2005年11月13日

大徳寺・聚光院

大徳寺で行われていた、もうひとつの特別拝観は、こちらの聚光院。永禄7年(1564年)に亡くなった三好長慶(戦国の一時期に京都を掌握した武将)の菩提を弔うため、永禄9年(1566年)に子の三好義継が建てたお寺です。

こちらの見どころは、何といっても、国宝に指定されている狩野派の障壁画。とくに、永徳24歳の時に製作された襖絵「四季花鳥図」「琴棋書画図」は、永徳の画壇デビュー作とも呼べる作品なのです。(※写真をクリックするとちょっと大きな画像を表示します。)
今回も写真は禁止なので、メモで。立ったまま手早く書いたので、やはり文字がフラフラです。
まずは方丈の南面の部屋。
「礼の間」には永徳の父・松栄の「瀟相八景図」。中国湖南省の名勝である瀟相八景という伝統的題材の襖絵。
中央の「室中」の東・北・西側の16面には永徳の「四季花鳥図」。梅の巨木がダイナミック。
同じく永徳の「檀那の間」に描かれた「琴棋書画図」は、琴・棋(碁)・書・画の四芸を描いた伝統的題材。
さらに方丈北西に面した「衣鉢の間」には松栄の「竹虎遊猿図」。白抜きの画法で白い猿を、水辺には虎と豹が描かれている(この時代、豹が雌の虎と信じられていた)。
松栄の淡く穏やかな画風に比べ、永徳の筆致はとてもめりはりが効いている。若さ故のパワーだろうか。そんな対比も面白い。



また、方丈の南面には「百積庭」と呼ばれる枯山水庭園がある。
これは永徳が下絵を描き、千利休が作庭した。現在は苔庭だが、元々は白砂が敷かれていたとも。庭の西側には沙羅双樹が一本、これは三代目の沙羅双樹とのこと。この庭は永徳の「四季花鳥図」と対で、雪どけ水が庭に流れ出ていく様をイメージしているらしい。

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大徳寺聚光院方丈 室中、東面、梅図 金泥引き水墨 狩野永徳 国宝 (web転載) 天気が悪くなるそうで、それでは今日のうちにと、 大徳寺聚光院まで出かけました。 拝観客はそこそこ居て,寺の駐車場にはバスも3台居ましたが,文化財環境破壊迄は行かない程度。 (...
大徳寺聚光院【blog;ノルマ!!】at 2005年11月14日 14:22
この記事へのコメント
撮影禁止ってたまにあるけどくやしいです
沙羅双樹のある庭園で落花の季節には
いい光景が眺められるでしょうね。
Posted by ひこぼし at 2005年11月13日 21:32
こんにちは

どうも撮影禁止か書のレポートは往生しますね。
枯れ木も山の賑わいで、当方の聚光院、TBいたしておきます。
Posted by sango at 2005年11月14日 14:21
写真撮りたかったです。
沙羅双樹も気になりました。
Posted by rina-oha at 2005年11月17日 21:37
襖絵がこの春からコピーになりましたので、大勢の見学会で無い限り写真はOKでしょう。目にも刺激的な閃光にも耐えられるでしょう。デジタル化技術です。
Posted by SuperSiro at 2007年08月13日 10:20