2008年02月22日

【展】わたしいまめまいしたわ

東京国立近代美術館(MOMAT)の特別展「わたしいまめまいしたわ〜現代美術にみる自己と他者」は、常設展示の入場料金で観覧可能な企画展。上から読んでも下から読んでも…の回文で「わたしいまめまいしたわ」のネーミングもグッド。
MOMATのこうした取り組みは本当にありがたい。

わたしいまめまいしたわ

展覧会の主旨は、「わたし」とは何か?
永遠とも思えるこのテーマを、豊富な作品を題材に、いろいろな角度から考察する。
まずは、日本の近代美術史を彩る画家たち(梅原龍三郎、岸田劉生、佐伯祐三、藤田嗣治などなど……)の自画像に始まって、澤田知子の「ID400」(自動証明写真機で400人に扮した自分を撮る)が並べられているのが面白い。
近代美術の自画像は、そこに画家自身による「自分」のイメージが取捨選択されているはずであって、ちょっとカッコいいアングルの自分を描いてみたり、自分らしい自分を印象付けるように描いてみたりしているに違いない(と思う)。
それが現代の澤田知子の自画像写真になると、確信犯的に「自分」のイメージを捉えどころのないものとして、第三者に「どれが"本当の"作者なのか」という混乱を起こさせる。もしかしたら、"本当の"作者などというものは存在しないのかもしれないし、もっといえば、我々自身が思う"本当の自分"というものも、実は、根拠のない、曖昧なものなのかもしれない。

展覧会は、その後も各セクションに分別され、河原温や高松次郎ら現代美術を代表する作家の抽象的・記号的な作品に頭を悩まし、草間彌生の作品に目をちかちか(まさに"めまい"だ)とさせられながら進んでいく。
牛腸茂雄の写真連作「SELF AND OTHERS」は、ポートレート作品であると同時に、カメラ越しに向き合った他者が、自分(作者自身)をどう見ているか?という作品でもある。写真の撮影者は、同時に、カメラ越しの他者(OTHERS)の目にも晒されている。連作の最後が自身のポートレートというのも、とても印象深い。
他にキム・スージャのビデオ作品「針の女 メキシコ・シティ、カイロ、ラゴス、ロンドン」も面白かった。都市の路上にカメラを立て、そのカメラの前に作者自身が後ろ向きに立ち、彼女のまわりを通り過ぎていったり、あるいは立ち止まって好奇の目や奇妙な目で彼女を眺める人々を撮影した映像作品。「針の女 (A Needle Woman)」というタイトルも秀逸だ(まさに、路上に針を刺して立てたように佇む女の姿)。
これも他者の目に晒された"自分"を淡々と捉えているのだが、都市の雑踏の光景はいろいろで、都市の光景によって作者の姿も微妙に違って見えるのだから、不思議だ(でも、彼女自身は、ただカメラの前に立っているだけなのだ)。

こちらは常設展「近代日本の美術」の風景。とても良い展示内容です。
20世紀の日本美術が辿った道を俯瞰しつつ、初めて名前を知る作家の画に目を奪われたり、新しい発見にドキドキする。

東京国立近代美術館

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