Robert blog 夜の突撃海外旅行・世界旅行

夜の海外旅行、突撃レポート。ロシア 中国 チベット カンボジア ポーランド 中央アジア シベリア鉄道の各駅軟派まであるよ! 

夜のサマルカンド 碧空色の都 ウズベキスタン

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 アメリカ同時多発テロの後
 中央アジアは政情険しくなり始め映画館
 ディスコ等、普段人が多数集る施設の運営が自粛され
 何時もとは違う生活が始まりだしていました。

 ウズベキスタン人の友人と行ったディスコも
 週末にも係わらずお客はそんなに多くはありませんでした。


 テーブル席に腰を下ろしフロアーを見下ろすと
 数組の女性グループが踊っていました。

 アメリカならこう云う所は必ずカップルで遊びに来ます。
 メキシコのリゾート地カンクン等は
 アメリカ人の若いカップルで溢れていました。

 戸頃が旧社会主義国ロシア系の国では
 ディスコは男女の其々のグループで来る所です。

 中国もそうです。日本もそうでしょうか。


 国毎にいい女のパターンがあります。
 日本なら可愛い系
 ところがロシアでは怖いほどに野生的ないい女系なのです。

 タバコを指に挟み後ろにまわし、眼を細めながら空を見て踊る
 クール、野生的、セクシー、カッコイイなのでしょうね。

 年頃の女性は夢見る世代です。

 何処の民族でも。
 短い、人生最良の時代を燃焼し尽くしているのですね。
 がんばれ綺麗な御姉さん!


 恥ずかしがっているウズベキスタン人の友達を置いて
 僕はフロアーに降りて行きました。

 目指すはいい女。
 綺麗に伸ばしたマニキュアの指にタバコを燻らせながら踊るいい女。
 野生的だねー。

 サマルカンドの男達は怖くて近ずけません。
 僕はニッコリ笑い、彼女達のまわりを志村ケン踊り
 なんだこの東洋人はとキッと睨みつけられましたが

 そこは怯まず。
 3周ほど廻ると彼女達の誰からともなく笑い出し
 ヤッタ 勝ったね!。


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 外国人とは便利なもの。

 なまじ言葉が通じると 
 あれこれ考えて双方足が踏み出せないのですが
 そこは外国人

 理性ではなく、感性だけでOKなのです。

 日本でも有名美人女優や女子アナがフランス人と結婚
 東京で知り合ったetc は将にこの例でしょう。

 いい女過ぎて日本人の男は近ずけなかった
 そしてフランス人に持っていかれた。
 チャンチャン 

 いい女過ぎて日本の男が近ずけない貴女
 外国人を狙いましょう。

 踊り疲れてフロアーを出
 テーブルを一緒にして話し始めても
 ウズキスタン人同士は話しが盛り上がりません。

 双方の男女を僕が取り持って
 明日はサマルカンド市内のグループデートの約束を取り付けました。

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サテ話は前後しますが、夜のサマルカンド
 オプショナルツアー。

 現地観光ガイドの御兄ちゃんに頼みました。
 予算は100USドル、時間は三時間
 場所はホテルの外と云う注文を出しました。

 OKでした。
 此処でロシア圏の夜の事情を知らない読者の為に少し説明します。

 ロシアは今マフィア経済の中にあります。
 ホテルも警察も娼婦宿も漁業も市場も
 お金が集る所には
 其々の暴力装置(私設軍隊)を持ったマフィアが支配権を持っています。

 お互いの利権を何とか奪えないか、お互いに睨み合っています。
 警察もその一つです。

 お互いに監視して居るのです。

 ホテルに綺麗な御姉さんを呼ぶ時には
 ホテルのセキュリティーにお金を払わなければ成りません。


 連れ出す時も安全を確保するには
 誰かの庇護を受けなければ大変な事になります。

 誰が誰と組んでいるか解らないからです。

 ガイドに呼ばれ一階レセプションまで降りて行きました。
 玄関から出るように促され
 ホテルの暗い庭に出ると向こうの樹の下に3人程の人が立っていました。

 其方を見ないように言われ
 駐車場の車に向って歩き始めました。

 警察が見ていないか
 他のマフィアが居ないかガイド君は冷や冷やです。

 小さなロシア製のセダンに乗り込み
 彼らも同乗し車はホテルの敷地を離れ
 夜のサマルカンドの街に滑り出しました。

 運転席には娼館の主人、隣にガイド
 後席は僕を挟んで左に白系ロシア人のポッチャリ系美女ターニャ

 右にホテルの警備責任者の
 50代のマリオ系の髭のオジサンが座りました。

 タッタ100ドルのお金に5人の大人が絡んで居るのです。
 100ドル恐るべし。


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 幹線道路の端に車を停め
 労働者住宅アパートの入り口まで
 小さなドブを跨いで渡り

 5人で明かりの消えた階段を
 カランカランと音を発てて上がって行きました。

 娼館の主人がドアを開け僕達を招き入れると
 4部屋程のアパートでした。

 玄関直ぐ左に台所が有り2人の娼婦と思しきオバサンが
 下着姿でタバコを燻らし、野生的いい女を演じていました。

 端の部屋からは赤ん坊の泣き声が聞こえ
 トイレのドアは閉まり難くなっていました。

 時間は何時間でも良いと云い
 其れまで同行者達は外で待つと言います。

 待たれて居たのでは落ち着かないが、この際ショウガナイ。
 クイーンサイズのベットのある部屋を宛がわれ
 ターニャと一緒に入りました。

 電気は消される事がなく
 光々とした明かりの中に
 ターニャのポッチャリした蒼く白い肢体が惜しげもなく曝され
 シーツの下で僕の身体に吸い付くように溶け込んできました。

 チーズのようなチョッと黴た薫り
 啼くとも呻くとも云えない声を呑み込むようにして
 ターニャは僕の背中を肘で抱え込みました。


 汗が乾いたあと
 僕の左腕に頭をおきターニャはイロンナ事を話して呉れました。

 あまり表情のない娘でしたが
 ぼそぼそっと話す言葉は僕の記憶に残り
 白い産毛の多い横顔は今でもはっきり覚えています。

 結局彼女の取り分は10ドルとの事でした。

 30ドルをチップで渡し
 僕はそのアパートを出て、狭いドブを渡り
 車まで辿り着くと
 運転手役の主人とマリオとガイドの顔がありました。

 今度は4人で夜のサマルカンドの元来た街を駆け抜けて
 ホテルへと返りました。


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綺麗な御姉さんが10ドルと云うのは
 世界的にみて珍しい事では有りません。

 ロシアは勿論、東南アジアでも同じです。
 日本を含めて、綺麗な御姉さんの価格は国際商品価格指標です。

 5ドル〜100ドルの間で
 其々の国での国際的人的移動の難易度
 国内での需要と供給、性的道徳度、貧困度
 女性向け商品の豊富さ、社会保障度、治安。

 之を研究すると学問の大きな分野が一つ誕生します。
 只、誰も胸を張って公言できず
 大学も講座を開かせては呉れないでしょうけれども!。

 如何でしたか夜のサマルカンド、シルクロードの彼方です。
 どこの家庭にも、どこの社会にも問題は山積であります。

 社会が豊かでも個人は命あるもの、身体あるものです。
 欲望を実現する者、奪われる者、憎まれる者
 憎む者、そして消えてゆくのが人の掟。


 ターニャ元気で  警備のマリオ君 命を大切に 
 サマルカンドのグループデートでカップルは誕生したのかな。

 野生的いい女はいいお母さんに成っていることでしょう。



      さようならサマルカンド  碧空色の都


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(このブログ記事は一部他の記事と重複しています★著者)


僕は君のトマトじゃない! トルクメニスタン アシュハバード

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 トルクメニスタンには緋色の絨毯があります。
 羊毛糸ですが高級品では有りません。

 其処に膝をつけて擦るとドウナルカ。
 何でそんな事するんだって? 
 good question それを之から話しましょう。

 
 トルクメニスタンの首都アシュハバード
 旧ソビエト連邦、住民は白系ロシア人です。

 透き通るような蒼に近い白い肌、20代までの女性は超美人です。
 シェラトンホテルに一泊し近くのディスコに踊りに行きました。
 お店の名前は忘れましたがホテルから100mの距離です。

 PM10時頃から始まり12時を過ぎ
 周りのロシア人とも仲良くなり友人は一人増え2人増え

 自称エジプト人の髭のお兄ちゃんとも片言の英語で仲良くなりました。
 彼の紹介で30代前後のロシア人の姉妹とも友達に成りました。

 それがナターシャでした。

 僕は個人的にはお姉さんに好感を持ったのですが
 妹のナターシャは僕に興味を持って呉れたようでした。


 AM1時に成り2時を過ぎ 夜はエンドレスです。
 楽しかったーー。お姉さんとチークダンス。
 妹とジルバ。
 エジプト人と踊りを競い

 友達も沢山出来て朝も4時に成りました。
 ナターシャがそっと僕に聞きました「貴方ホモなの?」 
 エッなんで 「だってエジプト人さっきから貴方の事ジット視ているわ」

 ウンッ?  ワッ 本当です
 髭のエジプト人は僕に熱い視線を送っていました。 
 僕はノーマルです。 本当です。 

 時々誤解されるけど 本当です 信じて呉れよー!


 僕達は店を出てタクシーに分乗し姉妹の家に向いました。
 僕はナターシャと乗り
 エジプト人と彼の友達はお姉さんのタクシーに乗り込みました。

 ヨカッタ エジプト人と別れられて! 
 未だ暗いアシュハバードの街には彼方此方に屋台のチキン屋や
 ケバブ屋や諸々の食べ物屋が店を出し

 結構、車を停めて人で賑わっています。
 僕達も車を停め朝食を買う事にしました。
 エジプト人がチキンを奢って呉れました。

 お姉さんは僕の傍に来て
 「ナターシャは小さい時から私の側に付いて来て、とても可愛い妹なの
 大事にしてアゲテネ」と言いました。

 あー良いお姉さんだな やっぱり
 僕はお姉さんが良いなと思いながら OK と笑って肯き
 僕はナターシャとタクシーに乗り彼女のアパートへと走り出しました。

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 ロシアの労働者住宅は
 モスクワでもウラジオストクでも中央アジアでも同じ造りです。

 5階建ての住宅にエレベーターはマズ有りません。
 3m程の広い階段を上がって行くとカランカランと靴音が響き
 各階毎に電球は切れています。

 その暗い階段の遊び場には
 洗濯機や子供の遊び道具がダラシナク置いて有り
 廊下で近隣の住民に逢う事はマズ有りません。

 階段の各段は10cm程で低く
 セメントの材質も酷いものです。

 壁はベニヤが多く、壁に直接ペンキを塗っています。
 トイレ等水周りも貧弱で部屋は3部屋程が多いみたいです。

 僕は車を降りるときタクシーの運転手に
 6時に此の場所まで迎えに来て呉れるよう頼み
 チップを渡しました。


 ナターシャの部屋に入ると靴を脱ぎ
 トイレを借りると其処はバスルーム。

 湯船には水が張ってあり
 5〜6ヶのバケツや洗面器にも水が入れて有りました。

 何でこんな事するのと聞くと「毎日、長時間の断水があるの! 
 東京はそう云う事はないの?」と聞かれました。


 彼女の机の上には博物館行きの
 古いパソコンがセットで置いてありました。
 仕事は病院に勤めているが看護婦では無いと言います。

 テーブルの上には可也大きなラジカセが置いて有り
 多分之が彼女の一番の財産なのでしょう。

 電気を消してラジカセをつけ
 ナターシャのお気に入りのカセットをいれます。
 音と共にラジカセの明かりが踊るように明るさを変えます。

 
 そこで僕たちは服を脱ぎました。
 蒼いような白いナターシャの縊れた腰の後ろには
 赤い緋色のトルクメニスタン特産の絨毯が敷いて有りました。

 アフガニスタンを含む此の地域は

 緋色に黒の模様が織り込んだ絨毯が特徴です。
 荒い織りの絨毯に素の両膝を突くと
 生地の糸が膝に刺さり込んできました。


 僕のみぎ手の指が彼女の肌の上を走ると
 じょじょに身体は火照りだし
 うめきにも似た声が流れだしました。

 ヴァイオリンを奏でるように
 ひだり手は彼女の膝を包みます。

 ラジカセの揺れる明かり流れ出す中央アジアの民族音楽
 バラライカの響き、緋色の絨毯
 蒼く白いナターシャの小さな肩。

 耳に唇を這わせ軽く歯を併せると
 揺れる伸びた透けるような肢体。

 僕たちは永く唇を逢わせ
 お互いの心と身体を信じ始めていました。


 ナターシャは僕の額に手を添えやがて肘を首の後ろに廻すと
 僕の身体に乗り上げて来ました。

 そして一口二口、熱くリズムを刻むように唇にチカラをいれて
 僕の唇を貪り吸いだした其の瞬間。 

 アツッー!  顔に激痛が走りました。 
 エッ エッーえっー。 

 僕の唇から熱い鉄分を含んだ液体が 
 急いで唇に手を沿えると 真っ赤な血が! 
 ナターシャの唇には僕の血が! 

 僕は思わず叫んだ  I’m not your tomato! 
 そうナターシャはサドだったのです。

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 軽く噛むのは分かります。
 でも噛み切るのはルール違反です。
 ベーコンでも噛み切れる強さでした。

 彼女にはリズムが有って、ワン・ツー・スリーで来るのです。
 ワン・ツーを確認してスリーで身体を替わすのですが

 其れでも被害は拡大し熱と痛みで気が遠く成り始めました。
 30分程逃げ廻ったとき
 階下の庭で車のクラクションが大きく2回響きました。


 6時に向かえに来るように頼んだタクシーの運転手です。
 少し早いが助かった。

 僕は彼女に迎えの車の事を話し
 早業で服を纏いドア際で彼女の肩を抱き。
 頬に早業でキスを済ませると礼を言い、階段を駆け降りました。

 ナターシャは何度も・何度も「また来てね!」と言いました。
 僕はニッコリ笑い、「また来るよ」と手を振りました。

 でも階段を駆け降りながら
 『もう絶対来るもんか!ゼッタイに絶対に!』と
 堅く心に決めました。

 アパートの階段の出入り口に来ると外の朝日が見え
 昨晩のタクシー運転手の顔を確認すると
 急に安堵感に包まれました。


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(レストランスタッフ  トルクメニスタンはロシア系美人が多い)

 シェラトンホテルへと行き先を告げ、部屋に着いたのが7時。
 朝食を済ませ出発は8時30分の予定です。

 急いでバスルームに駆け込み
 シャワーを浴びようと服を脱ぎ、鏡に向って自分の身体を見ると
 ナッナント。

 脇の下から腕、胸、腰、背中まで
 20ヶ所以上の噛み傷が顕わに溢れ
 歯型と血が滲み出て

 脱ぎ捨てたシャツには血がべっとり付き
 唇は勿論腫上がって居りました。

 タスカッター 此の時の僕の正直な感想です。
 其れからは消毒を込め石鹸を身体にタップ塗り
 傷を抑えてタオルで拭き取り

 8時30分の出発時間に間に合わせました。


 バスがホテルのエントランスを離れ
 昨晩のディスコの前を通り
 国境に向かいアシュハバードの街の中を駈け抜ける時。

 ナターシャとエジプト人とお姉さんや
 ディスコで踊った友達やタクシーの運転手と
 夜中の街角に居たチキン屋のオジサンやお客や
 食べ物屋の臭い。

 アパートの階段で響いた足音や朝日の輝き
 ラジカセの踊るような明かり、緋色の絨毯
 ナターシャの蒼く白い肢体
 タクシーのクラクション。


 バスルームでの傷だらけの僕の身体

 朝食のビュフェットは
 つい数時間前のドラマのような本当の事だったのだろうかと。

 何時までも手を振るナターシャの心配そうな姿

 建設途中のアシュハバードの街は土埃が舞い
 バスは国境に向って町から離れて行ったのでした。

    さようならアシュハバード


 
       さようならエジプト人 思い出をありがとう。

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(このブログ記事は一部、他の記事と重複しています)


もっと空気を ラサ  チベット

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 あなたの好きな有酸素運動は何ですか・・・・・うん
 ・・・・それは僕と同じですね。

 でも空気が薄いと無酸素運動になって・・ついにブラックアウト
 気をつけましょう!   
 標高3400m  ラサ

 夜の世界旅行 大人の旅です。  お子様お断りの旅 
 馬鹿になって遊びに行ってきました チベットまで 
 空気薄かった  大変だった  吐くかと思った


 ラサには大石寺と云うチベット仏教のお寺があります。

 早朝行くと
 何処から沸いて来たかと云うぐらいの熱心な仏教徒が
 チベット各地から集り、五体投地のオンパレードです。

 田舎のお寺に行ってもチベット人の信心深さには驚かされます。

 ところが昼間いくと寺の沿道や広場には
 目付きの悪いヤクザのような男や
 子供を背負った商売の巧い物乞い風の女がゴッソリいて

 観光客を隙あらばと狙っています。

 鳥葬を見ようと外国人立入り禁止地帯をこっそり訪れると
 其処は中国人民軍の巨大な宿舎群。

 この街は中国人民軍が包囲している「ヤクザと宗教の街」なのでした。


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 中国のホテルにチェックインして
 フロントにマッサージを頼むと
 直にホテル内の美容院から電話がきます。

 「お客様 マッサージを御注文ですね ・・ハイ・・
 確認させて戴きたいのですが
 御注文はノーマッサージですか ? マッサージですか ?」 

 「あのー マッサージを頼んだのは事実ですが
 其のノーマッサージってのは何ですか」 

 「あのー其れは綺麗な中国人の御姉さんがするマッサージの事ですが
 如何為さいますか」  そこで僕は迷わず

 「綺麗な御姉さんにして下さい」と言い電話を切ります。 
 さて本当に綺麗か如何かは運・不運の問題です。


 チベットはどうなのか。
 ホテルの美容院に直接行ってみました。

 美容院内に個室が五部屋ほどあり
 欧米人の御夫人が数人利用していました。

 個室の準備が出来るまで待つように言われ
 ソファーで寛いでいました。

 ホテルの美容院は客質も良く
 フェデキア、マニュキュア等、くつろいだサービスが沢山あります。

 其処へ場違いの
 サンダル履きで目付きの悪い明らかなヤクザが遣って来たのです。

 ヤクザは上品なお客様達を正面から睨みつけて歩き
 典型的な嫌がらせを始めました。

 堪り兼ねた女性店主がお金を渡すと
 マタネーと云う感じで去って行きました。 ヤクザ天国 ラサ です。


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 個室の準備が出来、一時間のマッサージが始まりました。

 民族衣装のような高価なユニフォームを着た
 22〜23歳の女性セラピストでした。

 色が透けるように白く、肌はポッチャリしたもち肌で
 性格も善く、英語は少し話せ
 飛び切りの美人では有りませんが好感が持て

 摩れたところは有りません。

 僕は美容院が用意したマッサージ用のパジャマに着替え
 中国風マッサージを一時間して貰いました。

 とてもゆったり出来、一時間はあっと云う間に過ぎて行きました。


 お待たせ致しました。
 ここからが大人の時間です。 

 終了時間になり、とても善かったと礼を言い。
 処でもう一時間受けたいのだけれど
 スペシャルサービス・アデショナルサービスは無いのですか ?
 と聞いてみました。

 その意味が分かったらしく
 顔を少し赤らめ、チョッとドキドキしているのが分かりました。
 カッワイーッ 

 いくら払ったら良いですか と聞くと 
 ちょっと待ってください と言い、経営者に聞きにいきました。

 返って来ると、800元(100ドル)
 追加の個室料も含む、と言いました。 

 OK を出すとニコッと微笑み、事務所までとって返し
 ややして戻ってきました。


  一時間マッサージをありがとう。

 今度は僕が
 タップリと日本風のスペシャルマッサージをして上げるから
 腰を抜かさないでねっ と言い。

 彼女の民族衣装風の着物の帯を解き始めました。
 二本の帯で衣装を固定してありました。
 シュルシュルっと云う衣擦れの帯の解ける音。

 なんかドキドキしますね。

 マッサージ台の上で帯を解き
 横になった彼女の民族衣装風着物をひらくと
 そこには真っ白な肌理の細かい雪のような肌が現れました。

 チョッとチーズのような薫りがあり
 手の平を肌に添えるとクッと圧し返してきます。


 竹の子の皮を剥くように着物を除き
 肩を抱いて身体を僕の方に捩じらせ

 耳たぶから首にかけて唇を這わせ頭を軽く抱くと
 彼女の柔らかいお腹が僕のした腹を刺激します。

 両膝に手を掛け内股を開き花弁に沿って唇を這わせ
 足の指の一本一本の股を揉みしだくと声にもならぬ声が漏れ。

 尻の穴から花弁にかけ
 捩じるように舌を踊らせていくと彼女の半身は堪らず動き出し。

 たっぷりと タップリと たっぷりと一時間。
 隣室でマッサージを受けている欧米人マダム達に
 気づかれぬように注意し
 
 彼女の口を手の平で押さえて僕たちは果てました。 


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 平地でさえキツイ、ファイナルラン。  最後は無酸素運動  
 標高3400m。 

 目の前が暗く視野が狭くなり、酸欠で吐き気に襲われながら。
 やったー ヤッタネー やったぞー・・・・・・
 ハイ 遣りました。・・・不道徳を御免なさい。 

 ベットを少し汚していまい、僕が侘びを言うと
 ニッコリと笑い、ノープロブレム と言い。

 シーツを手早く片付けてしまいました。 
 本当に性格の良い 可愛い娘でした。 

 出会って呉れてありがとう。 チベット人が好きになりました。


 中国の民族問題を覗き見するには
 チベットは実に面白いテキストです。

 欧米人観光客がとても多く
 中国は此処に直接的暴力を使う事は難しいでしょう。

 だから政教一致のチベットでは仏教界に傀儡を立て
 都市開発に大金を投入し、此の国を懐柔しようと必死なのす。

 その結果、都市ではヤクザが溢れ
 政治的面従腹背、道徳的堕落、商品経済の発達。

 一方田舎では敬謙な仏教心が依然として残り
 大変ヨジレ曲がった社会が存在しています。

 チベット問題は
 遠くない将来起こるであろう中国の政治的大地震のなかで
 動き出すのだろうと思います。

 其の時をダライラマはじめ関係者はジッと待っているのでしょう。


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(このブログ記事は一部、他の記事と重複しています)







サマルカンドのスーパーマリオ君    ウズベキスタン

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(サマルカンドのグル・エミル廟  荘厳な美しさです。)


 中央アジアのウズベキスタン 旧ソ連邦です。 
 ソ連崩壊後独立し 現在この辺りの国は
 旧共産党書記長による独裁国家になっています。


 サマルカンドに行ったのは2001年9月、 
 未だソ連崩壊の混乱が治まらず、
 国内はマフィアの群雄割拠の時代でした。

 警察もマフィア、 ホテルもマフィア
 お姉さん関係の商売もマフィア。
 お金が集まる利権が絡む処は全てマフィアが絡んでいました。

 国家・政府が最大のマフィアなのです。
 現在のロシアを見ると、今もそうなのかもしれません。


 サマルカンドで泊まったホテルは
 AFROSIAB PALACE HOTEL です。


                  (ウズベキスタンの紙幣)
sihei

 さてさて 『夜の奇麗なお姉さま探訪』 行って参りました。
 ガイドに、出来るかと聞くと、ホテルに呼ぶと言います。

 ホテル じゃつまらない と言うと、何とかすると言います。
 お手並み拝見です。  
 予算は100ドル ガイドチップも含む・・・・・です。


 夕食が終わると、ガイド君がやってきました。
 直ぐ行きましょう。 迎えが来ています。 あちらです。

 ホテルの庭を見ると、奥の樹の下に 1台の ポンコツ セダン 
 その周りに 3〜4人の人影。

 あまり 見ちゃだめです。 と ガイド君が殺気だちます。
 警察もマフィア  ホテルの利権を 狙っているのです。

 樹の下まで行き 挨拶もそこそこに 
 車はホテルのゲートを抜け
 夜のサマルカンド市内にすべり出しました。

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  (市民マーケット近くの遺跡  遺跡の中に町があるのです。)

 前席には 運転する置屋の主人 横にガイド君
 後席には 僕を挟んで 右に ホテルの警備責任者の
 スーパーマリオのそっくりさん。
 左に白系ロシア人のターニャ。

 ルノアールの画 『田舎の踊り』に出てくる
 頬の紅い若い娘に そっくりな ポッチャリ美人です。

 スーパーマリオ君は陽気で口数も多く、
 ターニャは静かな娘でした。


 何をするにも マフィアの力関係を計算し 
 その庇護の下で商売をする。
 それが中央アジア流、生きて行く為の知恵なのです。
 ガイド君は 有能でした!   拍手・・・!


 ポンコツ車は 夜のサマルカンドを疾走し、窓ガラスには
 煌々と明かりを点けて 営業する ケバブ屋の屋台や
 行き交う車のヘッドライト 街を歩くカップルの姿

 身を寄せてくるターニャの体温や 甘い肌の香り
 心音までもが聞こえてくるようでした。

 車は労働者住宅の脇で停まり。
 ちいさなドブを飛び越えて 5階建ての住宅に入りました。
 置屋の主人の案内で電灯の消えた階段を4階まで上がると
 そこにチキンハウスはありました。


 ごく普通の労働者住宅で 粗末な 3LDK です。
 内にはスリップ一枚でタバコを燻らす
 すれっからしの 二人のオバサン。

 何処からか赤ん坊の泣く声が聞こえてきます。
 若いターニャの子供かもしれません。

 何時間でも外で待つよ  お楽しみに と言われても
 待たれていたのじゃ 落ち着きません。

 30分でさっさと済ませ、30ドルのチップを内緒で渡し
 玄関まで送ってくれたターニャに手を振り

 電灯の消えた労働者住宅の階段をカンカンと音をたてて降り
 ドブをまたいで車に乗り込み スーパーマリオ君の冗談と
 笑顔を見ながらサマルカンドの街を ホテルへと返って行きました。


 たった100ドルで大人が 5人関係し ドラマが一つ出来たのです。
 100ドル  恐るべし・・・・!


 あれから 8年近くが過ぎ、 車に同乗した 置屋の主人やガイド君
 ターニャ や 警備主任の 陽気なスーパーマリオ君は
 今でも 無事に生きているのだろうか!

 サマルカンドの 夜の思い出でした。



 目出度し 目出度し     ・・・・    なんでやねん  !


             By    Robert
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(サマルカンド は 遺跡が いっぱい!   オッパイ大好き  なんでやねん)

お持ち帰りは 直行エレベーターで  大連カラオケ事情

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 大連に 行ったのは 2001年5月 の事でした。

 当時、半年行かなければ 違う国に なってると思える
 発展の速さの 中国だったので、

 7年後の 今は まったく事情が 変わっているかも 知れません。

 当時、旧満州を 一周したのですが、同じ中国でも
 上海等の 南部とは 気温も違い
 とりわけ 顔と体形が 違うのに驚きました。

 欧米の 風刺画にある 辮髪・細目の 中国人は
 ここ 中国東北部の 満州族だったのです。
 満州族は 長身・長顔・細目 です。

 清朝 と云うのは、現在は 少数民族である 満州民族が
 多数派の 漢民族を 支配した 王国だったのです。

 それで 中国 何処を旅しても 
 細目の中国人を 見なかったのです。

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(旅順要塞  堅固ですが セメントより石を多用した古い型の要塞でした)


 中国 東北地方 大連の旅 
 『夜の奇麗なお姉さま』を 探して行って 参りました。

 中国では ホテルのなかに カラオケ屋さんがあります。
 カラオケ といっても、歌うだけの 日本のカラオケ ではなく。
 シャオチェー(お姉さま)が 一緒に 歌ってくれます。

 日本の キャバクラ のようなもの だと思ってください。
 其れだけ でなく、そこで 合意すれば、夜も OKなのです。

 日本の キャバクラのように

 何度も 通って お姉さまの 御機嫌を伺い
 意気投合 した頃には 
 スッカラカンと言う事は ありません。

 OK  即  GO です。
 これ 日本にも 有りますねー
 ソープランドに カラオケですか

 デリヘル嬢と カラオケですか

 国が違えば 文化も違う
 性風俗は 立派な文化・・・性文化
 もしかして 貴方も私も・・・文化人・・・・?  そんなこと無いか・・・!

 中国文化は合理的で
 仮想現実的な 日本とは 違います。

 大連の ホテルの カラオケでは
 お姉さまと 合意すれば
 5分後には ホテルの 貴方の部屋に 
 歌うお姉さまが 訪ねて来るのです。

 カラオケは 地下1階、 
 貴方の・・・いえ 僕の部屋は 5階でした。

 エレベーターで30秒です。

 貴方の部屋から 30秒の場所に 『夜の奇麗なお姉さま』が 
 50人 いるのです。

 考えただけでも 興奮して 夜は眠れなく なりませんか。

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( 一戦 いいえ 御接待 前の ベットルームです  戦後はグチャ グチャ )


 僕のお相手は 目が切れ長の 満州風のお姉さま
 気が強い のが難点で・・・・・
 中国の お姉さまは  例外なく 気が強い!

 でも正直で あんな事したり こんな事すると 
 とても 敏感に 反応して くれて
 あんな のけ反りかた や こんな のけ反り方も してくれて
 あんな声も こんな声も 出してくれます。

 正直な お姉さま って すてき・・・!

 なんか おかまの 寝業師みたいな
 BLOGに なってきましたねー

 気の強い お姉さまを 征服して
 お姉さまの 旅順要塞を 歓楽(陥落) した
 乃木大将の 気分にひたり
 大連の 長い夜は 更けてゆきました。


 目出度し 目出度し

                   By         Robert
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                                (大連の港)

 大連の宿泊は  グロリア プラザ ホテル でした。
 7年前の事です。
 まだ在るのかなー   あって欲しいなー!

タラス河畔の『夜のお姉さま』    キルギスタン


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(タラス河)

 中学校の世界史の時間に勉強した
 『タラス河畔の戦い』を覚えていますか。

 AC751年中国(唐)の軍隊とアッバース朝(イスラム)が
 中央アジア(現キルギス)で戦い
 唐が敗退し中央アジアにイスラムの覇権が確立したという歴史です。

 日本では聖徳太子の時代です。

 上がタラス河です。 何を言いたいか・・?  ブログで!

 それ程遠い所なのです。  天山山脈の向こう。 カスピ海の近く
 現在の国名はキルギスタンです。

 ここに行ったのは2001年9月、米国 9・11の4日後でした。

 タラスで泊まったのはジョンブルHotel。
 ここに『夜の素敵なお姉さま』 おりました。

 キルギスは旧ソ連です。
 ロシアのホテルには大概『夜の素敵なお姉さま』がいます。

 大きなホテルにはカジノがあり
 小さなホテルにもバーはあります。

 そのバーには素敵なお姉さまが10人前後
 濃い化粧でソファーに座り足を組みタバコを燻らせ
 ロビーを行きかう外国人を睨むように見ています。

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 ジョンブルHotelは田舎のホテル。 
 垢抜けない年配の素敵なお姉さまがウロウロしていました。

 旅仲間の日本人のオバサンが
 つかつかと御姉さまに近づき
 『あんたたち幾らなの』と聞きました。

 ここからはオバサン同士の会話。

 『ビシュケク(キルギスの首都)では10ドルだけど私達は20ドルよ!』
 すると日本のオバサンは『へーあんた達高級なんだ!』  
 『そうよ高級なのよ!』

 怖いようなオバサン達の会話ですが。

 旅仲間の僕達の所に返って来た日本のオバサンは
 『あの人達、高級で20ドルだって。20ドルで何するんだろうね!』

 『夜の素敵な御姉さま』の値段はショートで10ドル!。
 実はこれ国際価格なのです。 
 後進国では常識です。

 間にホテルのボーイやタクシーの運転手
 ホテルの警備屋が入ると値段は

 100ドル。

 それでも彼女達に入るのは10ドルだけ!。
 日本は半分・・・!?

 日本から6000キロ近く離れた
 中央アジアのタラス河畔のジョンブルHotel

 此処にも
 家族の生活を抱えた『夜の素敵なお姉さま』はおりました。

 当時、ロシアでは
 小学校の先生の給料が月40ドルの世界でした。

 がんばれロシアのお姉さま。
 ホテルの警備屋の搾取に負けるな!

 彼女達、今頃どうしているのだろうか。

                                                   BY    Robert
(多分 ジョンブルHOTEL だったと思う)img626

  
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