2008年01月04日

【展】博物館に初もうで

●長谷川等伯「松林図屏風」

2008年の美術館めぐりも、東京国立博物館からスタート。
2006年2007年に続いて、新春の国宝室を飾るのは長谷川等伯「松林図屏風」。
これを見ると新年の気分になる。



人はこの屏風の前でしばし佇み、その幽玄な世界に息を飲む。
京都国立博物館では2010年に長谷川等伯展を開催するとのこと。おそらく、この「松林図屏風」も出品されて、ガラスケースの前に多くの人を集めることになるだろう。

●伝狩野孝信「酒呑童子絵巻」

さて、今回の常設展示で注目したのは、伝狩野孝信「酒呑童子絵巻」(17世紀)。



うぎゃぁぁ!……人の脚をスライスして食べてます!(;´Д`) (※詳細は続きで)

……と、いきなりグロテスクな場面ですが、絵巻は屏風や掛け軸と違って、人の目に付くように飾るという目的と機能を持たないせいか、時として、このようなグロテスクな表現であったり、あるいはとてもコミカルな(脱力系アートな)場面に出くわすことがあるので面白いのです。博物館に行くと、必ず、絵巻のコーナーに何が出ているのかをチェックします。

酒呑童子とは京都と丹波国の国境に住んでいたとされる鬼の頭領で、その伝説は『御伽草子』にも収められて、こうして絵巻としても伝わっている。
時は平安時代の半ば、夜な夜な都に現れては悪行の限りを尽くしていた酒呑童子は、人間の娘をさらって自分の側に仕えさせたり、時には肉を食らうという残酷な行為に及んでいた。そこで、時の天皇・一条天皇が、源頼光に酒呑童子退治の勅命を下し、頼光は家来とともに山伏に身を扮して酒呑童子の住む山へと向かう。道中、神の化身である三人の老翁が現れて、頼光らに神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)という神酒を授けた。曰く「この酒を鬼に飲ませると、その力を封じ込める事ができる」と。
そうして酒呑童子の館に辿り着いた頼光の一行は……
……山伏に扮装した源頼光らの一行は、酒呑童子の家来の鬼たちに取り囲まれる。



酒呑童子登場。左の体の大きな人物が酒呑童子。外見は意外に普通だ。



酒呑童子は、頼光らの一行を歓迎し、酒宴を催した。
ここでふるまわれたのが、先ほどの人の脚をスライスした肉であったり、人の血からつくった酒だった。鬼たちが血酒の入った大きな甕を運び、頼光らに注いでいる。頼光らはうまそうに肉を食べる演技をするのだった(演技だったのです!)。



絵巻の展示はここまで。
ストーリーはこのあと、頼光が宴の返礼を装って神便鬼毒酒を酒呑童子に飲ませ、酔って眠ってしまった酒呑童子の首を掻き切ることに成功する。すると酒呑童子の首は目を見開き、頼光の兜に噛みつくのだったが、しかし抵抗もここまで、あえなく撃退されてしまうのだった。

●歌川国芳「仮名手本忠臣蔵」

もうひとつ、奇想の浮世絵師・歌川国芳の「仮名手本忠臣蔵」にも注目。



「仮名手本忠臣蔵」は、元禄赤穂事件(赤穂浪士です)にもとづいた人形浄瑠璃(あるいは歌舞伎)の演目。この場面は三段目、塩冶判官高貞(浅野内匠頭に相当)が高師直(吉良上野介に相当)を斬りつける場面。
歌川国芳(1798-1861)は、当時、西洋から流入してきた絵画技法である遠近法に取り組むなど、進取の気風に満ちていた。
でも、こちらの画の背景の建物、よく見ると違和感がありますよね?国芳の苦心の跡が伺われます。

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この記事へのコメント
石庭さん、あけましておめでとうございます。
新年早々、美術館巡り・・・ですか。
石庭さんらしい1年のスタートですね。
今年も石庭さんの所でいろいろ勉強をさせていただきます。
どうぞよろしくお願いします。

今日、私は「2008年初京都」でした。
圓徳院にて長谷川等伯の障壁画を見てきましたよ!
Posted by 一休 at 2008年01月05日 00:17
>一休さん
こちらこそ、今年もよろしくお願いします!
圓徳院の等伯というと「山水図襖」ですかぁ。
襖の下地の模様が、雪が降っているようにも見えたりして。
で、等伯が坊さんの目を盗んでお寺に上がりこんで、
ささっと襖に描いちゃった……なんていう逸話もあって面白いですよね。
Posted by 石庭 at 2008年01月05日 21:34