帰国後には言いようのない虚無と孤独に襲われるようになると思います。これは間違いない。人によって差異やその長さの違いはあれど、ふとしたときに心にぽっかり開いた穴に気付くと思う。そしてそれはたまらなく悲しいよ。

でももしテキトーかつノーテンキに留学先で遊んできただけなら、こんな気持ちにはならないと思うけど。真剣に生きてたなら、その分だけその反動は帰国後に必ず君を襲う。

理由は本当に色々だけど、やっぱ海外にいる間は異国の言語で生活してるわけだから無意識のうちに緊張しっぱなしだし、その分だけ張り詰めてた緊張は日本で急に解かれるから「あれ?」ってなるし、不思議なもので、人って刺激の中に生きてないとダメになるのか、やけに日本の全てにハリがなく感じられたりするし、英語力は話せずしてどんどん落ちていく自覚があってやべえ。。。とかって危機感だけはあるし、もちろん海の向こうの友達の事はとても恋しいし、日本の周りにいる君の友達はそんな君の状況や心境なんか全く把握しないし、したくてもできないからね。何者も、君が何をくぐり抜けてきたのかを知り得ない。

すげえ寂しいんだぜそれって。

もちろん留学先で英語も喋らず友達も思い出も作らずに生きて帰って来たら、帰国後も元気にやれんじゃねーの。手を抜いた分だけ楽できて、頑張った分だけ苦しむなんて、つくづくフェアじゃねえと感じるけど仕方ない。

全部ひっくるめて、留学は初めから終わりまで本当にひとりぼっちな行為だと感じます。

今自分はそのなんともいえない空虚感にさいなまれていて、苦しんでる最中。環境が変わりすぎて自分が何なのかわからない。心に穴が開くって、こういうことなのかと思った。

数ヶ月前には熾烈な環境の中で激闘をしていたのに、そのとき居た世界があまりにもカラフルで凄くて刺激的すぎて、今この平和極まりない環境の中に急に引き戻されて、なんだか情熱だけが空回りしたというか、なんだか気持ちの持って行き場がなくて空っぽだ。ベックって漫画でコユキが海外のツアーから帰ってきて何もする気が無くてボケ〜っとヨダレたらして部屋に寝転んでるカットがあるんだけど、あんな感じ。何もする気が起こらない。こんなの初めてだ。


海外に行きたいならまた戦いに行けばいい。けど日本はハッキリ言って楽だ。楽だからこそ、その環境を犠牲にして次の場所に飛び立つのを躊躇してる自分が居る。完全なる怠慢と甘え。ヘドが出る。「飛び立ちたい」という自分と「ビビってる」自分のこの温度差。くどいけど、つくづく自分が許しがたい。だらしなさすぎる。

個人的な葛藤ばかり吐き出して申し訳ないです。書くと頭が整理される気がして。しかし本当に俺がオーストラリアで仕事してたなんて夢みたいだ。自分自身信じられない。

何もかも夢だったみたいだ。本当に。。。


アレックス

USALEX2







少し前の話だけど、遂に来たねあいつ。南のほうとか色々行って彼女まで作って、今回東京に初上陸した。彼が本当に長い間来日したがってたのを俺は知ってたし、東京で会って遊ぼうなんてことは一万回くらい言い合ってたから念願だったんだけど、俺は丁度そのわけのわからん虚無にブチのめされてる時期だったから思ったほどテンションが上がらなかった。でもやっぱ親しい異国の奴と日本で会うのは不思議だし興奮する。

それと欧米気質というものが自分にも完全に身に付いているので、それは日本人と話していても満たされない不思議な感覚で、あいつらとしかわかりあえない感覚とでもいうか。東京でそれをもてあます感覚があって「英語でこんなことをあいつらと話したい」っていうようなこの湧き上がるような渇望を、あいつは少し満たし、フォローしてくれたと思う。凄く助かったしありがたかった。やっぱ友達が一番大事。

色々あって楽しかったけど、あいつが帰る際のアドベンチャーが一番すさまじかったんだわ。

airport1airport2we fucking made it







オーストラリアに帰る際、俺があいつを成田まで送る役目だったんだけど、アレックスが渋谷から成田空港まで20分で行けると思ってたのと、俺がアホみたいな電車の乗り継ぎをしたせいで(完全に頭がおかしい)、フライトに超遅刻の予感。「やべえマジに間に合わない!!」ってなって電車の乗り継ぎも超ダッシュ。それが運悪く運行が遅れてたり道を間違えたり、あっち行ったりこっち行ったり何もわからないあいつは俺のあとを着いて来るしかないし、既に漫画状態。クソあせった。

空港に着く前にそこに勤務してる親しい人に電話してヘルプしてもらって、もう大騒ぎだった。結局近場からタクシー捕まえて「ぶっ飛ばしてください!!」っつって運転手に無理言ってタクシーはガンガンかっ飛ばしたし(アレックス大喜び)、結局空港に着いたのが離陸50分前だからね(絶対にありえません)

空港内で俺らを待ち構えていた職員の方々は「あれが例のバカか」みたいな感じの視線ビームをこっちにガンガンおくって来てたね。もう二人ともお別れの寂しいムードなんざすっ飛んでました。間に合ってよかったとしか言いようがない。

まああれは一生忘れられない思い出だわ。俺とあいつが一緒に居て何も起こらない方が気持ち悪かったけどね。。。


最近の驚き

格好いい曲が流れてるなと思ったら、鈴木あみだった。

最近の苛立ち

ステフポケッツのMVが信じ難いほど低レベルなものだった。(マイクルーディープ)あいつわかってねえ。。。

最近の軽蔑

この国の腐ったメディア体質とそれを喜んで享受する日本人気質。

最近のあんたが大将

屍さんとばさんとたーさんの優しさ(マイミクの)。彼ら俺と会った事もないし俺に優しくしたって何にも得しないんだぜ?なのにすっげー親切なの。俺は本当に尊敬してます。あ、でも俺の日記読んで何かを感じてくれた人のこと全員好きだけど。


男になりたい。

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August 16, 2007

イメージの海

英曲の和訳って不思議。一旦リリックを全部自分で訳してしまうと、それをやる以前のようには、もう同じようにその曲を聴くことはできないことが分かる。

曲のリリックの和訳をやる前というのは、様々な箇所がまだ曖昧で、いくらか聞き取れる箇所はあっても、それも定かではないし、いうなれば自分の都合のいいように、自分がステキだと感じるように、自分の耳が全てを勝手に捉えてる状態を指すように思う。

英詩の曲(難しい奴に限るが)はいつもそうだ。曲のリリックそのものは完全に把握してないし、理解もしてない。けれど、その曲が訴えかける「声」だとか「世界観」が自分の心に喚起させるイメージの海の中で、何のリリックの制約も受けず、何の固定概念も無く、ただ自由にリリックを想像し、その無限の想像力の中で泳いでる状態っていうのは、なんかとても素晴らしい、本来の音楽の楽しみ方っていうのはこういうことなんじゃないか?って思わせるくらいの、なんかこう力強い芸術的な引力を感じるわけです。

リリックについて何も知らない、意味も分からない、だけど、それがいい。想像力を逆に生かす。イメージの世界が限りなく広がる。「ショーシャンクの空に」にも出てくるじゃんか。「何を歌ってるのかわからなかった、けれどそれが心に響いたんだ、何かきっととてつもなく素晴らしいことを歌ってるに違いないって思ったのさ」みたいな。俺にはその意味がよくわかる。

下記の曲は自分の人生にとってとても大切な曲だけど、和訳を行った途端に、今まで自分が頭に描いていた自由奔放なLUV SIC は消え去り、今度は的確な、いうなれば一語一句ブレの無い単語が耳に響いてきてそこにはちゃんとした「意味」がこめられているといった、悪く言えば色んな想像力を膨らませる余地が消え去り、逆にその丸裸な曲そのものの世界を受け止める羽目になってしまったとでもいうか。。。

俺の棺桶に入れてほしい曲である事にSTILL変わりは無いけれど、最近、想像力は泳がせたままにしておくべきか、それともそのリリックの全貌を把握したいという欲望に従ってそれを行ってしまうべきなのか、たまに悩む。大好きな曲があって、なんかリリック読んだら失望したっていう人、多いでしょう?失望はしなくても、なんか想像通りじゃなかったなと首をひねる事もあるはず。結局、その曲が持つ魅力を殺しかねない和訳という行為は、単直にただやりゃいい、ってもんじゃねーらしい。これは和訳だけに限ったことじゃなく、「想像力を膨らませる余地」ってのは、何事においてもとても重要な役割を担っているように感じる。NUJABES氏にお会いしたとき、確か彼も英語を曲に用いる理由について、それに近い事柄を言及しておられた記憶がある。ふーーーん。

矛盾するようだけど、この曲の和訳は素晴らしいです。SHING02は天才で、俺は彼に心から嫉妬してます。どうやればこんな美しい世界をつむげるのかわかりません。その才能俺にも分けてほしい。


Luv(sic) pt.3



It's funny how the music put times in perspective
Add a soundtrack to your life and perfect it
Whenever you are feeling blue keep walking and we can get far
Wherever you are

Like a movie that you can't predict
Like a book that you can't resist
I sing along a song that's oh so sensual
bring along a sip to make it all so sexual
verbally that is, making love to the music means vibing to the beat at night
with the whole city fast asleep, out cold
true words seem to rise to the lips, take hold
of a poet in me, most powerfully
I feel free when the world doesn't owe it to me
It's so hard to find a gig that lives up to the billing,
trying to find a reason to work, god willing
I admit, my thinking is wishful
like a star upon a child gazing up to the ceiling
how far do we have to stretch the truth
to fit the lifestyles borrowed and overdue
we can take it all back to the register
and start all over from the canister
let's break it all down into pieces of bright
moments that pass by like a meteorite
throw on your favorite reel that's good to go
on the analog player watch the people glow
sit back to the breeze let the memories flow
comedy tragedy all the highs and lows

(chorus)

Like your moves that I can't predict
Like your look that I can't resist
The ting-a-ling feeling was oh so mutual
the lingering appeal was so unusual
herbally what is, medicine to a lone soul can become poison to some
with the whole body fast asleep, out cold
true vision seem to come to the eye, take hold
of a prophet in me most visibly
I see clear when the world doesn't show it to me
It's so hard to make sense in a cycle of billing,
trying to find a reason to quit and make a killing
I admit, our dealing is painful
like a star upon a child staring down from the ceiling
how far do we have to stretch the picture
before pixelating the human texture
we can take it all back to the register
and start all over from the canister
let's save it all up for an ultimate prize
homecoming gathering with a big surprise
throw on your favorite record that's good to go
on the analog table and it's hooked to blow
sit back with ease and hear the emcee flow
hi hat kick drum all the highs and lows

(chorus)

okay we can take it all back to the register
and start all over from the canister
let's break it all down into pieces of bright
moments that pass by like a meteorite
throw on your favorite jacket and you're good to roll
on the analog trail and you look the role
just stroll through the trees and let your miseries go
sunshine hurricane all the highs and lows

we can take it all back to the register
and start all over from the canister
let's break it all down into pieces of bright
moments that pass by like a meteorite

和訳

Luv(sic) pt.3

本当に可笑しいよ
音楽が時間を繋ぐなんて
流れるサウンドトラックは君の人生を彩る
君が悲しみの淵にいるときは
歩き続ければ、僕らもっと遠くへいけるよ
君が何処に居ようと

先が読めない映画のように
先が待てない本のように
僕は官能的にシンガロングする
飲み物は全てを魅惑色に染める
詩的に綴らせてくれ
音楽とのセックスは
冷えた真夜中に響き揺れるビートそのもの
街は深く寝静まり
真の言葉は唇まで昇り上がる
とても強烈に
僕の中に詩となって宿る

世界から何も求められてない時
僕は限りない自由を感じる
輝きに満ちた興奮を見つけるのは困難
天意にかなうなら
僕は働く理由を見つけたい
認めるよ
僕の考えはいつだって願い事に満ちてる
天を見つめる子供
その頭上に光る星のように
あと一体
どれだけの真実を曲解すれば
借り物のライフスタイルを満たせるのだろうか

僕ら全てをレジに返してしまおう
そして缶カラから始めよう
その全てを壊し
輝きの破片へと還そう
彗星の如く過ぎ去る瞬間のように
好きなリールにそれを託し
人々の流れを見つめる
アナログ再生機の上で
風の中にその身を任せ
思い出を
流れのままに解き放つ
喜劇も悲劇も、その全てを

予期できない君の動きのように
目をそらせない君の表情のように
リンリン鳴り響く感覚はお互いに
長引く余韻はそう不可思議に
薬草に例えるなら
孤独な魂を癒す薬は
時には毒にだってなりうる
肉体が深い眠りの中にるとき
真のビジョンは瞳に訪れてきて
預言者として僕の中に鮮烈に宿る

世界がそれを見せないとき
僕にはそれが逆によく見える
請求書でがんじがらめの生活の中
全ての辻褄が合ってないように感じられ
僕は辞める口実を探す
一発屋にでもなってさ
認めるよ
人生は痛々しい
天井から子供を見下ろす星のように
一体あとどれだけ
この状況を引き伸ばせばいいのか
人間の構造をピクセル化する前に

僕ら全てをレジに返してしまおう
そして缶カラから始めよう
究極のご褒美のために今は我慢
驚きに満ちた帰郷
君の好きなレコードをかけ
アナログのターンテーブルの上
音はハジける
安らぎの中に身をたゆたえ
エムシーはフローする
ハイハットにキックドラム、高音に低音

本当に可笑しいよ
音楽が時間を繋いでいくなんて
流れるサウンドトラックは君の人生を彩る
君が悲しみの淵にいるときは
歩き続ければ、僕らもっと遠くへいけるよ
君が何処に居ようと

OK
僕ら全てをレジに返してしまおう
そして缶カラから始めよう
その全てを壊し
輝きの破片に還そう
隕石の如く過ぎ去る瞬間のように
お気に入りのジャケットを羽織れば
あとはもうロールするだけ
己の道を行く君はクール
生い茂る木々を抜け
苦しみを解き放つんだ
太陽に嵐、あらゆる哀しみに喜び



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これは俺が作った映像作品です。うざいですごめんなさい。

曲は完璧。まさにリリックの通り、聴いた人の記憶に大きな作用を与える力があると思う。曲が流れれば、その時に見ていた景色は真空パックみたいにパックされて、人生のしおりとして曲のイメージの海の中に色濃く挟み込まれるといった具合に。僕はこの曲に溺れていた時、生まれて初めて訪れたメルボルンのあまりの美しさに驚愕して感動して、とにかく胸がグチャグチャにかき乱されていた。この映像作品はまさにそのときに自分が見ていた景色で、今になってもこの曲が呼び覚ますものは、まさにこの時の記憶でもあるわけで。。。

言葉では表せない、自分にとっては人生の大切な宝物のような曲。

リリックの和訳に関しては、英語の流れはあえて無視して自分が直感で感じていた世界をダイレクトかつ詩的に日本語にあててみました。SHING02さんのサイトである日本人がこの曲の和訳を同じく行っていましたが(おそらくオフィシャル)、悪くはないと思ったけれど「この解釈は絶対にない」というような箇所も多く見受けられたので、個人的にはこちらが実質の和訳に近いと勝手に思い込んでいます。

まあいつも書きますけど和訳なんて十人十色なので、どれが正解でどれが不正解なんてこの世に無いんすけど。


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July 29, 2007

リリシストとして死ぬ-つむがれゆくもの-(俺の日記を読まない人も今回は観てほしいですつまりThis is also for people who dont normally read my shit)

リリシズム(Lyricism芸術における叙情性、熱狂、情熱の発露、ロマン)という言葉は本当に美しく響く。僕はリリシスト(叙情詩人)になりたい。「アーティスト」はなんか偉そうに聞こえる、それにいっぱいいるから。。。リリシストがいい。リリシストとして生き、リリシストとして死にたい。



芸術っていうのは「つむがれていくもの」だと思う。どんな偉人も、どんな天才も、生まれながらにしてその高みにいたわけじゃない。時間をかけ、その高みに「達した」んだ。でもそこに達するまでに、彼等は感性を着々と「つむいでいく」必要があった。

つむぐ行為は時間を要するから、2日で完結に至ったりしない。10年も20年も30年もつむぎ続けて、やっと丈夫で、説得力のある、縫い目の深い芸術をはぐくむ感性が生み出されるんだと思う。

もちろん、どんな方向につむぐかっていう「経過」は物凄く大事。時には幼児期にとても孤独でいることが、それを後に良い方向へ向かう要因になる「つむぎ」かもしれないし、例えばEMINEMはホームレスに近い生活をしていた時期があって、それで今があるわけで、もし彼が資質をもって生まれてきても、とても裕福で何不自由のない家族のもとで育っていたら、世紀の天才MCはこの世に発現しなかったことになる。彼は彼なりに、彼の感性を良い方向に「つむいで」いったんだ。

つまり「つむぐ」ことは「生きる」ことそのもので、「どんなつむぎ方をするか」っていうのは、まさに「どんな生き方をするか」そのものってことになる。食べるものから着るもの、出会う人、出会う事柄、読む雑誌、読まない雑誌、見る映画、やる仕事、抱く女、聞く音楽、何を学んで、何を愛するか、もう本当に生きていくうえで選んでいく必要があること全てが、「つむぎ行為そのもの」で、その全ては「芸術の形成」に関わってくるんだ。

そんで、俺は俺なりにつむいできたものがある。創作行為が素晴らしいのは、そういった「つむいできたもの」を何かしらの形にして証明できることだと思う。そして俺はそれを芸術と呼ぶし、それをこれからも続けたいからリリシストとしての自覚を持ちたい。調子こきすぎだけどね、、、才能が無くたって、一回きりの人生、このクソみてえな掃き溜めの中で、自分が情熱を注いでることに夢中になったって罪じゃない。

俺はオーストラリアで、物凄いポジティブな方向へ感性をつむぐことが出来た。俺の友人の中で、誰か一人にでも会えてなかったら、俺は自分自身、下記の作品に出会えてなかった。何かひとつでも違う行為をしていても同じだ。誰かがこの日記に残してくれたコメント一つで、つむがれゆく方向が大きく変わったかもしれない。全てつながっているんだ。

解説を含めて、俺がつむいだものを、是非観て下さい。クソだと思っても最高だと思っても、何も感じなくても、もしくはスルーしても、俺はそういう方向に感性をつむぐし、人生をつむぐ。その後にはまた、新しい何か(芸術)が生まれると思う。24歳なりにつむいだ俺の息子たちが、ここにいます。


ちなみにThe Narrow Wayはこういう公の場でさらすのは初めてですね。これは初めて曲を聴いてから一年間、俺が完全に取り付かれていた曲です。「世界一速い編集」を目指して、なおかつ今までの俺になかった「叙情性」を生み出そうと試みたもの(バカなりに)。頭の中に喚起されたイメージを形にするまでのプロセスは、パッと見た感じよりも遥かに大変で、その作業は真剣に困難を極めました。曲は少なくとも一万回近く聴いたと思う(本当)。撮影も難しかったし、実際に編集作業を初めてもそのうねりまくる超スピードのリズムに俺が付いていけなくて、映像も全然踊りださなくて、一度真剣に「これムリ俺には出来ない」と思って諦めたりしました。

でもなんとかやり遂げて、形にしてみました。厚かましいですけど、これは、とても感想を聞きたいな、、、。よければ聞かせてください。俺は自分自身、これが面白いのかつまらないのか、自信が無くて。とてもくだらないものを作ってしまったのかなと感じることもあるし。でも他の誰にも同じものを作れないという自負も少しはあるし、とても人がどう感じるのか知りたいです。長くなってゴメン。とりあえず、

読んでくれてありがとう。じゃあ楽しんでください。どうぞ。

☆The Narrow Way☆

リリシズム

ポジの中にポジも無く、ネガの中にもネガは無い。真の輝きは光の中には生まれ得ないし 、暗闇に包まれていては本当の暗黒もその力を失うと思う。

光と闇は一見相反している様に見えて、その実お互いを必要としているように、その絶妙 なバランスの中で初めて生かされ合っているとでもいうか。一筋の光はその闇を切り裂くように貫通し、ほのかな光は突発的に発現、その闇の形を突き崩す。ことあるごとに二つ の存在は姿を変え続けるが、お互いを必ず相殺して、そのバランスを変える事は無い。

人間の心にも同じことが言えると思う。悲しみや不安をブチ抜く「感情の爆発」を喚起さ せる「炎」という輝きは、まさに人間の「それ」そのもののように、僕は感じるからです 。

あざっした。

☆Reflection Eternal☆

芸術

「美しさ」というのは至る所に平然と存在しているもの。だけどそれらはあまりにも自然に、あまりにも身近に息づいているから、往々にして見失われやすい。

高価な宝石なんかとは比べられない誇り高い輝きを持ち合わせ、聖書や他のどんな書物よりも真っ直ぐにピュアな何かを伝達することが出来る、正しさに満ちている美しさ。

それを見たかったら目を開くだけでいいと思う。何処にも行く必要は無くて。もし素直なまなこで世界を見たなら、日常の何気ない光さえもその心を照らす輝きとなって、その瞳に永久の感動を映し出す「美しさ」になり得ると思う。

何故ならその美しい世界は、あなたの美しい心そのものをリフレクトしたものだと思うからです。

あざっした。

☆TRIBE FROM THE FAR EAST-ASIAN MOTHER FUCKERS-☆

ハイブリッドシット

スケートボードのビデオって、格好良くて茶目っ気があって、下手な映画を軽々凌駕するような、本当にクールなものが多いのにもかかわらず、作品中に繰り出されてる技術や話 題がコアすぎるからなのか、一般の人達が週末にビデオをレンタルするような勢いでは世 間に流通してないのが現実だと思う。でもそれって物凄く勿体無い。スケートほど人の目を奪うダイナミックで美しいモーションは他に無いと思うから。

でも確かに自分のような素人からすると、何がどのレベルでどのように凄いのか、把握しかねる瞬間というのがビデオを見ていると多々ある事は否めなくて。「なんとなく凄いの はわかるけれど、実際にスケートにドップリ浸かってる奴らにしかわからない事が多いんだろうな、例えばこのジャンプとか」というような「置いていかれてるようでなんかイマイチこう、単純にすげえ!!って叫べない」類のやりきれないもどかしさとでもいうか。

だからスケートについて何も知らない自分なりに、スケートビデオの概念を自分の中で解 体して組み立ててみたと。「例えスケートに関する知識ゼロの女の子が見ても、すげえ!!と言わざるをえないような、そんなビデオ」を目指してみたら、結果的にこうなりまし た。有無を言わさず畳み掛ける後半は、特に是非じっくり見てほしいです。

この種のビデオに「王道」や「基本」のスタイルが存在するとするなら、これはそれを走ってません。ごめんなさい。でも既存のものとある種の別次元の要素をゴッチャにする「 ハイブリッド」のスタイルは、ここに生きてると思う。この人達がアジア代表モノホンマ ザーファッカーです。

あざっした。

☆A PINPOINT OF LIGHT-CANVAS-☆

瞬間の美学

例えば砂漠というものが一粒一粒の砂から成り立っているように、時間というものも細かな「瞬間」の積み重ねによって初めて成り立つ概念。でも実はその「瞬間」の中にも、様々なテンションが息づいていて。

例えば人が目を閉じる瞬間。拍手する瞬間。射精する瞬間。何もしない瞬間。自動販売機 にコインを入れる瞬間でもいい。銃弾が放たれる瞬間。マッチを擦る瞬間。老人がベンチ に腰を下ろす瞬間。孤児が死ぬ瞬間。金持ちがグラスを合わせる瞬間もありだ。動物が獲 物を捕らえる瞬間。彼女の浮気が発覚した瞬間。スペースシャトルが宇宙に飛び立ち、そ の中の乗務員が地球を見て感動する瞬間。

全てがリアルタイムで、今、この瞬間、同じこの瞬間の中に息づいている。クリエイトさ れ続けている。その何気ない「瞬間」は日常の、何処にでも見つけることが出来る普遍的 なものであると思ってる。

そしてそこには、テンションが絶頂に達する瞬間「ピンポイントの瞬間」が常にあるはず で。それを何処に見極めるか、僕はこう見極めました。瞬間の美学、観て下さい。

あざっした。

☆ヘドが出るTVショー Aka Uncle Fucker☆

とっても楽ちいTVショー(WE LOVE TV)

テレビをつけようよ!!楽しいよ?今日はどこで誰が、どんなふうに死んだかな?殺され たかなあ?レイプされたかなあ?どんな暴力が見れるだろ?現場にいるリポーターさん! 深刻な顔つきと物言いで、でもそのくーるに整った髪形とシャレたネクタイはそのままで 、全てを明確にわかりやすく僕ら視聴者に語りつくしてよ!40分前まで別室でハナクソ ほじってた、すたじおにいるアナウンサーさん、ちゃんとリポーターさんのひとを助けて あげてネ!それにスタッフのひと!超おどろおどろしい効果音と、超深刻なBGM、それに仰々しいタイトルも忘れずに加えてよ!?あれ盛り上がるからさ!え?明日には別の誰 かの不幸をまた同じテンションで分析、プレゼンしてくれるって?!あ?どうせ明日には 国民全員、他人の死なんか知ったこっちゃねえし忘却のカナタだからOKだって?どんな 悲劇もエンターテインメントにして売り出してインスタントな同情と不幸をサクッと売り 出せて数字が取れれば、みーんなハッピーだって?、、、うん、確かにそうだね!!あ! テロで500人死亡のニュースだって、、、あ!CMが始まったよ!?うわわ、、あのチ ョコレート、、最近食べ過ぎて太っちゃったんだよね!でもダイエットが必要な人のため のニューシット「やせやせ君」をテレビで見て買って、昨日家に届いてたからさっそくやって、もっともっとやせヨット!!あ!僕が毎週欠かさず見てる、僕の人生とは全く関係ない芸人が僕とは全く関係のないことを喋る、僕の人生に全く必要の無いバラエティーが 始まったよ!Oh my god I just cant live without this shit. TV is my life!!!テレビが無きゃ死ぬ。I LOVE TV。

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僕は特定のメディアを心から憎んでる。特に日本のテレビ媒体への軽蔑心はあってありあまる。この世で一番最低な虚像が垂れ流されてるのは、部屋の中にあるスクリーンの中か らだと考えてみれば。

人は恐怖に捉われて生きてる生き物。テレビはそこに付け込む。果てに待つのは「価値観 の画一化」。テレビが作った価値観を分け隔て無く視聴者に押し売る。同じ価値観を押し 付ける。最も愚かなのはそれをなんの抵抗も無く受け入れる、テレビに積極的に洗脳されたがる日本人の存在。

だから徹底的にコケにしてやった。能無しのクズはテレビって名前のケツから垂れ流しの クソをただ単に舐めるだけじゃなく、中指突っ立てて自分自身で考える「まともな感性」を持つべきだ。

☆Luv(Sic).pt.3☆

神が宿る風景

嘘が無い風景には神がいる。嘘の無い人々の表情には神がいる。嘘の無い空には、もちろん神がいる。

宗教が定義する神なんかを言ってるんじゃ決してなくて。時に人の心をバラバラにするような、時に人に涙を流させるような、時に人を虚無の淵に追い込むような、時に人生に感 謝を捧げたくなるような、そんな形容しがたい、圧倒的な「美しさ」を神と称してる。

例えばカメラを向けられた人々の表情は、既にそこで「自然さ」が失われていると言っていいと思う。入念にセットアップされ、丹念に装飾された映画のセットの風景は、既にそこで「自然さ」が失われていると言っていいと思う。

そこに真の神は宿りえない。

僕は、祖母の手を握って笑う赤ん坊の無邪気な笑顔を神と信じる。遠くでベンチにうつむ いて座ってる人の風景を神と信じる。コーヒーカップ片手に信号が青になるのを待ってる人の何気ないしぐさを神と信じる。路地に咲く花が揺れる瞬間を神と信じる。猫の目の瞬 きを神と信じる。道路に舞う茶色の木の葉を神と信じる。さりげなくめまぐるしい雲を神と信じる。月や海や夕暮れのような自然を神と信じる。人々の、さりげない笑顔を神と信 じる。

自然な光景、それは二度と、永久に同じようには繰り返されない奇跡で、そのどれもが目を覆うような輝きに満ち溢れてる。そして僕は、そこに神がいると心から信じてる。

あざっした。

☆A TRUE MASTER PARALYZE`S HIS OPPONENT☆

立ちすくませろ
本物の使い手は立ちふさがる壁を壁と思わず、打ち砕くこともせずにそれを打ち砕く。

☆MY SWEET DOG☆

犬は神
犬は神に近いと思う。その姿に嘘が無い。気高い瞳。純真な愛。人間が必要なもの、人間 が持ってないもの、彼らが全部持ってる。


。。。。やべえ疲れた。。。付き合ってくれた人、どうもありがとう

(全ビデオ)

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Aus to Taipei to Japan




オーストラリアを離れる間際にサザンクロス大学の先生方とか俺の大切な友人たちにお別れを言ってまわったんだけど、予想をはるかに上回る悲惨な展開に(別れが真剣に苦手)。

仮にこっちが涙をこらえていても、俺なんかのために涙を目に浮かべてる相手を見るとツラれてしまう。嬉しくて、光栄で、悲しくて。

別に俺がこれから人殺しのために戦争に旅立つわけじゃないのに本当にバカみたいなんだけど、俺とは国籍が違う人間とさよならを言うのは東京から岐阜の友人をMISSするのとは、やっぱり全く違う。



ジェザとかは3年間お互いに「お涙頂戴ごっこなんざクソ食らえ」みたいな信条でケツをぶっ叩き合いながら付き合ってきた兄弟のような間柄だったから、お互いに涙を見せ合うようなメランコリックなノリにはなれず、最終日も最初はわりとお互いクールに振舞っていたんだけれど、いよいよ別れが近づいてくると救い難い感傷的なムードが嫌がおうにも二人の間に流れ始めて、それに一体どう対応していいかわからず、最後はやっぱり号泣してしまった。だせえ。。。最後に日本語で「ガンバレ!!!!」と大声で叫ばれた。たぶん死ぬまで忘れられない。



スレイディもきつかった。大学の先生なんだけど、俺の本当にいい友達で、本当に俺のことを気にかけてくれる、まるで父親のような存在。海外の先生とこんな関係を築けんだから、不思議だよ人生。涙が出てきたとき、とても恥ずかしかった。とても。

3年前の俺に、人のために涙を流すような感情なんてあるわけなかった。いつもテメーのことばかりだったから。それが今ではこんなふうに人に感謝するようになって、人というもの、時間というもの、環境というもの、言語というもの、出会いというもの、人間を変えるそれら要素の、素晴らしさというか重要さ、、、生まれてきて良かったと心の底から思えるような「人生の堪能」を俺に与えてくれた全ての事象に。

本当にありがとう





ブリスベン






ブリスベンには出発の一日前にアレックスとバスで行った。アレックスは「都会」に出るのが本当に久しぶりらしく心配ばかりしてた。おめーがビビッてどうする。。。こいつとは他の誰よりも分かり合える親友になったから最後に一緒に旅できて楽しかった。夜通し街を歩き続けて色んなことを喋った。朝方に空港に行く頃は二人してテンション激落ちだったけど、見送りに来てくれて感謝。再会を誓うと不思議と涙は出なかった。またな親友。




でも真剣に疲れててたな。事情があって14枚くらい服を着ていたし荷物も本当に重かったから。

タイペイ

ブリスベンからタイペイ経由、そして東京に帰る寸法だった。よく航空券を「直通」じゃなきゃ取らない!他の国に寄るなんて時間の無駄!って人がいるけど、しらける。他の国に寄ればチケットは安く済むし、それで他の国の場所を空港だけでもいい、少しだけでも観察できるんだからラッキーだし、何より勉強になるじゃんか。

今回は初めて経由途中の国タイペイで、一泊してから東京へ乗り継ぐことになってた。つまり空港の外に一晩出られる。それにホテルとかスケジュールは全部航空会社がセッティングするから俺らは何も心配しなくていい。今回はそれにかこつけてタイペイの夜の街を思いっきり満喫しようと考えてた。期待は膨らむ。タイペイのことなんて、何も知らないのに。

タイペイリポート

なんつったって、たいしたことはしていないし、ただタイペイのホテルに泊まっただけなのでつまんないですけど、一応書きたい。






入国する際、同い年の日本人男性と知り合って行動を共にすることになった。S君。

空港は日本ぽく、同じアジア人としては馴染みがあった、そこら中がひらがな抜きの漢字ばかりだから妙な感じだ。読めるけど読めない、、、この感じは前回も感じたけれど、本当に不快。目を向けないよう心がけた。

両替所で10ドルだけチェンジしてみた。自動販売機でジュースを買おうとしたら一本25NTと書いてあった。わからない。。。やめた。

「ここに行ってガイドをつかまえてください」と言われた先に二人で行こうとしたけど渡された地図がいい加減で、一時間近く二人で迷った。意外にも英語ができないやつが多い。

外に出て、驚愕した。異常な暑さ。それに異常な湿気。息ができない。空気が重く淀んでいる。まあ14枚着てたせいもあるけど、あんな湿気は日本でも経験したことは無かったな。本当ひどかった。

やっとガイドを見つけると、俺らのほかに同じホテルに泊まるんであろう数人の西洋人が同じく疲れきった顔つきで待っていた。バスが来るというので道路わきで待ってると、道ゆく車がどれも高級車である点にS君が気付いた。でもなんかみんなヤクザみたいで俺は好きになれなかったけど。




バスが来た。バスというかバンだった。そこにいた全員のため息を無視するように運転手は颯爽と降り立って俺らを中に押し込むと、すげえスピードでタイペイの街をホテルへ向けてぶっ飛ばした。

俺は輝かしい街並みを期待していたんだけど、空港の周辺だからというのもあるからなのか、景色は最低な色合いを帯びて、ひどくくすんで見えた。覇気が無い。道端にはガラクタが転がっているし、半裸でうろついてるおっさんとかも多いし、廃墟みたいな建物も多い。あとこれは定かじゃないけど、チープな風俗らしき小屋がチラホラと目に入った。普通にコンビニの横とかにある感じだ。それがひどくてね。タイペイに対する輝かしい好奇心は、車がどんどん山奥に進んでいくにつれて、年季が入ったペンキみたいにガンガン剥げていった。

一体何処へ連れて行かれるんだ!?という感がしてきた。車内には不穏な空気が漂い始め、S君は完全に引いている。とにかく人気の無い山をどんどん進んでいく。このままどこかに連れ去られてぶっ殺されてもおかしくない感じがした。豚小屋みたいなホステルを想像し始め、期待はしないようにした。あと運転がアラい。バイクとかかするんじゃないかって勢いで追い越す。一時間近く走った。




光が届かない山奥で、突然すんげえでかいホテルに下ろされた。ここすか!?いちいち期待を裏切ってくれるタイペイの方々。そこはゴルフコースに隣接してる金持ちのための道楽ホテルで、何故こんな奇妙な場所が航空会社によって選ばれたのかは、不明。

中は静まっていた。シャイニングに出てくる空虚なホテルを連想させた。華やかさが逆に空虚さを物語っているとでもいうか。妙な建物だ。受付の男は日本語を本当に上手に話したが、説明しがたい発音。ニコニコしてペラペラ日本語を喋るそいつを見ていると、いよいよクラクラしてきた。ここはどこなの私は誰。

部屋は超絶的な広さだった。隣はS君だったんだけど、二つの部屋は真ん中のドアを介して繋がっていて、二人してテンション爆発。今までに泊まった部屋の中で、一番ゴージャスで巨大な空間。極端にもほどがあるよ。俺らはただのストップオーバーでここに来てるのに、こんな待遇を受けるいわれは無いから。

でかいベッドが二つあって、テレビのチャンネルは80個近くあった。ベランダに出ると、もわっとした暗闇が、果てしなく広がっているように見えた。面白すぎる。すさまじい空間だ。こんな経験、しなきゃうそだ。





一食分のフリーディナーのチケットを持って食堂に行った。でかい。数個の西洋人グループが食事をしていた。タイペイの人間はあくせく働く。でも俺らのような人間の扱いを完全に心得ているようだった。日本語を交えて食事のシステムとかをわかりやすく、逆に言えば愛情の無い動物に首輪を付けるように淡々とした態度で、説明してくれた。






S君はチャーハンを頼んで俺はなんたらソバを頼んだんだけど、二つとも激まずかった。かっさかさのサラダも印象深い。さすが、期待に応えてくれる。料理はやる気ゼロだ。コーラは40NTです。

部屋に戻って14枚の服を脱いでバスタブに浸かると天国に来た気がした。






S君とテレビを見たが、チャンネル数がとにかく多い。日本人の番組も多くやってるが、ほとんど字幕つきだ。ドラマなんかは超だせえ。コマーシャルなんかは日本人のものっぽいが、なんていうか、、、7年前の日本って感じかな。何もかも垢抜けない。しかもみーんなタイペイの「独特の妙にハイな」あの言語でしゃべるから、うん、、、海外でテレビを見てるのはその国の文化の一部をまざまざと見ているようで、本当に興味深い。

一言で言うならタイペイの若者文化は「ガキ臭い」印象。色男の定義が、俺が思う「クールな男」とはかけ離れている。どうしてアジアのオンナって、童顔のオカマ野郎が好きなんだ?ジャニーズがここでも受けている理由がわかる。アンパンマンがタイペイ語吹き替えでやっていた。そっこー消した。




夜の街を徘徊しようとしてたのに、外に出るとやっぱそこに広がるのは木々のみ。このホテルは完全に孤立している。周りを歩くと、、、な、なんてシュールな気分。タイペイに来たというのに。ホテルの中も歩き回ったけど、今はオフシーズンなのか、がらがらの印象。開いた空間ばかりがやけに丁寧に作りこまれた内装と相まって、すごい静けさを寂しさとともに醸し出していた。世界の終わりホテル、と名づけることにしよう。




モーニングコールとともに起きて朝食をとるため、昨晩とは違う食堂にS君と行った。昨晩は暗くて外は暗闇のみだったけど、朝の景色は夜のそれとは全く違う世界。でかいゴルフコースが広がっている。ホントでかいんだ。朝ごはんは普通だった。久しぶりにちゃんとした朝食をガッツリ食えて幸せだったけれど。






通路にはゴルフカートが多く並べられていて、そのまわりをキャディーが行ったりきたり、忙しそう。こんな早朝なのに、多くのゴルファーがロビーで談笑したりスウィングしたり、、、金持ちの道楽の瞬間を垣間見た気分。俺には一生縁が無いし、無くても全然いい光景。ゴルフなんか興味ない。






部屋でダラダラしてたらフロントから「バスがきてます!」と呼ばれて慌てて二人で部屋を出た。世界の終わりホテルさよなら。。。もう二度と来ないと思う。。。バスにぎゅーぎゅーになって空港へ。



昼間の街は違って見える。けどやっぱり整備されてない街並みはとても汚らしく思えた。あまり住みたいと思えない場所。ごめんなさい!

しかし暑くて死ぬ。海が見えた。S君はサーファーなので、「タイペイの波っていいらしいんだよ、、、まだあんまりメッカとして栄えてないから。。。」と言って遠い目で真剣に波を見ていた。






二人して間違えて第一ターミナルで降りてしまう。俺らは第2に行かなきゃいけないのに。でもそこは人の数が半端じゃなかったなー凄かった。夏休みなのか?普段からこんなににぎわっているなら、異常だ。バスを確認して少し待つ。S君は英語が出来ないから、真剣な意味で、たぶん俺と居なかったらタイペイ滞在をマネージできなかったと思う。それを思うと、運命って不思議だよな。






売店を覗いたけど、これは本当に凄いんだけど、激辛だとかノドがカラカラになるだとか、酒の濃いつまみだとか、そういうものしかここは売る気が無いらしい。甘いものがほとんどない。






濃度300パーの、口から火が出そうなねちっこい食べ物しか売ってない。日本だったらコアラのマーチとかが置いてある場所に、真っ黒な豆が売ってある感じ。




この湿気でこれをくって生きていたら、頭がおかしくなるぞ。店員は化粧しながら超適当に仕事している。






第2空港はにぎわっていた。フードコートを歩いていると、通常のこの辺りの「タイペイ」に飽きが来ている実感をした。






ああ、今の俺らのタイペイに対する印象はそんなに特別じゃない。きっともっと、東京で言えば渋谷とかお台場とか、クレイジーなものがきっとここにもあるはずなのに見れてない。もったいなくて悲しかった。






あら?もう終わりだ。もっと色々あったけれど、大筋を書くとたったこれだけか。やっぱ一晩のストップオーバーなんてこんなもんか。でも楽しかったです。

あざっした。

タイペイリポート終わり


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July 14, 2007

Tai Fucking Pei

I came out to Tai Pei from Australia today. Probably English people calls this as 'Stop Over'. I don't even know where this country is in this world because I never give a fuck about Tai Pei before so it's kind of weird to be here.

I have to fly out from here to Tokyo tomorrow morning so that I was expecting to do just a little bit of seightseeing in Tai Pei before I leave. However, this hotel I'm now staying at is bloody isolated from the city. It's like a middle of nowhere. What a disappointment. This hotel must be arranged by China airline that I used...fuckers. Let us see something.

Anyway, this hotel is TOTALLY INSANE. So is this country. Everything I could see is just...different from what I have seen before. My journey is often turned out to be real crazy like this, but it also makes me think that I actually have to keep exploring this world until I die. Because there are so many crazy things I have to experience. Even Tai Pei impressed me so much already. This world is...so big and amazing...

Big up this world we are living in.

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July 10, 2007

人は鏡(I dont know who I am without u)

fff







人は鏡だと思う。よければ読んでみて下さい。いかに友達が大切な存在かという話どす。


俺は自分が誰なのかわからない。些細なことでもわからない。例えば今だって「僕」って書くべきなのか「俺」って書くべきなのか、どっちが「素の自分」に近い表現なのか、全くわからないし悩む。今回は俺と書いてみるけど、文章に限ったことじゃなく日常の中でも「自分という人間を表現しなければいけない際」には、立ち並ぶ多くの選択に未だに戸惑う自分がいる。何が俺らしくて何がそうじゃないのか、どんな言葉選びや行動が松沢という人間をレプレゼントするのにふさわしいのか。多くの事柄が24年たっても未だ不明なまま。

芸術が好きだというのは真実。でもこういった情報は自分の人間性のうわべをなぞりはするけど、俺が何者なのかっていう答えを導いてはくれない。この文章のみから推察された俺の性格だって、全く的外れの可能性もある。

誰かと初対面。日本語なら敬語を使うべきか、英語ならライトなノリで冗談でも言うか。わからない。愛想笑いをしながら自分を偽ってるなと自覚するような瞬間も沢山あるけど、同時に、自分に嘘をつきながら相手に悪い印象を与えないように取り繕うこともできるのは、ある意味自分という人間の性格の一部でもあるわけで、もしかしたら自分は最低なクソなんじゃないかと、こんないきさつで自己嫌悪に陥り苦しむ事なんてしょっちゅうある。特に以前はそういった、今思えば「よくない循環」に取り付かれながら、自分を蔑んで生きていたような気がしてる。

でもAUSで凄い数の人との出会いと別れを繰り返して生きてるうちに、わかったことがあるのです。俺は俺を一人では見つけられない。

結局、沢山の鏡と鏡を照らし合わせながら、自分という姿の一部を一個一個、ワンピースずつ見つけて、形成していくしかないんだってことを。そして俺らの周りにいる「人」こそが、自分を見つけるためのキー、「鏡」なんだってこと。それがどういうことなのか、こんなふうにクールに調子こいて書くのは簡単だけど、ちゃんと根拠を書き残したい、けど難しいからうまくできるかわからないでござる。


例えば俺ら3人は、3人とも全く違う価値観の世界に生きてるのに、どうしてか気が合う。マークはクリスチャニティーに、俺は芸術に、アレックスは独自の世界に、それぞれ没頭してる。それでも俺らは3人で話し出したら止まらないくらいに、本当に色んなことを話し合える。自分にない世界を持つ人間と出会うと、そいつを通じてまた新たな自分の一面を発見することができるからだと思う。それが凄く面白かった。俺は二人から相当に色んなものを学んだし、また俺も彼らに凄い影響を与えたと思う。


大切な週末に、気まずい「あいつ」とディナーしたい奴なんてこの世にいない。誰だって自分が「心地いい」と感じることができる人間と一緒にいたい。もしくは「心地いい」とさえ感じないくらいに「とても自然にふるまえる」ナチュラルな空間を一緒に築ける相手と一緒にいたい。携帯でよくメールのやりとりをするのは誰か?誕生日には誰に来てほしいか?クリスマスイブに隣にいるのは誰か?色んな状況の中に、常に身近に存在してる人たちが誰しもに必ず存在してるでしょう。そして、そういう人間のことを日本語で何て呼ぶか?「友達」、、、(もしくは恋人)。

でも「気を使わなくていい」「ナチュラルでいれる」「心地がいい」ってことが、一体どれだけ凄いことで、どれだけ素晴らしい化学反応なのか、それに対する感謝の心っていうのを、俺らは普段から忘れがちだ。だって何をもってして「ナチュラル」と言うんだ?俺は俺の人格ことをわからないのに、「こいつといると気が楽だし俺のままでいていい気がする」という自覚というか意識の把握だけはある。「ナチュラル」でいれる自分、って凄くない?その自分、絶対にリスペクトするべきだと思う。

そこに答えがある。その瞬間、その友達は俺の「鏡」として機能してるんです。俺の一端を、そいつを通じて発見することができてるの。人っていうのは、親友と一緒に笑ってるときの顔が一番美しくて一番素直だと思うけど、それはそういった理由からなんじゃないかな。

最低な性格で生きてれば、周りはそれを鏡として反射するから、そいつには最低な人間関係しか生まれない。相手を思いやる心を大事にして生きてれば、そいつを映し出す鏡も自然と増えていく。全部自分自身に返ってくる。

だから大切な友達と会うということは「俺は俺でいてもいい」と確認したり安心したりするための行為でもあるのだと思う。誰しもが恐らく自分自身を知りたくてしょうがないから、その片割れを求めて「良質な鏡」を捜し求めて生きてるのでは。だって親友こそが、あなたをそのまま綺麗に映し出す、あなたが誰なのかをクリアーに映し出す、最も重要な鏡になりえるからね。

普段よく会う友達や、困ったときに電話をかけたくなるような友達は、さりげなく日常のなかに存在してはいるけれど、実際は、あなたの人間性をリフレクトし続けてる計り知れない影響力を持った、かなりスーパーな存在とでもいうか。

だから自分を見失って人を包丁で殺すような奴や、元恋人を追いかけてストークする様なクズは、きっといい友達、いい鏡に囲まれてない寂しい人間達なんだろうなと思う。鏡がなくて自分が誰なのかわからなくなるんだろう。もしくは「親」っていう、それこそ人間性の根底を形作る時期に一番の模範にならなきゃいけない「鏡」が、錆付いてて腐った鏡だったのかもしれない。それって、かわいそうな気もする。俺を育てた鏡はたまたま美しかった。そいつらの鏡は、たまたま壊れてただけなのに。(ああでも俺が美しい人間なのかは不明です)

もちろん鏡になりえるのは友達だけじゃない。気のあわない奴や、いらつく上司、嫌いな奴からも俺らは「自己の破片」を沢山見出すことができると思う。そいつが嫌いな理由を並べただけでも、自分自身、色々見えてくるものがあると思うから。だからムカつく野郎に会ったら、ある意味ヘイトしないで、逆に感謝したらいいかも。また新しい俺を見つけてくれてありがとう、って。

だから「恋人」とか「奥さん」とか「旦那」なんかって存在は、もうそれこそ人生を通してお互いをいつも照らしあえるような、お互いを常に証明しあえるような、ウルトラナチュラルな存在じゃなきゃダメだよね。「赤ん坊」さえ鏡になりえると思う。「赤ん坊」という完全にナチュラルな存在を通して、親も長い間失ってたものとか、忘れてたものを沢山学ぶと言うからね(俺は経験したことないけど)。やっぱ人間って、鏡だわ。

出会いを重ねて、別れを重ねて、人は自分の一部を探しながら、迷ったり困ったり、喜んだりしながら自分というものを見つけていく。人間って、、、自分を発見するために生きてるのかも。

前置きが長くなったけど、俺はもうすぐオーストラリアを発つ。この時期も相まって、色んな国の友達とサヨナラをしなきゃいけなかった。めちゃくちゃ泣きました。今まで星の数ほどの友達をここで作ってきたけど、俺なんかの大切な鏡になってくれた人たちの事、心から大事に思ってます。不透明で不明瞭な俺という人間を、ここまで形作ってくれたのは、宗教だとか学校だとかそんなんじゃない、まぎれもない俺の友達どもです。だからありがとう。

他にひとつ、俺真剣に怯えてることがあって。それはここの親友たちとの別れ。俺はここの大学で生徒として勉強していたので、その過程で死ぬほど濃い体験を共有してきたツレが何人もいる。友情って不思議なもので、3年以上も一緒にいると、もうお互いの人生そのものを気遣いあえるような、友情っていう関係以上に「こいつが俺の人生の日常に存在してなきゃ困る」もう兄弟そのものの感情が芽生えてしまう。全員にさよならを言わなきゃいけないなんて、残酷すぎる。

「さよなら」という言葉が人生で一番憎い。

orionsam


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June 28, 2007

The Running Scared 3

某日

cars







キャンベラにいるアレックスがシドニーに用事で来るから、そのついでに俺と会いたいという。みんな、、、俺なんかと仲良くしてくれて嬉しいんだけど、もっと時期を選んでくれ。。。結局忙しくて会えなかった。クソが!

某日

今回CDの類を全部リズモアに忘れてきたので、聞きたい曲がまったく聴けない。これがきつい。SHING02聴きてえ。

某日

dvd







近所のワイン屋さんには簡易なDVDレンタルシステムがあって、それが人生を楽しむのに積極的なここの人達の人柄みたいなのを表してるように俺には感じられて、好きだ。日本にもあるのかなそういうの。今までもこれからも、俺には死ぬほど無縁な場所なので、わからない。

某日

abo








ジェリーと俺の仲が確実に冷えてきてる。以前は仕事を終える度に長話をしたり、ハグしあったり悩みを打ち明け合ったりとか、とにかく心の距離が近かったんだけど、最近はまるでストレスと緊張とこのフィルムが、俺らの距離に暗い影を落としてるよう。悲しくはあるけれど、所詮人付き合いなんてこんなもんなのかなという冷めた失望の方が大きい。

某日

aho








フィルのインタビューで不完全なところを補う為に、電話の彼の音声を録音することになったのだが、うまくいかない。プロの技術者を訪ねて正しい録音方法を聞いたんだけれど、それでもダメだった。フィルってば電話でもボソボソしゃべるんだもん。

某日

ストレスが絶頂。アダム(カメラマン)が間違ったサイズでイメージを撮影したいた事が判明し、それに今まで気付かなかった俺らも、もちろんアダムも、全員マヌケだ。くそったれが。

某日

地下鉄の駅でカメラをまわしていると、黒人のセキュリティーが近づいてきた。機嫌が最低だったので何か文句言われたら俺が文句言い返してやると思って身構えてると、「そのカメラいくら?テープって高いの?やっぱ重ね撮りって良くないのかな?」ととてもフレンドリーに話しかけてきたので、色々教えてあげた。カメラを買おうか悩んでたらしい。会話を終えてそいつが立ち去ると、今度はそれを後ろで見てた小さなヤクザみたいな白人が俺に話しかけてきた。次の駅に行くまで色んな世間話をしたけど、楽しかった。名前も聞かなかったけど、綺麗な目をしたおっさんだった。元気に今でもやってっかな。ありがとなおっさん。

こういうの、日本人にはないところで、俺は好きだ。気軽でいいじゃん。

某日

ここまで生きてきて最近自覚しだしたんだけど「英語が俺より話せない人間」に出会うようになってきた。以前じゃ考えられなかったことだけど、必然的にこうなった。不思議だけど。そんでもってその感想は「イラつく」。

この日の夜、もう緊急事態で一秒でも早く日本に電話しなきゃいけなくって、コンビニに入って俺がいつも使ってる「OZCALL」というカードを買ったんだけど、店を出てすぐそれが違うカードだと気付いた。「OASISCALL」という見た目は同じだけど内容が全く違うカードを手渡されてた。

店員はインド人だったんだけど、そのクソが全く英語ができなくてオージーとオアシスの違いさえもわかっておらず、必死に事情を説明しても全く把握しない。そいつは困り果ててマネージャーか誰かに電話してインドの言葉で何か言ってるんだけど、英語じゃねえのかよと散々英語で文句言ってやった。

まあ、、、ただの愚痴なんだけどそいつの態度の悪さはここ4年で会った人間の中でもワーストだったね。俺らがもめてる最中、オージーの客が「このコンビニにクレジットカードを置き忘れた可能性があるんだけど見てないか?」って聞きにきたんだけど、そいつは英語が分からないから???ってなってるしかない。その客困ってたのに、かわいそうだった。英語が分からなくても一生懸命に対応してれば俺もそいつを好きになるけど、ここの言葉も喋らずに偉そうにされて、もし俺がべジータだったら300パーセント、ナッパをぶっ殺したみたいにあのクソを抹殺してたね。英語話せねーならこんなとこで働くなボケ。

これだからインド人は大嫌いだ。俺のインド人に対する印象と差別意識を変えてくれるインド人に会うことを期待して毎日生きてるが、会う奴会う奴どういつもこいつも役立たずだ。あ、はい俺はレイシストです。この夜20ドル無駄にした。

某日

meeee







ジェリーのナレーション録音作業。彼女の声はプロのナレーターに劣らないものがあると思う。でも繰り返し聞いてると、あまりに聞きなれた声すぎて逆に死ぬほどイライラしてくる。すでにジェリー恐怖症。

某日

obje








地下鉄をよく利用するけど、ここのは2階建てみたいになってて結構な数の人を効率よく座席に座らせることができるから、混んでる印象が全くない。それに取っ手がやたら芸術的に思えて好きだったのは俺だけでしょうか。それにしても、地下鉄に乗ってる人々の顔は、日本もどこも変わらない。沈みきり、絶望してる。

某日

この作品に出てくる人物たち、、彼らは俺のことなんか全く知らないが、俺は彼らの事をよく知ってるし、口癖まで把握してる。彼らの顔を見つめ続け、声を聞き続け、彼らの人生の一部分を俺はのぞき見てる気分。なんて不思議なんだろ。俺にとっての「他人」が、偶然を経てここまで近い「他人」にまで成り上がるなんて。特に最近、フィルには個人的な思い入れが沸いてきた。彼、どうか幸せになってほしい。彼の人生、それが、このフィルムにかかってる。プレッシャーだけれど光栄です。

某日

今までで一番猛烈な言い争いをジェリーとした。言い争いでは物足りない、もう完全な罵声と怒号の入り混じった、もう今までのお互いの不満を全部ぶちまけるような、半端のない衝突だった。口論してる最中、俺は今まで築いてきたこの人との信頼関係だとか師弟愛のようなものは、もう完全に崩れ去ったし修復不可能に違いないと半ば諦めてた。そのくらいでかい感情が二人の間で爆発した。

俺がいつも間違ってないとは思わないが、彼女は彼女なりに醜く狡猾な一面があって、俺はそれが許せなかったし、あとワガママを言って俺を困らせるのをやめてほしかった。だから俺からけしかけた。したら「もう作業を辞めて出て行きなさい、もうBLOODYこれっきりよ。他の編集者にあとの作業はお願いするわ」てなって「ああ出て行くぜ、その代わり俺が今までやったデータは全部消去すんぜ、他の編集者にこれやらせてみろよ、最初からな」となり「ダメよ!そんなのはルール違反よ!(といいながらパソコンを手元にバッと引き寄せる)」(全部本当)みたいな感じ。

俺は他の編集者には到底この作品を俺が引き上げたレベルまで仕上げられない圧倒的な自信がある。だって俺すげえこと沢山このフィルムでしてるからね。他の奴らじゃ真似できるはずない。その仕事ぶりをけなされてクソ頭にきた。こんなの、一人で2週間で仕上げられるような作品じゃないんだ。俺は本気で取り組んでるのにさ。

俺らはちょうどマックの修理センターみたいなところに、パソコンをチェックしてもらいに行くところだった。ずっと不調なパートが仕事の妨げになってたから。ジェリーは俺に作業を今やめられては困ると気付いて、一旦落ち着いて二人でセンターに行って、それから作業を続行しようと言った。俺ははじめから途中で自分の息子を投げ出すようなつもりは一ミリもなかったので、OKした。

車に乗ると、割とお互いクールに「感情的になって悪かった」という話になって、もう喧嘩はやめようという流れになった。だからさほど気まずさはなかった。俺ら、やはり気が合う。この人と俺は似すぎてるから衝突するのかなと心から思った。あれほどの衝突のあと、すぐにムードを切り替えられるような相手って、俺にはそんなにいない。皮肉だ。

「あなたってかなりのファイター(口論の)ね」と言われて、俺は自分を誇りに思った。この女からそれを言われたら、、、俺は世界有数のファイターと認められたも同じだから。そのあとジェリーは俺に謝ってきたので、許してやった。それって気分いいぜ。

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ボンダイジャンクションというところに行ったが、でかいデパートが陳列してる都会という感じ。すぐ好きになった。このころ、猛烈な嵐がシドニーの一部を直撃してる最中で、街は風と雨で大荒れで。街自体がパニックに陥ってるよう。

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マックのショップで店員とジェリーが話をしてて、やはりジェリーが納得いかないことに対してゴネだす。それを横で見てた。俺は完全に彼女を把握してるので、店員が彼女の取り扱い方を間違えるたびに「そういうふうに言っちゃダメだ!ジェリー不機嫌になるぜ」と心で毎回思ってた。何もかもに神経質なジェリーに店員が困り果てるたんびに、俺が横から会話をフォローしてて、したら次第に店員が俺としか話さなくなってきて、それが今考えただけでも笑える。まるで俺が彼女の旦那だ。ジェリー、、、あなたには誰もかなわないよ。結局問題は解決しなかった。

嵐の中の街で、二人で日本人がやってる回転寿司の店に入って冷めた寿司を食べた。喧嘩した直後におごってもらう寿司。二人とも怒鳴りすぎて空腹だった。外は雨で、あの冷めた感じの寿司の味、忘れられない。女が寿司を握ってるのは初めてみた。俺は一人でそのあと買い物した。

usagi ojisan







あと、、、俺ここで本屋に入ってすごい人を見たんだ。そのおじさん、肩に「うさぎ」のっけてたんだよね。うさぎだよ?うさぎだぜ?懸命に激写したけどよく撮れなかった。こういう気軽さ、大好き。うさぎさん肩から怖くて降りられないのかな。つながあるわけでもないし、なついてるんだろうか。不思議な関係がこの世にはあるもんだ。

その夜マレックに電話してジェリーに対する不満とか聞いてもらった。奴曰く「ジェリーは女のプロデューサーとして、男どもに舐められないようにこのFUCKINハードコアな業界を何十年も一人でサバイヴしてきたんだぜ、タフに決まってるだろ、この経験を生かして彼女から色々学んだほうがいい」だって。ああそうだね。わかってるけど素直に聞けない俺はグズ。

某日

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外の景色を見ながら涙をこらえるのが大変だった。本当に美しすぎて、もう駄目だと思った。薄いブルーと淡いオレンジがこんなにきれいに解けていく光景なんて、いったい空を見る以外にどこにあるんだろ。本当に美しいよ。この美しさのために生きてると俺は言い切れると思う。

某日

ほとんどの本編の編集は完了した。けれど、音量だとかDVDに焼いたときのトラブルだとかが付きまとって、なかなか作業が終了しない。でも、自分でもよくここまでやったなと心から思う。人間、やりゃなんとかなるもんだ。

某日

ジェリーの家で寝起きするのがもう耐えられない。作業を終えてここを出たい。機嫌の悪い時の彼女はまるで台風。近くにいると怪我する。なのに、テクニカルな問題が全く解決しない。ストレス絶頂。俺は今、かなり狭い世界で生きてる自信がある。

某日

他のプロと相談した結果、これはもうジェリーのオフィスにある小規模な器具では解決できない問題だと判明し、あとのDVDに焼くとかの内容以外の作業は別のプロに任せることになり、あっけなく俺は作業を終えた。これが俺がやった作品のDVD!というふうに今はならないのがもどかしいが、俺はなんとかこれを終えたんだ。実感がない。けどうれしい。けどさみしい。


某日

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セントラル駅から程近いところにホステルを自費でとって、3泊してからシドニーを出ることになった。今日の感想は日記に書こう。自由な気分がする。ジェリーの顔を見なくていいってのは、気持ちが晴れ晴れする。多分向こうも同じだろう。部屋は6人部屋で相変わらずバタついてるが、死んだように眠った。

某日

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ビデオカメラ片手にシドニーを観光しまくってる。これも全部次の映像作品のためだ。かなりいいイメージを沢山撮影できて満足。アイマックスに行ってメルボルンで見て大好きだったDEEP SEA 3Dをまた見たり、動物園に行ったり、好き勝手やった。

guitar







マーケットの近くで凄腕のギタリストを見た。このおじさん、半端じゃない。こんな人を路上で見れてシドニーの人はマジラッキーだ。感動した。すごすぎるよ。

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シドニーを離れるのは、正直言ってものすごくさびしい。夜景を見ながら胸が痛んだ。この街が好きだ。オペラハウスにも行ったりしたけれど、この街への想いは深まるばかり。本当に美しいものが多いん。大好きなものへ毎回さよならを言わなきゃいけないのが、本当に腹立たしいけど、それが人生なのかなと最近は自分を慰めるようにしてる。じゃなきゃやってられない。

チャンジャとの出会い

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ここでひとつ書きたい。動物園は建物の中にある屋内型のやつで、オーストラリアの色んなコアなアニマルが集合してるところだったんだけど、この鳥さんには相当なインパクト受けました。

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最初奥に進んでたら何かのオブジェが置いてあるのかなと思ってたんだけど、近寄ってみたらそれは恐竜みたいな鳥で。もう、、なんて説明していいかわからない。とにかく驚いた。マジに原始的なフォームに、みたこともないような形相。それに顔はカラフルで、体は全身真っ黒な羽だらけ。もうすぐに好きになりました。なんかね、、、全身を通して鳥山明のキャラみたい。近寄ってまじまじ見てると、動物って生き物が、いったいどれほど神秘的なものなのか、考えてしまったくらい。

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俺はどんな動物にも「かわい〜!きゃ〜!」といって近づくクソみてーなミーハー動物愛護主義者では決してないのです。それでもこの鳥には何かを感じたよ。。。俺は彼に「チャンジャ」という名前をつけることにした。「ミト」か「クロエ」という案もあったんだけど、チャンジャのほうがいいなと思って。

チャンジャはサービス精神旺盛で、仕切りガラスの一番近いところで俺に顔を見せてくれて、沢山触れ合うことができた。チャンジャと別れるとき、僕は寂しさのあまり泣いた。けどそれは嘘です。チャンジャ。。。また会いに来るからそんときまで元気でな。食べられるんじゃねーぞ。

チャンジャ元気かなあ。。。

最終日

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ジェリーは俺が部屋を出た直後にストレスで風邪で寝込み、まだ回復してなくてゴホゴホいってた。バスに乗る直前に彼女は俺を見送りに来た。3日ぶりに会ったのに何故か俺らの間には冷たい風が吹いてるように感じられた。彼女は仕事の忙しさと風邪で完全にまいってたので、それもあってか俺らのさよならは、割とドライにサラッと終わった。メルボルンで似た状況で、俺はマレックと別れ際に号泣したので、マジに今回も泣く用意をしてたから拍子抜けだったけど、もうそういう感情的な次元では救いようがないほど、俺らはお互いに醜いところや駄目なところを見すぎてしまったのかもしれないなと思った。結局、彼女と写真は一枚も撮れなかったな。

bus








バスは14時間近く俺を揺らした。だから14時間悲しんだ。景色を見ながらシドニーのことを考えてるとひどく感傷的な気分になった。俺の人生のワンチャプターがまた終わった。一生懸命やったけど、後悔してることも沢山あるや。シドニーにジェリー、俺とシドニーで会ってくれた親切な方たち、家族、チャンジャ、本当にありがとうございました。絶対忘れません。あとお母さん、マジ誕生日おめでとう。皆にも迷惑かけて本当にごめんなさい。でも頑張ったよ。

読んでくれてありがとう。

終わり


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The Running Scared 2

某日

note








馬鹿馬鹿しいが、やっとこの作品が提示するべきものがなんなのかがクリアーになってきた気がしてる。今のところジェリーは俺の編集を評価してくれていると思う。けど劇中の細かな英語のニュアンスが未だに把握できてないのはいかがなものか。

ただ不思議なことに文章の中にいくつか未知の単語が混じっていても、感覚でそれがどんな意味なのか、なんとなしに推測できる能力が今回、結構目覚めたと思う。俺の英語は、少なくとも違うレベルに到達したという実感がある。これだけ使ってればね。

某日

ピーターがしょっちゅうジェリーの携帯に電話してくる。それをジェリーは「今度は私が復讐する番よ」といって無視し続けてる。俺はそういった修羅場の一部始終をなんだかんだで見てなきゃならない。それがマジに疲れる。熟年男と熟年女の駆け引き。。。俺もいつかそうなるのかな。あまり美しいものじゃない。

某日

ジェリーはよく俺に「ティー」を勧めてくる。ティーはいかが?ティーほしい?ティーって気分?

笑える。俺みたいなアジア人の中流階級の下のクソガキが、ティーなんていう洒落た飲み物なんか日常的に口にしてるわけがない。いつも友達の家に行って飲むのは毒みたいな色したやっすいオレンジジュースとか、コカコーラ。それか水。

だから毎回ティーが欲しいか聞かれるたびに、なんか貴族とか金持ちの仲間入りしたみてーな気分になって、妙な生活意識の違いに戸惑う自分が発見できて興味深かった。文化の違いもあるんだろうか、「ティーには砂糖を少々よろしく」みたいなことが堂々といえない。何故か恥ずかしい。「水くれ」ならいい。

ジェリーとばっかり居るからジェリーのことしか書くことがない。

某日

キングスクロスという名の地域は都会の中にあって死ぬほど治安が悪い。ジェリーの家から近く、駅もそこにあるので、俺はよくその辺を一人でうろついていたんだけれど、こんな卑猥で殺伐としたストリートはオーストラリアでも初めて見た。とにかく、メルボルンには無い感じだ。

週末は特にだが、通りを歩けば、怪しい奴等のオンパレード。いるいるどいつもこいつも目に付くやつら、本気で怪しい。それに怖い。ジョジョの奇妙な冒険に出てくるような奴らばっか。アダルトショップとタトゥーショップが陳列してて、そこに何故か中国人がやってるマッサージショップが混じっている。カオスに満ちた空間。

風俗もそこらじゅうにあって、至る所にポン引きが居る。今日は3人の男から女を買わないかと尋ねられた。通りの娼婦は男をひっかけるために、ポルノスターな格好してタバコを吸って路上に立ってて、まるで映画。卑猥な空気を味わいたいなら、シドニーで真っ先に行くべきはキングスクロスです。

それでもワンブロックでもそこから離れて違う通りへ出れば、そこにはまるで違う、落ち着いた雰囲気の、完全に別世界のような、ピースな町並みがある。シドニーてば不思議すぎるよ。

某日

city







ジェリーがどうして監督として優れていないか、エッセイ三百枚くらい書ける自信があるが、面倒くさいのと時間が無くて書けないのがもったいない。俺なりの「女性という人間のハート」と「アートに対する向き合い方」という二つのテーマが入り混じる、とても面白いエッセイになると思うのに。。。

某日

肩がひどく痛む。それを訴えたら今日ジェリーが親切に肩をもんでくれた。俺は、嘘の無い気持ちで、セックスより、マッサージのほうが好き。というか、性的な興奮が生む「絶頂の」快楽よりも、マッサージされるあの「とけていく」快楽のほうが愛おしい。その二つを比べるほうがおかしいけど、まあそのくらい思い入れがある。いつもしてほしい。

某日

room







ホステルに一旦帰ると、とても小さい部屋に一人ぼっちで、落ち着くことは落ち着くけど、真剣に退屈に悩まされる。自分は日常的に生きてて「暇だ」って心から感じることなんて滅多に無いけれど、この今の瞬間はクソ暇だ。

何せ仕事ばかりすると思って、リズモアから何も持ってきてないから、本当に部屋には何もない。あるのは冷蔵庫とテレビと戸棚だけ。外を出歩くにも遅すぎるけど、寝るにも早すぎるって時、俺にはパソコンがどうしても必要なんだな。よくわかった。

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仕方ないから、カバンのすみに入ってた英詩のリリックのノートを何回も詠んでみたり、あとはボールペンで絵を描いた。日記のメモをなんとなく鉛筆で紙に書いたり。あとはテレビをなんとなくみながら寝るだけ。ひ、暇に殺される、、。

某日

ggg







編集問題山積み。真っ白なキャンバスに絵の具は死ぬほどあるっていうのに、やれることが多すぎて何をしたらいいのか逆に分からない。ハッピーエンドが見えない。俺が頭抱えて悩んでると、ジェリーはワインを飲み始めて俺にも勧めてくる。彼女は楽天的なのかいい加減なのか、それとも神経質なのか、よくわからない。一ついえることは、この人、俺が思っていたより、監督としての資質が全く備わってない。

某日

朝の町を歩くと死ぬほどさわやか。日本人がどこにもいないってのは、心から気持ちがせーせーする。俺は生粋の日本人なのに馬鹿げてるが。

某日

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真剣に書きたい。俺が住んでる周辺、犬を連れて歩いてる人が多いんだけれど、その誰しもが、なんと、ツナをつけてない。犬を飼い殺してない。日本だったら、、、主人は犬に服を着せることに忙しいけど、ここは自由気ままに犬を足元に寄り添わせている、という感じ。オーストラリア人の国民性というか、気ままなアイデンティティが浮き彫りになってるみたいで、それが好感度すごく高い。犬も人に似るんだよ。やっぱり。

色んなワンちゃんがいるんだけど、どの犬も周りの人に迷惑かけたりなんかしないの。みーんな利口でちゃんとしてて、しっかり主人の半径5メートルから出ない。信号待ちをして、横断歩道だって普通にちゃんと渡る。いい子すぎる。好きすぎる。

主人も主人で、神経質に犬を見張ったりしてなくて、まるで心と心で完全につながってるみたいに、そこには犬と人間の信頼が生きてるような、、。主人の後をひょこひょこと一生懸命に付いていく犬は、見ていて本当に可愛いし、つい笑顔になってしまう。神すぎる。

人間が居る景色、カフェでコーヒーを飲むとか、パン屋でパンを買うとか、公園で遊ぶとか、そういった何気ない景色のそばに常に「自然に」いる犬の存在を、俺は心から美しく平和なものだと信じてるし、そういう光景が大好きで今を生きてます。そしてそういう光景をいつもおがめるこの環境、この国の人々が、好きです。

某日

カメラが好きになる人間、カメラが嫌う人間、ってのはこの世に確実に存在すると思う。いわばどれだけ画面に「映えるか」これは人によって全く違う。

例えばケイトブランシェットはカメラに愛されてる。彼女が写るだけで画面に花が咲くように、何かしらの感動がスクリーンの上に生まれる。それはもう、、、言葉では説明できない要素が集合した結果なんだけれど。

phil







このドキュメンタリーの主役はフィルという教授なんだけど、フィルはとにかく「カメラに愛されてない」。ドキュメンタリーの一本柱としてのぶっとい存在感がまるでなく、むしろフィルの同僚のジュリーとかスーに、完全に食われている。しかもアカデミックな人なので、なんでもかんでも遠まわしに複雑な物言いをする。早く事の論点を言えや!!と怒鳴りたくなる。しかも、とにかくボソボソと喋るので、何言ってるのかわかんない。ボリュームを上げると周りの雑音が彼の声を殺し出す。んがー!

某日

書くことが馬鹿馬鹿しくなるトラブルが続出してる。何かしらスタートさせると、必ずそこには何かしらの壁が立ちふさがる。人生も編集作業も、同じだ。問題はそれとどう向き合うかだ。今の俺は、、、イライラしながらなんとかその壁をぶち壊そうとしてる最中。

某日

strange one







今のジェリーの生活の克明な状況を、俺は誰よりも知ってる。彼女の私生活をここまで如実にその視界にとらえてる人間は少し前まではピーターだったはずだが、今は俺。なんて奇妙なんだ。

ジェリーはもちろん53歳の今でも綺麗だが、やっぱり彼女なりに「若かった頃の無敵の美貌とプライド」ってやつが恋しいんだろう、しわくちゃになっても「女でいよう」とするその姿勢が彼女の私生活を通してガンガン伝わってくる。それが、なんだか物悲しいというか、女の人生ってクソつれーな、、と俺によく思わせるのに十分だったというか、、、。

朝はすげえ早起きしてジムでワークアウトする。タブレット各種の摂取を怠らない。高価な化粧品。食生活の管理。そこにあるものを一言で言うなら、「ある種の悲哀」。そして今の彼女にはパートナーがいない。ストレスは頂点に達してるはずだ。誰かに甘えたいんだろうきっと。

某日

food








期限が迫ってるのに、 作業が終わる気配が一向にない。ジェリーが「これやりたい!あれやりたい!」と新しいアイデアをガンガン差し込んでくるのは、作業を終わらせる気がないからなのか、それとも思いついたら形にしないと気が済まないのか、どっちなのか。新しいアイデアはいい。けどそれで進行遅らせてちゃ話にならない。

某日

ジェリーと「ゾディアック」を見に行く。期限のことは置き去りにして今はリラックスしよう、という彼女の提案。

デビッドフィンチャーがこうした堅実なスタイルで映画作りに取り組むだろうということは、予想はしてた。彼ほど天才的なセンスを持ってれば、毎回同じようなところに留まってるはずが無い。この作品を「セブン」のようにショッキングにドラマチックに撮ることも楽勝で彼にはできたはずだ。

でも彼は彼なりのネクストステージへコマを進めて、セブンとは違う、底知れずの払拭できない不気味さというものを演出したんだ。それってどれだけリスキーなことだっただろう。でも俺は、そういう観客を出し抜くことができるアーティストを心から尊敬してる。作品を通して作り手のの「想いの熱さ」が伝わってきたなら、それはそれで、もう芸術としては成功してると思ってるから。上映時間が長いとか、進行が遅いとか、そんなのどうでもいい。作り手の情熱、それを感じられるかどうかだ。俺は確かに感じました。

でも作品本編よりも強烈に俺らの心を引き付けたのは、あの映画、フィルムで撮影されてないって事実。全部デジタルなのです。ジェリーと猛烈にそれを語り合った。それって、どれだけ映画の歴史にとって革命的なことか、考えただけで腰が抜けそう。フィルムで撮影されたものと比べても何の遜色もない。あのデジタル特有の薄っぺらい感覚が全く見受けられなかった。俺らは映像革命の時代の真ん中にいる。

役者で強烈に印象に残ったのはロバートダウニージュニア。彼はもう神がかったレベルにいると思う。あの佇まい、、、花がありすぎてスクリーンに映るだけで他の奴ら全員がかすんでしまうほど。マジすげえ男だよ彼は。。。本当に。

某日

bakaa







メルボルンでも思ったけど、作品の編集作業中ってのは、CM、ドラマ、映画、何を見てもその全てが透けて見えてしまう。「ああ、、ここはこういうふうに撮ったんだな」とか「ここできっと監督はこう指導したな」とか「この役者はここで苦労しただろうな」とか、特に編集に関しては「このカットは俺だったらこうする」とか「このつなぎは凄く巧いな」とか、なんていうか、、、いつもとは全く違って見えてしまって。。。書くのが難しい。

例えば、新作の料理を試行錯誤中の料理人はいつも料理のことばかり考えて没頭してるから、息抜きに他の店とかで何を食ってもその味について無意識に「分析」してしまう感じというか(知らんけど)。「砂糖は3杯、、、ダシは味の素、、、熟成ぽんずを少々」とかなんとか。。。料理を純粋に楽しむことができず、どうしてもその料理を「透かして見てしまう」そのストレスは、きっと味わった人だけにしかわからないだろうな。

なんか、俺も今マジそういう感じ。心地いいものじゃない。

某日

shikaku







四角を書くと気持ちが落ち着く。今までもよくやってきたけど、今回は自覚的にそれを繰り返す節がある。動物的な本能なんだろうか。スクウェアは美しいと思う。

某日

jezzacross







ジェザが2日間だけシドニーに遊びに来るという。俺は忙しくて会えなかった。落ち込んでたら電話があって「飛行機を逃したから今夜会える」という。

よく考えたらジェザとリズモア以外の地域で会うのは初めてだった。なんか二人で笑ってしまった。

奴は 笑えるオーラを出しまくりだった。「田舎の大将」って感じ。しかも見かけが完全にチンピラなので、歩いてると道にいるドラッグディーラーが奴にどんどん話しかけてくる。一緒にアダルトショップに行ったり、楽しかった。

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ジェリーと怒鳴り合いのけんかをする。彼女は感情的になると誰にも止められない、まるで13歳の女の子。一通りの口論が終わると、もう今夜は休みたいからホステルに帰ってくれと言いだした。今帰ったら時間をかなり無駄にする事になるから、ちょっと冷静になって今は作業進めた方がいいと言ったけど、聞かない。帰って寝る。

某日

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ホステルを出た。フィルムの期限は正式に過ぎた。これからは作品を完成させるまでジェリーの家に寝泊りする。このホステル、凄く好きだった。いつかまた利用したいよ。ありがとう。


rizing_tied at 22:09|この記事のURLComments(0)sydney | diary

The Running Scared

お母さん誕生日おめでとう。もう何年も一緒にお祝いできてないけど、そのことは心から申し訳なく思ってます。

この鬼のように長い手記は、俺がシドニーにいる間に毎日思ったことや感じたことをコツコツ書いてまとめたものです。本当に長いからいくつかに分けます。

シドニーいる間に書いた俺のある日記のせいで、俺と家族の仲はしばらく疎遠になってた。こんなことここに書くべきことじゃないかもしれないけど、この膨大な手記は母親の誕生日と俺の家族に捧げたい。こんな素晴らしい体験、なにがどうなろうと、俺がここまで成長できなかったらできなかったことだからね。俺なりに懸命に生きた証を、どうか受け取ってほしいです。

雑で鬱陶しい箇所も多いけど、他の方々も、もしよければ読んでみて下さい。


シドニー暴動

あらすじ

オーストラリアの映画プロデューサー、ジェリーに短編ドキュメンタリーの編集作業をオファーされた松沢は、シドニーへ飛んで、優しいが気丈な彼女と地獄の3週間をともにするのだった。。。

初日

シドニーに着いてすぐ救命士であるというジェリーの友人とカフェでランチした(意味不明)。通りゆく人々を眺めて、この街の秋の街並みは儚げで綺麗だと心から思った。

ホステルを探しに行く。俺はここには以前に観光に来たことがあるだけで、辺りの地理の事は全く知らない。とりあえずジェリーの家から近いホステルを二泊だけ予約。ジェリーが代金を払う。

フロントの女が「ウチのホステルはネット完備でケーブルテレビもあります」なんて言うとジェリーは「ワオ!最高ね!」とか言って真剣に喜んでる。横で苦笑しながらそれを見ていた。そんな場合、一台のボロいPCと小さなテレビがプレイルームに置いてあるだけってことが実際は多い。金持ちって人種は、安いホステルが一体どんな場所かなんて一生理解せずに死んでいくんだろな。

彼女のアパート。ロケーションこそ美しい海沿いに面していて「きらびやか」という感じがしたが、いざ中に入ると部屋はとても狭い。これで月14万。シドニーも東京同様、何かが狂ってる。ベランダから見える海はすごく綺麗だった。

ジェリーは離婚したばかりで、このアパートにも一人で住み始めたばかりらしい、部屋には本当に何もない。 ダンボールが山積みにされてるだけ。色々手伝わされる。もう真夜中で俺も疲れてるのに、巨大な本棚をジェリーが組み立て始めたときはびびった。この人、、、一度何かをやり始めたらとめられない性格なんだろうか。

真夜中にホステルに戻る最中、初めてシドニーを一人で歩いた。オレンジ色の夜。これがシドニー。

某日

kazokusea








アパートの海沿いの公園は賑わいこそしてないが、いい感じのスペースを保って人々 がチルしてて、とてもいいムードだなと感心した。

某日

desk







この短編のドキュメンタリー、恐ろしく複雑な構成をしてる。膨大な量のイメージは20時間以上にも及び、一体どこから手をつけていいのか全く分からない。しかもジェリーの頭には、完成型のビジョンが全く見えてないように感じられる。一体誰を話の主軸に据えたいのか、何を描き出したいのか。
これじゃ俺が物語を一から組み立てるしかない。

どうやら大学が舞台の中心らしいが、出てくるやつら皆超スピードで、さらにとてもアカデミックな英語ばかり喋る。例えば大学の教授はTHENといわずにいちいちSUBSEQUENTLYと言ったり、いちいちスマートだ。

「デミーナ」という初耳の単語も出てきた。未だにスペルが分からないけど、ジェリーによると「みかけ」という意味らしい。デミーナ??辞書を引いてもよくわからなかったが、一応覚えておこう。


某日

tv







ホステルを出た。 俺が自分で探すという条件で、他のホステルにチェンジしてもいい許可を得た。色々探索したらいい所が見つかった。一人部屋で週260ドル。安い。しかもテレビがある!しかも変な!感動しました。

某日

ジェリーのもとダンナはピーターカスタルディといって、オーストラリアでも有数の高名な映画評論家だという。以前は映画評論のテレビに毎週MCとして出演していて、かのジャックニコルソン(!)が昔オーストラリアに映画のPRで来た時、彼が唯一会いたがったのがそのピーターなんだってさ。凄いよそれ。

そのピーターがジェリーと小話をしにアパートに訪れてくるという。彼の浮気のせいでジェリーとの14年間の結婚生活が破綻したとは聞いていたし、その浮気を彼は2年間黙っていたというから「いくらジャックと会ったりしてても、それはよくないなあ、、」と俺は思っていたので、複雑な心境で彼と会って握手した。つまり俺はジャックと間接握手したことになる。やべえ。

「君がマサ?ジェリーから君の事はよく聞いてるよ」と言われてニコッと笑われた。「あ!そ、そっすか」とドギマギしながら(いちいち緊張すんなタコ)少し会話した。

彼と写真を一緒に撮りたかったんだけれど、ジェリーがいるし、俺がアホ面下げて以前のダンナと記念撮影なんかしてたらぶっ殺されるかなと思って我慢した。

ピーターはジェリーの引越しの後片付けなんかを手伝っていて、俺はその横で一人で仕事してたんだけれど、二人とも、なんというか淡々としていて、互いに交わす会話の節々に説明しようのない哀愁が感じられて、なんていうか、胸に迫った。

14年間にどれだけのドラマがあったんだろ。楽しいことも、幸せなことも、悲しいことも、星の数ほどあったに違いない。それは、誰にだって、もちろん俺なんかには到底知りえない、この二人だけが静かに共有してる宇宙で、それは衰退するに至り、崩壊、結果的には決別までに至ってしまった悲しい歴史。

そして今、二人は引越しの事で何の感情も極端にあらわにするでもなく、淡々と会話を進めている。二人はもう夫婦ではないのに、二人は誰よりもお互いのことを知っているし理解してる。そして二人は、もう二度と一緒にその歴史を笑顔で振り返ったりしない。さみいしだろうな。苦しいだろうな。空虚だろうな。それでもこいつら、たくましく生きてやがる。

俺は心からの尊敬の気持ちを込めて、人生の先輩らの顔を敬意のまなざしで見つめた。

某日

リズモアで交流があった日本人の友人と久しぶりに再会して、ダーリングハーバー周辺を歩いて、その後二人で何気なく入った中国人がやってる店の料理が、半端なおいしさじゃなく、二人で超感動しながら食った。自分は食に対する愛というものが完全にいっつもゼロなんだけど、あの店だけは人にお勧めしたい気持ちでいっぱいです。店の名前は、わかりません。

某日

ドキュメンタリーの編集をするのは初めてだけれど、こんなに困難だなんて個人的にショックだった。要するに舐めてた。脚本もなければ、台本もない。期限は2週間後だけれど、俺には自信がない。

某日

物語をツイストして語ることばかり考えてた。でもそういうスタイルは、こういった種類のドキュメンタリーには不向きだとやっと気づいたっぽい。 タランティーノとかガイリッチーの影響のせいで、無意識になにかしらヒネた構成ばかり思い浮かぶのは自分のよくない癖だなと思った。

何かと変な趣向で物語を語りたがってたジェリーも、俺が冷静に説明したら同意してくれた。時間がない。

某日

all







ジョーさん!!と会った。ジョーさんは自分にとっては物凄く大きな存在で。オーストラリアに来たばかりのころ、何も知らないハナタレのクソガキだった俺らは、父親ほどの年齢なのに、やたら面白い、そして頭がよくてさらに愛嬌があって、マジでドラえもんみたいな体型のジョーさんと、すぐに親友になった。いつも4人位で一緒にいて、色んな思い出をリズモアで作ったっけ。 もうその4人も散り散りになってしまったけれど、皆今でもジョーさんとはつながってる。嫌味のない、いい人なんだよね。

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電話で「サーキュラーキーで会いましょう」と言われたけど、5,6回は「え?」と聞きなおした。なんて鬱陶しい名前なんだ。

久しぶりの人と再会するときに待ち合わせ場所で、話す話題を一人で考えてる時間は、物凄くエキサイティングだしロマンがあると思う。それを味わった。

おっさん元気そうだった!だってまず着てる服が3年前と変わってない(それが熱い)。 なにより再婚相手まで見つけちゃってて、二人ともとてもいい雰囲気。以前は離婚の痛手で本当に落ち込んでいたので、幸せそうなおっさんを見て俺も心から嬉しくなった。よかったなあジョーさん、、、お幸せに。

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ちなみに俺らが入ったお店はベルギー料理のレストランで、中の天井は体育館ほどあるんじゃないかっていうほどの高さで、とにかくそれを始めとする巨大な内装には感銘を受けました。

店員は「ここはジャップのくるとこじゃねーよ」みたいな感じで愛想悪かったけど、オーダーした「ウール貝??」は、物凄くおいしくて、しかもそういった料理を俺はかつて食べたこともなかったし、今までに好奇心でもってしてトライしてみたことさえなかったので、地球に息づく国境を越える食文化というものを、生まれて初めてリスペクトする気持ちに至ったりした次第。

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お二人とバイバイした後、夜のオペラハウス周辺を一人で歩いた。寂しすぎて死ぬかと思った。

WEEK 2

シドニーフィルムフェスティバルが開催される。今年はあのソフィアローレンがゲストで来るという。ジェリーいわく「招待状をもらっているしマサと行ってもいいが、ピーターも新しい女を連れてそこにいる可能性があるので躊躇している」らしい。俺はそういうイベントにはいくらでも行きたい。でも「やっぱ忙しいから」てのと「俺のタキシードがないから」「ピーターうぜえ」というような(ジェリーの)理由で、フェスへの参加は見送られたのだった。。。ちきしょう。

後日テレビでフェスのことが特集されてて、当然のごとくソフィアローレンが会見する模様がフィーチャーされまくっていたが、あの女、、、若かりしころの美しさと栄光にとらわれ過ぎてる、趣味の悪いババアの典型を地でいくような嫌な感じのバイブスを放ちまくってた。

えらそうにふんぞり返って、整形しまくりの顔の表情がまるで生きちゃいない。ぞくに言う「本当の人間の輝きを見誤っている」あるいは「年齢のとり方を完全に履き違えている」ような、俺が忌み嫌う要素を一通り網羅したネガティブな印象、、、。それでもセレブだからメディアは媚び売って会見に押しかける。どこの国も腐ったシステムは変わってない。(そんなこと考えながらテレビをボケッと眺めてる俺つまり視聴者は一番最低)

某日

仕事中に休憩するときは、席を離れてテレビを見るくらいのことしかできない。最近はパリスヒルトンの刑務所がらみのニュースが、連日連夜バンバン流されてるのに「嫌気」を通り越す「軽蔑」心が生まれてる。彼女はまるでどこかの喜劇の女優で、観衆は大衆。ニュースはエンターテイメントそのもの。人々はどこの国で誰が餓死しようが、誰が撃ち殺されようが、誰がミサイルを落とそうが、あまり知ったことじゃなく、この女の行動や言動のほうが断然気になるらしい。なんて終わってるんだ。

某日

gerry me







ジェリーは「ジェラルディンヒルトン」が本名だが、皮肉にもパリスと名前の一部が被っている。でも被ってるのは名前だけじゃなく、その子供じみた短気な性格もじゃないかと最近真剣に思い始めた。マジに感情的に取り乱す癖を直してほしい。

某日

ジェリーとオーストラリア映画「ノイズ」を見に行く。俺らが行った映画館の横には、以前にジェリー自身が経営してたという「もと、ジェリーの映画館」があって、久しぶりそこに訪れたジェリーは「今はオーナーが変わっているけど、ベリー懐かしいわ〜」としきりに感慨深げだった。

ちなみに彼女、昔はミュージシャンで、そのあとが舞台照明、次に映画のバイヤーになって、そのあと映画館のオーナーを務め、そんで今はプロデューサーなんだと。

いざチケットを買うとなると「私はオーナーだったのよ、、、映画のチケットにお金なんか払ったことないのに、、、屈辱よジェリー、のしあがるのよジェリー」と支払いについての不快感をあらわにしていた。チケットを買う前に急いで二人で食事したのだが、5分ほどしか時間が無かったのに彼女はチャキチャキと即効でパスタかなんかをかきこんで、「さあ行くわよ」って感じ。

映画そのものは極めて特異だった。「なにもないのになにかありそうな高揚感で人を引きつけるアプローチが過ぎるドラマ」という感じ。映画を日常的に見るやつじゃないとわからない。マレックが好きそうなフィルム。

某日

yoru







ホステルとジェリーの家を往復する毎日が続いている。この過程で好きな瞬間は、仕事を終えて一人で戻るときの夜の道のり。孤独感が鬱陶しいけれど、「心地いい開放感」ってやつに一人で綺麗な景色を眺めながら、ゆっくり浸れる、なんともいえないひとときなんだ。風が静かに吹いてたりして、落ち葉がさらさらと流れていくのがたまらなく綺麗。美しいものはいつだって美しい。




rizing_tied at 21:39|この記事のURLComments(0)sydney | diary

June 11, 2007

女のハート

HEART

女のハートって難しいなあ。。。

世界で一番愛してるものはなんですかと聞かれたら「女のハート」。世界で一番嫌いなものは何ですかと聞かれたら「女のハート」。世界で一番儚く美しいものはなんですかと聞かれたら「女のハート」。世界で一番理解し難いものはなんですかと聞かれたら「女のハート」。世界で一番大事なものはなんですかと聞かれたら「女のハート」。世界で一番手に負えないものはなんですかと聞かれたら「女のハート」。世界で一番シンプルなものはなんですかと聞かれたら「女のハート」。世界で一番複雑なものはなんですかと聞かれたら「女のハート」。俺を絶望の淵に追い込むのはいつも「女のハート」。だけど俺に絶頂の幸せをもたらすものもいつも「女のハート」。ガンガン振り回されはするが、一生手に入れられないもの、それは「女のハート」。いつも路上で鬱陶しい鳥は、、ハト。。

女のハートが地球を回してる。

女のハートのために生きてるし、女のハートに導かれてここに着たともいえる。女のハートは俺を殺しもするし生かしもする。女のハート、、、。


REDEMPTION

昨日色々あったけどついに作品が終わって、俺は晴れて自由の身になった。昨晩と今晩とホステルに泊まって、ゆっくりシドニー辺りを観光しながら帰るつもりでいる。編集作業が終わって、はいじゃあ速攻帰りますね、じゃつまんなすぎる。自分は全くアクティブな性格とは程遠いけれど、せっかくタダで来てんだしそれを無駄にしてはなんかもったいない気もするから、ここをできるだけ楽しみたい。昨晩は久しぶりにかなりハイな頭でダーリングハーバーの夜景の下を歩いた。

今はネット喫茶にいる。外は快晴。今から出歩く。ああ俺は自由だ。道行く人々が俺を祝福してる。ジェリーはいないよ。誰にも文句言われず好き勝手にどこをほっつき歩いてもOKなんだ。死ぬほどイメージを撮影するつもり。ショーシャンクの空にのアンディ(脱走後)になった気分がする。

俺はやった。


感謝

コメントの欄とかに過去のトラウマだとか人生の苦い事情とか、別に告白とかじゃないけど、正直に心情を書いてくださる人に心からの応援を送りたい。なんにせよ、人がそういった行為をすることは頻繁に起きることではないと思うので、自分なんかに何かを心から伝えたいと思ってくださったその気持ちを俺は真摯に受け止めたいし、同時にマジ感謝もしてます。

rizing_tied at 13:33|この記事のURLComments(5)diary