2008年11月30日

【展】米田知子展〜終わりは始まり

品川の瀟洒で静かな住宅街の中にある原美術館にて、写真家・米田知子の個展「終わりは始まり」を見る(〜11/30まで)。

米田知子展「終わりは始まり」

会場の壁に並べられたのは、一見すると、何でもない風景写真やスナップ写真のようでもあるが、作品に添えられたキャプションを読むと、撮影場所を選ぶにあたっての米田知子という写真家の性質や志向が際立ってくる。なるほど。

「シーン」のシリーズは、ノルマンディーの海岸、サラエボ、ベイルート、旧満州、サイパン…など、かつてそこが戦場であった場所の風景を写す。
「雪解けのあとに」の連作は、そのタイトルの示すとおり、冷戦の「雪解け」の後を舞台に、かつてソ連陣営下だったハンガリー、またソビエト連邦下にあったエストニアを写す。
さらに「ワン・プラス・ワン」では、カトリックとプロテスタントの宗教的対立を背景にした北アイルランド紛争の舞台を辿る。

それらの写真は、歴史の記憶を静かに辿る作業だ。

ただ、米田知子の歴史を辿る作業は、何も凄惨な記憶ばかりではなく、たとえば「見えるものと見えないもののあいだ」のシリーズでは、作家や思想家などの歴史上の偉人の名前を借りて、眼鏡越しに彼らに縁のあるテキストを覗き見る。
「パラレル・ライフ〜ゾルゲを中心とする国際諜報団密会場所」は、第二次世界大戦下、日本でスパイ活動を行ったゾルゲや尾崎秀実らが密会した場所(帝国ホテル、平安神宮、上野動物園、六甲山…など)をフィルムに収める。ソフトフォーカスっぽくボケており、またセピア色の小さなプリントなので、昔の写真のような風味が出ている。今なお人が多く集まるスポットをわざわざ撮影場所に選んでいるのは、作家が強く意図したものだろう。(※余談ですが、尾崎秀実の異母弟・尾崎秀樹がゾルゲ事件を書いた「生きているユダ」は面白いです)

いったい、米田知子の写真は、何を訴えかけてくるのだろう。
かつて凄惨な出来事があった場所の上に立っている現代の我々の生。
写真にあるのは、そういった風景だけだ。強く訴えることはしない。ただそっと、歴史上の事実と今の景色が我々の前に差し出される。そこから先に何を感じるかは、我々鑑賞者に委ねられている。
米田知子の作品は、そのシリーズのひとつが示すように「見えるもの(今)と見えないもの(歴史の記憶)のあいだ」をめくる作業であり、そしてまた、現代の生活と歴史の記憶を差異なく並列的(パラレル)に語る作業なのだろう。

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