2009年05月09日

【展】阿修羅展・講演会メモ(後編)

備忘録。
東京国立博物館で開催中の「国宝 阿修羅展」の記念講演会「国宝 阿修羅像について」(4/25)のメモの後編。
章立てや順序は、メモを整理する上で、若干の変更を加えています。

阿修羅展(4)阿修羅像の造形的特色

八頭身、十面身(額の髪の生え際から顎までを一面)のプロポーションの美しい像。
もとどりはひとつ。耳は正面の顔がふたつ、左右の面はひとつずつ。三つの顔の連続性が美しい。
しかし、阿修羅像は身体的表現を追求したものではないだろう。心の揺れを表したような表情に特徴。
インドではアスラ(戦争の神)として、激烈な表情を持っている。(※三十三間堂の阿修羅像は怒りの表情)

(5)阿修羅像に見る懺悔思想の表現

正面の顔
憂いを含んだ眉の表現、意思のあるまなざし、涙の表現(下まぶたにふくらみを持たせ、涙を浮かべているようなにも見える)。
少年の表情を借りることで、純粋さを表現。しかし、幼さ(無垢)〜少年期という過渡期の年齢を選ぶことで、ただ純粋さを表すものではなく、同時に業や罪も知っているという表現に至っている。

右の顔(向かって左の顔)
下唇をぐっと噛むことで、何かに耐えているよう表情。

左の顔(向かって右の顔)
厳粛さ、その視線は何かを見ているようでありながら、何者とも視線が合わないようである。
視線は自らの内に向いているようだ。さながら内省の表情。

三つの顔の連続性
阿修羅像は時計回りに見るべきものである。
正面(揺れ)→右(耐え)→左(内省)→ふたたび正面(前に見開かれた視線)と順に見ていくと、時間的な連続性とともに、阿修羅像に託された意識的な連続性を感じることができる。
これはすなわち、“懺悔”の心のプロセスを表現したもの。

見る者の体験、願主の願い
阿修羅像を「見る」という行為によって、見る人に“懺悔”の感情移入をしてもらいたい、人々を“懺悔”に導きたいという願い。
宗教を単なる形而上学的なものとしてではなく、仏像を「見る」という実際の行為を体験させることによって、身体的な問題・心の問題として実感してほしい。
阿修羅像の制作には、そうした願主(光明皇后、道慈)の願いが込められていた。


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