2008年02月04日

【展】土田ヒロミのニッポン

恵比寿にある東京都写真美術館の企画展2本立てに足を運ぶ。
まずは「土田ヒロミのニッポン」
展覧会は(I)日本人(II)ヒロシマ(III)Dailyセルフポートレイト…の3部で構成。
土田ヒロミという写真家は、本当に「マジメ」な写真を撮る人だな、と思う。



「(I)日本人」のパートでは、作家の過去の仕事を章立てして、

 「俗神」過去に繋がる私(1968-74)
 「砂を数える」高度成長都市化する私(1975-89)
 「パーティー」バブル経済踊る私(1980-90)
 「新・砂を数える」新世紀Fake化する私(1995-2004)
 「続・俗神」日本のまつりを記号化(1980-2004)

の5つで構成される。ここでいう「私」とは、被写体となった我々日本人、ひとりひとりのことだ。
とくに「砂を数える」と「新・砂を数える」の対比が面白い。ともに群集の姿をテーマにしているのだが、高度成長期と現代と、時代を隔てた二つの「群れ」の様相は、似て非なるものとしてとらえられている。かつては「成長」を合言葉に同じベクトルを向いていた「群れ」が、バーチャル化する時代の中で“一つのベクトル方向に動かず、互いに距離を取って群れる姿から、以前の「群れ」の形が確実に変質してきている”とする。
作家はそれを「Fake化」と呼ぶのだが、Fakeといえば、写真に収められた風景も、どことなくFakeな白々しさを感じさせる。山を切り開き、海を埋め立て、更地を開発し、周囲の景色とは異質な空間を作り上げた現代のニッポンの姿だ。

「(II)ヒロシマ」は、 ヒロシマ三部作を展示。
被爆体験者のその後の人生をフィルムに収めた「ヒロシマ1945〜1979」、原爆遺跡を記録した「ヒロシマ・モニュメント」、広島平和記念資料館の遺品を記録した「ヒロシマ・コレクション」。
これらの写真は、市民の生活や人生を雄弁に語っているようだった。


さて、こちらは美術館の入口前の通路壁面。有名な写真が引き伸ばして飾ってある。
これはロベール・ドアノーの「市役所前のキス」。




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