2009年01月31日

冬枯れの鎌倉〜円覚寺(1)

このところブログの記事更新もサボりがちでしたが、春に向けてそろそろ再起動。
1月の鎌倉の様子を、しばらくのあいだアップしていきたいと思います。
円覚寺の境内では、早くも梅の花が咲き始めていました。



北鎌倉の駅に降り立つと、目の前にあるのが、この円覚寺。
京都の東福寺や大徳寺や南禅寺と同じ臨済宗に属し、円覚寺派の総本山でもある。



この円覚寺には、ちょっとした思い出がある。
かつて学生だった頃、たしか大学3年の夏だったか、このお寺で毎年行われる「学生大摂心」という座禅会に仲間数名で参加したのだ。
3泊4日で行われるこの座禅会は、修行僧の慣行に近い形式で行われ、これがなかなかに厳しいものであり、ものすごく軽い気持ちで行ってしまった僕らは、頭で思っていたこと(合宿みたいなものだろうと)とのあまりの差異に、ショック状態で呆然とするばかりだった。



私語はもちろん厳禁。手をぶらぶらとさせながら歩いてはいけないので、胸の前で手を組んで歩く。
朝は3時に起床(というか深夜だ)。寝ている頭の上で鐘と怒号が鳴り響いて目を覚まし、すさまじい勢いで布団を片付けて、すぐさま座禅。
食事は、おかゆに梅干……一食は汁物が付いたり、おじや風になったり。これが本当の精進料理。
食事に関してのルールもものすごく厳しく、まず自分が箸を付ける前に、生きとし生けるものに捧げる気持ちで米を一粒、食事台の縁に置く。そして、座禅を指導してくれるお坊さんの食べるスピードに合わせて箸を進めないと、おかわりのタイミングを逸する。そのため、熱くても懸命に口の中にかきこんで、何としてもおかわりにありついた(とにかく空腹なのだ)。
それでも空腹との戦いだった。夕食を4時頃には取らなくてはいけないので、翌朝までの食事の間隔が異様に長い。ただでさえ消化が良いものだから、とにかくすぐにお腹が減る。この空腹が辛かった。
風呂にしても、三拝をしてから、お湯を浴びるように数分のみ。ここでもホッと息つく時間もなく、緊張感を強いられる。
息をつけるのは昼寝の時間だけだった。それから、掃除の時間も、僕にとっては「幸せな」時間だったかもしれない。無心で作業に打ち込んでいればよかったのだから。
あとは、朝も昼も夜も、座禅、般若心経、座禅、般若心経、座禅、般若心経…。
たったの4日間であったが、夜中にうなされている人もいたし、途中でリタイヤしてしまった人もいた。
僕はといえば、ただただ目の前で行われることに付いていくのに懸命で、何かを考える余裕もなかった。その場には同行した仲間もいたので、あまり情けない顔をするのもみっともないということもあったかもしれない。



早朝には、この仏殿に入って座禅を組んだ。
はじめは辛かった早朝の座禅だが、終わりの方になると、夜から朝への時間の移ろいを感じる余裕が出てきたことを覚えている。
薄暗かった堂内に、やがて朝の日差しが入り込んでくる。座禅を組み始めた時間に聞こえていた草むらの虫の声が止むと、早起きの蝉たちがジージーと鳴き始める。
それは、何でもないようなことだったが、普段の生活では感じられないことだったので、新鮮で、ちょっと感動したのを覚えている。

座禅は無心になるのが本来の姿なのだろうが、それは修行を積んだ後の話。当然我々は「無」になどはなれないので、指導していただいたお坊さんからは「死について考えなさい」と言われたことを、鮮明に覚えている。
自分がやがて「死ぬ」こと。身近な人が「死ぬ」こと。座禅をしている間、そんなことをずっと考えていた。「死」とは理不尽で狂暴な存在に思えた。本当は「死」の先にあるものを見出さなければいけなかったのかもしれない。しかし、それを見出すことについては、学生だった頃から年齢をいたずらに重ねた今もなお、僕にとっては難しいことのように感じられる。



こちらは大方丈裏の庭園。



ここが修行者のための専門道場。「こじりん」と読む。「居士」とは修行者の意味。
僕が参加した坐禅会の時も、ここで4日間寝起きした。



神奈川県唯一の国宝建築である舎利殿。普段は非公開なので、こうして門越しに眺めるだけ。
もちろん仏舎利を祀る場所であり、ここはお釈迦様の歯を納めているとされている。
坐禅会に参加した時に特別に拝観することができた。舎利殿の裏には開山堂が建つ。



つづく。

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