これからは「女性の時代」になると、内田樹先生が14日のブログに書いている。「フェミニズムの時代」はもう終わったと言われている内田先生の言うことなのだから、もちろん、女性が男性のように活躍する時代が到来するということを言っているのではない。女性が女性として、(あるいはもしかしたら男性が女性のように)活躍する時代が来ると言っているのである。
父権制イデオロギーを打破しようとしたフェミニズムや、資本主義を打破しようとしたマルクス主義は終わった。いや、これも断定的に言ってはならない。終わったようである。身近なところで言うと、受験競争による弊害を打破しようとした「ゆとりの教育」も終わったようである。難しいことは僕には語れないけれど、何かが100%正しくて、何かが100%間違いであるという仕方では、事態は良い方向へは持って行けないということなのだろう。(僕の教えている生徒の皆さんは、わかるよね。小論の書き方なんかで、いつも僕が言っていることだから!)
で、女性の時代到来というのはどういうことなのか?もちろん、内田先生の考えは彼のブログや著作を読んでくれたらいいと思う。僕は彼の影響をすごく受けているので、主張が受け売りになっているかもしれない。あるいは、彼を誤解しているかもしれない。が、それを全て認めていて、価値があることなのだと考えているのが、内田さんのすごさである。(分かるかな?)
僕は、女性の時代とは、何かが100%正しくて何かが100%間違いであるという仕方ではなくて、時には泣きながら、時には笑いながら、そして時には怒りながらも(決して暴力的ではなく)、全てを母のように受け入れて、その上で事態を改善していくような仕方が大切にされる時代のことなのだと思う。これは、もちろん、何でも許してしまう「偽物の博愛主義」のことを言っているのではない。優れた「オカン」は、時にメチャクチャ厳しいものなんだ。
改憲論議が盛んである。もちろん、焦点は憲法9条をどうするかである。「男たち」は、「戦争と武力を永久に放棄する」ことに関して、是非の結論を早急にだそうとしている。もちろん、自衛隊と戦争放棄は矛盾している。何か正しい憲法の在り方があるのなら、その方向に向かえばいいと思う。ただ、9条のおかげで、戦後の日本は平和であったことは否めないと思う。9条がなかったら、日本はとっくに何かの戦争に本格的に荷担していた、いや、戦争を愚かにも起こしていた、と考えるのは僕と内田さんだけじゃないと思う。僕たちは護憲派である。だけど、この考え方は「真性の(笑)護憲派」には怒られるかもしれない。「君たちは表面的にしか物事が見えないのか!日本は戦後、多くの戦争に裏で荷担してきたのだよ。もっと徹底した100%の戦争放棄と平和主義を目指さないといけないんだよ。」と。じゃあ、もう日本も国家も悪だから存在しない方がいいじゃないっすか!
母なる大地は、産業革命以降の人類を受け入れてくれている。おかげで、地球環境はぐちゃぐちゃになってきた。でも、母なる大地は人類を地球上から消し去ろうとはしない。必死に耐えて維持している。人類の側が、自らの間違いに気付いて少しずつ正しい方向に向かうことを願いながら。
ごめんなさい、力もないのに思想的な話が好きなんで、またまた大きな話になってしまいました。僕は地道に、生徒たちと、家族と、友人と、生きていくだけです。そして、幸いなことに、僕のまわりには優れた女性がたくさんいる(優れた男性は、あまりいないけど)。僕は彼女たちのように生きたいと、実は願っている。願っているが、僕は男なのでそうもいかないことが多い。そうは行かないけれど、彼女たちに日々救われているのだと思う。もちろん、僕が教えている生徒の皆さん、僕は君たちにも日々救われているんですよ!
内田先生のところも、僕のところも女子の学校である。少子化の時代、共学化が花盛りである。が、僕のところでそのような話が出てきたら、僕は命がけで反対しようと思っている。「内田先生も、もちろんそうですよね!?」
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父権制イデオロギーを打破しようとしたフェミニズムや、資本主義を打破しようとしたマルクス主義は終わった。いや、これも断定的に言ってはならない。終わったようである。身近なところで言うと、受験競争による弊害を打破しようとした「ゆとりの教育」も終わったようである。難しいことは僕には語れないけれど、何かが100%正しくて、何かが100%間違いであるという仕方では、事態は良い方向へは持って行けないということなのだろう。(僕の教えている生徒の皆さんは、わかるよね。小論の書き方なんかで、いつも僕が言っていることだから!)
で、女性の時代到来というのはどういうことなのか?もちろん、内田先生の考えは彼のブログや著作を読んでくれたらいいと思う。僕は彼の影響をすごく受けているので、主張が受け売りになっているかもしれない。あるいは、彼を誤解しているかもしれない。が、それを全て認めていて、価値があることなのだと考えているのが、内田さんのすごさである。(分かるかな?)
僕は、女性の時代とは、何かが100%正しくて何かが100%間違いであるという仕方ではなくて、時には泣きながら、時には笑いながら、そして時には怒りながらも(決して暴力的ではなく)、全てを母のように受け入れて、その上で事態を改善していくような仕方が大切にされる時代のことなのだと思う。これは、もちろん、何でも許してしまう「偽物の博愛主義」のことを言っているのではない。優れた「オカン」は、時にメチャクチャ厳しいものなんだ。
改憲論議が盛んである。もちろん、焦点は憲法9条をどうするかである。「男たち」は、「戦争と武力を永久に放棄する」ことに関して、是非の結論を早急にだそうとしている。もちろん、自衛隊と戦争放棄は矛盾している。何か正しい憲法の在り方があるのなら、その方向に向かえばいいと思う。ただ、9条のおかげで、戦後の日本は平和であったことは否めないと思う。9条がなかったら、日本はとっくに何かの戦争に本格的に荷担していた、いや、戦争を愚かにも起こしていた、と考えるのは僕と内田さんだけじゃないと思う。僕たちは護憲派である。だけど、この考え方は「真性の(笑)護憲派」には怒られるかもしれない。「君たちは表面的にしか物事が見えないのか!日本は戦後、多くの戦争に裏で荷担してきたのだよ。もっと徹底した100%の戦争放棄と平和主義を目指さないといけないんだよ。」と。じゃあ、もう日本も国家も悪だから存在しない方がいいじゃないっすか!
母なる大地は、産業革命以降の人類を受け入れてくれている。おかげで、地球環境はぐちゃぐちゃになってきた。でも、母なる大地は人類を地球上から消し去ろうとはしない。必死に耐えて維持している。人類の側が、自らの間違いに気付いて少しずつ正しい方向に向かうことを願いながら。
ごめんなさい、力もないのに思想的な話が好きなんで、またまた大きな話になってしまいました。僕は地道に、生徒たちと、家族と、友人と、生きていくだけです。そして、幸いなことに、僕のまわりには優れた女性がたくさんいる(優れた男性は、あまりいないけど)。僕は彼女たちのように生きたいと、実は願っている。願っているが、僕は男なのでそうもいかないことが多い。そうは行かないけれど、彼女たちに日々救われているのだと思う。もちろん、僕が教えている生徒の皆さん、僕は君たちにも日々救われているんですよ!
内田先生のところも、僕のところも女子の学校である。少子化の時代、共学化が花盛りである。が、僕のところでそのような話が出てきたら、僕は命がけで反対しようと思っている。「内田先生も、もちろんそうですよね!?」
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内田先生の4月9日のブログ記事「反復の快」を読みながら
私自身の学生時代を思い出しておりました。
フロイト・・・あー懐かしい・・・
ちなみに私は発達心理学専攻でした。
4月13日付けのM新聞の記事「検事正も年齢は個人情報?」
の内田教授(現在思想)のコメントにも納得!
うちの娘は迷ったらしいのですが内田教授のゼミは
とらなかったそうです・・・
他のゼミでやりたいことがあったようです。
とても人気のある先生だと申しておりました。
ところで先生!ブログランキング3位ですよ!
生徒さんの力はホント大きいですよね!!