2009年03月06日

嵯峨野・化野念仏寺

誰とても とまるべきかは あだし野の 草の葉ごとに すがる白露。



西行のこの歌は、人の生を草の葉の上の露に重ね合わせて、「誰がいつまでもこの世に生きていられるだろうか」という、人生のはかなさを詠い込んでいる。



化野は、平安時代の頃より、東山の鳥辺野とともに大きな葬送の土地だった。
あだし(化)とは、もともとは、はかなさや空しさを表す意味。
境内に並べられた、今は無縁仏となった無数の石仏群を眺めていると、なるほど、西行の歌は今もなお、胸に沁みるものがある。




この美しい竹林も、どこか別の世界へと誘う入り口のように見えたり。



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