大田44
引用元: http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1394842263/
1: 名無しさん 2014/03/15(土)09:11:03 ID:Ify47xJsT
時計の針は一日ぶりに一番高いところで揃っていて、日が沈んでからもう長い時間が経っていることを知らせてくれていた。
実に六時間近くを野球観戦に費やしている観衆は、その大半が明日の事は頭から消えた様子で大声援を送り続けていた。
最終回、ビハインド、裏の攻撃、二死満塁。
漫画では手垢で塗れきった定式とも言える局勢も、それが実際目の当たりにするものであれば、疲れや眠気を忘れ去るためには充分すぎた。

マウンドに立つ大柄のリリーフピッチャーは、その髭を蓄えた強面や金色に染めた短髪とは対照的に、完全に委縮しきっている様子だった。
審判のコール、その一つ一つが響く度に、信じられないほど球場が揺れる。
投手は動揺を無理矢理かき消すように土を蹴り上げ、ロジンバックを叩きつける。
「ボール、フォア!」
沸騰しきった球場が唸りをあげた。興奮に蓋をした形の東京ドームは、逃げ場を失った熱狂が飛び回り、徒ならぬ一体感がそこを支配していた。
ベンチからゆっくりと指揮官出てくる。投手の打順に、この試合で唯一残っていた野手の名前を告げた。

2: 名無しさん 2014/03/15(土)09:11:37 ID:Ify47xJsT
一回、二回と男は大きな体を慣らしていくようにゆっくりとバットを回した。大きく息を吸って、上を見上げた。
その堂々とした体躯は四方を駆けめぐる味方の声援に怯えてさえいるようにも見えた。
素人目にも決して厳しいと言えないコースの直球を打ち損じたあとは、その緊張がこちらにもはっきりと伝わった。
打席を外す、ベンチを見つめる、メットを触って無理矢理に土を慣らす。その全てがきこちなく見えた。
その屈強な体から撃ち返された白球が、人に埋まったスタンドを突き刺す姿が、どうしても見えない。

これ以上無い満員五万の昂ぶりが支配するホーム球場の中心で、男はたった一人、浮いていた。

二球目、キレのない変化球をめがけた、力ない腰砕けのスイングが空を切る。
どこからか溜息が聞こえた。忘れたはずの疲れを、球場全体が思い出そうとしていた。

小刻みに震える手でバットを振ると、背番号44は、何かに頼るようにもう一度天を仰いだ。

3: 名無しさん 2014/03/15(土)09:11:58 ID:Ify47xJsT
「これは三振しますよ。全然ビジョンを持って打席に立ってないでしょ」
大田は画面を眺めながら笑った。
その言葉通りに、画面の大田は高めのボール球を思い切り空振りした。
「今でもはっきりと思い出せますよ、この打席。というか忘れられません。僕の現役最終打席なんですよ、一軍の。」
この世の終わりのような表情を浮かべて、大田は画面の中でうずくまった。
こちら側に染み出てきそうな程の大きな落胆がその背中を押しつぶしていた。

史上八校目の春夏連覇を果たした東海大相模高校のミーティング室で、大田はその画面を牢として見つめていた。

毎年4月になると、大田は必ずこのビデオを新入部員全員に見せるという。
「弱さがこれでもかってくらい詰まってるでしょ。だから、良い教材になるんです」

4: 名無しさん 2014/03/15(土)09:12:13 ID:Ify47xJsT
激戦区神奈川にあって、もとより強豪校の看板を保ち続けてきた東海大相模だが、
全国でも絶対的な強さを発揮し始めたのはここ数年になってからだった。
大田が監督に就任したのは六年前で、東海大相模が夏を初めて制したのが五年前。
それからの今までの間に春夏合わせて四回の優勝を飾っていることを鑑みると、大田の監督としての手腕に疑う余地はないだろう。

「大田監督は、本当に野球を分かっています。僕らより高い次元で物事を見てる。ここまでこれたのは、本当に監督のおかげです」
スター不在と言われながら、緻密な野球で春夏連覇を成し遂げた後、誰のおかげかと問われたキャプテンは答えた。

「ミスをしない事がウチの売りですから。野球は頭のスポーツ。考える事をしない人間は弱いんです。相手に弱みを見せなけば、勝利を掴む確率

はぐっと高くなる」
大田は力強く言った。
まるで、誰かに向けて語りかけかのように。

5: 名無しさん 2014/03/15(土)09:12:58 ID:Ify47xJsT
戦力外通告を受けた大田は焦った。
自分の野球へ対する情熱がまだ心の中を燻っていた事に驚いていた。
半ば予定調和とも言える解雇通告、僅かに残る野球への熱を完全に踏み消すものと想察していたそれは、逆に大田を燃え上がらせた。

球団へ入る事薦めるフロントの反対を押し切って単身アメリカに渡った。
言葉、食べ物、気候、考え、そして待遇。
何もかも日本とはかけ離れた環境の中、大田は変わろうとしていた。
自分が今まで如何に甘えていたかに気付かされた。
失った時間を取り戻すように、大田はもがき、苦しみ、これ以上ないほどにあがいた。

数年を費やし、ようやく自分の野球観を完成させた頃、大田の体は、もう言う事を聞かなくなっていた。
自分に対する言いようのない憤りが、大田の全身を襲った。

6: 名無しさん 2014/03/15(土)09:13:18 ID:Ify47xJsT
一時期は野球中継を見ることさえ出来なかったという。
健康で強い体を持った若い選手を目にするだけで、未練や後悔が胸を締め上げた。
それでも日本に帰った大田は、野球を恐れなかった。
高校野球の指導者、大田にとっては一番辛い形で野球に携わる事を目指したのだ。
自分のような思いを抱いてほしくない、その思いが悲観的な考えを打ち崩した。

現役に未練はあるかと問うと、大田は少しの沈黙のあとに小さく否定した。
「ない…ですかね。正確にはもう気持ちの整理がついたかな」
大田は寂しげだった。
「だからこそ野球の世界に帰って来れたんじゃないですかね」
そういうと大田は、口元だけで精一杯笑って見せた。

7: 名無しさん 2014/03/15(土)09:13:34 ID:Ify47xJsT
「あ、そうだ。バッティングセンター行きませんか?」
何かを思い出したように大田が言った。
「近くに、あるんですよ、行きつけです」

威圧感に溢れたフォームから、無駄のないスイングが次々とボールを捉える。
爽快で小気味の良い金属音が絶えずゲージに響く。
140km/hのゲージに入り、軟式用のバットを振り回す大田の姿は、難しい顔をしてベンチに座るそれより、なんとなく輝いて見える。
「さっきの質問の答え取り消して貰ってもいいですかね?」
一心不乱にバットを振りながら、大田は言った。
「やっぱあります、未練。忘れられるわけ、ないじゃないですか」
向かってくるボールを淡々と正確に跳ね返す。
「今でも夢に見たりするんですよ。僕の打球が満員のスタンドに突き刺さるところ。」

8: 名無しさん 2014/03/15(土)09:13:46 ID:Ify47xJsT
歓声が渦巻くスタジアムの中心に、彼は居た。
一回、二回と大きくバットを振って息を吸い、上を見上げた。
四方からぶつけられるどんな罵声も、二本の足でどっしりと構える彼を動じさせるには至らない。
五万の期待と信頼を一身に受け、打席へ向かう。

甘く入ってきた初球。力のないボールを、男が逃すはずが無かった。
無駄のない豪快なスイング、弾けるように飛ぶ白球。
人で埋め尽くされたスタンドにそれは突き刺さり、まるで油を注がれた炎のように球場の昂ぶり燃え上がっていた。
興奮のるつぼと化したスタジアム。テレビの中では実況が騒ぐ。
男がダイヤモンドを踏みしめる間、熱狂に渦巻く球場が、割れんばかりに揺れ続けた。

9: 名無しさん 2014/03/15(土)09:14:26 ID:Ify47xJsT
「お、ホームランだ」
大田の目の向いた先を見ると、赤地に白抜きで『HOMERUN』と書かれたプレートに軟球が当たって小さく揺れていた。
「やった!これ回数券貰えるんですよ。すぐに係員さんが来てくれますよ」
小さなホームランプレートに当てるのは毎日のように通う常連にも至難の業らしく、大田も当てたのははじめてらしい。
「写真撮影は遠慮しますね」
これでも元プロ野球選手なんでね、そういって大田は笑みを湛えてみせた。

係員を待つ間も、大田はプレートから決して目を離さなかった。
「なんでだろうなあ」
大田が小さくつぶやいたのが聞こえた。
ちっぽけなホームランプレートは、まだゆらゆらと、寂しげに揺れ続けていた。

10: 名無しさん 2014/03/15(土)09:25:48 ID:44PXpFD2b
うまい

11: 名無しさん 2014/03/15(土)09:33:01 ID:ZGn3ZVVzU
泣いた

13: 名無しさん 2014/03/15(土)09:35:43 ID:5fZkRKPk3
リアル感あるわ

14: 名無しさん 2014/03/15(土)09:38:09 ID:CXXCnKW33
名選手でなくても名監督はいる
ボビーとか
引退しても頑張って

15: 名無しさん 2014/03/15(土)09:40:20 ID:hPMRU0BJE
いかんでしょ

いかんでしょ…

16: 名無しさん 2014/03/15(土)09:58:59 ID:BZoSU5yaP
かなしいなぁ

20: 名無しさん 2014/03/15(土)10:14:47 ID:bKx6KZC0P
大田は今年覚醒してトリプルスリー達成するから
このレス保存はしなくていいよ

22: 名無しさん 2014/03/15(土)10:39:58 ID:tLZrU50e5
いつの間にか目がウルウルしてたわ

19: 名無しさん 2014/03/15(土)10:08:45 ID:aIbuaTiN9
(アカン)