2008年12月23日

松島・観瀾亭からの眺め

さざ波を観る。これが観瀾亭の名前の由来。



初代藩主・伊達政宗が、伏見桃山城にあった茶室を豊臣秀吉からもらい受けて江戸の藩邸に移してあったものを、二代目忠宗が観月のために海路松島へ移築したのが、この観瀾亭。



かつては、藩主やその一族らが松島に遊び観月をしたり、あるいは幕府の使いの人間らがやって来たときに宿泊や接待のために利用していたとのこと。
現在は、桟橋から発着する遊覧船の様子ともども、湾内を眺めることができる。



そして、松島のシンボル的な建物の五大堂。
言い伝えでは、807年、坂上田村麻呂が奥州遠征の際に、ここに毘沙門堂を建立したのが起源とされている。その後、五大明王像を安置したことで五大堂と呼ばれるようになり、現在のお堂は1604年に伊達政宗により再建された。

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