2008年08月26日

桂から松尾へ(2)月読神社

民所を以て、我が月神に奉れ。若し請の依に我に献らば、福慶あらむ。



阿閉臣事代(あべのおみことしろ)が、朝鮮半島の任那に遣わされた時、壱岐の地で、夜を統べる月の神である月讀尊から告げられたのが、「月讀尊を祀れば喜びがあろう」との神託だった。



阿閉臣事代は、さっそくこのことを天皇に奏上し、壱岐の月読神社の神を勧請して「山背国葛野郡歌荒樔田(うたあらすだ)」に社を創建した。これが顕宗天皇3年(487年)のこと。



この「歌荒樔田」が現在の桂のあたりであるとされ(諸説あり)、その後、桂川の氾濫を避けるために現在地の松尾山麓に遷された(856年)。



地蔵院から北に向かって歩を進め、月読神社に辿り着いた。
ここは「日本書紀」にも登場する、京都でも指折りの古い由来を持つ神社。
古代から月の満ち欠けに関わりの深い、天文や航海の神様として敬われ、近世以降は農耕の神様として、農民から篤い信仰を集めた。
江戸時代には松尾大社の境外摂社となり、現在は、訪れる人もまばらな、やや寂しげな静寂の中にある。

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