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(レストランの美人スタッフ  ロシア系は世界一奇麗だと思います。)

 トルクメニスタン と云う国を知っていますか。
僕も行って始めて知りました

中央アジア 世界地図では イランの直ぐ上(北)にあります。
旧ソ連邦です。弱小ですが、独裁国家です。

紙幣には大統領(旧共産党の書記長)の肖像画が印刷され
街中には大統領の金の銅像が建っています。
   下の彼が大統領です。  いよっ 大統領

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 首都 アシュハバード に行ったのは 2001年9月、
ニューヨーク 9・11 テロの12日後

アルカイダの犯行と発覚し、アルカイダを 応援していた
パキスタン政府が 顔面蒼白になった その時でした。

実はトルクメニスタンはアフガニスタンの北隣 親戚みたいなもので
アフガンゲリラの 通り道だったのです。
僕の予定は アフガン国境近くの 遺跡を見学後
イランへ国境を越える 予定だったのです。


そんな 深刻な事態が 起きているとは露知らず
脳天気にも カジノ・ディスコに 軟派に行ってしまいました。

場所はホテルの前のそのディスコ  写真で見てください。
正面の建物です。

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 夜も更けて11時  ディスコは 地元の若者で大盛況でした。
自称エジプト人の ゲイのお兄ちゃん (実は両刀つかい)と知り合い

 
友達の友達で知り合ったのが ナターシャとそのお姉さん
僕は大人のお姉さんが 好きだったのですが

ナターシャは 僕になついてしまい 朝の3時まで踊りあかし
僕はナターシャに お持ち帰りされてしまいました。


自称エジプト人はお姉さんと消えました。
(やっぱり両刀使いでした)

タクシーで深夜の アシュハバードの 街を走りぬけ
公団住宅のナターシャの部屋に着いたのが 朝4時

ナターシャの部屋には 朱色のトルクメニスタン絨毯が ひかれ
大きなラジカセからは 民族音楽が流れていました。

ナターシャは服を脱ぎ 朱色の絨毯の上に横になると

『いくらくれる・・?』

僕 『エッ エー 何それ・・・!』
ナターシャ
『此れがトルクメニスタンのスタイルなのよ!』と言います。

ホントカヨ と思いながらも マアイイカッ と思い
『50ドルでどう・・?』   双方合意に至り・・・始まりました。


日頃鍛えし 5本の指で あんな事も こんな事も そんな事も
タップリ御奉仕致しまして、ナターシャの白い肌は紅潮し

やがて攻守処を代え、ナターシャが僕に被さってき
熱いディープキッスになりました。

熱く熱く・・one  two  three もっと熱くと思った その時
『 ギャーッ・・・!』 と僕が叫びました。
唇に熱い液体が流れます。

そうです・・・!
ナターシャは  サッ サッ サド だったのです。

『僕は君のトマトじゃない・・・!!』 と思わず叫びました。
ごめんね とナターシャは謝るのですが
また熱くなると one  two  three    ぎゃー の繰り返し

30分後 
予約していたタクシーが アパートの下で クラクションを鳴らし
慌てて服を着込み 挨拶もそこそこに階段を走り降りてきました。

『また来てね』と ナターシャは言いました。
『また来るよ』と 僕は笑って応えました。

でも階段を駆け下りながら 『もう来るか・・絶対に・・・!』 と
心の中で呟きました。

ホテルに返り バスルームの鏡の前で 裸になると
僕の身体は 噛み傷だらけで
未だ 生なましく 血が滲んでいました。

冷水シャワー後 タオルで血を拭取り
直ぐに朝食をすませバスに飛び乗り
そのままイランへと 国境を越えました。


非常事態に 脳天気な事をやってるから
天罰が あたったのですね


目出度し 目出度し


           目出度くないぞー・・・・・!?


   By      Robert

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この時のホテルは
シェラトン グランド トルクメン   上の写真のホテルでした。