West Entrance(仮)

日々の生活、登山記録など、何となく書き連ねていきます。

まだ使えるな

6年半放ったらかしにしていたブログを久しぶりに開こうとした。
IDもパスワードも登録したメールアドレスもすっかり忘れていた。
思いつくキーワードを色々入れてみたが管理画面に入ることができない。
こりゃ困った。
しょうがないのでライブドアの問い合わせ先にメールを送った。
「IDもパスワードもメールアドレスも忘れちゃったけど何とかなりませんか?」と質問。
「登録したメールアドレスを教えてもらわないと対応できません」との回答。
残念だが諦めざるを得ない。
新しいブログを開設するか。
今度はアメブロにしてみようかな。
早速アメブロに登録。
開設は明日にして風呂に入ろう。
湯船に浸かりながら、ふとキーワードを思い出す。
風呂上がりに入力してみる。
開いた!
これでライブドアブログを続けられる。
アメブロどうしよう。
まぁ退会することもないので、そのままにしておこう。
劇団を辞めてしまったので、タイトル「台本こわい」は変えた方が良いよなー。
タイトルなんか思いつかない。
とりあえず仮の名前をつけておけば良い。
ということで、ゆるゆると再開します。673311B0-8C51-4F38-A0A7-4DA62652AC38

30年目の再開

いやー、久々に超緊張した。
何しろ道場の門をくぐるなんて初めての経験だから。

30年ぐらい前からずーっとやりたいと思っていたことを、とうとう始めることになりました。
正確には、30年ぐらい前に一度、文化センターでほんの少しだけ習ったことがあるのだけれど
それっきりずーっとできずにいて。

でもそれは芝居も同じだったわけで、
芝居もちょうど同じ頃に、やりたいと思って劇団に入り、ちょっと入口に立って、
でも仕事の都合で続けられずに退団したのですが、
それから20数年のブランクを経て思いがけず再開できた訳です。

絶対に二度と舞台に立つことはないだろうな、と思っていたのに出来たということは、
こっちもできるんじゃないかと・・・

ということで、初めて、本格的に合気道を始めようと、道場を見学に行ってきました。

今日は稽古する人がそれほど多かった訳ではないらしいのですが、
若い兄ちゃんから女子高生っぽい子、定年退職後のおじさんまで、
様々な年齢の人が稽古していました。
何故か白帯の人が多かった。

50歳を目前に新しいことを始めたくて、でも、実際続けることができるのだろうかという不安もあったのだけれど、
定年退職後のおじさんが白帯で一所懸命稽古する姿を見て、ひょっとしたら大丈夫かも、と。

10月から週三日通うことになりました。
週三日、約2年間通うと初段まで取ることができるそうです。もちろん試験に受かれば、ですが。
合気道というのは、試合という形式をとらないので、勝てば昇級昇段ということではなく、
稽古時間数の積み重ねで昇級昇段試験の受験資格が得られるのだそうです。

早速、道着も購入。柔道着と同じものです。
来週からが楽しみです。

ということで、週三日通うということは、当然芝居の稽古ができないということなので、
しばらくの間、舞台に立つのはお預けです。

初段までの道のりを、これからこのブログで逐次報告・・・する自信はないですが、
時々、道場の様子などを書けたら、と思っています。

天命を知る?

あまり自覚がないので知らずに過ごすんだろうなぁ、きっと。

ということで、年に2回(?)の更新でございます。
今年の年賀状は3パターン。

2011nenga-1

これは嫁も使用する一般用。
出来上がってみるとそれほどのインパクトは無いが、一匹一匹全部違う画像を加工して貼り付けてある、実は力作。嫁が頑張りました。

2011nenga-2

これは自分専用。主にシャレの通じにくい偉い方への送付用。その割にはふざけてる感もありますが、毎年同じパターンなので、12枚集めるとそれはそれで壮観のはず。
さる年からやってるから、今年で8年目、あと4枚で十二支完成なので、その後は年度だけ変えて使いまわすか(笑)。
しかし問題なのは来年。写真が手に入るかなー。

2011nenga-3

そしてこれが職場関係者以外で、主に公演案内を送る人用。去年あたりからこのパターンも作り始めた。さて来年はどんな写真が載ることになるやら。

「鳥」

昼過ぎ頃から喉に違和感を感じ始めた。
風邪か?昨夜腹出して寝てたっけ?
いや、これはストレスに違いない。
今夜初めて合同公演の稽古に参加する、そのストレスに違いない。

仕事を終えて、地下鉄で稽古場に向かう。
降りるべき駅が近づく。
このまま電車から降りなければ、家に帰れる。
遠くの席で台本らしき冊子を開いている女性。
駅に着いた。降りるか、降りないか・・・

降りない訳にはいかんわなー。
暗い気持ちで駅に降り、稽古場へ向かう。

駅周辺は膨大な数のムクドリが電線や並木に止まっている。
さながらヒッチコックの「鳥」。
上を気にしながら恐る恐る歩く。
この場合、気にしているのは鳥が襲ってくることではなく、
「爆弾」が落ちてくること。
舗道上にはこれまた大量の「爆弾」の跡。
今日は晴れているからまだ良いけど、雨の日にはとてつもなく生臭い臭いが町中に漂う。

そうこうしているうちに稽古場に到着。
まだ時間が早いので、うちの劇団員はいない。知らない顔ばかりだ。
と、となりにさっき電車内で台本を開いていた女性が。
「あなたの奥さん役です。よろしく。」
「私の奥さんですか。よろしくお願いします。」
俺の顔知ってんだー。何か不思議。すみません、あなたのこと知らなくて。

読み稽古が始まり、自分の出番が回ってくる。
第一声。メッチャ声が割れてる。声がまともに出ない。
絞り出すようにして出番を乗り切る。絶対ストレスだー。

早く諦めてこの境遇に慣れないと、近いうちに喉を壊すな。

「着信アリ」

昨夜、ふと気がついたら携帯に「着信アリ」のランプ点滅。
見れば劇団の演出K氏。ついさっきかかってきたばかりだ。
ちょうど合同公演の稽古が終わったぐらいの時間。
今日は確か合同公演のキャスト発表のはず。
K氏がわざわざ電話をかけてくる時はたいてい面倒な話の時。
嫌な予感。

留守電メッセージが入っている。
恐る恐る再生ボタンを押す。
「Kです。今日、合同公演のキャスト発表があって、N君(僕ね)には劇団のGちゃんとダブルキャストで、主役の女の子の父親、新聞社の編集長の役ということで発表がありました・・・(以下略)」

ガーン

全くの想定外。おい、どーする、セリフ多いぞ。出番多いぞ。全然考えて無かったぞ。どーする。

とりあえず慌ててK氏に電話。
「留守電に入れたとおりです。僕はN君にはまだ早いと思ったんだけど、他の劇団のK木さんとか他の人がN君ならできると言うから、そういうことになりました・・・(以下略)」

額面通りに受け取ればとても嬉しい評価ではあるのだが、到底信じがたい。
自分の実力は自分が一番分かってる。
まだ早いと思ったならなんで強硬に反対してくれなかったんだよー。

こんな役が回ってくることなど、カケラも考えて無かった。
裏でどんな話し合いがあってキャストが決まったのか。
きっと本人には本当のことなど言えないやりとりがあったに違いない。
まさか家が今回の稽古場に近いから、というのが選定理由ではないだろうし。
ダブルキャストのI田さんとは観客動員数が全然違うからヤバいしなー。

たぶん役は付くだろう。
一場面だけ出てくる役はいくつかあるので、きっとその中の一つだろう。
ちょっとしか出ないのに週3回もフルに参加しても稽古の出番少ないだろーなー。
なんて考えてた。

それよりもうすぐ研究所の公演があるから、そっちをメインに考えて。
秋は合同公演があるから劇団単独の公演が無い分、時間に余裕ができると思うから、公演以外の劇団全体の部分がちょっと弱いので、マネジメントの部分をちょっと考えようかなーなどと考えていたのだが、全部吹っ飛んだ。

さて、どうやって逃げ出そう。もう無理かー。

鰯の頭

c45cc827.jpg1ヶ月ぐらい前に本屋で大量に平積みしてあったのを衝動買いしたのだが、今まで全然読めず、今日ようやく開くことができた。
これによると、速読は早く読む技術があっても内容を早く理解する脳がなければ意味がないらしい。そりゃそうかもしれん。
ということで、この本にはCDが付いていて、3倍速、4倍速、10倍速の朗読が入っており、それを聞きながら文章を読み、通常より速い速度で読む癖をつけるというものだ。
1日15分、1週間で効果がでるらしい。そのために一番大事なのは「できると信じること」だそうだ。この時点で俺には無理かも、と思ってしまったが、とりあえず続けてみよう。
3倍速、4倍速はまだなんとなく理解できるが、10倍速となるともう何が何だかさっぱり聞き取れない。これが聞き取れるようになったら凄いものだ…が、これって本当に速読の技術なんだろうか…いやいや、まず信じることが大切なんだってば。

役者の達成感と観客の涙

結果的に「是非観てほしい舞台」になった。
初日を迎えて、1回目の公演を終えて初めて心からそう思った。
もちろんこれは演じる側から観て思うことであり、実際に客席に座って観た感想ではないので観客からすれば賛否あるだろうが、少なくとも今回の公演台本を初めて読んだ時と比べれば、間違いなく心から観てほしいと思う舞台になった。

沖縄、戦争、マラリア、朗読劇。
自分の客はまず来ないだろうと思った。
実際、いつもと比べても反応は非常に悪く、個人的な観客動員は最悪だった。
自分自身も、この台本への参加はどうしても積極的な気持ちにはなれなかったものだった。
ひょっとしたらそういう自分の気持ちが観客動員に少なからず影響しているのかも知れなかった。

もともと舞台演劇に興味を持っている人の絶対数自体が少ない。
東京の大手商業劇団ならばともかく、小劇場の芝居に対する興味を持っている人は更に少ない。
事実、劇団関係者以外で自分の周りで演劇が好きだという人間は皆無に等しい。
東京ならばそれでも小劇場文化というものがある程度はできているのだろうが、名古屋ではそれも到底望めない。
そういう人たちを劇場まで引っ張ってくる力が必要になるのだが、舞台演劇の面白さを伝えようとした場合に「戦争」や「朗読劇」というキーワードはかえって逆効果になる。
実際に観てもらえば、舞台演劇の良さが少しでも伝わると思うのだが、普通に考えて、通常、価格的に映画より高額な素人の芝居を、それも戦争モノや朗読のような一見退屈そうなものを積極的に観てみよう、という人の方が珍しいと言わざるを得ない。

そんなことをまず最初に考えてしまうので、どうしても誘う力が弱くなってしまう。ましてや自分自身が面白いと思えない「戦争」や「朗読劇」なのでなおさらだ。だから、こういう題材の芝居の場合、心から観てほしいと本気で思うのは大抵初日を終えてからになってしまう。
それでは遅いんだけどねー。


やってみて悔しかったことが一つ。
自分が証言者ではなくコロスであったこと。
もちろんコロスも重要な役だと言われるだろうが、悔しいという気持ちも分かってもらえるんじゃないだろうか。

そしてもう一つ残念なこと。
これは演出上の問題というよりも、アトリエの構造的な問題だと思うが、上演後、役者が舞台上に残って観客を見送るという形をとったこと。
自分自身二日目になってから違和感を覚えたのだが、上演後に「やり終えた感」が表情に出ていること、そして「笑顔」で観客と話し、見送っていること。
演じ終えた直後に役者から発せられる「達成感」や「笑顔」は今回の舞台に限っては出すべきでは無かったのではないだろうか。
客席ではまだ涙を拭っているお客さんたちが悲しみの余韻を引きずっているのに、役者は何故か笑顔を出すアンバランス。
自分のお客さんがいる以上、笑顔で見送らないわけにもいかない状況もあり、この芝居においては終了後役者は引っ込むべきだったのではないだろうか。
アトリエの構造上の問題が大きいが、一考の必要があるとも思う。

今さらmixi

気がつけば、3か月近くも更新してない。
やっぱ、続かないんだよねー。
ついったーは本当につぶやくだけだから、細かいことも、読む人のことも気にせず、つぶやきたいことを勝手につぶやけば良いから、まぁそれなりにできるんだけど、ブログとなると、やっぱり読み手を意識して書かなきゃならない。
昔から日記を書くのは苦手だったんだよね。
夏休みの終わり頃に苦しんだもんなー。

そんなにドラマチックな生活を送ってるわけでもないし、人に告知したいようなことも・・・無くは無いけど、そんなに読者を増やしてる訳でもないから、労力対効果で考えるとねー。

それなのに、ずーっと避けてきたミクシィにまで、誘われるままに始めちまった。
随分以前に一度始めたんだけど、その時は、あの「足あと」って機能がどうしても嫌で、すぐにやめてしまった。

中途半端に濃い繋がりってのがめんどくさいんだよね。
うわべだけの会話とか当たり障りのない会話って何だかウソくさくって。
仕事場での会話って大半がそんな感じだから、職場での自分は口数が少ない。
ノリも悪い。

お、久しぶりのブログなのに内容がネガティブだな。

だけどまぁ、ミクシィも始めちゃったので、ちょっと頑張ってみようかと。
このブログだって何だかんだで4年半になるし。
自分のペースなら続くだろうし、ひょっとしたらうわべだけじゃない会話のできる繋がりもできるかもしれんし。

家族

さっきまで「SASUKE」を見てた。
毎回、意外な人が意外なところで池に落ちてしまったり、一方で、新しい人たちが最後まで残ってたりして「こんな身体能力の高い人がどうして今まで出なかったんだろう」とか思ったりする。
常連さんも多いが、中には「SASUKE」が生きがいだったりする人も多く、このために仕事を変えたり辞めたりしてる人も少なくないらしい。
独身ならばまだそれでも何とかなるだろうが、妻子持ちも何人もいる。
本人の努力もかなりのものだと思うけれど、本当に家族の理解や協力がなければ続けられないだろうな、と思う。

「SASUKE」ほど凄くはないが、自分が芝居を続ける上でも、家族、というか嫁さんの理解と協力には本当に感謝してる。

通常でも週に3〜4日は稽古があり、最近は終わるのも遅くて夜10時過ぎるので、地下鉄を降りても帰りの終バスがないため、毎回駅まで車で迎えに来てもらっている。
これが本番前になるとほぼ毎日稽古なので、結局毎日駅まで迎えに来てもらうことになる。大抵夜11時過ぎだ。
それだけでも大変なのに、自分が我儘を言って、どうしても家で晩飯を食べたいので、帰ってから、つまり11時半頃から晩飯を食べる。片づけたり何だかんだで寝るのは1時ごろになる。
で、朝は子供の部活の朝練があるので5時頃には起きなきゃいけない。睡眠時間は毎日4時間なのに、文句の一つも言わずにやってくれている。
その分、昼間や夕方の居眠りがかなり多いらしい。疲れてるに決まってる。

俺が外で晩御飯を食べてくれば良いのだろうけど、家で食べるのが一番のストレス解消になっているのでどうしてもやめられない。だから、稽古の後は1分でも1秒でも早く帰らなきゃ、って思う。

今年は子供の高校入試の日と公演の本番とが重なって、嫁も子供も大変なのに、自分は好きなことをやってて、ほんと申し訳なかったな、と思う。
チケットを買ってもらうために友人知人に連絡をしたときに「今は子供の受験時期だから、家の中が大変で・・・」という返事が何人かあって、その度に「世間では受験生がいると芝居を見に行くのも大変なのに、自分は・・・」と色々と考えたりしてしまった。家族は誰も非難したりすることはなく、それどころか嫁は芝居を観にまで来てくれて、ほんと有難いです。

今日は、この場を借りてこっそり感謝(どうせこのブログを読んだりすることもないだろうけど)。

甘い国

もう4〜5年ぐらい前になるだろうか。「美ら海」という芝居に出た。自分の劇団への復帰作だ。
テーマは、今問題になっている普天間基地移転問題の舞台、キャンプシュワブのある名護市辺野古の移転反対運動。
あれから4年以上も経つのに、何も変わっていないどころか、現政権になってから一層沖縄県民は振り回されているという感がある。
ニュースを見るたびに、今でもずっと座り込みを続けているであろう辺野古のおばあたちのことを思う。沖縄には行ったことがないから、もちろんおばあたちには会ったこともないが、芝居が復帰作だったこともあり、辺野古の状況を色々調べ、その当時とても気にしていたように思う。
県民や地域の人々にしてみれば、昼夜を問わない爆音、街の真上を飛ぶジェット機への不安、故郷の美しい海を破壊されることへの憤りなど、米軍基地の県外、国外移転への強い気持ちは当然のことだろうと思う。
彼らのことを知り、沖縄で今こういう状況に直面している人々がいることを、一人でも多くの人に知ってもらうため、自分たちは芝居を作り上演した。

そこに疑問はない。

でも、と思う。自分たちが無責任に「基地反対!」「県外へ!」「国外へ!」と声高に叫んで良いものだろうか、と。ただ単に現象の上辺だけ見て「米軍基地は要らない」なんて叫んで良いのだろうか、と。

日本はアメリカを信じすぎているのではないだろうか。
米軍基地のない国を、地域を、アメリカが必ず守ってくれると信じてるのだろうか。
飛行場一つの問題で日本とアメリカの関係を悪化させて、アジアやロシアにすり寄っているように見える日本を、どんなことがあっても無条件でアメリカは守ってくれると、本当に思っているのだろうか。

自分たちは沖縄の地元の人間ではないから、表面だけ見て中途半端な正義感から「反対」と叫ぶけれど、その反対が本当に日本のためになると、様々な側面から考えて辿り着いた結論なのだろうか。

日本人は、大地震が起きても、国が必ず助けてくれると信じて静かに待ち、配給される支援物資をもらうために整然と行列する「行儀の良い」国民である。暴動や略奪は決して起こらない。
もちろんそれが悪いことだとは全く思ってはいない。
ただ、世界から見たら、とても「甘い」国民に見えるような気がしてならない。
プロフィール

ro_oku(ロク)

7年も放ったらかしにしておいたブログを久しぶりに再開させました。
その頃とは状況もかなり変わったため、タイトルも変えて新たな気持ちで書いていきたいと思います。
続くかどうかは分かりませんが(笑)

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