2008年12月26日

松島・瑞巌寺〜奥の細道(3)

松島を訪れた芭蕉は、もちろん、この瑞巌寺にも足を運んでいる。

金壁荘厳光を輝(かかやかし)、仏土成就の大伽藍とはなれりける。



現在の瑞巌寺の伽藍群は、1604年より五年がかりで伊達政宗が整えたもの。
芭蕉が目にしたであろう瑞巌寺の伽藍は、往時の姿をとどめて我々の目の前に建つ。
国宝に指定されている庫裏の外観は、木組と白壁のコントラストが幾何学的な美しさを保っている。



方丈もまた、国宝指定。
屋根が大きく、その迫力のある造りには、かつて伊達家の庇護の下で寺勢を誇ったであろうことを想像するのは難くない。また、唐戸や欄間の装飾として施された彫刻や、狩野派による室内のきらびやかな障壁画群は、豪壮な桃山文化の残り香を感じさせる。



ところで、芭蕉は「奥の細道」における瑞巌寺訪問の記述にあたって、ちょっとした時系列的な操作をしている。
芭蕉は、塩釜から船で雄島に辿り着いたあと、松島の景観〜雄島散策〜松島宿泊という流れで記述をし、瑞巌寺参詣は翌朝の出来事として、いちばん後まわしにしている。
けれども、芭蕉に同行した曾良の「随行日記」では、松島到着後、茶などを飲んでちょっと休憩し、まず瑞巌寺に参詣、それから雄島を訪ね、八幡社や五大堂などを見たあと、松島に宿泊している。

おそらく芭蕉は、松島に到着した感激や、松島の大観を目にした感動をより鮮やかなものとするべく、時系列的な操作を加え、瑞巌寺参詣を付け足し的な扱いとしたのかもしれない。




この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/rock_garden/51327548