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(2001年12月  フィリピン)

 日本の僕達の常識から見ると
 フィリピンには不思議な事が沢山あります。

 その一つは国内に武装ゲリラの実効支配地域がある事です。

 共産ゲリラをNPAと言います。
 イスラムゲリラはアブサヤフを筆頭に数派あります。

  不思議ワールド・フィリピンで半年ほど付き合った 僕の彼女は
 元 アブサヤフだったのです。 

 フィリピン ミンダナオ島北部の町 B市(諸事情の為言葉を選びます)
 その山の中で生まれ育ったチェチェは
 家族と猿と野生豚と鶏と一緒に育ちました。

 だから脛には鶏に突かれた傷痕が沢山ありました。

 ミンダナオ独特のマレー系のエラの張った黒い顔でした。

 外室の時は白いパウダーを手に取り
 顔いっぱいに擦り付けるので首と顔とが違う色になって居ました。
 五人兄弟の二番目で二歳下の弟の外は全て女の兄弟でした。

 彼女の40代の両親は
 月500ペソで地主から山の中の土地を借り畑を耕し

 父親は大工も兼業して居ましたが
 安い酒ばかり飲んで役に立たない存在でした。

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 此処までは極普通のミンダナオ島の家族です。
 丸太小屋の家の周りには、やや太い川が流れ
 椰子の樹が茂り、時折りトライシクルが走り

 山の中で友達とターザンゴッコをして遊ぶ
 笑顔の可愛い野生児だったのです。

  上の御姉さんが16歳で嫁ぎ
 下の妹達が小学校に上がる歳頃になりました。

 チェチェは2年しか小学校には行っていません。
 小学校は無料のはずですが、実際には月200ペソが必要でした。
 その200ペソの現金が毎月用意出来なかった。

  これもミンダナオでは極普通の事です。
 学校に行かなくても生きてはいけます。  
 生活の向上を望まなければ!

 家族を救うために、家族の生活を向上させるために
 親は子供の誰かを犠牲にします。

 親が子供を救うのではなく
 子供が親と兄弟の為に働き犠牲になるのです。

 将に日本のテレビドラマ「おしん」の世界ですが。
 フィリピンでは暗さは全く有りません。国民性です。
 不思議ですねー。
 
   妹達を小学校に行かせる為チェチェは
 B市の中国人経営の食堂で働く事になりました。
 チェチェ13歳の春のことです。

  月給500ペソ(1200円)、中国人はここまでしか払いません。

 朝6時に起床して掃除を始め
 夜中12時まで酔っ払いが居座る食堂で働き
 夜はテーブルを寄集めた上で眠る生活です。

 月末の給料日にはお母さんが御店に来て500ペソを持っていきます。
 半年で逃げ出して家に帰ったと云います。

 そして今度はダバオへ家事メイドとして働きに出されました。
 そしてまた帰って来ました。
 家に居ても食費はかかります。

  そこで友達に誘われたのが
 そう其のゲリラ アブサヤフ だったのです。

  日本の高校生がコンビニでバイトする感覚です。
 バイトでアブサヤフになり。
 毎日鉄砲担いで山の中を行進していたと云いました。
 
  日本の高校生のノリだと 

 「日曜日はバイトだからクラブの練習行けないよー」 
 「うーん 何のバイトしてるの?」
 「ゲリラ! 鉄砲重たくて大変なんだよー」 

 「バイトきついんだー 頑張ってねー」こんな感じでしょうか。 
 不思議ですねー フィリピンは不思議な事たくさん有ります。

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 構成員は13〜18歳までの男女だと云います。
 若い子が集ると当然、恋愛感情も生れるはずです。
 聞いてみました。

 恋愛御法度 見つかると銃殺だそうです。
  本当かなー。  
 
 ゲリラの組織の中には病院も学校もあり
 食事も3度食べられるそうです。

 チェチェは此処で2年間無料の小学校に通い
 読み書きが出来るようになったと云います。

 そんな良い所、如何して辞めたのと聞いてみました。
 B市近郊にもフィリピン国軍が展開して来て
 シバシバ戦闘が始まりだしたそうです。

 恐れをなしたチェチェは家族と相談して
 家族毎マニラに引越すので彼女も行かなければ成らないと
 嘘の言い訳を創り、ゲリラを辞めたと云います。

 チェチェの家族は今でも其処に住んで居り
 こんな言い訳が通る処がまたフィリピンの不思議なところで
 日本では有り得ないと思いませんか。 

 ゲリラの指導者は60代の女性だと云います。
 人数はとの質問に 

 其れは死にたくなければ絶対に言ってはイケナイと
 釘を刺されたと言い、笑って答えませんでした。


 未だ始まったばかりのチェチェの人生ですが
 彼女は友達の誘いでミンダナオ島を出て
 此処から大きく変わるのです。

 小学校も出ていない猿のような娘が出稼ぎに出て
 親元に送金をする。

 そんな事が出来ると思いますか。
 頼るべき身内・親戚も有りません。
 アパートを借りて住むお金も有りません。

 住み込みの家事メイドになる。
 普通は此れが一般的です。

 ボロボロですが部屋を与えられ、三度の食事があり
 メイド服を支給され、一ヶ月1500ペソ(4000円)の給料と
 年に一度の帰省の旅費を支給されるのです。

 奴隷のようですが、神を信じ畏れて生きるには此れしかありません。

 ちなみに僕は神を信じても畏れてもいません。悪しからず! 

 では時々神様に後ろを向いていて貰って出来る仕事は
 其れはプリティーウーマン

 綺麗な御姉さんに成るしかないのです。

 男性に馬鹿にされます、女性に毛嫌いされます。
 警察にカツアゲされます。変質者に斬り付けられます。  
 
 日本人は非常に誤解しているのですが
 フィリピンは敬謙なカソリックの国で性道徳には厳しい国です。

 ミンダナオ島はイスラムですが更に厳しい性道徳があります。
 日本の比では有りません。

 其処で家族の仕送りの為
 自分の生活の為に働く事は大変な事だということを
 善し悪しは別にして心に留めておいて下さい。

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 観光地には置屋さんがあります。
 御免なさい僕はそこでチェチェに始めて遭いました。
 買っちゃいました。

 一日4000ペソで7日間(計70,000円)です。
 チェチェの取り分は10,000円
 ガイドのピンはね25,000円
 置屋の収入35,000円です。

 7日間島巡りをしました。
 気性の烈しい娘で引っ掻き回されて大変でしたが楽しい旅でした。

 フェリー乗り場で竹編みの籠を買おうとしました。

 大きな物で2500ペソです。
 増えた荷物を納める為に買って上げると言いました。

 チェチェは頑なに要らないと言います。

 どうして? 
 「お母さんが同じものを作っているの。
 一週間も掛って作って工賃は200ペソなの。
 身体の具合が悪い時は大変なの」と言いました。 

  それでか 
  
 僕は買う事を断念しました。
 島を巡り河をボートで遡ります。
 赤土の河岸、風に揺れる椰子の樹

 川辺を走り回る日焼けした子供達。
 高床式の丸太造りの小屋、赤い屋根のブロック造りの小さな家
 河岸を見ながら舟は河を遡ります。

 チェチェの故郷とソックリだと言います。

 ここでチェチェと色んな話しをしました。

 親の事、ミンダナオの事、子供の頃の事、
 メイド時代の事、置屋の事、置屋の友達の事。驚く事ばかりで、


 この娘の為に何かして上げられる事はないのか。
 と考えだすのには
 7日間はちょうど良い長さだったのだろうと思います。 

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 7日間が過ぎ僕達は置屋さんに帰ってきました。
 いっぱいの御土産を抱えチェチェは上機嫌でした。
 今日はチェチェを離さなければなりません。

彼女の話を聞き此の娘の将来を考えると僕は涙が止まりませんでした。

 僕はガイドと相談しチェチェを身請けする事にしました。

 最初ガイドは
 「彼女達は誰とでも寝るんだよ、信じられない娘達ですよ

 止めましょう、絶対に!
 若し女性の友達が必要ならデパートガールの友達を紹介します
 もっと考えて下さい」と言いました。

 40%近くピンはねして於いてよくそんな事をいうなあ
 と云う気持ちで聞く気になれませんでした。

 ガイドを中に入れ置屋の主人と交渉する事に成りました。
 チェチェは親の送金の為に時々前借もしているし
 此の店の相場として50万円払って欲しいとの申し入れでした。

 結局40万円で話はついたのですが、作成した書類と云うのは
 単に今後チェチェはお店と一切関係を絶つと言う内容で
 置屋の主人とチェチェが双方署名するだけの物でした。

 フィリピンでは
 置屋を辞めた娘が自分で客を取り警察に捕まった時

 元の置屋に責任が及ばないように
 ゴーゴーバーでもカラオケ屋でも娘が辞める時には
 必ず作成する書類なのです。

   置屋で働く娘と暮らしたいと思ったなら
 彼女に依願退職でこの書類を作って辞めさせ
 然る後一緒に暮せば良い事で

 身請け金とは
 置屋とガイドが何も知らない観光客の為に作った絵空事なのです。

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【ぼくの彼女はアブサヤフ ミンダナオ島 フィリピン その2に続く】