2008年09月17日

渡岸寺観音堂〜美と官能と信仰と

木之本から国道365号を南に向かって自転車を走らせ、隣り町の高月に向かう。
(まずはいったん高月に入り、そこからは北へ走りながらあちこちに寄り道し、再び木之本へと戻ってくるというルートを取った)
高月にやって来たのは、他でもない、この旅の目的のひとつであった向源寺(渡岸寺観音堂)の十一面観音に再会することだった。



渡岸寺観音堂の十一面観音といえば、国宝にも指定されており、その美しいたたずまいは多くの人々を魅了してきた。いわば、湖北の十一面観音を象徴する存在といえるかもしれない。
収蔵庫に安置されている十一面観音との対面は、とても濃密な時間だった。
止まらぬ汗を拭いながら収蔵庫に入った僕だったが、椅子に座って十一面観音を見上げていると、心の中から涼やかな気分になってきて、だんだんと汗もひいてくるのだった。
収蔵庫といっても、内装はとても簡素なもので、向かって左に十一面観音、右には大日如来坐像その他が安置してある。それぞれの仏像の前には椅子が置いてあって、かたわらでは扇風機が首を振っていた。
この日は訪れる人も少なく、誰に気を遣うこともなく、ゆっくりと時間が過ぎていった。



十一面観音は、頭体幹部から台座までをヒノキの一木から彫出する。
顔にはとても穏やかな微笑をたたえ、その表情は見るものを魅了する。多くの人を救うために長く伸びた右腕は、膝元まで達しているのだが、均衡は崩れていない。むしろ、美しい均衡でさえある。体全体の肉付きもしなやかで、軽くひねった腰のあたりは、しばしば官能的とも喩えられる。
ただ仏教美術としてのみではなく、純粋にひとつの彫刻作品として、この十一面観音は魅力的だ。いったい、どのような仏師が、ここまで奇跡的な作品を一本の木から彫り出したのだろうか。興味は尽きない。
また、向源寺に隣接する「観音の里歴史民俗資料館」では、いろいろな観音菩薩についての解説を知ることができるので、時間に余裕のある場合は、立ち寄ってみるのもいいかもしれない。(資料館HPの十一面観音の解説)



時を遡ること戦国時代、このあたり一帯もまた、戦火とは無縁ではなかった。
織田信長と浅井・朝倉の連合軍が戦った「姉川の戦い」では、この近隣の民家や寺院が被害を受けた。こうした時、寺の僧たちは十一面観音などの仏像を堂内から持ち出し、土の中に埋めて災禍を逃れ、守り抜いてきた。
その「埋伏地」と伝わる場所が、現在も寺の境内の一角に残されている。




収蔵庫の慈雲閣。現在はここに十一面観音などが安置されている。



帰り際に、仁王門から境内を振り返ってみた。またいつの日か、十一面観音を訪ねてみたいものだ。
我々が時間の流れに逆らえないのとは反して、観音菩薩は、時を経るごとに神々しさを増していくのかもしれない。



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この記事へのコメント
私も東京国立博物館で十一面観音様を見ました。
ここのお寺に行けば、いつでも見ることができるんですね。知りませんでした。
本当に美しい観音様ですよね。いつかきっと、また会いたいです。
Posted by あこ at 2008年09月18日 20:44
>あこさん、
コメントありがとうございます〜。
この十一面観音菩薩は、それこそ、よその展覧会にでも貸し出されない限り、
いつでも見ることはできると思いますよ。
東博の展覧会では、人も多くてのんびり見るというわけにはいかなかったけれど、
ここの収蔵庫ならば、きっと、静かに心ゆくまで対面できるかと思います!
Posted by 石庭 at 2008年09月18日 23:58