2009年05月29日

普門院〜ハーンの奇談(2)

普門院の観月庵。こちらもまた、松江藩七代藩主・松平治郷(不昧)ゆかりの茶室。



不昧公は、城の堀川を舟に乗ってこの寺にやって来て、茶を楽しんだという。



松江に暮らしたラフカディオ・ハーンもまた、この茶室に親しみ、茶道の手ほどきを受けたという。



ところで、ハーンは、この普門院についての奇談も書き残している。

かつて、この普門院のすぐ近くに「小豆磨(あずきとぎ)橋」という橋があった。
幽霊が夜な夜な橋のたもとで小豆を洗っていたことから、この名前が付いたという。
そして、この小豆磨橋の近くでは、絶対に歌ってはならない謡曲があった。その歌は「杜若(かきつばた)」といい、この歌を聞くと、橋のたもとの幽霊が怒り出し、歌った本人に恐ろしい災難が降りかかるというのである。

あるとき、怖いもの知らずの侍が小豆磨橋を通りかかった際に、大声で「杜若」を歌い、幽霊など現れないので、侍は笑い飛ばして家へと帰っていった。
ところがところが……
侍が家に帰ってみると、見知らぬ女が門の前に立っていた。
女は侍にお辞儀をすると、手に持っていた漆塗りの文箱を侍に手渡した。そして「私はただの使いでございます。奥方様よりこれを預かってまいりました」と言い残し、姿を消した。



侍がこの文箱を開けてみると……な、なんと!中には幼い子供の生首が入っていたのだった。



これを見た侍は、慌てふためいて家の中に入ってみると、そこには首をもぎとられた我が子の死体が横たわっていたのだった……



……と、普門院の小豆磨橋にかかわる怪談は、なかなかグロテスクなものとなっております。

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