2008年09月15日

木之本地蔵院〜摩訶不思議なお参りワールド

新幹線で米原駅に降り立ち、北陸線に乗り換えて電車に揺られること約20分。
辿り着いたのは木之本駅。まずは駅の観光案内所で自転車を借りることにする。
この地にやって来たのは、2年前に東京国立博物館で出会った渡岸寺観音堂の十一面観音に再会すること。そして、この湖北の土地に伝わり、地域の人たちが守り抜いてきた、いくつかの十一面観音を巡ること。
のどかな田園風景の広がる木之本町や高月町を中心とした一帯は、「観音の里」とも称されるほどに、多彩な観音様が伝わっている。この地域だけで、約50体が安置されているとも言われる。

まずやって来たのは、木之本駅にほど近い浄信寺、通称・木之本地蔵院。



ここは、その寺名の通り、地蔵菩薩(本尊は秘仏)を安置しているのだが、驚いたのは、これまでどこのお寺でも体験したことのなかったような、お参りの仕方。
まずは、書院にて一字奉納。般若心経の経文の中から一字を選び出し、その文字を書いて奉納する。



また、書院の入り口から薄暗い廊下を伝っていくと、秘仏の地蔵菩薩を写した地蔵菩薩、通称「裏地蔵」が立っている。ここは、本堂の本尊の御厨子のちょうど真後ろにあたり、ふだんはお目にかかれない本尊の代わりに、人々はこの「裏地蔵」をお参りしていく。



書院には江戸時代中期に作られたという池泉式の庭園もあり、ここはとくに拝観料を払う必要もない。
庭を眺めながらぼんやりと座っていると、お寺の方が書院の仏様の花を換えにやってきた。
おはようございますと挨拶をすると、ゆっくりしていってくださいと言葉を返される。とても大らかな雰囲気のあるお寺だった。


そして、もうひとつの驚きのお参りが、この「御戒壇巡り」。
お堂の下には真っ暗闇の回廊が続いていて、日々の生活や願い事を念じながら、人々はここを巡る。
せっかく来たので、僕も冥加料の300円を浄財箱に納めて、回廊に入っていく。



入り口を入っていくと、あっというまに、視界は0センチメートル。闇だとはいっても、ちょっとくらいは視力も役に立つだろう…などと思っていたのだが、甘かった。本当の闇だった。自分の手さえ見えない、まさに漆黒の闇の中だった。
右手を腰のあたりにして、右側の壁を手探りで伝いながら、少しずつ少しずつ、歩を進める。
そして、六つ目の角をまがったところで、手の先に何やらひらひらとした布が触れて、さらには錠前があるのが分かる。ここが、お堂の本尊の地蔵菩薩の足の下となり、錠前の向こうには宝印が納められている。錠前は地蔵菩薩の手と結ばれているとされ、この錠前を握りながら、人々は祈念するのだ。



こちらは阿弥陀堂。



それから、境内では蛙の姿が目に付くのに気が付く。
それらの蛙たちは片目をつむっており、「お参りに来る人たちの眼がお地蔵様のご加護をいただけますように、健康な生活を営むことができますように」と、自らが片方の目をつむる事で身代わりの願を掛けていることから、身代わり蛙と呼ばれている。



そんなことから、この木之本地蔵院の地蔵菩薩は、眼病や健康に霊験あらたかとされ、地域の人たちの厚い信仰を集めている。




この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/rock_garden/51250733
この記事へのコメント
お久しぶりです。ながらくご無沙汰させて頂いていました。
覚えていらっしゃるでしょうか?

昨年の夏の終りに木之本地蔵院に行きました。
町並みに気をとられ、こちらは立ち寄った程度だったのですが、この記事を拝見して多くのものを見忘れている事に気づきました。
再訪せねばと思っています。

記事中、リンクさせて頂きました。
Posted by yume at 2011年01月19日 17:51
>yumeさん
お久しぶりです!
もちろん、こちらのリンクリストにも入れさせていただいているので、覚えてますよ!
この懐かしい記事を紹介していただいてありがとうございます。
もう2年半も前かぁ…と、自分でも懐かしく読んでしまいました。
近江のお寺は良いですね。素朴さと大らかさと。また足を運びたい場所です。
Posted by 石庭 at 2011年01月19日 22:06